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遊び人はおどる

 直秀が遊び始めてから随分と時間がたった。

 三十日である。

 すでに三十日をだらだらと村で過ごし、遊びほうけている。

「ナオ様…魔王を倒す気があるのでしょうか…」

 ふと、そんな言葉がピンクの口から漏れた。

 今は夜。

 彼女は、宿屋のもっともいい部屋で寝台に腰掛けている。木の寝台には三重のシーツでくるまれた藁のベッドがしかれている。こんな村の部屋にしては最高級のもてなしだ。

「私は、この使命を全うする自信がありません」

 彼女は弱きだった。

 ピクシー一族の巫女として生まれた彼女は、女神からの神託を受けて、里中総出の励ましと、期待を背負い直秀のもとにやってきた。ピクシー一族は、代々勇者と呼ばれる魔王を倒す者の側で、彼らを支援し、世界の平和のために生きることを何よりの誇りとしている。

 だが、ピンクがお供をする勇者は、遊び人だった。

 それも魔王を倒すということを一切考えていないような人物だ。

 村で子供達と遊び、歌や踊りを朝から晩まで、一人の時も何やら遊びを考えることに夢中になって、一向に旅は始まらない。

 魔王がどれほど危険な存在かをこんこんと説くも、まだ時間はありますよ、という無責任な言葉で躱される。

 それに最近では、夜遊びも覚えだした。

 ピンクは、ピクシー一族なので日中活動して、夜は力も少し弱くなり眠たくなる。

 勇者の側に控えるという自分の使命さえも全うできない自責の念にさえかられていたのだ。

 どっと軒下の食堂から笑い声が聞こえる。

 それにピンクは顔をしかめた。

「女神様…女神様はなぜあの方を使わしたのでしょう?」

 深い、自分には到底わからないような深い理由があるに違いない。そう信じているが、ピンクの口からはそんな呟きが物悲しく漏れた。

 が、

「きっと…ナオ様にお考えがあるのです」

 なるべく直秀が魔王討伐のために、深謀遠慮で、自分には考えの付かない努力をしていると考えようとしていた。

 直秀から聞いていた遊び人のスキル、【かおあそび】【うた】【くちぶえ】と新しく覚えた【おどり】【いっぱつギャグ】【ものまね】【オトナのあそび】を全てLV.MAXにまでして絶技を習得している。他にも【うた】と【くちぶえ】の合体スキルを作り出したりなど遊びには余念がない。

 合体スキルは、スキルLv.5の達人が長い年月と創意工夫を辿り、新たに生み出すスキルだ。スキルはLv.1~Lv.3ならば普通の人間でも比較的楽に到達可能だが、そこから一気に難易度が上がりLv.5になるのは才能が必要である。また、人間が到達可能だとされているのはLv.6~Lv.7程度になる。スキルLv.MAXであるLv.10は人族の歴史でも片手でいるかいなかいとされるほどの神のレベルである。

 もはや、遊び人としてのスキルをほぼ全て覚えて、条件を残したいくつかのスキルが残るのみだ。だからこれは、スキルを磨く修行だとピンクはなんとか自分を騙せていた。


「「「ナオ! シジマを聞かせてくれ!」」」

「「「キャーー!」」」


 一際大きな歓声が上がる。

 あまりにも五月蠅くてピンクは耳を塞いでいた。

 最近では、呆れてしまったピンクは食堂で毎夜大盛況のステージに顔を覗かせていない。ピンクは自然を愛するピクシーらしく騒音みたいな直秀の歌を好きにはなれなかったが…。

「はぁ…これもお勤めですよね。見に行ってみましょう」

 ピンクは女神の目となり直秀を見守る使命も持っている。彼の夜の宴に目を塞ぎ続けるのも心苦しかった。

 よろよろと力なく羽ばたくとピンクは軒下の食堂へと下りていった。



 食堂には村中の人間が集まっているようなほど盛況だった。

 食堂のテーブルは全て外に出され、簡易のステージが奥に設置され、カンテラが天井にぶら下がっていた。

 あふれ出た人々が食堂の扉を開けて、中の様子を見られるようになっている。

 よろよろと人々の熱気とお酒や歓声の上を飛びながらピンクは聞いた。

 直秀へ一番最初に声をかけてきた少年が真ん中で歌っている。もちろん手には木でつくったマイクの模造品。

 ピンクには一生知るはずもなかった、特徴的な歌。

 早口言葉のように、韻を踏みながらメロディよりもリズム感を大事にする【ラップ】という歌だ。

 そして、その少年のラップは、直秀のスキル【うた】と【くちぶえ】を組み合わせた【ボイパ】スキルのヘンテコな曲に合わせていた。

 【くちぶえ】スキルによって半径一㎞まで拡張した音の音量は、食堂の壁を震わせるような重低音と機械音のような複雑な音(テクノ)を表現している。

 村の人達はその音の波にのって体を揺らせて、手を振っている。

 ピンクの目には歌っている少年と周りで踊っている子供達の顔しか見えない。直秀はどうやら観客にポーズを付けて背を向けているようだった。全員が黒いチェニックとズボンを着込み、金色の布を首に巻いている。

 曲調が盛り上がる。

 少年が必死の表情で音の弦を張り詰めて、駆け上り、高々に歌う。

 駆け上るその歌に村人達の感情が滝を駆け上るように舞い上がっていった。


「たましいをいまささぁ~げろ~ぉぉぉおぅぅぅ」


 少年が拳を上げ、放心したように歌いきった。

 一瞬の静寂。子供達がさっとしゃがむ。

 そして、


 直秀が振り返った。

「アイム○パーフェクトヒューマン」

 無駄にいい声が響く。

 

 その顔には木で作ったサングラス。

 凄まじまでのどや顔だった。

 どや顔で踊りながら前にせり出す。


「「「「きゃああああああああ!」」」」

「「「「うぉおおおおおおおおお!」」」」

 村人達、腰の曲がったお爺ちゃんお婆ちゃんが杖を振り回し、男達は吠え、うら若き乙女達は失神しそうになりながら叫ぶ。


  「シ! ジ! マ! シジマ!」

「「「シ! ジ! マ! シジマ!」」」」

 少年のかけ声にあわせて、観客も歌う。

 腰を振り、頭を振って、一心不乱に踊り狂う。


 また直秀がサングラスのどや顔。

「アイム○パーフェクトヒューマン」


 直秀と子供達は翼を畳んだ鳥のようにその場で足踏み。

 凄まじいまでのキレ味で踊りを踊っていく。

 沸き立つ村人達。

 そこにはただの遊び人はいない。

 そこには村のスターが存在した。

 後光が差すようにカンテラの光が一際揺れる。

 冴え渡るキレ、子供達の踊りをさらに掻き立てるように【ボイパ】と【おどり】のスキルをフルに使ってその場を盛り上げるスターが踊っている。


「シ! ジ! マ! シジマ!」

「ナオ様! ナオ様ぁ~! キャァー!」

 そこには使命に燃えるピンクの姿はなかった。

 重低音に揺られ小さな体と羽で一生懸命踊り狂う一人の熱狂的なピクシーがいた。



 がっつり真夜中を踊り通して、村人達が興奮の冷めやらぬ顔で家路についた食堂。

 女将さんが売り上げにホクホク顔で片付けをしたテーブル。

 その上で全身を汗でぐっしょりになって、ぐったりしているピンク。

「わ、わたし…何してるんだろ?」

 誰も答える者はいなかった。

 直秀は打ち上げに行っていたのだ!

異世界でこんなことをするやつはそうそういないかも知れませんね。

デカルチャー!

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