線に長さはあるのか?
いつの頃からか、長所を伸ばす教育というものが声高らかに叫ばれるようになりました。
遥か昔からあったんですよね、いや、それこそ、聖徳太子が聞いても「そりゃ古い」というくらい昔から。
しかしですね、これの意味がはき違えられるようになったのは、最近なんじゃないでしょうか。
長所は伸ばすものだから長所とはよく言ったもので、本当によく伸びます。
最近見たドラマに、マイペースな大学教師と周辺の人間関係みたいなのがあったのですが、テンプレのように、テストの点は10点だけど、ウサギと亀の亀は何でウサギを起こさなかったのかって考える子供なんてのも出て来るんですよ。
まぁ、目的が違うだろって話で終わっても良いのですが。
一つの事象に違うアプローチが出来る例であるとしましょう。
そんなん誰でも出来ます。
コップを横からしか見ない人はいない、上からも下からも見ますよね?
割っちゃう人もいますよね?
普通なんです。
割ったコップがなぜ元に戻らないのか? とか考えるのも学校で学べますしね。
そこで元に戻しちゃったりすると驚くわけですが……。
まぁ、何が言いたいかと言うと、
テストの点で10点なのは、長所の余波ではなく短所なんですよ。
たとえ興味がなくても、物事を多面的にとらえられるなら10点はない、60点くらいは取れますよ。
学校に行っていなくて教わったことがなかっても、小学生の頃なら推測でそれくらいは埋めれます。
もっと点数悪い子はいっぱいいますよね。
何故でしょうね?
そりゃ別に問題があるからですよ。
わざと空欄にしたり、間違えたり、そして、そう言う問題を取り除かなければ、それが普通になってしまうんですよね。
他人から見るとよく分かることも、親と子では分からなかったりするのでしょうか、それを人がとやかく言うのも違う気もしますし。
まして、人でなし科に属する私に言われたくはないでしょう。
何かと言うと、「子供はみんなアーチストだ」と言う、ピカソの言葉を真に受け手はならない。
あれは天才だから言える言葉で、凡人が模倣できる言葉でないという代表です。