5 神さん会議 その2
「それは無理じゃない?」
リリスの言葉に、バステトは否定で返す。
「貴女は、貴女の勇者が得られる筈だった神与能力の大半を代償としてくれたお蔭で、現世に実体を持って顕現できる。
だからこそ、貴女は私達と違って、自分自身の力をより明確に現世で使うことが出来るわ。
でもね、私達は無理よ。神座に囚われている私達は、現世の人間のおぼろげな祈りに応え、僅かばかりの奇跡の力を贈ることが出来るだけ。
街ひとつを守護するような、限定された場所を継続して加護し続けるような奇跡を行うのは無理よ」
「分かっているわ。だから、私はみんなに、私の勇者に与えて貰った権能を貸与しようと思うの」
ざわりと、神々の気配がゆらぐ。
「現世に顕現できる権能を、我らに貸し出すというのか、リリスよ」
「ええ、そうよ。デミウルゴス」
笑顔で返すリリスに、デミウルゴスは眉をひそめ黙る。
神々の間に満ちるのは期待。そして後ろめたさだった。
「それで良いのか、お前は」
思慮するように黙る神々の中で、唯一ピュラーが問い掛ける。
「お前は、お前の勇者と離れることを嫌っている筈だろう。
それなのに、我らに現世に顕現できる権能を貸し与えてどうするつもりだ」
「ありがとう、ピュラー。やさしいわね」
やわらかく笑みを浮かべるリリスにピュラーは、
「別に、そんなつもりはない。お前が後で泣き喚いても、うっとうしいだけだ」
「あら、その時は慰めてくれないの?」
「なぐ……さめて欲しいなら、それぐらいはしてやる。
だがな、そんな面倒なことをするくらいなら、お前はお前の勇者一緒に居れば良い。それで文句を言う神など、ここには誰も居らん」
ピュラーの言葉に、否定の言葉は上がらない。
むしろ同意するような優しい気配が満ちている。
言葉無くとも伝わってくる皆の気持ちに、リリスは心地好さげに微笑みながら、
「ありがとう、みんな。私も、陽色と離れるのは嫌よ。
でも、今の私なら我慢できる。だって、陽色は私のことを愛してくれてるって、知ってるんだもの」
穏やかに、確かな気持ちをリリスは口にする。
「どれだけ離れていても、これから何があっても、私は陽色を愛しているし、陽色は私を愛してくれる。それが、私が陽色と10年間一緒に生きて、信じることが出るようになった想いなの。
だから大丈夫。一時、陽色と逢えなくなったとしても、私は我慢できるわ」
リリスの言葉に、ピュラーは怯んだようにすぐには返せない。
だが、それでもピュラーはリリスに言葉をかける。
大事な友が、苦しむ姿を見たくないから。
「それほど想いが強いなら、なおのこと余計な考えは持つな。
お前が今ここで何を言った所で、絶対に後悔することになるぞ……やめておけ、リリス」
ピュラーの言葉に、リリスは嬉しそうに目を細める。
そして、心から湧き立つ想いを表すように言葉を返した。
「ありがとう、ピュラー。嬉しい」
「……なにを言ってる。ばかもの……」
「ふふ、やさしいね、ピュラーは」
「別に、優しくなどない。勘違いするな……そんな勘違いをするぐらいなら、自分のことだけ考えていろ」
「それは嫌よ。だって、私はみんなにも、幸せになって欲しいんだもの」
息を飲むように黙る皆に、リリスは想いをそのまま言葉に乗せる。
「私は、いまとても幸せなの。それは全部、私の大切な勇者が、私を神座から連れ出してくれたから。現世で一緒に、陽色と生きることが出来たから。
もし、今までの全てが失われたら、壊れてしまうって分かるぐらい、幸せなの。
だから、私はみんなにも幸せになって欲しい。こんな神座なんかに縛られないで、みんなも、自分の勇者と一緒に現世で生きて欲しい。
これから陽色たちが作る街を、みんなの力を借りて良い場所にしていきたいのも本音だけれど、それ以上に、みんなを幸せにしたい。
それが、私の願いなの」
自分達を想うリリスの言葉に、皆はなにも返せない。
リリスの想いを受け取るべきか、皆が迷う中、それでも返すことが出来たのはピュラーだった。
「その気持ちだけは、受け取ってやる」
震える心が言葉に出てしまわないよう、声を硬くしながらピュラーは続ける。
「だが、その気持ちを聞いた以上、余計に受け入れる気などない。お前は我らを幸せにしたいと言ったが、それなら我らとて同じだ。
お前だけが、皆の幸せを願っていると思うな。我らとて、お前の幸せを望んでいるんだぞ」
「ありがとう、嬉しい。でも、ダメよ」
リリスは、決して退かず続けた。
「みんなだって、自分の勇者に逢いたいはずよ。
一緒に、生きて生きたい筈だもの。
ピュラー、貴女だって、そうでしょう。逢いたい筈よ、貴女の勇者に」
僅かに耐えるような間を空けて、ピュラーは返す。
「いらぬ心配だ。そもそも、確かに我らは現世で自分の勇者と会えることは無いが、僅かな一時、夢の中で言葉を交わす事なら出来るのだ。
それだけでも、私は私の勇者を感じ取ることが出来る。大切に、想う事は出来るのだ。
だから、お前が自分を犠牲にする必要などない、リリス」
精一杯の強がりで返すピュラーに、リリスは心から迷うような間を空けて、伝えるべきかどうかを迷っていた事を告げた。
「それは知ってるわ、ピュラー。私は現世で、みんなの勇者に会ってるし、みんなのことも聞いてるわ。
みんな、みんなの事を、大事に大切に、想っているわ」
「そ、そうなのか……そうか、そうなんだな……そうかぁ……そうなんだぁ……壮真ってば……」
それまでの硬い口調から、とろけるような甘さを滲ませる声で、本心はバレてないつもりで嬉しそうに呟くピュラー。
そんな彼女に、リリスは居たたまれなさを隠すような笑みを浮かべながら、
「大切に想ってるのは、絶対に、そうよ。でも……でもね、ピュラー」
思い切ってリリスは言った。
「このままだと、他の子に獲られるわよ、貴女の勇者」