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後編

後編です。ご覧下さい。

              

 

 

               04

「それで? ヴァランの信徒を数人虐殺して、戻って来たというわけですか?」

「虐殺じゃない。正当な理由があってのことだ。それにエストゥーダとカリアンの呪いの元凶は消えた。成果としては十分なはずだ。」

 セフカは「沼の底」に居た。聖女レアと焚火を囲い、二つの村で起きたことの顛末を報告していた。

「呪いの原因は結局分からず仕舞いですか? 使えないですねぇ。」

「そう言ってくれるな。手がかりも掴んだ。何やら純白の法衣を着た女が関係しているらしい。そいつが人々を連れ去り、呪われし者に変え、町や村にそいつらを送り込み、さらにその数を増やす。それが今回の寸法らしい。」

 セフカは薪を火の中に放った。

「中々に、その女は考えているみたいですね。生意気にも。」

 聖女レアは苛立っているような口調だったが、表情を窺い知ることはできなかった。

「そんなことより。」

 聖女レアは突然立ち上がった。

「あなたは何故、ヴァランの信徒を殺したのですか? ただの人間どころか神に仕えている者を殺すとは。人間の矍鑠とした混沌を邪魔するなんて、私の信徒として有るまじき行為ですよ。」

 セフカは座ったまま彼女を見た。

「俺達がヴァランの信徒を殺したのが、そんなに気に食わんか? あんたのその教義をいちいち守ってたら国が一つ滅びちまうよ。」

 人間の闇が作り出す混沌は、苦しみや悲しみ、怒りを生み出し、それが人間の世界に蔓延っていることは正常な状態であり、手を加えるべきではない。というのが聖女レアの掲げる、または彼女に従う者に求められる教義の一つだった。

 そして聖女レアは、人間の生み出す混沌を特に好んでいた。

 セフカ達の行動は、ヴァランの信徒を殺すことでフィーバの呪いを解消すると同時に、その混沌の広がりを邪魔していた。

「あれだってフィーバを消してやらんと、あんたの気に食わん呪いがずっと地上をのさぼることになるぞ。」

 セフカはまた薪を放った。

「なら何故、あの時に血術(ブラッドマジック)を使わなかったのですか? 精神の支配、操作はあなたの得意とするところでしょうに。」

 聖女レアはまだ苛立っているようだった。

 セフカも立ち上がった。

「あのさぁ我が主よ。あんたは俺の主だ。それは認めるよ。だが俺はもう人間じゃない。俺を完全に従えたきゃもう一度、人核を作り直すしかないぞ。」

「では人間でないあなたは、ここで死んでも文句はないと言うことですね。」

 聖女レアは灰色の鎌を出して、セフカの首目掛けて振るった。

 セフカは血の刃でそれを受け止めた。彼の目は歓喜に満ちていた

「意外だな。あんたから手を出してくるとは思わなかったぞ。」

「待てが出来ない狗を躾けて、何が悪いと言うのですか? それに私は人間の神です。犬にまでかける慈悲など持ち合わせていないのですよ。」

 聖女レアは鎌を振るい、セフカを吹き飛ばした。彼は宙を舞い、一回転して着地した。

「ははっ。俺は狗かアンドレア。」

 セフカは不敵に笑い、血の槍を出した。それは刃のある物ではなく、二つの線が螺旋状に絡み合ってできた物で、刺突するのに適していた。

「ええ。あなたは狗です。私という飼い主に忠誠を誓う狗です。あと…。」

 聖女レアは灰色の鎌をもう一本出して、悠然と前に構え、

「私をその名で呼ぶな。」

 セフカの背後に現れて、二本の鎌を振り下ろした。



「ウォォラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァ!」

 ナナは別の村に居た。セフカからは聞かなかったので、と言うよりは既に呪いで壊滅していたので興味はなかった。セフカも急に聖女レアに呼び出されて、ナナだけ村に取り残されたという訳だった。この村は好きに食べてもいい、というお墨付きも貰った。

 ナナは向かってきた呪われし者の群衆を、血の槍の一薙ぎで吹き飛ばした。

「ンム。セフカニ気兼ネセズ好キ放題デキルノハイイコトダナ。」

 彼女の背中の触手には、体に水晶のような石がびっしり生えた者や、両腕が鋭利な金属とネジの継ぎ接ぎになっている者、体の右半分が男性で左半分が女性になっている者が触手に塗れて、スポンジの様にしぼんでいた。

「ダガ、コウモ薄味ノ奴バッカリ来ラレルト拍子抜ケダナ。」

 ナナは触手に絡めていた食べカスを、そこら辺に投げ捨てた。

「モット旨ソウナ奴ハイナイノカ。」

 この村は、村沿いに流れている大きな川に沿って、集落が形成されており、家々には水を引く水車や小さな畑、漁業に使う船などがあった。しかし川の水は赤黒く濁っており、血が流れているようだった。

「ココモ呪イニ侵サレテナケリャ、サゾカシ綺麗ダッタンダロウナァ。セフカガ好キソウナ村ダケニ悔ヤマレルナ。」

 川の水だけでなく、水車は炎に包まれ、畑の脇には老夫婦や子供達の死体が埋まっていた。船も川の水の影響で赤黒く変色していた。

「ン?」

 ナナは村の奥の方に目を凝らした。

 そこには、炎に包まれながら刃物を振り回す、頭部が水ぶくれのように腫れ上がった呪われし者と、剣や槍で応戦する(ブロンズ)騎士(ナイト)(アイアン)騎士(ナイト)が戦闘を繰り広げていた。

「各個確実に殲滅しろ! 相手は最早人に非ず! 光王ヴァランの名の下に、我ら鋼の意思が辺獄(リンボ)へと送ってやろう。」

 赤銅色の鎧を纏った騎士が、向かってきた呪われし者を長剣で斬りつけた。呪われし者は斬りつけられた所から青い炎を噴出した。

「グアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」

 呪われし者は青い炎に包まれながら、のたうち回り、灰になって崩れ落ちた。

「ホウ。祝福儀礼済ミノ武器カ…。」

 ナナは持っていた血の槍を構え、高らかに勝ち名乗っている赤銅色の騎士に向かって、思いきり投げつけた。

「フハハハハハハァッ! 見たか化け物共ォ! これが鋼の意思だ! これが我々ヴァランの意思の。」

 言い切る前に、騎士の体を血の槍が貫いた。騎士は大きく吹き飛ばされて、燃えている民家に激突した。燃えている瓦礫から騎士が戻ってくることはなかった。

「た、隊長!」

「攻撃だ!」

「誰だ! 誰がやりやがった!?」

 怒号が飛び交う中、ナナがゆらゆらと歩いて騎士達の前に出てきた。両腕には波打った刃を持った血の刃が生えていた。

「害虫共ガココニモイタトハナ。クソニ群ガル蛆虫メ。ココカラ生キテ出ラレルト思ウナヨ。」

 血の刃を引きずりながら、ゆらりゆらりと近づく彼女に騎士達は、異様で異常な雰囲気に飲まれていた。思春期くらいの幼女が、この呪いの覆われた村から、両腕に刃を生やして、異端者のような台詞を吐きながら、ふらふらと出てきたのだから。

 一人の騎士がナナに近づいた。

「おのれ異端者め! この私、オンスタッド・テスラス様が直々に。」

 また言い終わらない内に、ナナは騎士の目の前に現れ、腹に深々と刃を突き刺した。

「グッ……ッガァ……‥ナゼ……‥。」

「御託ハ終ワッタカ? クソ狗。」

 ナナは腹を刺されて膝をついた騎士の首に、刃を走らせた。

 首は兜ごと体から離れて、血を撒き散らしながら林檎のように転がっていった。

「来イヨ狗共。立チスクンデルダケジャ異端者ハ殺セナイゾ。」

 白髪を血に染めながら、ナナは嗤って見せた。

「クッ……‥。地を這う異端者に、最後の情けをくれてやれ!」

「ウオオオッ!」

 騎士達は全員武器を構えて、一斉に飛びかかった。

 ナナは屈強な騎士達の武器を、二本の刃で全て受け止めた。

「貴様ラ…。舐メテンノカ。」

 ナナの地面から這い出るような低く冷たい声に、騎士達は震え上がった。

 目の前で刃を交差させて防御していたナナは、そのまま刃を振り抜き、全ての武器を破壊した。いくつもの鉄片がキラキラと宙を舞った。

「馬鹿な…‥。祝福儀礼済みの純銀製の武器だぞ!」

「確カニ祝福儀礼ハ武器ノ性能ヲ底上ゲスル。ダガ元ノ武器ガソンナゼリーヲ押シ固メタ粗悪品ジャ意味ガネエンダヨ!」

 ナナは刃を振りぬいた勢いで、一回転して勢いを増し、横薙ぎに斬りつけた。騎士達は皆、腰から上を切り離されて死んだ。

「クソォ! 何だこいつは! 構わん撃ちまくれ!」

 騎士達の後ろに居た弓兵が、ナナに向かって矢を射かけた。ナナは矢を避けず一斉に受けた。鏃にも祝福儀礼が施されていたらしく、刺さったところから青い炎に包まれた。

 青く燃えるサボテンと化したナナは、ゆっくりと動いた。血は一滴も流れなかった。

「祝福儀礼トハ言エ、光王ヴァランノ威光モコノ程度カ。」

 ナナが一歩進む度、体から矢は抜け落ち、青い炎も収まっていった。

「マァ喧嘩ヲ吹ッ掛ケタノハ私ダ。運ガ悪カッタト思ッテ諦メテクレ。」

 そう言ってナナは、背中から大きな触手を出した。

「ヒィッ!」

 赤黒く蠢くそれを見て、騎士達は完全に戦意を喪失した。

 ナナは逃げ惑う騎士達に向かって、触手を伸ばした。大きな触手は何本にも裂け、騎士の体を絡め捕り、貫いていった。

「ハハ。食イ放題モイイトコロダナ。」

「ウアアアアアアアアアアアッ! 何だッ! 何が起こってッ…‥‥。」

 触手に貫かれた騎士の体は、枯れた植物のように生気を失い、鎧や兜も煌めきを失い、ひび割れて、塵となって消えた。

 騎士達の血液や、人核に備わっている呪い、闇は触手を通じて、全てナナの物となった。

「ンム。デモマダ食イ足リンナァ。」

 ナナはしぼんで干乾びている騎士達の死体を放り捨てた。死体は地面にぶつかると粉々になって砕けた。

 ナナは左手の平を?み切って血を出し、渇きの呪いを集中させた。

 彼女の左手の血は、手の中で駆け回り、飛び回り、暴れていた。やがて血は手の中をはみ出し、周りの死体に入り込んだ。渇きの血は、死体から全ての血を引きずり出し、ナナの体に流れ込んだ。

