4話 『残酷な世界』
地面に伏しながら俺の投げた車輪の行く末を見ていた。
力強く投げたせいかどんどん軌道は逸れていく。
もはやこのままではゴブリンに当たらない気がした。
「また守れねえのかよ……!」
俺は車輪の行く末を見ないことにした。
いや、メイのことを守れなかった俺がこのまま生きている事すらダメなのかもしれない。
何故かそんな考えまで浮かんできた。
今頃車輪はどこかに墜ちて、メイはゴブリンに殴られているだろう。
…………………
ほんの数秒後だった。
少し離れた先で先程のように鈍い音が聞こえた。
俺は顔を上げメイとゴブリンを見た。
「どういう事だよ……」
意味がわからないことが目の前で起きていたのだ。
明らかに車輪は違う方へと飛んでいた筈なのに、俺の目に見えるのはゴブリンへと当たり、近くへと落ちている車輪。
少しだけ淡い光を纏っているように見えるが、これは幻覚だろう。
「まぁでも、結果的には守れた……んだよな?」
不可思議なことが起きたものだが、今はとにかく守れたことが嬉しかった。
メイも自分が死ぬと思ったのか、今目の前にゴブリンが倒れている状況に唖然としているようだ。
「メイー! ……大丈夫か? 怪我はしてねえよな?」
メイへと駆け寄り、放心状態のメイを無理やり起こす。
と言っても、肩を少し揺らす程度だ。
「……はっ。わたしが生きてる……なんで!?」
「いや、俺もよく分からんけど、車輪が当たったんだよ」
「嘘っ!! だって、変な方向に飛んでたよ? わたしが見ても明らかに当たる感じじゃなかったし」
「そんな事言われてもなぁ……俺も分からんし」
メイはびっくりしすぎたのか、俺へと色々話してきた。
有り得ないだとか、どうやったのだとか、何回も同じことを聞いてくるのだ。
「はぁ。もういいだろ。俺が助けた。そして、お前は生きてる。馬車の人も助けれたし充分だ」
メイの頭を少しポンポンと叩き、黙らせる。
「バカ。分かったわよ! それでこの話は終わり! それより、早く逃げる!! 馬の足音が遠くから聞こえるから!」
「はっ? 逃げる? なんでだ?」
「良いから!早く!!」
メイに無理やり引っ張られ、俺たちはその場から逃げるように走った。
なんでメイが逃げようとしているのかは分からないが、きっと護衛の人間のあの目が影響してるのだろう。
あの目は俺も体験したことがあるが、いじめられている時に見る周りからの目に似ている。まぁ、確実にこれとは言えないが、関係がある気がする。
「ふぅ。このくらいでいっか」
「で、なんで逃げたんだ? あのままあそこに居れば馬車の人からお礼とかあったと思うけど」
「うーん。でも、やっぱり話さなきゃだよね……」
「まぁな。一緒に旅するから知っときてえし」
俺がそう言うと、メイは渋々話し始めた。
「あのね、この世界に色々な種族がいるって話したじゃん?……」
メイの話は俺が思っていたよりも深刻だった。
この世界にはあらゆる種族がいる。
例えば、ドワーフやメイのようなエルフ。
ドワーフはドワーフの国があり、エルフは森に守られ森で過ごしている。
ここまでは良かった。
どうやら昔はエルフやドワーフ、色々な他種族も人間と暮らしていたらしい。
だが、いつからか人間はドワーフを奴隷として扱い、自らが魔法を使えないことへの嫉妬からか、人間はエルフをも奴隷にしたらしい。
それは今も尚続いているらしく、メイが逃げた理由はそれに値したからだ。
「そうか。でも、そうなると俺はエルフの国に入れないよな? で、お前は人間の国に入れないのか……」
「そうだよね。やっぱり姿隠しの魔法とか必要になるね……」
「そんな魔法あんのか?」
姿隠しの魔法……現代にあれば相当な悪事が働ける筈。
いや、この世界でも同じだろう。
そんなものがこの世にあったらまずそうだがどうなんだろう。
「うーん。噂しか聞いたことないけどね。昔のエルフは使えたみたいだけど、今のエルフは使えない。だから、知ってる人に教えてもらわないと……」
「そうか。なら、知ってる人を捜さねえとな。昔のエルフか……もしかしたらどっかに隠れて暮らしてるかもしれんしな」
「でも、武器とか食べ物とかはどうするの? さすがに盗賊とかみたいに馬車とかは襲いたくないよ?」
確かに、メイの言う通りだ。
俺も流石に略奪などの行為はしたくないし、ただ、現実際問題として食べ物などの問題がある。
武器もこれから先は必要となるし。
「なら、エルフの国、いや、集落? 村か。に行けばいいんじゃないか? 俺は外で待ってるから、お前が買ってきてくれればいいし」
「あーうん。ちょっと無理かなぁ……私さ、エルフの中でも魔力が低くて、それに、ほら、肌が真っ白でしょ? 昔のエルフは肌が白かったらしいんだけど、今はみんな違うから。なんか、それが理由で私は村を追い出されたんだよね。昔から親とかも居なかったし、守ってくれる人も居なかったから……」
メイが寂しそうな顔でブツブツと呟いている。
もしかしたら俺はやばいことを思い出させてしまったかもしれない。
「そうか……なんかごめんな。でも、そうなるとどうしようか……俺はこの世界についてあんま知らないから街になんて行けねえし……」
それこそ、俺が街に行って何かを買おうとしても分からなくて騙されたりするだろう。
そうなると俺が街に行くという選択肢は今はまだない。
これから先この世界を知れば余裕だろうが、今はどう足掻いても無理だ。
「大丈夫!わたし、一人で旅してて食べれる木の実とか草とか、魚とか取れるし! ……最悪モンスターも食べれなくは……」
「いや、モンスターはやめとこう。ま、いいや。とりあえず食べ物とか水はその都度考えるとして、それで、お前は昔のエルフ族が居そうな場所分かるのか?」
まずは目的を決めたい。
何もしないでその辺を歩いていたら盗賊、またはモンスターに襲われる危険性もあるし。
「うーん。ほんとに居るか分からないけど、夜中になったら淡く光る小さな森にエルフの女王が今でも居るって噂はあるよ?」
「おっ!ならそれを探せばいいんだな!」
「わたしも昔その森に行ったけど、光ってるだけで誰も居なかったんだよね」
「マジかよ……んじゃ、どうしっかなぁ……いや、待てよ? 昔のエルフ族は姿隠しの魔法使えるんだよな? だとすれば、その森で姿隠してるんじゃねえのか?」
「……はっ! そうだね! その可能性あるかも!!」
まじか。こいつ気付いてなかったのかよ。ってか、他の人も発見出来てないってことは知らない可能性あるのか。
って、まぁほんとに居ないって可能性もあるけども。
「よしっ!んじゃその森行ってみようぜ!」
「うん! 今いる辺りからなら夜には着けると思う!」
小一時間以上話し合った末に、ようやく目的地を決めれた俺たちはその場へと向かって歩き出したのだった。