ロクデナシブルース
その人物が村に入ると、村中が騒然とした。
女達は、芋臭い田舎の村で見たこともないような王子様風の美形青年の顔に。
男達は、奇妙な服、よれよれのTシャツからむき出す鋼のような肉体美に。
旅人、いや不審者風の男を見て、誰もが声をかけたくても気恥ずかしさから黙り込んだ。
「勇者様、この町は野ウサギのシチューが美味しいですよ」
「いいですね、ピンクさん。それにしましょう」
すかさず直秀が同意して、ピンクは彼を一軒の食堂兼宿屋へと案内した。
村は広くない。建物が四十棟ぐらいだろう。ほとんどが一階建ての長屋。そののどかな風景を見ながら直秀はキョロキョロと歩く。
目的地は、木造住宅三階である。直秀にしてみれば粗末な建物だが、この世界の建物としては立派で大きい。扉を開けると、煤けた匂いとカウンターやテーブルが数席あって三十人ぐらいが入れるほどの大きさだった。
「おばちゃーん」
「はいよー。あら、ピンクちゃんじゃない。今日は薬草?」
「いえ、勇者様を案内したんです」
「へぇ~そりゃ大義だねぇ」
恰幅のよい中年女性がカッカッカッと笑ってピンクの言葉を全く信じていなかった。
それも気にせずに直秀は革袋から取り出しておいた金の粒を女将さんに見せた。
「女将さん、これで、しばらく滞在するんだったら何日ぐらい泊まれますか? 三食付きで」
「え? そんな大金…計らなきゃわからないけど、たぶん三十日ほどは大丈夫だね」
「ならこれで十日はいけますね」
そういって直秀は女将さんに金の粒を数個渡した。
「おや。太っ腹だね。こっちの言い分をすぐ聞くなんて。さてはどこぞの貴族様かい?」
女将さんは、直秀の顔を見て喜色ばんだ。美形の青年だからである。
「いえ、ただの遊び人です」
「なんだい。ロクデナシか。まぁいいさね。ロクデナシでも客は客。部屋は何処でも空いてるから好きに使いな」
その職業を聞いた途端に女将さんは手の平を返したように、顔をしかめた。
「お腹減っているので、野ウサギのシチューが食べたいのですが」
「何? もう昼回ってるけど…しょうがない。用意してやるからテーブルに座ってな」
文句もなく直秀はテーブルに座ってニコニコとシチューを待っていた。
「あ、あのぅ…勇者様」
「ん? 何ピンクさん」
「遊び人って…ウソですよね?」
「いえ、本当ですよ。私は遊び人です」
「え…そんな…」
ショックを受けたように茫然とするピンク。
それを見つつ直秀は聞く。
「ちなみに、遊び人ってどんな職業ですか?」
視線を彷徨わせるピンク。
「えっと…十年間一切の仕事をしないか、ギャンブルで破産した人に与えられる職業で…。この世界では屑のように…」
「あーなるほど。私にピッタリですね」
「そんな…勇者様…」
「ピンクさんも、勇者ではなく直秀と呼んでください」
「ナオヒィーデ?」
「直秀」
「ナオフィーデ?」
「ナオでいいですよ」
「すみません、ナオ様」
そんな風に二人が話していると女将さんがどん、とシチューの皿をテーブルにぶつけた。
「ほら、喰いな。ロクデナシ」
「ありがとうございます。いただきます」
行儀良く手を合わせると直秀は異世界料理に舌鼓を打った。