 血の暴食により、渇きの血が飛び交うそこは、生物の存在を許さず、死体すらも傷付き食われる死の領域と化した。

「コノ術ハ便利ダガ、味ガ分カラナイノガ難点ダナ。」

 ナナは自分で作った死体の血を、全て平らげた。

 彼女の体は真っ赤に染まり、そして直ぐに、元に戻った。

「ヤハリ、口ニ入レテ食ベルノガ一番ダナ。」

 燃え盛る家々や、騎士と呪われし者の死体の中で、ナナはぐぐっと背伸びをした。

「…‥グッ……‥アアッ…。」

 ナナが食後の余韻に浸っていると、炎の間から(ブロンズ)騎士(ナイト)が一人這い出てきた。騎士の鎧は血で濡れており、足を引きずり、武器も持っていなかった。

「アアアァッ……‥! お、おい…‥君……‥早く逃げろ…‥。」

 騎士はナナに気付き、近づいてきた。

「こ、ここには……‥恐ろしい…‥化け物が…。」

「ソレナラソコラ中ニ腐ルホド居ルダロ。」

「‥‥違う……‥あの…這いずる……‥騎士は…。」

 そう言ったところで騎士は、上から降ってきた巨大な剣に体を貫かれて死んだ。剣は武器の形を成してはいるが、黒い毒が絶えず滲み出ており、爛れて錆だらけの刀身だった。

「グオオオオオオオオオオオォォッ!」

 剣の落ちた場所の、すぐ隣の家が破壊され、黒い鎧に身を包んだ大男が出てきた。

 大男の鎧には、首から胴にかけて腕の模様があり、まるで後ろから抱きしめられているように伸びていた。兜は目まで隠れるもので、中から長い灰色の頭髪が垂れていた。

 大男は四つん這いになって、炎をかき分けながら剣に手を伸ばした。

「ホウ。少シクライハ楽シマセテクレルノカ?」

「グルアアァッ!」

 大男は咆哮し、剣の先に付いていた死体をナナに飛ばした。

「チッ。」

 ナナは両腕の刃で死体を切り伏せた。

 その直後に、大男は物凄いスピードで突進して切りかかってきた。

 ナナは刃で、剣を真正面から受け止めた.。その衝撃で彼女は、かなりの距離を押し返された。

「グウウゥ…。」

「ナカナカダナ。モット楽シモウジャナイカ。」

 砂煙を上げながら押し返されるナナは、不敵に嗤っていた。

 押し返されて十秒くらい経ち、両者は拮抗した。

「……‥何ダソノ剣ハ。」

 大男の剣は、黒い粘性の毒が絶えず流れ出ていたが、それは毒というよりも、毒ですらない穢れのようだった。

「ソノ穢レハ、ココデハ存在デキナイハズダ。」

 剣の穢れは、ナナの刃を伝って地面に落ちた。

「……‥オ前。ドコカラ来タンダ?」

「オオオオオオォォッ!」

 大男は剣を持ってない方の腕で、ナナを殴り飛ばした。

「グッ!」

 ナナは刃で防御したが、吹き飛ばされて地面の上を二回跳ねた。

 ナナは着地したものの、つかさず大男は剣を振るい黒い衝撃波を飛ばした。

「舐メルナァ!」

 背中から出した触手を広げて、衝撃波を全て吸収した。

 衝撃波の穢れは、触手を通して彼女の人核に蓄積された。

「オラァ! 返スゾ!」

「濁流」の術は吸収した穢れの力を借りて、大きな漆黒の光が湾曲しながら放たれた。

 大男は横に大きく飛んで避けたが、

「マダマダアルゾ!」

 そこから何本もの漆黒の光が、蛇のようにうねりながら大男に向かっていった。

 大男は着地の瞬間を狙われたので、避けきれず剣で応戦した。光は、剣に触れるとそこから黒く爆発して消えた。

 爆風に巻き込まれた大男は、さっきのナナと同じように吹き飛ばされて、地面の上を三回跳ねて着地した。

「グルルゥ…。」

「上ダヨ馬鹿メガ!」

 大男が呻いていると、上からナナが血の槍を構えて降ってきた。

 大男は剣で彼女を迎え撃ったが、弾き飛ばすことはできず拮抗した。

「ハハッ! ホント力ダケハ凄イナ。」

 ナナは拮抗した力を利用して、後ろに大きく飛んで距離を取った。

 そして着地した瞬間に、赤い霧となって大男の目の前に現れた。

「ヨウ。」

「!?」

 ナナはがら空きになっている胴体目掛けて、強烈な突きを繰り出した。

 しかし、あまり手ごたえは感じなかった。

「……‥ホウ、危ナカッタナ。」

 大男は、槍の穂先を掌で受け止めていた。槍は大男の掌を突き破り、黒い血が流れ出ていた。血は奴の持っている剣から滲み出ている穢れと、同じ色をしていた。

「グアウッ!」

 大男は掌で槍の穂先を掴み、動きを封じて剣で切り伏せようとした。

 ナナは槍を手放し、剣の連撃を避けて、大男の横を通り抜けながら脇腹を切り裂いた。

「ギィッ!」

「ダガスピードハ私ノ方ガ上ダ。鈍重ナノハ良クナイコトダゾ。」

 ナナの後ろでは、大男が剣を突きながら肩で息をしていた。

「オ前ノ飼イ主ニ言ットキナ。次創ルトキハモットスリムニ‥…」

 そう冗談を言いかけて、ナナは右腕の刃を見た。刃には大男の血が付着しており、その黒いシミは線が広がるように浸食し、徐々に朽ちていった。

「クッ‥…。何ダコレハ!」

 ナナは血の刃を解除した。彼女の両腕の刃は、鈍い赤色の結晶となって崩れ落ちた。

「ナルホドナ。オ前ノ血自体ガ穢レノ源ッテワケカ。」

 ナナは左右の腕を引っ?いて血を出した。そして両腕を前に突き出した。傷は割と深かったらしく、地面には血がボタボタと垂れていた。

「ダッタラ、尚更オ前ヲ食ッテミタクナッタゼ。」

 地面にできた血溜まりは広がり、何かしらが蠢いているように表面をしていた。

「簒奪者ヨ。具現セヨ。我ニ…。」

「そこまでです。」

 核術を発動しようとした瞬間に、ナナの背後から光の弾がかなりの速さで飛んできた。

 ナナは間一髪で避けたが、左腕が巻き込まれ、地面に倒れこんだ。

「グゥアアアアアアアアアァァァッ!」

 被弾した左腕が吹き飛ぶことはなかったが、煙を上げながら灰になっていた。祝福の力を高い密度で込めた弾が、ナナの体を、血を、呪いを浄化していった。

「コノッ、クソガァァァ!」

 彼女は左腕全体が白くなる前に、右腕に血の刃を出し、肩から切り落とした。

「‥‥ガァッ‥……‥グゥッ…!」

 切り落とされた腕は衝撃で崩れた。

 ナナは左腕を再生させようと呪いを集中させようとした。

「‥‥…ナ、何故ダ。再生‥…デキナイゾ…。」

 左肩の断面からはかなりの量を出血していて、血が腕の形を成そうとして飛び散るのを、何度も繰り返していた。

 祝福が、左腕の「不死」、「不傷」の呪いを完全に打ち消していた。

 苦しんでいるナナを後目に、真っ白な服を着た女が横切った。白のロングスカートに司祭服を着て、白のマントとフードを着けていた。

「エリオット。」

 エリオットと呼ばれた大男は、女の傍まで這い寄り、頭を垂れた。

 エリオットはこの時も、立って歩くことはなかった。

「お怪我はありませんか‥…? まぁこんな傷を!」

 女はエリオットの脇腹の傷を見て、すぐさま傷口に手を当てて治癒した。「回復」の奇跡は深く切り込まれた傷を数秒で完治させた。

 女の手に付着したエリオットの血は、浸食することはなかった。

「貴様‥‥。一体何者ダ‥‥…。」

 ナナは左肩を押さえて、ゆっくりと立ち上がった。彼女の顔は苦痛に歪み、辛そうに肩で息をしていた。

「あなたですね。我々の救済を邪魔する不届き者は。それに私のエリオットにこんな深手を負わせるなんて。何をしているのか分かっているのですか!」

 怒りの籠った青い瞳を、満身創痍のナナに向けた。

「何ヲ…ダト?」

 ナナは叫んだ。

「フザケンナヨコノ阿婆擦レガァッ! ソレハコッチノ台詞ダ! 狗ノ分際デ、呪イヲ使役シ、人間ヲ化物ニ変エ、ソレヲ救済ダト? 神ニデモナッタツモリカァッ!」

 ナナは激しく憎悪していた。血が噴き出し、痛みに視界が眩むとも、彼女の赤い瞳は女をしっかり見据えていた。

「黙りなさい悪しき者よ。我々はこの狂った世界を、そしてその中に生きる人間を救済するために活動しているのです。この穢れに染まった世界を、闇に染まった人間を私は救わねばならないのです。」

 女はまるで、教えを説くような柔らかい表情だった。

「……‥ハハハ、狂人ノ説法カ? 聞イテヤルヨ。コノ狂ッタ呪イト化物ニハ、ドンナ崇高デ神聖ナ意味ガアルンダ?」

 ナナは心底見下したような、嘲笑を浮かべていた。

 女は、ナナを見透かすように眺めていた。

「……‥あなた、人間でありませんね? 人間の形をきれいに保ってはいますが、中身はもうぐちゃぐちゃに混ざっていますね。それも、自分が認識できなくなる程に。」

 嘲笑が消えたナナの顔には、人核を見抜かれたことによる驚愕の表情が、見て取れた。

「あなた…‥、何者ですか?」

「黙レェッ!」

 ナナは傷口の血を利用して、血の釘を放った。

 釘は、女の後ろにエリオットの剣によって、全てはじかれた。

「……‥クッ。」

「人ならざる悪しき者よ。その渇いた瞳に免じて、命までは取らないでおきましょう。」

 女とエリオットは、ナナに背を向けた。

「悪しき者よ。私は聖女ミラ。もしあなたが救いを求めるなら…‥。」

 二人は夜の闇に溶けるように消えた。

「また会いましょう。」

 そこでナナは意識を手放した。



「ちょっと待て。」

 赤い霧となって、超スピードの打ち合いをしていたセフカが突然、攻撃を止めた。

 聖女レアも鎌を振るっていた手を休めた。

「どうしたというのですかセフカ。まだ躾は終わっていませんよ。もっと楽しみましょう。」

 言うこと聞かない狗へ対する躾なのか、ただの暇つぶしなのか、聖女レアはもうどっちでも良くなっていた。ただこの打ち合いを心から楽しんでいた。

「緊急事態だ。俺の娘が意識不明の重体だ。」

 セフカは血の刃を解除して、コートから鈴を取り出した。黒の長めの柄に、白い波打った金属の板が付いていた。

「悪い。続きはまた今度な。」

 鈴を鳴らそうと左手を振ろうとした。

 その瞬間に、地面の泥が伸びて、鈴を持っていた左手を切り飛ばした。

「何ッ……‥」

 飛ばされた腕はそのまま泥の中に消え、鈴は聖女レアの手の中に収まった。

「おい我が主よ。一体どういうつもりだ。」

「あなたこそ、どういうつもりですか我が信徒よ。この私より優先されることなど、あなたに有りはしないのですよ。」

 聖女レアは至極当然と言わんばかりの口調で、暴言を吐いた。

 セフカの左手はすぐに再生した。

「さぁもっと楽しもうでありませんか! まだまだ闘争は始まったばかりですよ!」

 聖女レアは鎌を振り回しながら、天を仰ぎ、嗤って見せた。

 その姿は、血と闘争に酔った狂人のようだった。

「ああ。そうか。そうだな。」

 それだけ言うとセフカは、二重螺旋の槍を三本放った。

 聖女レアは全て避けたが、その直後に現れたセフカの蹴りは、もろに食らった

「グハァッ!」

 吹き飛ばされた聖女レアを余所に、親指の爪で左腕の内側の皮膚を、縦に切った。大量の血はセフカの腕は直ぐに赤く染まった。

「断ち切る者よ。具現せよ。我に…。」

 流れ出た血は宙へと昇り、

「救いあれ。」

 何本も赤い光がセフカの周りを舞っていた。光は鈍く輝いており、何かの生き物のように動いていた

「往け。」

 セフカは血塗れた腕で、吹き飛ばされて体勢を崩している聖女レアを指さした。

 赤い光は、セフカの冷たい声を合図に、一斉に飛んだ。

「…‥クッ!」

 聖女レアは初撃を鎌で受けるが、赤い光を受けた場所は、綺麗に切断された。

 防御手段がなくなった聖女レアに下に赤い光が殺到した。

「グギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアア。」

 赤い光は聖女レアの腕を、足を、体を、首を切断した。一瞬で辺りは血の海となり、薄汚れた布に包まれた肉片だけが残った。

 セフカは血の海から、鈴を見つけた。

「それじゃあな。」

 短くそれだけ言って、セフカは鈴を鳴らした。血の滴るそれは、高く澄んだ音を響かせた。

 セフカは地面の泥の中に沈んでいき、「沼に底」から消えた。

 生首の状態で、うつ伏せになっていた聖女レアは仰向けになった。

「ふふふ……‥。久々に良い時間を過ごしました。」

  聖女レアは満面の笑みを浮かべて、自らの血と肉片と共に、泥の中に沈んでいった。


































               05

 ナナは飛び起きたが左腕の痛みにより、直ぐベッドに臥せった。左腕は肩の部分を残して、全て無くなっていた。

 セフカの部屋の大きめのベッドで寝ていたナナは、横で本を読んでいたセフカを見た。

「おう起きたか。死んだのかと思ったぞ。」

「バカ。ソウ簡単ニクタバッテヤルカッテンダ。」

 セフカは微笑み、ナナの頭を優しく撫でた。

「良かった。本当、良かったよ。」

「ウン……‥。」

 ナナは照れ臭いのか、セフカから目線を外した。

 セフカはナナの頬を撫でて、顎をくすぐった。

「‥‥…ンムゥ。クスグッタイヨセフカ。」

「お前、弱ってる時はやたら可愛くなるな。」

「ホットケ。不細工ニナルヨカマシダロ。」

 二人は柔らかく笑い、セフカは寝ているナナに軽くキスをした。小鳥の啄みのようなキスだった。

「真ッ白ナ服ノ女、見ツカッタゾ。ドウヤラ神ニナロウトシテイルラシイ。」

「神か。俺も一回そうしようと思ったことがある。結果はこのザマだがな。」

「アト手強イ奴モイルゾ。エリオットトイウ這イツクバル騎士ダ。」

 セフカは興味深そうに話を聞いていた。

「‥‥…で? お前がやられたのは、そのエリオットか?」

「違ウ。ソノ女ハ聖女デ、奇跡ヲ使ッテキタンダ。」

 その事実に、セフカは少し驚いた。

「へえ。これだけ呪いと穢れを使役しておきながら、聖女が出てくるとは思わなかった。こりゃあ中々面白そうなことになってきたぞ。」

 セフカは少年のように、目を輝かせていた。ナナはそんな彼を微笑ましく見ていた。

「セフカ、何ダカトッテモ楽シソウダ。」

「そりゃそうだ。その女の全てが俺の物になるんだから、心が躍るよ。」

 セフカは椅子から立ち上がった。

「さて、我が愛する娘よ。」

 寝ているナナの目の前に立った。

「こうして、お前が左腕を犠牲にしてくれたお陰で、有力な情報を手に入れることができた。この成果に対して、私は正当な報酬を支払う義務がある。」

 着ていた白シャツのボタンを外していった。

 ナナはベッドから乗り出して、彼の脱衣していく様を凝視していた。

「さぁ、どこがいい?」

 セフカは白シャツを床に落として、手を広げてみせた。彼のやけに白く、薄く筋肉を纏った上半身が露わになった。

 ナナはお預けをくらった犬のように、荒く息を吐いていた。

「デ、デモセフカ‥…ソレハ…。」

「何だ? 貪食の姫ともあろう者が躊躇うのか? 俺だってお前のその痛々しい姿を見ていたくはないんだよ。」

 ナナは今すぐ喰らい付きたい衝動を我慢していた。彼女の頬は薄っすらと赤みを帯びていた。

「デモセフカ、痛イノ嫌ダロ?」

「おいおい、寝ている間に普通の女の子に戻っちまったか? 心配すんなよ。痛みには慣れてるし、いざとなったら止めるさ。」

 ナナはまだ我慢していた。熱の籠った吐息と涎が唇を伝って、シーツに落ちた。赤い瞳も真っ黒になっていた。

「デモセフカ、部屋ガ汚レチマウゾ?」

「ファントムにやらせればいいし、血はお前が飲めばいいだろ? 至り尽くせりだ。」

 ナナはまだ我慢していた。潤んだ真っ黒な瞳は、セフカの体を求めていた。

「デ、デモセフカァ‥‥…。」

「ナナ!」

 ナナの懇願を、セフカは一喝した。

 セフカは笑顔を浮かべて、手を前に広げた。きっと自分に飛び込んでくるであろう我が娘を受け止めるために。

「さぁ、おいで。」

 その言葉と同時に、ナナは彼に飛び込んで、左腕を食いちぎった。

 セフカは全く動くことなく、左腕を食いちぎられた。傷口からは夥しい血が流れていた。

 ナナは、そんなこと気にも留めず、肉を噛み、血を啜り、骨をしゃぶっていた。

「どうだ? 旨いか?」

 セフカは笑顔のまま、振り向かずに尋ねた。

「アア旨イ。旨イ美味イウマイヨセフカ。」

 ナナは目もくれず、目の前のご褒美に集中していた。指を一口で全部噛み千切った。

 セフカとナナの関係はそういう契約の下で成り立っていた。セフカが彼女の全てを縛る代わりに、ナナは彼の血肉を貪る権利を与えられていた。

 セフカは彼女の際限のない飢えを、自らを以って満たす義務があった。

 指と掌を堪能したナナは、二の腕に食らいついた。

「私のかわいい娘だ。お前のためなら腕の一本や二本、喜んで差し出そう。」

 左腕は既に、半分以上が骨だけになっており、ナナはその骨すらも?み砕き、咀嚼していた。恍惚の表情を浮かべながら、獣のような食事を続けていた。

「お前は私と血を分けた、たった一人の家族なんだから。」

 セフカは、ナナの体に自分の血を入れて、その存在を完全に支配していた。彼女には「掌握」の術が高いレベルで掛かっていた。それは人核の操作をも可能する程だった。

 ナナは腕を食べ終わり、絨毯に落ちた血のシミを一心不乱に舐めていた。

「‥‥…ンチュ‥…レル‥…レロ‥…。」

 年端もいかない容姿の少女が、床に舌を這わせている姿は、何とも言えず扇情的だった。

 ナナはセフカの血が何よりも好きだった。この赤黒く、重く、幾重にも呪いが染み込んだ血は飢えと渇きを一瞬で癒し、何とも言えない悦楽を与えてくれた。それが彼女を縛る呪いであり、彼女を救った祝福でもあった。

