第6話 ゴリモティタ偵察
「レオポルド様、おはようございます」
レオポルドの部屋の扉越しにギルバートが声をかける。しかし返事はない。いつもならすぐに出てくるのに。
「レオポルド様?」
返事がないことを不審に思うギルバート。
「失礼いたします」
ギルバートが部屋の中に入る。ベッドにはレオポルドの姿はなかった。その代わりに置手紙があった。
「ゴリモティタ偵察のためにしばらくメガロシュを開ける。勝手ですまない」
それを見たギルバートは驚くことしかできなかった。
「これは一大事だ!」
ギルバートは大慌てで重要人物を至急会議室に招集した。
「なんということじゃぁぁぁぁぁ!」
事実を知った爺が平静を失う。
「帰ってこられたと思ったら、これか」
ダリオが呆れてそう言う。
「レオポルド様の悪い癖だ。レオポルド様は有能であるがゆえに自分に多大な自信を持たれておられる。それで我々に相談もなく行動に移される。唯一の欠点だ。困ったものだ」
実際、これまでもこんなことが起きていたのだ。つい数ヶ月前も新しい農業技術の習得に、中立国のアルゴデラ公国に一人で行っている。
「レオー、会いに来てあげたよー! って、あれ? レオは?」
何も知らないフェリスが会議室に入ってくる。
「レオ、今日も暇だから会いに来たわよ! 暇なだけなんだからねっ! ってみんなどうしたの?」
立て続けにエミリアも入ってくる。3人は事情を二人に告げる。
「えええええ!? レオが一人でゴリモティタに潜入している!?」
「声が大きいです! このことは領民はもちろん、私たち以外のものにも内密に!」
ギルバートは素早く諭す。
「でもどうするの? レオ危ないよ! 助けに行かなきゃ!」
「あんたが行ってどうするのよ! ねえお父様、レオを助けに行きましょう?」
フェリスとエミリアは自分が自分がと言わんばかりにレオ救出に積極的だ。レオに気に入られたい一心で。
「落ち着きなさい、二人とも。第一エミリア、私は将軍だ。そんな勝手なことはできない」
ダリオが二人を落ち着かせる。
「しかし誰が行くのが適任かのう……」
「私が行こう」
悩む爺にギルバートが素早く答える。
「私はレオポルド様の従者だ。レオポルド様に仕えるのが仕事なのだから、レオポルドさまがいない今、手が空いている。それに何より、従者は常にレオポルド様をお守りしなければならない、そうだろう?」
もっともな意見をギルバートは述べる。二人もこれには納得せざるをえない。
「それではギルバート、よろしく頼んだ」
ダリオと爺はギルバートにレオポルドのことを任せた。
「ギルバート、レオの事、無事に助け出してね!」
フェリスとエミリアもギルバートに願いを託し、ギルバートをゴリモティタへ送り出した。
その頃レオポルドはゴリモティタに入ろうとしていた。レオポルドは庶民の商人に扮していた。関所を通ろうとすると素早く守衛がレオポルドを止める。
「待て貴様! メガロシュからゴリモティタに何の用だ!?」
「はい、あっしはあらゆるところを旅する行商人でございます。ゴリモティタは栄えたところと噂はかねがね耳にしておりました。何卒、通していただきたい」
平民出身のレオポルドには庶民に扮することなど朝飯前だ。レオポルドは守衛に頭を下げるふりをして近づき、その手に金貨を握らせた。これには守衛もたまらない。
「ふん、いいだろう。入っていいぞ。ただ、妙な真似はするなよ?」
「ありがとうございます」
レオポルドは難なくゴリモティタに侵入した。
「警備はかなり緩いようだな」
そう思ってゴリモティタでの仕事を始めようとした。
「さあいらっしゃい! 小麦に野菜に果物、自然の恵みならなんでもあるよ! 今なら安くしておくよ!」
レオポルドがゴリモティタに潜入して早くも一週間がたった。レオポルドは商人のふりをしながら、商売をしている。そこで客と交わす何気ない会話が意外と情報収集に役立つのだ。
「いやぁ〜、本当に安くて助かっちゃうよ! ここは物価が高いからね」」
客の一人が声を上げてそう言う。
「そうでしょう? もっと安くしちゃいますよ? ところで、どうしてゴリモティタの物価はこんなにも高いのかねぇ」
レオポルドは調子を合わせて客に乗っかりつつ、情報を聞き出す。
「ここの領主様は採れたもんをほとんど全部自分の館で使うか、交易に使うんだよ。領民のことなんて知らんふりだ。だから品不足が起きてこの地では物価が高騰しちまうんだよ」
客とレオポルドが会話を交わしていると、突如、騒ぎが起こる。
「おい貴様! 領主様の前を横切るとはどういう了見だ!?」
一人の兵士が小さな男の子に叫ぶ。子供を守るように父親らしき人物と姉のような女が謝罪する。「申し訳ねえです。息子はまだこの国の制度をまだ理解できないんでありんす。あとでよぉく聞かせておくので何卒お許しくだせえ」
「こら、領主様に謝罪なさい!」
家族がなんとかして小さな男の子を助けようとする。しかしその努力は無に帰した。兵士の後ろから大きな体がぬらりと現れる。その直後、父親と思しき男の胸が裂かれた。
「うぎゃああああ!」
男の叫び声があたり一帯に響き渡る。
「子供の過ちは親が償うものであろう? だから貴様の命を以って償え!」
あまりにも冷酷な領主だ。レオポルドは憤りを覚えた。
「お父さん! お父さん、嫌よ!」
姉と思しき女は泣きながら父の死を悲しむ。レオポルドは10年前の自分を見ているようで心が痛んだ。
「よお姉ちゃん、何もそんなに悲しむことはない、俺らが可愛がってやるからなぁ?」
兵士たちは女を連れて行こうとする。
「いや、離して!」
「姉ちゃん! 姉ちゃん!」
あまりにも悲しすぎる。今の立場では、レオポルドは目立ってはいけない。レオポルドは助けに動かないよう、必死に自分の動きを止めた。
「全く、嫌になっちゃうぜ。あんなことがよく起きちゃ」
客が呆れてそういう。
「あの娘はどこに連れて行かれるんだ?」
「大方、領主様の邸宅の部屋に幽閉されるんだろうよ、かわいそうに」
レオポルドの問いに答えた客にレオポルドは頼みをする。
「あの男の子をあんたの家にかくまってやってくれ。あとあんたの家は?」
「なんでだよ? まさかあんた、助け出すつもりか!? 止せ止せ、あんたが死ぬだけだぞ」
客の言葉にレオポルドは不敵に返す。
「まあ、普通なら死ぬな」