初めての穴掘り
不定期に遊び人感覚で更新します!
―――後悔の多い人生を送ってきました。
自分には現実というものが見当つかないのです。
だから、とりあえず死ぬことにしました―――
男はそう書き置きを家に残し、せっせと軽油を詰めたポリタンクとショベル、ビニールシートを持って山を登った。
天気が良かったから焼身自殺をしようと思ったのだ。
夏は暑くて突き抜けるような青い空。子供の頃から馴染みにあった山で、景色を見ながら赤い炎に包まれたらさぞかし楽しいだろうと感じた。
彼がせっせと真夏の蝉が鳴く、山道を上がり、景色のいい広場にでると、そこには先客がいた。
穴を掘っている女である。
絶世の美女と言ってもいい女が天女のような服でショベルに足をかけて、穴を掘っている。
「こんにちは。精が出ますね」
男がキャップ、熱中症にかからないようにと被ってきた帽子を脱いで、パタパタ扇ぎながら朗らかに笑った。
女は一度手を止めて、その男をちらりとみてまた作業を始める。
男は無視されたが、自殺しようとしている男だ。
気にもせずにドタンと地面に座り込むと、ペットボトルの炭酸飲料水で喉を潤した。ついでに肩にかけていたタオルで汗を拭く。
少しの間、突き抜けた空と太陽の下で男は美しい女が穴を掘っている姿を目に焼き付けた。
―――眼福眼福。
女がショベルを振り上げるたびに揺れる大きな乳を眺め、男はカラカラと笑った。
「なんですか? 無礼な」
そんな男の視線を気にしたのか、女が手を止めて男を見た。
「すみません。ちょうどそこに私も穴を掘ろうと思っていた所なんですよ」
「そうですか。でもここは私が先に掘りました。そっちで掘ってください」
「はい」
男は女がショベルで指した場所に歩いて行き、ザクザクと穴を掘り始めた。
二人は一心不乱に穴を掘り続ける。
ザクザク、ザクザク
男はショベルで穴を掘り続けながらふと、首を傾げる。
―――いったい何処まで掘ればいいのだろうか?
自分は焼身自殺が初体験だ。そもそもどれだけ掘ればいいのか調べてこなかった。
映画でよくある葬式のシーンでは、男が横になっても十分に寝られるだけの広さ。
なら大変だなと男は困った。
すでに手にはマメが出来ている。
男は手を止めて、汗を拭いながら横に顔を向けると―――。
女と目が合った。
男は会釈して、微笑む。
「いやぁ暑いですね」
「はい。暑いですね」
「なんで穴を掘っているんですか?」
男は何故か女に親近感を持っていた。こんな真夏の平日に野山で穴を掘る。
自分と同じ自殺ならポリタンクがない。窒息死を狙った生き埋めなんて洒落たことをしているなら自分もそれに変えて、冷たい土の中で蝉のように死ぬのもありだな、と。
男を見ていた女は怪訝そうに目を細める。
「無礼ですね、貴方は。人に尋ねる前は自分から言いなさい」
ショベルに手を置いて、汗一つかいていない女神のような女性は憤然と、高圧的にいった。
それに男は、あははと笑う。
「いや、天気がいいので焼身自殺をしようかと思いましてね」
「はぁ…そうですか。それはご苦労様です」
「いえいえ、貴女もご苦労様です。で、なんで掘ってるんですか?」
男は興味深げな目を向けて女を見て聞いた。
女はうーんと首を傾げる仕草をした。
可愛いなと男は思った。
そんな風に見ていると女はまあいいか、といった気楽な顔で答える。
「自分の世界に戻ろうかと思いまして」
男はその答えにふむ、と考え込む。
自分の世界とは、なかなか洒落の効いた答え方だ。
男はあの世にも輪廻転生にも天国にも、地獄にも興味がなかったが、彼女の世界がどんな場所かは少し気になった。
「そこを掘ると戻れるのですか?」
「はい」
女が頷いた。頷きちょっと困った顔をする。
「でも、少し深いので大変です」
そう聞いたら男はムクムクとお節介を焼きたくなった。
「なら手伝いましょうか?」
「んー。そうしたら落ちちゃいますよ?」
子供っぽく彼女は上目遣いに聞いた。手伝って欲しいが、巻き込むのも悪いなと少し思ったのだ。
男はまたカラカラと笑う。
「いいんですよ。どうせ自殺するんですから。貴女の世界が面白くなかったら死ねばいいんですよ」
男の答えに、女はポンと手を打った。
「なるほど。それもそうですね。じゃあお願いします」
「わかりました」
男は自分が掘った穴から出てくると、女と一緒に穴を掘り始めた。
ザクザク、ザクザク
ひたすら掘り続けて、男が全身汗まみれで脇がびしょびしょになり、アブラゼミからヒグラシに変わる頃、その瞬間が訪れた。
サクッと男のショベルの刃の先端がスカッと空気を掻いたように感じたと思うと、たちまちその中へと吸い込まれる。
驚きの声を上げる間もなく男はその空間へと落ちた。