 ナナの左腕はもう再生が終わっていた。

「ナァ‥‥…。セフカァ‥…。」

 ナナはゆっくりと立ち上がり、セフカの方を向いた。

 彼女は口元を真っ赤にして、真っ黒な目を潤ませて、頬を紅潮させながら、フラフラと近づいてきた。

「足リナイ…。足リナイヨゥ‥…。」

 左腕を平らげたところで、ナナの食欲は留まる事はなかった。彼女の背中からは触手が生えていた。彼女はセフカの全てを食らい尽くそうとしていた。

「モット‥‥…チョウダイ‥‥…。マダ食ベタイヨォ…‥。止マンナイヨォ‥…。」

「そこまでだ。ナナーリア。」

 触手がセフカに触れるか触れないかの所で、ナナはその場で静止した。そして、糸が切れたように崩れ落ちた。

 彼は「掌握」の術で、彼女の動きを完全に止めた。

 彼女の人核はセフカの血肉を取り込んだことで、本来の姿に戻りつつあった。かつて、泥と闇しかなかったこの世界を美化するために、光王ヴァランにより生み出された「八人の落とし子」の一人に。世界の闇と穢れを喰らい尽くし、自身の光を失ってしまった哀れな「貪食の姫ナナーリア」に戻ろうとしていた。

 セフカは着ていた白シャツの袖で、赤く濡れたナナの口元を拭った。そして、彼女を抱きかかえてベッドに寝かせた。

「すまないな。」

 セフカは悲しそうに笑った。

「私をあげるのは、まだ先だ。」

 ナナの頭を撫でる彼は、孤独で消えてしまいそうだった。

「でもその時が来れば、私は必ずお前と一つになろう。」

 寝ているナナにキスをしたところで、ファントムがドアをすり抜けて入ってきた。

「ああ。ここに居たんですか。」

 ファントムは、茶色のマグを二つお盆に載せて運んできた。紅茶の清涼感のある芳醇な香りが漂っていた。

「バルコニーにも居なかったんで、結構探しましたよ。お陰でせっかくの紅茶が温くなってしまいますよ。」

「おおすまんな。ちょっと我が娘と戯れていたんでな。」

「床を血だらけにする戯れなんて勘弁してほしいですね。誰が掃除すると思っているのですか。」

 ファントムは床にできた赤黒いシミを見て、ため息をついた。

「まぁそう言ってくれるなよ。ナナも頑張ったんだ。ご褒美くらいあげてやってもいいだろう?」

 セフカはマグを受けて取り、紅茶を啜った。果実と蜂蜜の爽やかな甘さが、口の中にじんわりと広がった。

「まぁそれはいいんですけど…‥。」

 ファントムは少し言い淀んで、

「私にはご褒美ないのですか?」

 伏目になりながら彼女は、そのセリフを言った。

 セフカは紅茶を噴出してしまった。

「ゴホッ…ゲホッ…。お前‥…、いつからそんな可愛い事が言えるようになったんだ?」

「うるさいですね。私だって留守番していたのに、ナナにだけご褒美だなんて不公平ですよ。」

 ファントムは冷静さを装っていたが、実際は、顔から火が出そうなくらい恥ずかしかった。

「それとも‥…、私はただの召使なのですか?」

「そんなことはない。」

 セフカは即座に否定した。

 ファントムはこの古城に取り残された、海の底のような青色のドレスに憑いている亡霊である。彼女が何故、古城に居るのか分からなかったが、セフカとナナは、彼女のお陰で古城での優雅な暮らしを送ることができた。

 ファントムはセフカ達の大切な家族だった。

「それなら私も、それ相応の褒美を賜りたいものです。」

「はいはいわかりましたよ。」

 セフカは観念したようにそう言うと、いきなり立ち上がり、彼女の唇に唇を重ねた。実際に、彼女の唇を触れることはなかった。

「ン‥…ンゥ‥‥…。」

 ファントムは啄むようなキスが好きだった。

「‥‥…ンムゥ…。……やっぱり肉体が無いと不満ですか?」

「馬鹿を言うな。肉体は無くとも、お前は暖かく、光に満ちている。本当に亡霊(ファントム)なのか不思議なくらいだよ。」

 セフカは、ファントムの暖かさが好きだった。

「いつもありがとう。ファントム。」

「いつもありがとうございます。セフカ。」

「おいおい。何でお前がお礼を言うんだい?」

「私は本来、辺獄(リンボ)にいるべきなのですよ? それをせず、現世に居させてくれるだけでも、感謝してもしきれませんよ。」

 ファントムは、セフカの首に腕を回した。

「それにあなたは、私に此処に居てもいいと言って下さった。それで充分です。それだけで私は救われるのです。」

 彼女は、セフカにキスした。長く触れるだけのキスは、慈愛と祝福に満ちていた。

「あなたは、私にとっての神様なのです。」

「私はそれをやろうとして、失敗した男だぞ?」

「それでも、あなたは私だけの神様です。私を救済してくれた、ただ一人の神様です。」

 そんな真摯な言葉を、セフカは困ったような顔で受け止めた。

 彼は、たまに自分に事を神様と呼んでくるのが、好きでは無かった。自分の今の有様を、反芻するようで気が滅入るからだった。

 人間を超えるため聖女アンドレアを喰らおうとして、逆に彼女に縛られてしまい、信徒と成り果ててしまったことは、いつ思い出しても頭が痛かった。

「神様は止めろと言ってるだろ。それに私は、神になりたかった訳じゃない。人を超えようとしただけだ。」

 セフカはファントムの前を通り抜けて、ナナの眠るベッドに座った。

 啜った紅茶は甘みが増しているような気がした。

「要するに、俺もただの狗だということだ。」

 神の下に付き従い、神の名の下に行動するセフカ達は、神の力を権力や武力に変えて振るっている「鋼の意思」の騎士達と何ら変わりなかった。

「それじゃあ神様じゃなくて、狗様ってところですかね。」

「それも止めろ。すごく間抜けな感じがする。」

 ファントムは悪戯っぽく微笑んだ。

「さあ褒美もやったろ? もうすぐナナも起きるから、ディナーの用意をして来い。うんと豪勢にしていいぞ。肉も魚も野菜も存分に使え。」

「食べきれなくても知りませんからね。」

「ハハッ。望むところだ。」

 そう言ってファントムは、微笑んだままドアをすり抜けて消えた。

 セフカは、部屋からファントムがいなくなると、紅茶を一気に飲み干して、ベッド横のイスに掛かっている黒コートに袖を通した。

「さてと俺は‥…。」

 左掌を引っ掻いて血を流し、血の槍を出した。

「客人をもてなすとするか。」

 そして、赤い霧となって部屋から消えた。



 スティングは、自分の愛馬であるブローメアに馬車を引かせて、悠々と森を回っていた。

 ブローメアは、自分がこの骸骨男に、破城槌のような馬車を引かされるのが心底嫌だった。

いつか絶対その頭蓋骨を蹴り抜いてやると、心に誓っていた。

「いやぁ。今日も風が気持ちいいねぇ。ブローメア。」

「うん。ついでにこんな物を引いていなけりゃ、最高なんだけど。」

「そりゃ無理な話さ。僕達はそういう契約で此処に居させてもらっているんだから。」

 首が二つの黒い馬は、木々の間をすり抜けながら不満を言った。

 彼の引いている馬車は、全体が返しの付いた棘で覆われており、側面から外側に伸びている棘は特に長かった。馬車の中は空洞になっていたが、誰も乗っていなかった。

 スティングは黒い拘束具のような恰好で、首や各関節には鎖の輪が付いていた。彼の肩に担いでいるランスは、十字の刃が入っており禍々しい形をしていた。

 まるで死神のような風貌のそれは、木漏れ日の差し込む昼下がりの森を駆けていた。

「主人と契約を結んでいる以上は、こうやって森を駆けるしかないのさ。」

「だからって、こんな物引く必要ある? 甚だ疑問なんだけど。」

「そう? 僕は格好いいから好きなんだけど。」

 この馬車は、セフカが彼らと契約を結ぶときに与えた物で、これを引いて古城の森を回ることを使命としたのだった。

辺獄(リンボ)に居た頃が懐かしいよ。あそこの死肉と血の混じった茨道は最高だったなぁ。風も生暖かくて、空は赤黒く淀んでいて、木々の葉っぱの一枚まで殺気に満ちていたよ。」

 ブローメアの呟きを聞きながら、スティング辺獄(リンボ)のディ・オウの領域に居た頃を懐かしんでいた。

 血みどろの闘争のみが、生きる手段であり目的であるディ・オウで、彼らは戦いを大いに楽しんでいた。彼らは幸せだった。死して尚、人生の全てを捧げた闘争の愉悦に、永遠に浸ることができた。セフカが来るまでは。

 あの化物は、人の姿をした怪物は、あっという間に彼らを蹂躙し、束縛し、隷属してしまった。全く歯が立たなかった。強かった。強すぎた。そして、この男になら忠誠を誓ってもいいと思えた。

 かつて三人の君主を裏切り、三つの国を滅ぼした「背命者」のスティングは愛馬のブローメアと共に現世に舞い戻っていた。

「おおおっ!」

「ン? どうしたブローメア? ‥……ってうあああああああああああっ!」

 結構な速度で走っていたブローメアは、その場で急停止して、反対方向に旋回した。馬車は大きく振り回されたが、スティングは手綱を強く握っていたため投げ出されなかった。

「おいおい! いきなりどうしたってのさ。吹っ飛ばされるところだったよ。」

「それどころじゃないよ。侵入者だ。かなりの闇と穢れを纏ってる。」

 そう言った瞬間に、長い槍を持った呪われし者がスティングに向かって飛びかかってきた。

 彼は敵の方を見もせず、ランスで胴を串刺しにした。

「何だこりゃ。呪いと穢れがぐちゃぐちゃになってる。」

 スティングは、ランスに貫かれて死んでいる呪われし者を眺めた。実際には、目が無いので見ているかどうかは分からなかった。

 鳥頭の呪われし者は、腹から黒い血を流し、白いランスを染めた。

「主人はまた厄介事に巻き込まれたらしいな。」

 ブローメアはまたかと言わんばかりに、ウンザリして言った。

「まぁそんなことはどうでもいいよ。」

 スティングは、ランスに刺さっている呪われし者を無造作に払い捨てた。

「闘争だ。闘争が始まるぞ。血と肉と闇に塗れた闘争が。」

 彼はこれから始まる闘争に、心躍らせていた。彼にとって、闘争は生きる意味であり、手段であり、祈りだった。

「ああ。それも大所帯で来ているらしい。派手な宴になりそうだ。」

 ブローメアも闘争の愉悦を感じながら、戦場を駆けまわるのが大好きだった。

 彼は元々、一人の神に仕える信徒だった。彼は神に、自分の持っている全てを捧げて、尽くした。彼は神に愛されていた。しかし、神は彼だけを愛さなかった。神は、自分に仕える全ての者に対して愛情を注ぎ、寵愛を与えた。

 彼はそれを許せなかった。

 彼は、神を仕えていた自分以外の信徒を、全て殺した。神からの愛を全て自分の物にしたかった。

 彼女は嘆き悲しみ、彼を首が二つの黒い馬に変えて、辺獄(リンボ)のディ・オウに堕とした。

 ブローメアは、神を呪った。そして怒りに身を任せ、ディ・オウに堕ちた者どもを蹂躙した。向かってくる者は蹴り飛ばし、逃げる者は踏み潰し、いつまでも消えることのない紫の炎で、全てを焼き尽くした。

 彼は蹂躙の最中に、自分が怒りではなく、喜びの感情で敵を殺していることに気が付いた。敵の死体を一つ、また一つ作っていく度に、心が歓喜に染まっていった。

 スティングと行動を共にするようになったのも、その頃からだった。

「どうやらあれが親玉らしいね。」

 スティングは、森の木々をかき分けて近づいてくる巨大な物を見た。

 それは人の形をしていたが、さっきの鳥頭の呪われし者で構成されていた。手の指から顔のパーツに至るまで、その群体によって形成されていた。足は無かったものの、体から伸びた呪われし者が地面を這いつくばることによって、ゆっくり移動していた。

