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女騎士あらわる

 村に滞在して45日目の朝、宿屋のベッドの上。

 そろそろピンクがイライラしだし、ダークピクシー化しつつある。

「ナオ、てめーこら、起きろ」

 気持ちよさそうに寝ている直秀の顔を小さな拳で殴りつけていた。

 しかしピクシーの一撃は筆で叩かれているようなものだった。

 くすぐったい感触で直秀は目が覚めた。

「あ、ピンクさん。おはようございます」

「・・・おはようございます。ナオ様」

 ちっと舌打ち気味にピンクは挨拶する。眉間に皺が寄ってやさぐれた不良娘のような顔。

 だが、ピクシーは優しい種族なのだ!

 返事は丁寧語だった。

 直秀がもぞもぞと毛布から抜け出し服を着替えていると、扉がノックされた。

「わたしだよ。ちょっといいかい?」

 声の主は直秀をろくでなしと罵った女将だった。

 直秀が扉を開けて、彼女を招き入れる。

「どうしたんですか?」

 直秀は首を傾げつつ女将を見て聞いた。彼女の顔は困ったことがあると言った表情だ。

「領主様の館から騎士様がこられてね。あんたをお屋敷に招待したいらしいんだよ」

「はぁ・・・領主様ですか。行かなきゃいけないですかね?」

 直秀は間抜けな声を出して、行きたくないと言った。

 異世界もの。いわゆる小説にでてくるようなお話で、領主からの呼び出しとはまず間違いなくイベントだ。トラブルの予感を感じて直秀は自分の使命をすっかり忘れ、めんどくさいと思っていた。

 引きこもり気質の彼は村から出たくないのだ!

 女将もわざとらしくため息をつく。

「あんたに出て行かれるとわたしも困るんだけどね。領主様の命令はわたしらにとっちゃ絶対だ。悪いけど村にあんたを住まわせることができないね」

 女将も直秀を手放したくなかった。最近の宿屋の売り上げはうなぎのぼり。

 娯楽が少ないこの世界の村で、周辺の村々からも直秀のナイトショーを見にたくさん訪れるようになった。いわば、町おこしのようなものだ。

 とはいえ、領主の領民である女将に拒否権はない。直秀はどこの馬の骨ともしれない自由民なので断ることは可能だが、断ったり領主に嫌われると領地から強制退場になる。

 直秀がのんきな頭で考えを巡らしていると、

「ナオ様、行きましょう! ここは行くべきです! 領主様の街には美人がたくさんですよ!」

 冒険の予感を感じたピンクが直秀の周りを飛び回って誘う。彼女もこの45日間で直秀の扱いはある程度わかりつつあった。ピンク苦悩の45日間も無駄ではなかったのだ。

 ピンクの美人という言葉に、直秀はあからさまに鼻の下を伸ばした。

「しょうがありませんね。行きましょうか」

 直秀は恩着せがましく承諾した!

「すまないねぇ。いま酒場に騎士様がいらっしゃるから用意したら降りてきておくれ」

「すぐに用意させます! ささ、早くしましょうナオ様!」

 ピンクが嬉しそうに直秀の髪を引っ張りつつはやし立てた。



「貴様が道化師か?」

 背の高い直秀の顔を少し上目がちに睨んで、高圧的に騎士が声をかけた。

(すごい美人ですね)

 直秀はビックリしていた。

 直秀に声をかけた騎士は生真面目でプライドが高そうな美女だった。それも直秀の世界では滅多に見られないほどの。

 金髪の長い髪、涼しげでキリリとした蒼氷色の目、手足は長くモデルのようにすらりとしている。騎士というからには筋肉質と思いそうになるが、鎧の形から見るに丸みを帯びた女性らしい体つきに無駄な肉がそぎ落とされ、完璧な均整がとれている。戦乙女と形容するにふさわしい美人がそこに立っていた。

「いえ、私は遊び人です」

 美人から高圧的に質問されているにもかかわらず、どこ吹く風と直秀がニコニコと素直に答えた。

 涅槃に至った鉄壁の精神力は伊達ではない。

 直秀の答えに女騎士は虫を見るような目で、鼻白んだ。

「なに? 屑が。私はこの村の道化師を連れてくるように仰せつかっている。遊び人に用はない消えろ」

「騎士様。この人は道化師の職業ではないらしいですが、ウチの村で評判の踊り手に間違いありません」

 横にいた女将が、かしこまったようにおずおずと間に入った。

「誠か?」

「はい。嘘をつくなど滅相もございません」

「そうか。疑って悪いな」

「いえ、領主様のご命令は大事ですから」

 女騎士と女将が、直秀とピンクを放っておいて話していた。

「私は領主様の館にいくのですか?」

 直秀がタイミングよく聞くと、女騎士の芋虫を見るような目が光る。

「ああ、貴様の奇妙な踊りが領内の噂になっていてな。私は反対したのだが、近々行われる大事な催し物に、どこの馬の骨ともしれない貴様を使おうというわけだ。我れらの領内で安全に歩きたければ断らぬ方がよいぞ」

 女騎士は脅すように、腰にぶら下げた剣の柄を叩いた。

 剣呑な気配をただよわせる女騎士を見ても、直秀はいっこうに怯まずに笑う。

「領主様の街にあなたのような美人は多いですか?」

「は?」

 女騎士がキョトンと聞き返す。眉をしかめてばかりいた彼女の顔が緩み、幼さをのこした綺麗な顔立ちがそこにあらわれた。

 ピンクは直秀の横で墜落しそうになった。余計なことを言わなければよかったと。

「美人を見るだけでも幸せで、楽しいですからね。私は行きたいところにしか行きません」

 直秀は素直だった! 素直すぎた!

 女騎士は一瞬何を言われた分からなかったが、意味を理解するとワナワナ震え出す。

「貴様、わたしを馬鹿にしているのか!」

 とうとうこらえきれずに女騎士はそう声を張り上げると直秀の胸ぐらを掴み、軽々と持ち上げた。

「おわっ! 力持ちですね」

 ちょっとビックリしたが危機感のない直秀はのんびりとそんな感想が口から漏れ、

「貴様! まだ言うか!」

 火に油を注がれた女騎士の顔が真っ赤かっかになった。

「騎士様!」

 女将が女騎士を必死でなだめようと声を上げる。

「もうどうにでもなれ、です」

 ピンクは投げやりだった!

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