第56話 作戦会議
レオポルドらは反乱軍の本拠地から少し離れた見通しの良い高台に陣を構えた。ここからは敵の動向がよく見えた。
「敵の動きが丸見えだな」
レオポルドは嬉しそうに呟く。
「さて、お前の戦術を見せてもらおうか」
ハインリヒはレオポルドがいかにして1000の兵で10000の兵を倒すのかが、非常に気になっていた。
「じゃあ本陣に戻ろうか。作戦会議を始めよう」
レオポルドはハインリヒとともに本陣へと引き返した。
レオポルドたちは兵隊長らを集めて会議を開いた。
「では作戦会議を始めようと思う」
兵隊長らはレオポルドを信じて動くことを決めているため、会議にも真剣に参加してくれるようだ。顔は引き締まっている。
しばらくレオポルドは何も言わなかった。この作戦が再び兵士たちの信頼を遠ざけてしまうと思ったからだ。そんなレオポルドにハインリヒは痺れを切らす。
「おいレオポルド、もったいぶらないで早く言えよ」
レオポルドは意を決して作戦を発表する。
「作戦を発表する。この作戦の決行は真夜中だ。まずは1000の兵を2つに分ける。これを部隊1と2とする」
兵隊長たちの顔にはこの時点で疑心の念が現れていた。タダでさえ少ない兵を500ずつにして一体どうするというのか。だが、ハインリヒだけが面白そうにレオポルドの言葉に耳を傾けていた。幼子のように無邪気な表情だった。
「それから部隊1には相手の本拠に突っ込んでもらう」
兵隊長たちの顔には今度は驚きの色が現れていた。
「何をおっしゃっているのですか!?」
「そんなことをしてしまっては全軍全滅ではありませんか!?」
兵隊長らは口々に反発する。さっきまでレオポルドを優れた将とみなしていたにもかかわらず、やはりレオポルドの予想通りに、彼らは例外なくレオポルドに異論を唱え、レオポルドは愚かなのかもしれないと疑い始める。
「おい、まだ話は終わってないぞ。反論をするのはレオポルドが全てを話し終えてからでも遅くないだろう」
ハインリヒはここでも兵隊長らを諌めてレオポルドのために動いてくれた。レオポルドはハインリヒに大事なところでまた助けられた。感謝の念を込めながら、レオポルドは話を続ける。
「部隊2は本拠の近くで待機だ。部隊1は敵の本拠に突っ込んで各人が数人のみを倒す。また、本拠に火をつける。それから部隊1は退却し、部隊2に合流する。しばらくしてから部隊1と2は敵の本拠に攻撃を仕掛ける。これで俺たちは一人も失わずに勝つことができる。誰か意見のあるものはいるか?」
レオポルドは作戦の概要を話し終える。それから意見を受け付けたが、兵隊長らからは案の定、多くの意見が出る。
「作戦の概要はわかりましたが、これがうまく運ぶという可能性は限りなく低いと考えます。部隊1は間違いなく全滅します。そうなれば1000の兵全てが全滅ということになってしまいます」
レオポルドはこの類の反論は予想していた。だが彼には勝算があった。
「作戦決行は真夜中。したがって敵の注意力も散漫になっている。そこに5000のような目に見えてわかるような軍勢が突っ込むのではなく、たった500のみで突っ込むのだ。敵は一体誰を倒せばいいのか、数の少なさと、注意力の欠如のせいで、まったくわからなくなってしまう。さらには反乱軍は所詮は統制に欠けた、いわば寄せ集めだ。彼らを結びつけているものは非常に希薄なものだ。そう言った要因が絡み合った結果、反乱軍は間違いなく同士討ちを始める。我々はその時点ですでに戦線を離脱している。したがって、反乱軍は敵のいない場所に、敵を探し、味方同士で殺し合うのだ。彼らは見えない敵を攻撃して、疲弊するだろう。そこに、本当の敵が1000で攻撃を仕掛けてくる。数は少ないといえども、彼らはもはや闘う気力を失っているだろう。彼らは抵抗して、命を無駄にするか、降伏してしまうだろう。以上が俺がこの作戦に勝算があると考える理由だ。まだ腑に落ちない点はあるか?」