「凄い穢れと呪いだ……。近くにいるだけで肌がビリビリする。」

 ブローメアは二つの首を大きく振った。

 呪いの群衆が通ってきた道は黒く腐食しており、それが押し退けようして触れた樹木も、即座に腐っていった。

「でもこいつが主人の作った結界を突破したとは思えない。誰か先導した奴がいるはず。」

 呪いの群衆はスティング達を視界に捉え、一瞬止まり、

「こいつよりも遥かに強い奴が。」

「グゥウウウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」

 咆哮を上げながら、腕を二人目がけて振り下ろした。

 二人はそれぞれ、横に飛んで避けた。

「ブローメア! 合わせろ!」

「分かってる!」

 ブローメアは二つの首から、紫の炎の塊を三つ吐いた。

 塊は呪いの群衆に直撃し、肩と腹を焼いた。炎を受けた部分の呪われし者は地面に落ちて、そのまま死ぬまでのたうち回った。

「こっちだぁ!」

 そこへつかさず、スティングがランスを構えて頭部目がけて飛び込んできた。

 呪いの群衆は、腕でランスを素早く防いだ。

 スティングは空中でしばらく拮抗し、腕に払い飛ばされた。

 呪いの群衆は、力の奔流を纏っておりそれを以って、彼の強力な一撃を捌くことができた。

「何だこいつは? 力の奔流で弾き飛ばされたぞ。」

 スティングは空中で回転して着地した。

「あぁ。恐らくは光の力だ。太陽の力の片鱗が見えるよ。」

「太陽だって? じゃああの呪いと穢れの塊は、光王ヴァランが生み出した物だって言うの?」

「詳しいことは分からないが、あの化物が光の力を使役しているのは間違いない。」

 スティングは信じられなかった。あの穢れた化物が光の産物であり、光王ヴァランが生み出した物だということが理解できなかった。

「まったく。我が主人は、とんでもない奴を敵にしているみたいだな。」

 ブローメアがそう呟くと、呪いの群衆は両腕を地面に手をついて、口らしき部分を大きく開けた。

「こりゃまずいな。」

 白い光が一筋、二人目がけて飛んできた。

 光は二人の足元に着弾し、爆発を起こして吹き飛ばした。

「グハァッ!」

「クッ!」

 スティングは宙を舞いながらも、何とか受け身をとることができたが、ブローメアは大きな馬車を繋いでいるため地面に激突した。馬車も喧しい金属音を立てて地面を跳ねた。

「おいおい。何してのさぁ我が愛馬。だらしないよ。」

「こんな物に繋がれてなけりゃ、後方宙返り三回転を見せてやるところだ。」

 スティングはランスを肩に担いだまま悪態をついた。

 ブローメアはすぐに立ち上がったが、この不愉快な骸骨を踏み潰したい衝動に駆られた。

「じゃあ、僕は暫く遊んでくるから準備お願い。」

「おいちょっと待っ…。」

 ブローメアの静止を聞かず、スティングは迫りくる呪いの群衆に、一目散に駆けていった。

「アァァアアリィィィィィイイィィイイイイイイイイイイ!」

 そんな雄叫びを上げながら迫るスティングに、光の弾が飛来してきた。

 スティングはランスで弾を全て打ち払った。

「グォォォオオオオオアアアァァアアアア!」

 呪いの群衆は両腕を振り上げて、渾身の力で振り下ろした。

「アァァリィィイイイアアアアァァァァァアアアアアアア!」

 スティングはそれを避けようともせず、ランスだけで向かい打った。

 両者の攻撃は、触れたところから爆発したような衝撃が広がった。周りの木々の葉を激しく揺らした。

 両者は拮抗して少しも動かなかった。

「ハッハァ! いいじゃん。もっと楽しもうぜ。」

 スティングは戦いの高揚感で、気持ちが昂ぶっていた。

 彼は素早く強力な、突きや振りを連続で繰り出した。それも骸骨とは思えない速度で動き回りながら、攻撃していた。

 呪いの群衆は、その俊敏かつ獰猛な攻撃を太い腕で迎撃していた。ランスが腕に当たる度にそこから苦痛に歪む声が聞こえてきた。

「そうだ! もっと激烈に! もっと凄惨に!」

 スティングは嗤っていた。久々の闘争であったのもそうだが、打ち合う度に骨身に響く甘い痺れや、自分を討ち果たすためだけに放っている冷たい殺気、何よりこの蜂蜜酒のように甘美で濃厚なやり取りに酔っていた。

「ウィィィイィィイイイイリィィィィィイイイイイイイイ!」

「ヴォォォォオォォオオオオオオォォオオォオオオオオオ!」

 両者、絶叫しながらの激しい攻防の中でブローメアは、馬車を揺らしていた。

 馬車の中には紫の炎が燃えており、馬車が揺れる度、彼の蹄鉄の響く度に膨れ上がっていった。やがて炎は馬車全体を覆い尽くした。

「スティング! 準備できたぞ!」

「よし! そのままぶっ放せ!」

 その声と同時に、ブローメアは馬車を一回転ぶん回した。

 紫の炎は馬車を離れて、丁度敵の懐に飛び込もうとしていたスティングに直撃した。

 彼の体は紫色に燃え上がり、ランスも炎に包まれた。

 そして、そのまま呪いの群衆に突っ込んだ。

「ハァイイイイイイイイイイイイイイイヤアアアァアァァ!」

 渾身の突きは腕によって防がれたが、紫の炎が腕を貫き、肩を撃ち抜いた。

 腕は撃ち抜かれた箇所から、炎に包まれてそのまま焼け落ちた。

「グゥゥオオオオオォォォォォォォ…‥。」

 呪いの群衆は苦痛に悶え、たららを踏んだ。腕を構成していた鳥頭達も這いまわりながら、燃えていった。

「スティング。五歩下がって飛べ!」

 スティングは言われた通りに、敵に背を向けて後ろに五歩進んだ。

 その直後にブローメアが、スティングをすり抜けて凄いスピードで突進してきた。

 ブローメアは紫の炎を纏いながら、呪いの群衆に衝突し吹っ飛ばした。その衝撃に構成していた鳥頭達がその場に飛び散った。

「グォォッ!」

 呪いの群衆は木々を薙ぎ倒しながら倒れ、体には炎が纏わりついた。

 スティングは既に、倒れた敵の真上に来ていた。

「こいつで…‥。」

 彼は炎の灯ったランスを下に向けて、

「終いだああああぁぁぁぁあああぁぁッ!」

 落下して、ランスを体に突き立てた。

 呪いの群衆は一瞬にして、紫の炎に包まれてそのまま動かなくなった。構成していた鳥頭達の結合も無くなり、その場には何百体もの鳥頭の死体が残った。

「中々楽しめたな。いい時間だった。」

 スティングはランスを抜いて、死体をかき分けながらブローメアの下に戻った。

「ああ、でもまだ終わってはないらしい。」

「何だと?」

 ブローメアは未だ、炎が盛っている死体の方を見つめていた。

 奥の森から凄まじい呪いと穢れが、ゆっくり近づいてくるのをブローメアは感じていた。

 木々の間をかき分けて、一人の大男が這い出てきた。

「ほう…。」

 大人の二倍程の背丈に、朽ちた大剣を担ぎ、腕に抱かれた黒い鎧を着た、灰色の長髪の男が闇の中からゆっくり出てきた。大剣は毒が絶えず滲み出ており、彼自身もその毒に似た穢れを垂れ流していた。

「こいつが犯人か。」

「ああ。あのデカブツとは大違いの力を持ってる。」

 ブローメアは二つの首を震わせながら言った。泥のように冷たく這いよる殺意に、彼は歓喜していた。

 エリオットは燃えている死体を押し潰しながら、大剣を構えた。

 大剣を逆手に持ち、膝立ちで海老反りになりながら、勢いよく地面に突き立てた。

 黒い衝撃刃が地面をえぐりながら、二人に襲い掛かった。

「チィッ!」

 二人は左右バラバラに避けた。

 衝撃刃は樹木を巻き込みながら、地面に穢れの跡を残して消えた。

「今度は俺が行くぞ!」

「え、ちょ待っ‥…。」

 今度はブローメアが敵に、一目散に駆けて行った。

 彼の二つの頭から黒い角が生えた。角は緩い波状の剣のようになっており、突き刺すよりは切り裂くことに適していた。

 ブローメアはエリオットに向かって、一心不乱に突っ込んだ。

 二つの刃はエリオットの大剣を捉え、彼を地面を削りながら、押し返した。

「リィイイイイイィィィィイイイイィイアアアアァァアアァアアアァ!」

 木々を十本程なぎ倒したところで、二人は止まった。

 エリオットの大剣から、黒い穢れが迸っていた。

「成程。その剣の穢れ…‥。お前、辺獄(リンボ)から来たな?」

 両者は拮抗したままだった。

「気にするな。俺らもそっちの出だ。」

 ブローメアは剣を押し返し、二本の首を振るって連撃を繰り出した。

 エリオットも大剣を振るい、打ち向かった。

「アアアァァアアァァアアアアアリイイイイィィィィイイイイイィイ!」

 両者の鋭く重い剣戟により、周りの樹木や地面は傷だらけとなった。

 エリオットは、二つの首の切り伏せを逸らして、角を打ち払い、上空に打ち上げた。

「グウゥッ!」

 空に舞ったブローメアにつかさず、衝撃刃が向かった。

 彼はすぐに体勢を立て直し、紫の炎を吐いて向かい打った。

「グウゥゥオオオオオォォォォォォォ!」

 着地した直後を狙って、エリオットが雷のように突っ込んできた。

 ブローメアは角で何とか凌いだが、剛力無双の三連撃で、地面を転げながら吹き飛ばされた。

「グハァッ!」

「コォォォオオオオオオォォ‥‥…。」

 エリオットはつかさず、四つん這いの状態で大剣を頭上に掲げた。

 真っ黒で炭のように朽ちた大剣は、真っ白な光を纏い始めた。光は大剣に集まり、密度を高めて刀身を形作った。

 穢れを放つ朽ちた大剣は、聖なる力で煌めく聖剣となった。

「大した奴だ‥…。穢れの力を光に変換させるとはな‥…。」

 刀身が二倍に伸び、聖なる力を帯びた大剣を見てブローメアは驚愕した。

 正反対の性質に変換させることは、彼の主であるセフカでも出来るかどうか微妙だった。

「ならば!」

 ブローメアは馬車の中に紫の炎を焚いた。炎はみるみる火勢を増し、馬車を覆いつくした。

 やがて炎はブローメアに燃え移り、体や目や角を燃やした。

 かつて辺獄(リンボ)を駆け抜けていた、地獄の馬が現れた。

「さぁ行くぞ! 辺獄の騎士よ!」

「グルゥウオオオオオオオォォォォオォオォオオオオオオオオオ!」

 エリオットは頭上に掲げた大剣を振るい、純白の衝撃刃を飛ばした。

 ブローメアは首を交差させて振るい、紫の衝撃刃を飛ばした。

「そこまでだ。」

 二つの衝撃刃の間に、セフカが割って入った。

 セフカは衝撃刃同士の衝突による、爆発に巻き込まれた。

「主人!」

「ご主人!」

 スティングとブローメアは、爆炎の中に居るであろう自分らの主に向かって叫んだ。

 次の瞬間、エリオットに向かって血の槍が飛んだ。

「!」

 血の槍は赤い閃光となり、エリオットの胴を貫いた。彼は後ろによろめき、大剣を杖にして、苦しそうに肩で息をしていた。

 セフカは土煙の中から悠々と、二人の前に現れた。黒コートも白シャツも綺麗なままだった。

「随分お楽しみじゃないか。お二人さん。」

 二人はセフカの傍に駆け寄り、その場に跪いた。スティングはランスから手を放し、ブローメアも二つの首の頭を垂れた。

「お久しぶり。我が主人。」

「お変わりないようで何よりです。我が主人。」

「そういう貴様らも顔色が良さそうで、飼い主としては何よりだ。」

 セフカは拘束具姿の骸骨男と、紫の炎で燃えている黒い馬に向かって言った。

 二人は小さく笑った。

「今日はどういったご用件で?」

「貴様らには用はない。俺は客人をもてなしに来ただけだ。」

 セフカはエリオットの方を向いた。

 胴から血を流しながら、エリオットは未だ大剣を構えて、闘志は潰えていなかった。

「よう這いずり騎士。まず大層な土産に感謝するぞ。お礼にここからは、俺が直々にもてなしてやる。存分に味わうがいい。」

 そう言って、セフカは両手から血の刃を生やし、彼の目の前に現れた。

 両の刃で斬りつけるのを、エリオットは大剣で防御した。

「まだ元気じゃないか。すまないな。我が忠犬が粗相したみたいで。」

 そのまま大剣を捌いて体勢を崩した所に、エリオットの顔面に蹴りを入れた。

 彼は宙を舞い、樹木に激突して止まった。

 セフカは血の刃を解いて、左手を引っ掻いて血を出した。

「刺し穿つ者よ。具現せよ。我に‥…。」

 滴る血は彼の周りを、円を描くように漂い、

「救いあれ。」

 次第に槍をような形状になり、それが彼の後ろに並列した。

 セフカはゆっくりと左腕を掲げた。それと同時に、槍は一斉にエリオットの方を向いた。

「刺せ。」

 刺し穿つ者達はセフカの声を聞き、数多の閃光となって飛来した。

 エリオットは大剣で防御したがそれも空しく、幾百の赤い閃光がエリオットを刺し貫いた。

「グオオオオオオオォォォォォォォ‥…。」

 エリオットは大剣から手を放し、完全に地面を平伏する体勢になった。彼の胴は刺し穿つ者によって穴だらけになっていた。

 セフカは左手の血でまた刃を生やした。

 彼の血は怒りに満ちていた。

「立て。貴様の主のお陰で、俺の可愛い娘が痛手を負ったんだ。」

 セフカは歩いて近づきながら、刃で右手を切った。滴る血は、魂縛の呪いを濃密に秘めており、殺した相手の存在そのものを、自分の血に取り込むつもりだった。

「貴様の肉体と精神と人核で、償ってもらうぞ。引き千切り、噛み砕き、すり潰し、灰になるまで使ってやる。」

 セフカの血には、幾千の穢れと幾万の呪詛で溢れていた。彼の血に取り込まれるということは、永劫の時を穢れと呪詛と共に生きるということだった。それは生を許されず、死を許されず、全てをセフカに隷属させることだった。

