グッジョブ『遊び人』
「アイタタタ」
ぼてん、と尾てい骨が固い地面にぶつかり、背中に電気が走るような痛みに男は苦悶の声を上げた。
そこは真っ暗な空間だった。
キョロキョロと辺りを見渡すと、自分の周りだけがよく見る。
横には女が立っていた。
「ありがとうございます。これで戻れます」
「いえいえ。ところでここは貴女の世界ですか?」
男は真っ暗な空間に少し期待外れだった。
女は首を振る。
「いえ、ここは私の世界と貴方の世界の狭間です。ここにこれたらもう大丈夫です」
「ああ、そうですか。なら私は―――どうしようかな?」
男は持って来たポリタンクがないことにほとほと困った。困ったが、しばらくいれば餓死するかと納得してごろんと横になる。
男が見上げると女の下着が見えた。
白である。絹であろう。
初めて見る本物の女性下着に男は歓喜の―――。
声を上げようとして女に顔を思いっきり踏まれた。
「ぐあ…」
もんどりうつ。
「変態。でもちょうどよかったです。自殺するんだったら私の世界を救ってみませんか?」
「え?」
男は真っ赤になった鼻をさすりながらキョトンと女を見た。
女はまたうーん、と首を傾げて何かを考える。
「えっと…。私は一応、アームレストという世界の女神なんです。それで、しばらく貴方の世界で遊んでいたのですが、私のいない間にアームレストに魔王が誕生しちゃったんですよね。今から戻っても世界を管理する勘を思い出すのに二十年ぐらいかかるので、その間貴方に魔王を食い止めてほしくて」
女はさらりと信じられないことをお願いした。
「あ、いいですよ。すぐに死ぬかも知れませんけど」
男もさらりと承諾した。自殺志願者ぽい含みをもたせて。
「じゃ、お願いします」
そういって女は深々とお辞儀をする。
男は「勇者か照れる」とか、くだらないことをいいながら頭をボリボリと掻いた。
女は、男の姿を舐めるように見て言う。
「でもそれだと弱すぎて、ダサすぎて、ダメですよね。チートあげますね」
「そうですか。それはご丁寧にありがとうございます」
男は正座をして頭を下げて礼を言う。
「じゃあ、まずはキャラメイクですね。…やっぱり顔は任せてください。貴方はセンスなさそうですし」
「いやぁバレちゃいました?」
「ダサいですから」
「アハハハハ」
何故か男は受けていた。
「職業から行きましょう。勇者、大賢者、聖騎士、暗黒騎士、武道仙人、龍狩人、暗殺者、大魔道士とか色々ありますけど何がいいですか?」
男はそのズラズラと出てきた職業を聞きながらうーんと、首を捻る。
自分が勇者というほどやる気もないし、大賢者のように賢くもない。全て名前負けしているなと彼は思った。
なので理想の職業を聞くことにした。
「楽しい職業ってありますか?」
「楽しい? どうでしょうか…遊び人とか?」
「おお、遊び人。いいですね。それで」
「え? いいんですか? ゴミ職業ですよ? 社会の屑ですよ?」
驚いている女を見て男はカラカラと笑った。
「もともとそうですから問題ありません。遊び人で」
「わかりました。遊び人で登録しましょう。その代わりステータスはおまけしておきます。ついでにチートスキルとか―――」
「あ、いいですよ。選ぶの面倒くさいので適当に付けててください。飽きたら死にますし」
「あ、なるほど。そうですか。わかりました。適当に付けておきますね」
女はそういって空中でキータイプをするような仕草をし始める。
男は彼女が指を、何もない空間に叩くたびにその空間が淡く光るのを不思議そうに見ていた。ときどき、マウスを動かすように右手が卵を掴むように握られてグルグルと動き回る。
しばし男が眺めていると、女は頷く。
「できました。なかなか格好いいです」
「そうですか。ありがとうございます」
「じゃ、さっそく行ってください。魔王が世界を支配するまであと十年ほどです。テキトーに時間持たせてくださいね」
「やるだけやってみますよ。死ぬ気で」
「………もともと死ぬ気じゃないですか」
「アハハハ、バレちゃいました?」
男はくだらないボケにツッコミを入れられて嬉しそうに笑った。
「たまに見に行きますからお願いしますね」
「わかりました」
「じゃ、頑張って」
女は手を振って、空中のエンターキーらしき場所をポチりと押した。
男はズボンと何かに吸い込まれる感覚で意識を失った。
意識を失う前にふと思ったのは、新幹線のトイレに流されるアレみたいな感じだなということだった。
そして、世界最強の遊び人、志島直秀の冒険が始まった。
どうなるか、私も知らない、テキトーな冒険の気配がしていた。