兵隊長らはレオポルドの整然として理論立った説明に完全に納得した。異論は挙がらなかった。むしろ、レオポルドの作戦の成功を確信した。
「それから、部隊1の兵士には反乱軍と同じような庶民の身なりをしてもらう。これで反乱軍は完全に敵か味方かの区別がつかなくなる」
ここでもう一つの疑問が生じる。
「しかしそうなってしまっては今度は逆に敵に同化してしまって、同士討ちに巻き込まれたしまうのではありませんか?」
兵隊長らの意見はもっともなものだ。しかし、レオポルドはこれに対する答えも用意していた。
「それに関しては、ここに孔雀の羽を500持ってきてある。それを部隊1の兵士のは身につけてもらおうと思う。あの派手な羽なら、すぐに味方も認識できるだろう」
レオポルドの用意の良さに、皆は感嘆する。
「他にも異論はあるか?」
レオポルドは兵隊長らにたずねる。
「いえ、ありません」
兵隊長らは納得したようだ。
「よし、では作戦決行は今日の真夜中だ。部隊1の隊長はこの俺が、部隊2の隊長はハインリヒに務めてもらう」
兵隊長らはレオポルドの言葉に耳を疑う。
「レオポルド様も我々と敵の本陣に突撃なさるのですか?」
「ああ、当然だろう。将が動かなければ、誰もついてこないだろう」
兵隊長らはレオポルドのその心構えに感動した。レオポルドはやはり信じられる。自分の身の保身を考える皇族や貴族とはやはり違う。もはや兵隊長らは完全にレオポルドに心酔していた。
「もう質問もないな。ではこれにて会議は終了する」
会議は終わったが、しかし兵隊長らは何か言いたげだ。
「レオポルド様」
一人がレオポルドに声をかける。本陣のテントで最後の準備をしようとしていたレオポルドはその声に振り向く。
「レオポルド様が話し始めた当初はレオポルド様の作戦に、口答えをして申し訳ありませんでした。話を最後まで聞かずに批判をするとは無礼の極み。どうかお許しください。今ではこの作戦の成功を確信しております」
兵隊長らは深々と頭を下げる。
「そんなことか。いいんだ、そう思われても仕方のない作戦内容だからな。お前たちもしっかり兵士たちに作戦を伝えて理解を深めさせておいてくれ」
そう言ってレオポルドは作戦準備を進めた。兵隊長らはレオポルドの寛大さに心うたれながら、テントを後にした。
テントの中にはレオポルドとハインリヒだけとなった。
「しかし驚いたぜ。なんて作戦を立てるんだよ」
ハインリヒはレオポルドの斬新な作戦にワクワクしているようだ。ハインリヒの表情は何か大好きなものを見つけた子供のように明るかった。
「なんてことないさ。俺はいつもこういう圧倒的不利の局面で作戦を立ててきたからな。この程度は普通だ」
ハインリヒは頭の後ろに手を回して、テントに天井を見ていた。
「でも一番驚いたのは自分も部隊1に参加するってことだぜ。さすがに俺もそんな危険なところに身は放れないな」
レオポルドの行動はハインリヒから見ても普通ではないようだ。
「俺はエレオノーラを救わないといけないんだ。だから、将としてだけではなく、エレオノーラのためにも本拠に侵入する必要がある」
ハインリヒは黙って聞いていた。
「助けられるといいな、エレオノーラ」
ハインリヒは唐突にレオポルドを応援した。
「ああ、ありがとう」
ハインリヒがレオポルドを心のどこかでは気にかけているのは明白だった。日が暮れかけていた。作戦決行は目前に迫っていた。