 エリオットは未だ平伏したまま動かなかった。

「さぁお別れだ。」

 セフカは右手で彼を貫き、全てを終わらせようとした。

 その瞬間、セフカは黒い手のようなものに弾かれ、吹き飛ばされた。

「グゥッ!」

 セフカはすぐ体勢を立て直し、エリオットの方を見た。

 彼は黒い手に、体を掴まれて宙吊りになっていた。手は大きくしなやかで、人間の女性のもののようであった。彼の両側からも手が生えて、彼を守るように交差させていた。

「クフッ! そうか。異教の神でも信徒の命は惜しいか!」

 セフカは嘲笑いながら、神を愚弄した。

 黒い手は何も答えず、エリオットを掴んだまま地中に消えた。

 他の手も役目を果たしたと言わんばかりに、黒い靄となって消えた。

「逃げるか‥…。まぁそれもいいだろう。」

 セフカも刃を解いて。両手の出血を止めた。

 その場には、死体と残骸と紫の炎だけが残った。

「お前ら。あいつは何だと思う?」

 セフカは後ろで見ていた骸骨男と双頭の馬に問いかけた。

「恐らくは、辺獄(リンボ)の領域を守る騎士の一人でしょう。神に仕えているか隷属させられているかは定かではありませんが。光の力を使っていたこと察するに、かつては光王ヴァランの信徒であったのでしょう。」

 ブローメアは自身の察知能力を使い、あの這いずり騎士の詳細を細かく説明した。

「あの眩しく煩わしい光は、間違いなくあのヴァランだよ。あの堕落神め。忌々しい。」

 スティングは光王ヴァランを憎悪していた。

 自分を「背命者」と断じて、一切を否定し排除したあの神を恨んでいた。何よりスティングを殺したのは、鋼の意思の(ゴールド)騎士(ナイト)だった。ヴァランの走狗と成り果てた者に、彼は首を斬り飛ばされたのだった。

「いや。あれは光じゃない。」

 セフカはその可能性を否定した。

「あれは、言わば綺麗な毒だ。純白で美しいが、凄まじい毒性を秘めている。同族である俺らを殺せるほどの物だ。あいつと打ち合ってよく分かったよ。俺らの敵は、意外にも強大らしい。」

 エリオットは黒く粘ついた毒が染み出る、朽ちた大剣を持っていたが、彼はそれを光の刀身を持つ聖なる剣に変えた。大剣から出た毒が光に変化したからだった。しかし、それは毒が更なる毒へ昇華しただけだった。

 全てを拒絶し、全てを飲み込む純白の毒に、彼は見覚えがあった。

「クルトの滝だ。」

 セフカは懐かしそうに呟いた。

「色も質も違うが、あれが間違いなくそこの物だ。」

 そして、忌々しく吐き捨てた。

 辺獄(リンボ)の領域の中でも、世界中の苦痛や呪い、穢れ、悪意が集まり流れ出る滝があった。毒と膿と腐れだけが存在し、悪魔や神もその場所に寄り付こうとはしなかった。全てに見放され、世界の掃き溜めとなった領域が、クルトの滝だった。

「クルトの滝に神が誕生した。最早一刻の猶予もない。」

「神だって? あのクルトの滝に?」

「我が主人よ。失礼ながらそれはあり得ません。第一、神になる利点があそこには無いのです。信徒がいない、祝福も無い神が何故、信仰されるのでしょうか。」

 スティングとブローメアも、クルトの滝のことは知っていた。まるでゴミ箱のような場所だということは、ディ・オウでも知られていた。

「その神の目的は信仰じゃない。恐らくは復讐だろう。」

「復讐? 一体誰に‥…。」

「光王ヴァランさ。人間の神を気取っているあいつをぶっ殺してやりたいのさ。その神は。」

 セフカは全てを悟ったかのように、すらすらと話した。

 人々を異形に変える呪いも、エリオットが使う純白の毒も、そして彼や呪いを統べているであろう真っ白な服を着た聖女も、クルトの滝から来ている物だとすれば、全て説明がついた。

「呪いを喰らって異形となってしまった者は、彼女の信徒となるんだろう。人間を乏しめたいのもあるんだろうが、恐らくはヴァランとやり合う時の駒にするんだ。全くいい迷惑だ。」

 セフカは自分達が、一人の女の壮大な復讐劇のに巻き込まれたと知り、ウンザリした。

 スティングは目を輝かせていた。

辺獄(リンボ)に行くの? それなら連れてってよ。久々に戦って昂ぶりが収まらないんだ。」

「ダメだ。」

 スティングの懇願を、セフカは即座に拒否した。

「お前らは此処の後片付けだ。周りを見てみろ。俺の美しい森がメチャクチャじゃないか。」

 彼らの周囲には、木と岩に破片が散乱し、地面は所々抉れていた。ブローメアの吐いた紫の炎も燃え移り、次第に大きくなっていた。死肉が焼ける悪臭も立ち込めていた。

「しょうがないじゃん。僕達はこの戦い方しか知らないんだから。」

「んなこた知らんよ。俺が帰ってくる時までにはちゃんと綺麗しとけ。炎を消して、地面を慣らして、木々を元通りにしろ。分かったな?」

 セフカは駄犬を躾けるような口調で、二人に命令した。

 スティングは最悪だと言わんばかりに、天を仰いだ。表情は変わらなかった。ブローメアは静かに二つの首を垂れた。

「はいはい仰せのままに。ご主人様。」

 スティングはそのままセフカに背を向けて、

「…‥でもさ。」

 もう一度向き直り、手に持っていたランスを回して、そのままセフカに突っ込んだ。

 セフカはランスの切っ先を、右手で掴んで止めた。十字の刃を素手で掴んだため、血が少し垂れた。

「何かご褒美が欲しいよね。」

「……チッ。」

 セフカは刃を持ったまま突き飛ばし、その血で右手に血の刃を生やした。

 彼は再び向かってきたスティングを向かい打った。二人は数回打ち合って、渾身の突きを出したスティングを逸らし、横から蹴りを入れた。

 スティングはブローメアのいる所まで吹っ飛ばされた。体勢は崩れなかった。

「ハァ‥…。分かった。じゃあ辺獄(リンボ)から戻ったら俺が直々に遊んでやろう。」

 観念したようにセフカは言った。森がこれ以上壊されるのは、忍びなかったからだ。

「本当? 本当に本当?」

「本当だ。俺は嘘つかない。ちゃんと心ゆくまで相手をしてやろうじゃないか。」

 その言葉を聞いて、スティングは歓喜のあまり飛び上がった。

「イィィィィイヤッホオオオオオオォォォオオオゥ! そうと決まればブローメア! 早いとこ綺麗にするよ!」

 現金に喜び、作業に取り掛かるスティングを見て、セフカとブローメアは細い目をしていた。

「あいつ本当に背命者だったのか? 甚だ疑問だな。」

「ええ。生前はそう呼ばれてたみたいですね。あんなのでも人を殺し、国を潰し、世界を変えたのだから驚きです。」

 スティングが滅ぼしたのは、国だけではなかった。彼は神をも滅ぼしたのだった。正確には神になろうとしていた一人の王を殺した。

 その王は死を超えようとしていた。黒い衣の賢者を従えて、その甘言に乗せられた。賢者は、人間を燃やした灰を食えば、燃やした人間の数だけ命が加算されると言った。王は命を無限にするため自分の国の民を殺し始めた。まずは老人、次に女と男、次に子供という風に国民を火に焼べていった。

 最後に自分の妃を火に焼べて、国が死の都と化した時にスティングが現れた。彼は死者の群れをなぎ倒し、亡霊の波を打ち払い、骸の神と成り果てた王と賢者の前に立った。

 そして二人の心臓を貫いて、終わらせた。一人の男の狂気を、純粋な憧憬を、黒い衣の賢者の狂信を終わらせたのだった。

 そんなスティングが、今目の前で鼻歌交じりに小躍りしていた。

「まぁ‥‥…。今あんなんですけどね。」

「まったく愉快な骸骨だ。ところで‥…。」

 セフカは続けた。

「何故スティングが攻撃した時、止めに入らなかったんだ?」

「ああ。簡単なことですよ。」

 ブローメアはセフカ近づいて、舌で両頬を舐めた。

「私にもご褒美、期待しておりますよ。」

 それだけ言って、ブローメアはスティングの下に駆け寄った。スティングは自分の10倍くらいの大きさの大木を、肩に担いで運搬していた。

「‥……全く。俺には欲しがりな家族が多すぎる。これじゃあ身が持たんぞ。」

 セフカは踵を返して、その場を後にした。

 その表情はとても柔らかった。

「兎にも角にも、まずはディナーだ。俺にもご褒美を与えないとな。」

 そう言って、化物は赤い霧となって森から消えた。

                06

 クルトの滝は、意外にも文化的な所だった。

 広い洞窟のような岩場には、住居のような物が建造されて、集落になっていた。

 そこには鳥頭や魚頭、緑や灰色をした人型の呪われし者が、まとまって暮らしていた。どこもかしこも、泥や糞や腐れで汚れていたが、住民達は笑顔で溢れていた。思考が停止したようなその笑みに、セフカは強い嫌悪を覚えた。

「さしずめ楽園といったところか。こいつらにとっては。」

「肥溜メノ間違イダロ。凄イ臭イト穢レダゾココハ。」

 ナナは顔をしかめて、黒コートで鼻を覆った。

 セフカはそんなこと気にも留めず、ゆっくり進んでいた。

「それよりもナナ。杭は持って来たか?」

「モチロンダトモ。」

 ナナは黒コートの懐から、灰色の石で出来た杭を取り出した。杭は先端が鋭く尖っており、水晶のように光を反射して煌いていた。

「俺がこれ使ったら、後は頼んだぞ。」

「任セロ。私ガコレ使ッタトキハ頼ンダゾ。セフカ。」

「ああ。任せておけ。」

 セフカとナナは、杭をそれぞれ黒コートの懐に直して、

「じゃあ行こうか。」

「ウン。」

 二人は隠れていた岩陰から飛び出して、それぞれ両腕から出した血を使って「業火」の術を一心不乱に撃ちまくった。

 撃ち出された血は、その大きさの何倍も炎の塊となって住居を覆った。中からは鳥頭や背中から蜘蛛の足が生えた者、蜻蛉のような複眼を顔中に付けた者が出てきた。それらは暫く炎に舐められ踊り狂っていたが、やがて動かなくなった。

「俺らは人と命の守り人! 生と自由の協賛者なり! 俺らは貴様らを許容しない! この掃き溜めの中で醜く死ぬがいい!」

「貴様ラ神ガ救イヲ与エルト言ウノナラ! 俺ラガ代ワリニ救ッテヤル! 死ヲ以ッテ! 貴様ラヲ救イ! 貴様ラヲ許ソウ!」

 二人は高らかに宣戦布告し、術の火勢を一層増した。

 炎から逃れた呪われし者が、手に付いていた大斧で斬りかかってきた。白い肌を巨人に首は無く、胸の中央に三つの顔が縫い付けられていた。顔はどれも苦悶の表情を浮かべており、右腕は肘から先が無く、代わりに錆びた大斧が取り付けられていた。

 ナナはそれを、血の刃を二本交差させて受け止めた。

「ハッハァッ! 軽イ軽イ軽イゾォッ!」

 ナナは久々に戦いで、心が昂っていた。

 彼女は大斧を力で押し返し、よろけた所を一刀の下に斬り伏せた。

 白い巨人は一刀両断されて死んだ。

「調子良さそうだな。ナナ。」

「ソリャソウサ。ナンセ俺一週間モ寝テタンダロ? ファントムノディナーモ食ベタシ、モウ元気一杯ダヨ。」

 そう言いながら槍を構えて突進してきた鳥頭を、「業火」の術で消し炭にした。

 セフカは右手の傷を開き、流れる血の量を増やした。

「蛇よ。欲望の化身よ。粘ついた焔と共に、本懐を果たせ。」

 彼の右手から垂れる血は、凄まじい熱を持ちながら地面に落ちて、そのまま五体の燃え盛る蛇が誕生した。

「往け。」

 その一言で蛇達は、洞窟内の壁を一斉に駆け抜けた。蛇達はものの数秒で、深く暗かった洞窟の出口まで達した。住居を焼き、呪われし者の肉を焦がし、燃やし尽くしながら、この魔窟の闇を照らした。

「オオ、明ルクナッタゾ。コイツハイイヤ。」

「たまには普通の魔法も使ってみるもんだなぁ。」

 セフカは小さく笑った。

 本来血術(ブラッドマジック)とは、自らの魔力ではなく血液を使用する魔法体系で、魔力を使用する魔法よりも何倍も威力が高くなる。特に炎や水を使う元素魔法と、人の精神や心に働きかける念動魔法と相性が良く、多くの国や宗教でその使用が禁じられていた。一度でも使用した者は、異端者とされ厳罰が下された。

 セフカはそう言った排斥を物ともせず、血術(ブラッドマジック)の研究を続けた。自分の血と肉を削ぎ落し、人々を攫ってきては切り刻み、すり潰し、ドロドロになるまで使った。挙句の果てには人間の血肉を喰らい、力を高めていった。彼が呪われ人として始まったのも、その頃だった。

 血に染まって、酔って、狂っていたセフカは力を高める一方で、呪いをその身に宿すことになった。死にもせず、傷付かず、飢えず、渇かず、何も感じず、セフカは自分を失っていった。人を超える前に、自分を超えられなかったセフカは絶望に歪み、諦めに沈んだ。

 聖女レアに出会い、彼女の血肉を喰らうまでは、彼は呪いの主として世界に君臨していた。

 そんなセフカは今、彼女の狗に成り下がり、彼女のために行動していた。

「これで幾らかマシになったろう?」

「ソウダナ。チョット暑イケドナ。」

 ナナは黒コートの下の、ワンピースの胸元をパタパタとやった。隠れていた慎ましい胸が見え隠れした。

「見ンナ。エッチ。」

「いやこれは逆に見ないと失礼だろ。」

 セフカは横目にナナの胸を凝視していた。

 ナナのやけに白い肌に汗が浮き出て、妖艶な雰囲気を醸していた。

「何ダ? ココデ一発オッパジメヨウッテカ?」

「それもいいけど、これが終わってからの方がいいだろ? 何せ家にはファントムがセットしてくれたふかふかベッドがあるからな。」

「ソウダナ。ココハ寝ルニハ暑イシ堅ソウダ。」

 そんな戯けた会話と共に、二人は洞窟を進んだ。

 洞窟の中は、煌々と燃える蛇がのたうつ煉獄と化しており、燃えていない物はセフカとナナの二人だけだった。

「そろそろ最深部じゃね?」

「ソウダナ。女神様ハチャントイルカナ。逃ゲテナキャイイケド。」

「そんときゃ鬼ごっこの始まりだ。好きなだけ追い回してやろうじゃないか。」

 二人はクルトの滝へ足を踏み入れた。

 そこはこの瞬間に、この世界に現存する不浄な物が全て集約されたような場所だった。

 やはり洞窟であることには変わりなかったが非常に広い空間で、円形の足場が幾重に重なっていた。足場の円の中央には、天井に開いた大きな穴から純白の液体が、絶えず流れ落ちていた。不浄の原因はその液体から来ていた。一見すれば神々しい趣のあるクルトの滝は、広い洞窟を呪いと穢れ、腐れ、毒で覆い尽くしていた。

 円形の足場には、数多の呪われし者が跪いて祈りを捧げていた。鳥頭に犬頭、獣のような毛むくじゃらの体に二つの角の生えた頭を持った者、牙を持った黒い蛞蝓のような下半身に、飢えた男性の上半身が合体した者、灰色や緑色の人型などが、一斉に膝をついて滝を見上げて祈りを捧げていた。こんな姿に変わってしまった自分達を救ってほしいのか、ただ無意識の神への信仰なのかは分からなかった。

「オイオイコンナニ居ルナンテ聞イテナイゾ。」

「もうこんなに信徒が居るとはな。中々に強大だ。」

 呪われし者達は、二人のことなど気にも留めず祈っていた。

 ナナは長く息を吸った。セフカは耳を塞いだ。

「ハアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」

 彼女の絶叫は洞窟全体を反響して、震わせた。

 そして二人は呪われし者の視線を一挙に集めた。

「聖女ミラよ! まずは先日の土産はとても旨かった! 感謝するぞ! お礼にこの俺と我が娘が直々にもてなしに来たぞ! 存分に味わうがいい!」

 呪われし者達は祈るのを止めて、不意に出てきた訪問者二人に困惑していた。呪いを受けているにも関わらず人の形を保ち、敵意を剥き出していることに戸惑っていた。

 セフカの呼び掛けへの返答は無かった。

「返答無しか‥…。」

「ドウスンノ? マァ分カルケド‥…。」

「決まってんだろ。」

 セフカは出血している右手を上に掲げた。ナナも同じく手を掲げた。

「ここにいる奴らを殺しながら待つとしよう。」

 二人は「慟哭」の術を同時に発動した。呪いの濃縮した特大の弾は、近くの呪われし者に炸裂して呪いをまき散らして、範囲内にいた者も殺していった。

「宴ダアアアアアアアアアアアアァアァァァアアアアアアアアアァアアッ!」

 ナナは触手を出して、血の槍を持って敵の群衆に、一目散に駆けて行った。 

 セフカも二重螺旋の槍を持って、ナナと逆方向の敵に突っ込んで行った。

 二人の化物は闘争の歓喜に満ちていた。



「殺したな。」

「アア。殺シタ殺シタ。タクサン殺シタシ食エタ。大満足ダ。」

 二人は黒コートの中に着ていた白シャツやワンピースが、真っ赤になっていた。

 セフカの方は敵が切断されたり、頭に穴が空いたり、大きな切創で血みどろになったり壁や床が赤一色に染まっていた。何体かの死体は胸に穴が空いて、心臓が無くなっていた。

 ナナの方は血塗れで死んでいる敵もいたが、ほとんどが枯木のように干からびていた。ナナの周りに転がっていた死体は、彼女の背中から伸びる触手が絡みついていた。

「しかし来ないな。奴は。」

 セフカは死体から抉り出した心臓を、リンゴを頬張るかのように噛り付いた。中から血が一気に溢れて、彼の口周りとシャツの襟元を汚した。

「本当ニ逃ゲタンジャナイノ?」

 ナナも近くにあった死体から心臓を取り出して、大口開けて頬張った。肉厚な心臓をナナは嬉しそうに咀嚼していた。

 二人は何十段もあった足場にいた呪われし者を全て殺した。斬り払い、貫き、喰らい尽くし呪いの走らせながら殲滅を行っていた。

 彼らは碌な抵抗をしなかった。セフカの容赦の無い猛攻に、ナナの見境の無い捕食に、彼らは逃げ惑い、恐れ戦くばかりでこれまでの奴らとは大違いだった。

「いやそれは無いな。」

 セフカは否定して滝の底を見た。

 洞窟の底は暗闇で見えず、滝壺らしきものも見えなかった。

「あいつがここに居なきゃ、俺達はここに来れなかった。」

 先日のエリオットが攻めてきた時に、セフカは自らの血の混じらせた核術を使って、体の中に血を埋め込んだ。血の呪いや毒性はエリオットの中でほとんど消滅したが、血自体は消えることは無かった。セフカはエリオットの中の少量の血を頼りに、繋がりを辿ってこのクルトの滝の場所を特定した。辺獄(リンボ)への扉を開くために、聖女レアの力を借りる時は骨が折れた。聖女レアをナナと二人がかりで、肉片に変えるのに丸三日掛かった。

「一体ドコニ居ルノヤラ‥…。」

 ナナは滝に背を向けて、死体を貪り始めた。

 その瞬間、滝の純白の液体からエリオットが飛び出してきた。彼は貪っているナナの頭を掴み、壁に押し付けた。

「ナナッ!」

「グゥゥッ‥…ウウゥ‥‥…。」

 エリオットは掴んでいるナナを投げ飛ばして、滝壺の底に落とした。

「チィッ!」

 セフカは赤い霧となってナナの傍に移動し、抱き寄せて彼女と一緒に落ちた。エリオットも少し遅れて、滝壺に身を投げた。

 三十秒程落ち続けた後、セフカはやっと着地した。

 滝壺には液体は無く、中心に穴が空いており液体はそこに流れ落ちていた。それ以外は何も無い、岩の壁と床がある広い空間があった。

「おいナナ大丈夫か?」

 抱き寄せたまま膝で着地したセフカは、ナナの無事を確認した。

「モウチョットコノママデ。」

「はよ離れろ。」

 ナナは残念そうにセフカから離れた。

「油断したなぁナナ。痛恨の極みってところか。」

「イヤソウデモナイサ。コレデヤット……。」 

 エリオットは大剣を床に突き立てながら、セフカ達のいる反対側に着地した。

「借リガカエセルンダカラナァ。」

 ナナは不敵な笑みを浮かべて、両腕に刃を生やし、構えた。

 エリオットもいつも通り四つん這いで、朽ちた大剣を構えた。

「いいねぇ。ここならどっちか死ぬまで、心行くまで殺れる。」

 セフカも二重螺旋の槍を構えた。

 数秒の沈黙の後。

 先に仕掛けたのはエリオットだった。

「グウォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」

 大剣に純白の毒を纏って、衝撃刃を二つ飛ばした。

 二人はそれぞれ飛んで避けて、ナナは赤い霧になってエリオットの懐に潜り込んだ。

「オラァァアァアアアアアアアアアアァアアアアアアアアアッ!」

 ナナは体を回転させて、両腕の刃で斬りかかった。

 エリオットは辛うじて大剣を寄せて防御した。

 純白の毒の剣と呪い血で作った刃は、互いを壊し合いながら拮抗していた。

「凄イナ……。最高硬度デ、特濃ノ呪イデ作ッタ血の刃ダゾ? モウ壊サレソウダ。」

 大剣の刀身は煙を上げながら、ナナの刃にめり込ませた。血の刃もヒビが入り、今にも砕け散りそうだった。

「こっちだああああああああぁぁぁあああああああッ!」

 セフカが叫びながらエリオットの上に落ちてきた。

 エリオットは間一髪で避けたが、セフカが瞬く間に接近して追撃してきた。

 ナナも血の刃は砕けたため、血の槍に持ち替えた。

「まだまだまだまだあああああああああああああぁぁああああッ!」

 セフカが二重螺旋の槍で猛攻を仕掛けている時に、ナナが槍を横薙ぎに構えて飛び込んできた。

 エリオットは大剣を持ってない方の手で、ナナの槍を止めた。槍が刺さり、青白い手から赤黒い血が少し出た。セフカの槍も大剣で拮抗させて止めていた。

「ホウ。オ前デモ血ノ色ハ人間ト一緒ナノカ。」

 ナナが空中で槍を止められたまま関心していると、エリオットの手が白く発光し始めた。

「アッマズイ。」

 そう呟いた瞬間に、純白の毒がナナの至近距離で炸裂した。

 毒の活性による爆発を受けた彼女は、吹き飛ばされ床に転がった。

「ナナッ! ……貴様ァッ!」

 セフカが激昂し、エリオットが振り下ろした一撃を軽く捌いて、顔面に蹴りを入れた。彼は地面を三回跳ねて、壁に激突した。

 セフカはナナの傍に現れて、抱きかかえて起こした。

 彼女の顔や手足は、白くなってヒビ割れていき、その範囲が少しずつ広がっていった。

「……アアァ………セフカァ。」

「全くお前は‥…。」

 そう溜め息をつきながら、右手を引っ掻いて血を出し、彼女の胸に手を突っ込んだ。

「ウグッ!」

 セフカの右手は彼女の体にめり込んでおり、血は出ていなかった。暫くすると彼女の白く割れた所は治っていき、数秒で元通りになった。

 セフカが胸から手を抜いた瞬間、ナナは飛び上がった。

「やはりあの毒は厄介だな。」

「フゥ助カッタ。アリガトウセフカ……ア?」

 ナナは直ぐによろめいて片膝を付いた。彼女は自分の人核が蠢いているのを感じた。視界が歪み、頭が痛み、体中を蟻が這っているかのような不快感に襲われた。背中の中に隠されている触手も彼女の制御を離れ、のたうち回っていた。

「セ、セフカ……一体…何ヲシタンダ‥‥…。」

「ん? 病み上がりのお前に早く本調子に戻ってもらおうと思ってな。人核を少しいじった。まぁ完全には戻らないから心配すんな。」

 背中に四本あった触手はナナの両腕に入り込んだ。腕の中の触手はみるみる増殖して、白く細い腕だったのが、赤黒い触手が寄り集まった何ともとも悍ましい物に変貌した。体や頭髪からも赤黒い触手が生き物ように生えていた。

「グルァァァァァアア‥‥…。ウ、恨ムゾセフカァ‥…。」

「ああ。これが終わったらいくらでも相手してやろう。さっさとあいつを倒して来い。」

 ナナは獣のように四つん這いなり、殺気を?き出しにしていた。

 セフカはナナの毒を治療した際に、彼女の人核に触れた。人間の形を保っている人核を、少し組み替えて本来の姿に少しだけ戻した。

 飽食の限りつくし、闇と穢れの化身となったナナーリアの力の片鱗を見せていた。

「グゥウウウ‥‥…。」

 セフカに蹴られて伸びていたエリオットも体勢を立て直した。

 ナナの目は真っ黒な目で獲物を見ていた。

「ガアアアアアアアアアアアアアァァァァアアァァアアアアアアアァァァアアッ!」

 咆哮を上げながら、ナナは飛びかかり腕を振り下ろした。

「ガルアアアアアアアアアアアアアァァァァアアアアアッ!」

 大剣に防御されるのも厭わず、毒に侵されるのも構わず、攻撃し続けた。それは血に飢えた獣のようで荒々しく、重く、鋭かった。

「!」

 ナナは毒に対する耐性を身に付けていた。彼女の食らい尽くす触手は既に毒性を凌駕しており、それすらも喰らうことができた。

「オオオオオオオッ!」

 エリオットは一回大剣でナナを弾き飛ばし、つかさず横薙ぎに衝撃刃を放った。

 ナナは右腕を突き出し、絡みついた触手を展開させた。

 純白の毒で構成された衝撃刃を、触手は全て吸収した。

「アアアアアアアアァッ!」

 ナナは間髪入れずに左腕の触手を、風が走るような速さで伸ばした。

 エリオットは反応できず、触手は胴体を貫いた。

「!!」

「ギイイアアアアアアアアアアアアァァアアァアアアァアアッ!」

 ナナは貫いた触手を引っ張り、彼を引き寄せた。

 そして彼女自身も飛び上がり、

「ガアアァッ!」

 エリオットの頭部を右腕で叩き潰した。

 黒い血と赤い脳漿と共に、目まで隠れる兜が宙を舞った。彼の死体は夥しいに塗れて、地面を転がった。

 ナナは着地した後、彼の元に駆け寄って食事を始めた。

 鎧を引き?がし、中の胴体に詰まっている臓物やら骨やら髄液やらを片っ端から喰らった。手足は、触手が引き千切って生気を吸い取っていった。

 長い紐状の何かが?み千切られて、血を跳ねて落ちた。

「まぁこうなるよな。結構早かったな。」

 後ろで傍観していたセフカは、ナナの食卓に近づいた。

 そして彼女の周りに散乱しているエリオットの血を、指で掬って舐めた。

 彼は鋼の意志の(ゴールド)騎士(ナイト)だった。勇猛で聡明かつ敬虔なヴァランの信徒だった。彼はある日、異端者討伐の任務を受けて一人の女性を殺した。死ぬ間際に女性は、彼に呪いを与えた。彼女の心を彼に投影させるという古い物だったが、彼の心が移ろうまでに一年も掛からなかった。彼は彼女を信仰して全てを捨てた。守るべき教義や戒律、地位、領地、民、家族、自分の心さえも捨て去った。彼は彼女を復活させて従った。彼女の意志である、人間全てを救うために。

「やはりか……。目的は復讐と見て間違いなさそうだ。」

 セフカはエリオットの血から彼の全てを見た。

「しかし只の人間がここまでやれるとはな。人間のままだったら、今頃は英雄にでもなっていたろうにな。」

 セフカは少し残念そうに呟いた。

 自分を殺せるかもしれない人間が、また一人減ってしまったことに落胆した。

「どれ。俺も少し頂こうかな。」

 セフカも彼女の食卓の席に着こうとした。

 紫がかった臓物に手を伸ばした瞬間に、黒い手が二人を弾き飛ばした。

「グッ!」

「ガァッ!」

 黒い手は地面から生えており、それと同じように、聖女ミラも地面から這い出てきた。

 彼女はぐちゃぐちゃになったエリオットに近寄り、手をかざした。

「何を死んでいるのですか? エリオット。私はまだ死んでいませんよ。」

 そう冷酷に言い放ち、傷を癒していた。手から出るほのかな光は、千切れた手足や破れた腹、食べ散らかされた臓物などを一気に再生していた。

「あなたが死ぬのは、私が死ぬときだけです。そして私が死ぬときは、人間が救われていなくてはなりません。」

 エリオットは完全に回復し、ゆっくり起き上がった。

「……それがあなたの呪いなのですから。」

 聖女ミラは彼の耳元で呪いの言葉を発した。永久に続く死刑執行のようだった。

「ォォォォオオオオオオオオオオォオォォォオォォオオオオオオオオオォォオォォオォオオ。」

 エリオットは四つん這いの体勢で狼のように咆哮した。何かを諦めたかのような、しかし何かを覚悟したような寂しく勇ましい叫びだった。

 聖女ミラはエリオットの背中におぶさるように乗り、首に手を回した。

「さぁ。彼の者を討ち果たし、使命を為すのです。」

 彼女はそう言ってエリオットの体に沈んでいった。泥に混ざるかのように飲まれていった。

 そして彼は立ち上がった。背中に蛾のような毒々しい羽を生やして、這いずり騎士のエリオットは立ち上がった。

「中々マズイことになったぞ。一体化しやがった。」

「グルル……。デモ完全ニデハナイナ。核ハチャント二ツ存在シテル。」

 セフカとナナは起き上がって、エリオットの様を見ていた。

 立ち上がって羽を生やした彼は、毒と穢れの化身のようだった。

「さて第二ラウンドと行こうじゃないか。」

「ソ、ソウダナ‥…。グルウゥゥ‥…。」

「何だ? もう限界か?」

「グルゥアアアアァァ‥‥…。」


 ナナの理性はもう限界に来ていた。セフカに無理矢理に人核を組み替えられたせいで、本来の飢えや凶暴性、残虐性まで発現しようとしていた。このままではエリオットだけでなく、セフカまで喰らい尽くしてしまいそうだった。

「分かったよ。じゃあほら。」

 セフカはナナの前に、自分に右腕を差し出した。

「済マナイナ。」

 ナナはつかさず右腕を肩から切り落として、その血と肉を喰らった。鈍い音を立てながら顎で骨を?み砕いた。腕の中の血には、鈍麻と停滞の呪いが混ざっていた。

「よし。では開幕だ。」

 その一言でエリオットは疾走し、大剣を振り下ろした。

 セフカは横に飛んで避けたが、エリオットはその巨体に似合わないスピードで追跡し、渾身の力で大剣を下から上へ振るった。血の刃で防御したものの、セフカは空高く打ち上げられた。

「オオオオオオオオオォォオオオォオオ。」

 更なる追撃を加えるため、エリオットは蛾の翼を広げて飛び上がった。

「ほう空中戦か。」

 宙に放り出されているセフカに向かって、蝙蝠にのように襲い掛かった。

 セフカはこれも血の刃を交差させて防いだが、壁に弾き飛ばされた。

「チィッ! この蚊トンボがァッ!」

 セフカは壁を蹴って、忌々しい蛾を撃ち落とすため応戦した。

 刃を振るい、強力な連撃を叩き込み、今度はエリオットを壁に追い詰めた。

「どうした蚊トンボ! その趣味の悪い羽は飾りか!」

「ォォォオオオオオオオォオォォオオオオ。」

 エリオットは大剣から白い爆発を発生させて、拮抗していたセフカを吹き飛ばした。

 再び宙に投げ出されたセフカに向かって、エリオットは飛翔して突撃した。

 真下に吹き飛ばされたセフカは、そのまま地面に激突した。

「セフカァッ! テメェヨクモッ!」

 ナナは激昂し、両腕の触手に血を混ぜてそれを飛ばした。

 蝕紅の術は不規則な軌道を描きながら、牙を向く蛇のようにエリオットに飛来した。

 彼は毒々しい羽をはためかせて、避けつつ滑空してナナに突進した。

 彼女は触手の両腕で、襲い来る大剣を受け止めた。

「グッ……ガァッ……。」

 急降下してきたエリオットの剣勢は凄まじく、耐えきれなくなったナナはそのまま受け流して離脱した。

「クソガ。何テ力ダ。」

 ナナの頬に冷や汗が伝った。

 エリオットは空中で、朽ちた大剣に純白の毒を集約し始めた。刀身が白く発光し、元々黒かった鎧や気味の悪い色の翼も全て白くなっていった。全身白く染まったエリオットは、まるで天使のようだった。

「オオオオオオオオオオオオオオォォオォォオオオオォオォオォオオオ。」

 まずはナナを滅ぼさんと、エリオットは純白の大剣を構えた。

 しかし一筋の赤い閃光が翼の片方を撃ち抜いた。セフカの二重螺旋の槍が光の速さで飛来し、貫いたのだった。

 エリオットは純白の毒をまき散らしながら、空中でバランスを崩した。

 地面に激突した場所からセフカが何事も無かったかのように歩いて出てきた。

「なめんなよ化物が。こちとら貴様らが胎児だった頃から化物の相手してんだ。一回くらい殺したところで死ぬなんて思ってんじゃあねぇぞ!」

 セフカは慟哭の術を放った。崩壊の呪いを特濃で込めた術は、女性の金切り声のような音を上げて飛んで行った。

 エリオットは撃ち抜かれていない方の翼を上手く使い、なんとか術を避けた。

 しかし避けた矢先に、ナナの触手が彼の左足首を捕らえた。

「イイ加減墜チロ! コノ醜イ堕天使ガァ!」

 ナナは触手を思い切り引っ張り、エリオットを地面に激突させた。

 彼は仰向けなって倒れ、地面にめり込んでいた。

 セフカは彼の真上にいた。二重螺旋の槍を持っていた。

「寝てんじゃねえぞッ!」

 二重螺旋の槍は真っ直ぐエリオットに落ちてきた。

 彼は横に避けたが、着地地点にはナナが笑みを浮かべて待っていた。

「オォォラアアアアァァァアアアアアアアァァァアアアアアッ!」

 ナナは触手の両腕で殴りかかった。

 エリオットは大剣で応戦するものの、強烈かつ苛烈かつ猛烈な攻撃に徐々に押されていった。

「オオオオオォォォオ……。」

「ソコダァァッ!」

 ナナは大剣を弾き上げてよろけた隙を狙い、両腕の触手を突き刺した。触手は胴に深々と突き刺さり貫通した。

「グォォォオオオオオオオオオオアアアアアアアァッァァァアアアアァァァアアアアアッ!」

「セフカァッ!」

「分かったッ!」

 セフカは赤い霧となって現れ、エリオットの顔に二重螺旋の槍を突き刺した。

「アアアアァァァァアアアァアアアァッァアアアアァァアアァッァアアアアアアアッ!」

 エリオットの断末魔は女の声が混じっていた。ような気がした。

 彼は体を仰け反らせてひとしきり叫んだ後は、仰向けに倒れて動かなくなった。

 彼の顔のど真ん中を貫いていた二重螺旋の槍は、解けて無くなるかのように、顔に吸い込まれていった。吸い込まれた血は体中を駆け巡り、彼の中に残っているあらゆる毒や穢れ・呪いを打ち消した。

「……ソロソロカナ。」

「あぁ。」

 突如、死んでいたエリオットが白く発光し始めた。駆け巡っている血の赤を消そうとしていた。やがて体は痙攣し始め、仰向けのまま起き上がり四つん這いになった。傷は癒えておらず顔や胴に穴が空いたままだった。背中の羽は抜け落ちていた。

 四つん這いになったエリオットの背中から、聖女ミラが肉や骨を突き破って出て来た。真っ白な上衣やマントは血塗れだった。彼女は上半身しか出てきておらず、下半身はエリオットから出てきてはいなかった。

「……ば、化物風がァッ! この私に何をしたァッ!」

「あんたの術で何回も復活されたら厄介なんでなぁ。呪いの力で抑制させてもらった。」

 聖女ミラは、聖女とは思えないような鬼の形相でセフカ達を睨んでいた。

「成程……。どうあっても私には死んでほしいみたいですね。」

 エリオットから溢れている血の色が白くなった。それは純白の毒とは違い淀んだ、濁った白色をしていた。

「ですが私は死ぬわけにはいかないのです。人間を‥…全ての人間を救うまでは!」

 エリオットの背中から黒い手が四本生えた。それは蜘蛛の足のように彼の体を支えた。

「フフフ……。」

 聖女ミラは不敵に嗤い、黒い手で外壁を登って行った。

「追うぞ!」

「分カッテルヨ!」

 二人は赤い霧となって、滝壺を駆け上がっていった。

 足場に着いた頃には、聖女ミラは蜘蛛のような体ごと滝の中にいた。

「……一つ聞かせてください。化物。」

 彼女は穏やかな表情でセフカに尋ねた。

「貴方は人間をどう思いますか? 救われていると思いますか?」

 セフカは即答した。

「ああ救われている。人間にお前の救いは必要無い。」

 セフカは冷たく言い放った。聖女ミラに反応は無かった。

「俺からも一つ聞かせろ。化物。」

 セフカも一つ問いかけた。

「貴様の目的は何だ?」

 聖女ミラも即答した。

「人間の救済です。あの堕落神が成し遂げる前にこの私が! 全ての人間を救うのです! 闇という枷から! 穢れという罪から! 呪いという罰から! 解き放つのです!」

 聖女ミラから力の奔流が巻き起こった。聖女ミラから流れ出た白く濁った血は、太い触手のような物になった。血の触手はセフカ達に殺された呪われし者を吸収し始めた。触手はどんどん死体で埋め尽くされ、吸収できなかった物はエリオットの体に張り付けられていった。

 白い血で固められた、穢れ血の群衆が誕生した。

 死体の触手は洞窟の壁まで届く長さとなり、死体を張り付けて膨れ上がった体をしっかり支えていた。群衆の一部となった死体は一時的に生気を取り戻し、呻き声のバックコーラスが流れ出した。

「フフフ……。これも救済の一つです。彼らは敵を討ち果たすための殉教者として、私の中で永遠に生きるのです。」

 セフカとナナは、化物がさらなる化物になっていく様をただ見ていた。

「ナナ。」

「何ダ?」

「後を頼む。」

「……分カッタ。」

 ナナはそう言ってセフカから距離を取った。

 そして血の槍を出して、聖女ミラに投げつけた。

 槍は滝の水に触れた瞬間に、消えて無くなった。

「オイ死体ノ塊! 借リハ返サセテモラウゾ! ソノ醜イ姿ノママ、惨タラシク死ヌガイイ!」

 ナナは死体の触手に向かって飛びかかって、触手の腕を突き刺し貫通させた。

「オオォ……ッッラアアアアアアアアアアアアアァァァァアアアアアアッ!」

 そして突き刺した触手を、思い切り上に振り上げた。

 死体の触手は見事に千切れて、そのまま滝壺に落ちていった。千切れた箇所から白い血が滝のように流れ出ていた。

「……ゥウウ。舐めるなよ化物めが!」

 聖女ミラは吼えて、死体の触手が一斉に襲い掛かってきた。

 ナナは壁を走って避けた。

 さらに四本の黒い手は、指先から白い弾を撃ってきた。

 ナナも触手を展開しながら弾を防ぎ、蝕紅の術で応戦していた。

 セフカは懐から杭を取り出して、その場に跪いた。

「母なる泥、母なる泥、私の罪をお許し下さい。」

 そして俯いたまま、杭を上に掲げた。

「今こそ人の器を捨て去り、罰を受ける時なのです。」

 杭の先端を自分の方に向けた。

「私の名は呪いの主。」

 目を見開いた。

「災禍の渦、渇望、慰めを以って、この私に……。」

 一言だけ、静かに叫んだ。

「救いあれ」

 杭を自分の胸に突き刺して、死んだ。

 そしてすぐに生き返った。呪いの主として。

 うつ伏せになって死んでいたセフカの背中に、亀裂が入った。亀裂はみるみる大きくなり、そこから大きな手が出てきた。人間の手と同じく肌色でやけに細く、筋張っていた。その手が亀裂をさらに広げて頭部が出てきた。肌色の巨大な芋虫のような頭部には、妙に吊り上がった口と眼球が抉られたような赤黒い穴が二つあった。そして直ぐに体も出てきた。蛞蝓のような細長い体には夥しい数の手が、腹部に生えていた。手は体の末端に行く程に大きなっていった。背中には骨で型取られた翼が付いており、脊椎が通っているような影もあった。

 呪いの主となったセフカが再誕した。

 杭で自分の人核を壊したセフカは、人核の中に宿る呪いを全て解放した。人間の血を啜り、肉を貪り、骨を噛み砕いて染み付いた呪いは、彼の本懐であり宿命であった。

 人を超えたいと願ったセフカは呪いを集める内に、人核を失ってしまった。人核を失い、人間の形を保てなくなったセフカは、呪いの主と成り果てた。セフカはその姿を何よりも忌み嫌っていた。人であることから逃げてしまったその姿を、セフカは自身を許すことができなかった。聖女レアに会い、人核を獲得するまでの何百年の間は、彼は厄災そのものだった。呪いや穢れ、腐れ、毒を撒き散らして、嵐のように生きてきた。

 そんな忌まわしき姿に、セフカ今一度戻ったのだった。狂った女の歪んだ夢を終わらせるために。

「?ア?ア?ア?ア?ア?ア?ア?ア?ア?ア?ア?ア?ア?ア?ア?ア?ア?ア?ア?ア?ア?ア?ア?アッ!」

 枯れて潰れたような声で咆哮を上げたセフカは、骨の翼をはためかせ、穢れ血の群衆と化した聖女ミラに突っ込んで行った。

 それまで聖女ミラの相手をしていたナナは、突っ込んで行って死体の触手やミラ本体を壁に押し付けているセフカの姿を、悲しそうに見ていた。

「…‥アア…‥セフカ‥…。オ前ハ何故、ソンナニ死ヲ望ムンダ‥…。オ前ニ置イテイカレテシマッタラ、俺ハ今度コソ世界ヲ滅ボスシカナクナルンダゾ‥…。」

 弱々しく打ち捨てられた子猫のように呟いたナナは、今にも泣き出しそうだった。

「?ア?ア?ア?ア?ア?ア?ア?ア?ア?ア?ア?ア?ア?ア?ア?ッ!」

「は、離せぇぇッ!」

 聖女ミラは残っていた死体の触手で、何とか弾き飛ばした。

 彼女は変わり果てたセフカを見て驚愕し、戦慄していた。

「な、何ですかその姿は‥…。」

「‥…。」

 呪いの主は答えなかった。突き飛ばされて、羽で宙に浮かびながら聖女ミラを見ていた。

「あなたは‥…誰なのですか。」

「……。」

 呪いの主は答えなかった。顔に付いている二つの赤黒い穴は、彼女を見据えていた。

「答えろぉぉッ!」

「………。」

 呪いの主は答えなかった。しかし長く筋張った手を伸ばして、彼女を指差した。

「……お前と…………同じ‥…。」

「何?」

「……………失敗作だ。」

 それだけ言って呪いの主は、腹部に付いている手の全てから「慟哭」の術を発動した。

 数多の呪いの弾は一斉に、聖女ミラに襲い掛かった。

「グゥゥゥゥゥゥッ! 舐めるなぁッ!」

 聖女ミラは死体の触手に通っている白い血を伸ばして迎撃した。

 大多数は迎撃できたが数発ほど撃ち漏らし、死体の触手や本体に炸裂した。弾は炸裂した瞬間に呪いの渦を生み出し、洞窟は呪いの嵐が吹き荒れた。

「…………失敗作? 失敗作だと?」

 聖女ミラの体は、吹き荒れる呪いにより徐々に蝕まれていった。死体の触手からも苦痛に歪んだ悲鳴が聞こえ、滴っている白い血も濁りが強くなり灰色となっていった。

「この私が! 光王ヴァランに代わり、人類を救うこの私が失敗作だと! 神に刃向かう化物が! この私を愚弄してんじゃねェェエエエエエエエエエエエェエエェエエッ!」

 聖女ミラは四本の黒い手を、呪いの主に向かって伸ばした。手の平からは白い光が集まっていた。

「フフ、フフフ……。私も光王ヴァランの元信徒です。光の力が残っていないとでも思いましたか? 私の救われた世界にあなたは不要です。この穢れた場所で無惨に消えなさい!」

 呪いの主は、腹部の手から無数の槍のようなものを作り出した。それは槍というよりは棘のような物で長く、鋭く、邪悪な物だった。

 呪いの主はもう何も言わなかった。

「?ア?ア?ア?ア?ア?ア?ア?ア?ア?ア?ア?ア?ア?ア?ア?ア?ア?ア?ア?ア?ア?ア?アッ!」

 悲痛の雨が聖女ミラに降り注いだ。

「消えろ化物ォォォォオォオオオオオオオオオォオォォォォオォォオォォォオッ!」

 黒い手から、数多の光が飛んできた。光の抱擁が彼に襲い掛かった。

 棘は向かってきた光の筋を消し去った。光の筋が棘を消し去ることはなかった。

 飛来した棘は一切の容赦無く、聖女ミラに突き刺さり、貫いた。

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアァッァァァアアアァァァ……。」

 聖女ミラは降りつける雨に耐え切れず、棘と共に滝壺に落ちていった。

 呪いの主は滝壺に落ちた彼女に向って、急降下した。

 彼のひときわ長い右腕には、膨大な量の呪いが集約されていた。

「ガッ……グッ‥…お、おのれ‥…。」

 呪いの杭が聖女ミラに振り下ろされた。

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッァァァァアアアアアアアアアァァァァアアアアアアアアアアアアアア‥…。」

 長い長い断末魔の後で、聖女ミラは灰色にヒビ割れていった。

 死体の触手ももう呻くことはなかったし、彼女も救いを口にすることもなかった。

「え‥‥…え、り…………お‥‥…と。」

 最期に彼女は信徒の名を口にして、

「この…………役、立たず………がぁぁ…………。」

 悪態を付いて死んでいった。



 呪いの主がセフカに戻ったとき、彼は自ら溜め込んだ呪いによって苦しんでいた。

「セフカァッ!」

 ナナは呪いよってのたうち回るセフカに駆け寄った。

 ナナは彼を触手だらけの両腕で抱き起した。

「ガハァッ‥‥…ウグッゥ…………ギィィッアァァ‥…。」

「セフカ待ってろ! 今血を‥…。」

 ナナは自身の腕を切り落として、彼に血を飲ませようとした。

 セフカはその手を止めた。

「セ、セフカ?」

「ハァ‥…ハァ‥‥…ナ、ナナ‥‥…。」

 セフカは一言だけ言った。

「お、俺を喰うなら…………今、しか‥…ないぞ‥‥…。」

 ナナに誘惑の言葉を投げかけた。

 セフカは今、自分の呪いで苦しんでいる。しかしそれも沈静化し、聖女レアの所に行けばまた新しい人核を得て復活してしまう。セフカを喰らうには、動けない今が絶好の機会だった。

「ナ、何馬鹿ナコト言ッテンダヨ‥…。今ノオ前ヲ喰ラッテモ、俺ハ全然満タサレナイゾ。」

「いや‥‥…。お前は今……俺を喰らいたくて………限界の……はずだ……。」

 セフカは見抜いていた。

 ナナの人核を組み替えたときから、こうなる事を予想していた。と言うよりはこうなる事を望んでいた。彼は永い時を生きてきた。途方もない、膨大な時間を彼は彷徨っていた。聖女レアに会い、その信徒になってからは心にあった空虚が大きくなっていった。彼はいつの日からか自分の殺せる可能性のある者を、家族として傍に置くようになった。ナナはその最初の一人だった。

「お前がいいなぁ………。殺されるんならお前がいい‥‥…。」

「止メロヨ……。オ前ガ死ヌナラ俺モ死ヌ。オ前ノ居ナイ世界ヲ壊シテ、俺モオ前ト一緒ニ逝ク。」

「駄々を捏ねるなよ‥…。俺とお前の契約は、そうじゃなかっただろ?‥…。」

 ナナはセフカの血肉を貪ることを条件として、契約を結んでいたが、その権利は義務として行使することも可能だった。ナナの対して血の掌握を発動できるセフカによって、強制的に自身を喰わせることも可能だった。

「お前は‥‥…俺を、喰わないと……いけない‥‥…。肉…‥骨…‥血…‥全部残さず喰わないといけない。………お前には…‥その義務がある。」

「…‥アア…‥アアァァッ!‥‥…。」

 ナナは悲痛に叫んだ。

 ナナの力を以ってすれば、今のセフカを喰らい尽くすことは容易だった。しかも彼女は人核を組み替えられて、本来の力を取り戻しつつあり、血の掌握で喰らいたい欲を増大させられていた。

 ナナがセフカを喰らうのは、時間の問題だった。

「セフカ……セフカァ………。」

 セフカを抱き起していた両腕の触手が、彼の体に乗り移っていった。まるで彼を味わうように胸を、腰を、腕を、脚を、首を、顔を蠢いていた。

「クッフフフッハハハハ‥‥…。」

 彼の表情は全てが満ち足りたように、穏やかで柔らかく、満足していた。

 最後にナナが大口を開けて、彼の顔に熱いキスを交わそうとした。

「いい………。全部、これでいいんだ‥‥…。」

「いいわけないでしょう。」

 かぶりつくまで後数センチというところで、ナナは吹き飛ばされて壁に激突した。

 倒れているセフカには、持っていた灰色の鎌を胸に突き刺した。

「グッ!」

「愚かな愚かな我が信徒よ。そう簡単に死ねると思いましたか。自分が今、誰の所有物であるかもう一度考えることですね。」

 聖女レアは鎌を引き抜いた。セフカの体には新たな人核が誕生した。彼の呪いは全てそこに集約されて、苦しむこともなくなった。

「杭を使うのは構いませんが、死なれては困るのですよセフカ。あなたは私の大事な信徒です。死ぬのなら、私が死んでからになさい。」

「ク、クソが……覚えてろ……よ‥…。」

 そう捨て台詞を吐いて、セフカは気を失った。

 ナナも壁を背に倒れたまま、ピクリともしなかった。

「まったく。ナナーリアもナナーリアです。私に黙って手を出そうなんて二千年早いのですよ。彼は私の物です。彼の生も死も全て、私の物なのです。」

 聖女レアは袖の中から鈴を取り出した。セフカの持っている物と同じ、黒い柄に白い金の鈴だった。

 彼女は一回だけ鳴らした。この穢れた場所には似合わない涼やかな音色が響いた。

 地に伏せていた二人の信徒は、泥に埋まるように地面に沈んでいった。

「それが、あなたの呪いなのですから。」

 少し微笑みを浮かべて、聖女レアはクルトの滝から消えた。











               07

「オウ起キタカ。」

 セフカは自室のベッドの上で目が覚めた。

 ナナはいつもの白ワンピースの服装で、椅子に座り本を読んでいた。

 いつかの時と立場が逆だった。

「ああ。おはようナナ。」

「おはようセフカ。」

 セフカはゆっくりと体を起こした。そこで妙な違和感を感じた。見える景色がいつも違ったからだった。

「? 何だこりゃ?」

「フフフッ。セフカ気ガ付イタカ? 俺ノ視界デ自分ヲ見テミロヨ。」

 ナナは意地の悪い笑みを浮かべていた。

 セフカは血の掌握を使って、ナナの視界を右目に投影した。

 二十代くらいの青年の容姿だったセフカは、十代前半くらいの子供の姿となり背も縮んでいた。白髪と肌の色はそのままだったが、かなり幼い恰好になっていた。

「嘘だろ! 何だいこれは!」

「レア曰ク、ペナルティラシイ。勝手ニ死ノウトシタソノ罰ダト。チナミニ俺モ罰ヲ受ケタ。

二週間クライノ禁血ダ。」

「マジかよ‥…。」

 セフカはウンザリしたように天を仰ぎ、ベッドに倒れこんだ。幸いにも声は元の姿と同じだった。服装は何故か、この幼い姿のサイズに合った白シャツと黒ズボンが着せられていた。

「呪いに関してはどうなっている?」

「アア。マダ蔓延シテルヨ。今ハヴァランノ意志ノ狗共ガ対処シテイルラシイ。異端者制圧トイウ名目デナ。少シデモ呪ワレテイル兆候ノアル者ヲ片ッ端カラ処刑シテイル。」

「そうか……。」

 セフカはこれを予想していたので、さして驚きも落胆もしなかった。

「まぁ俺達の仕事は、呪いの元凶の排除だ。あと出しゃばりな神々に任せるさ。」

 ナナはテーブルに置いてあった深緑のボトルを取り、二つの銀のゴブレットに中身を注いだ。注がれると芳醇かつ爽やかな林檎の香りが漂ってきた。

「ホイセフカ。」

「おお。林檎酒か。」

 セフカは手渡されたゴブレットを取り、それをナナに向けた。

「救いあれ。」

 ナナは最初キョトンとしていた、直ぐに意味を理解し、

「救イアレ。」

 そう言ってゴブレット同士を軽く合わせて、中身を一気に煽った。

「うむ。たまに飲む林檎酒は格別だな。」

「ソウダナ。………ナァセフカ。」

 ナナは少し元気を無くして言った。

「クルトノ滝デノコトダケド‥‥…。」

「止めろ。」

 セフカは強く言い放った。

 ナナはその反応に目を伏せた。

「もういいだろ。あの時はちょっと疲れてただけさ。ほんのちょっとだけな。」

「ウン。」

 ナナは寂しそうに聞いていた。

「…………ナァ。モウアンナ事、言ワナイデクレヨ。」

「…‥ああ。できるだけ努力はしよう。」

 そう言って、セフカはベッドから飛び起きた。

「さて、そろそろ起きるとしよう! ブローメアとスティングに遊ぶ約束していたんだよ。お前も来い。子供は外で遊ぶのが一番だ。」

「セフカモ今ハ子供ジャンカヨ。」

「やかましいわ。ほら行くぞ。」

「ウイー。」

 二人の化物はそう言って、笑いながら窓から飛び出していった。

 外はよく晴れており、気持ちの良い風も吹いていた。





最後まで読んでいただき、有難うございました。

日頃の妄想力と勢いだけ書きました。読みにくい部分等あると思いますが、ご容赦下さい。


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