第53話 皇帝謁見
「ついたぞ、ここが我がスコターディア帝国王都アウグスタだ」
ハインリヒは到着をレオポルドに伝える。しかし、レオポルドの心はここにはなかった。レオポルドはエレオノーラを失ったかもしれないと、そのことばかり考えていた。
「レオポルド? 行くぞ?」
ハインリヒが再三にわたって、声をかけるがレオポルドに反応はない。
「レオポルド!」
ハインリヒが大声で呼ぶ。レオポルドはようやくそれに気づいた。
「すまない、ずっと呼んでいたのか?」
レオポルドはハインリヒにまるで気づいていなかった。
「ああ。レオポルド、エレオノーラを奪われて、つらい気持ちはわかる。でも、今お前がそんな状態だったら、エレオノーラを助けることなどできないぞ?」
ハインリヒはレオポルドを優しく諭す。
「わかってる、でもまるで力が湧いてこないんだ」
レオポルドの中で何かが完全になくなったようにハインリヒには見えた。
「とにかく、王宮に向かおう。こうしているうちにもエレオノーラの身が危うい。早くしないと手遅れになる」
ハインリヒは急いで、レオポルドを連れて王宮へと向かった。
レオポルドは王宮に向かっている途中、思索にふけっていた。こんなことじゃダメなことはわかっている。それなのに力がまるで湧いてこない。エレオノーラが奪われて悔しいはずなのに、復讐心が湧いてこない。完全にレオポルドがレオポルドでなくなっている時、レオポルドの耳元にエレオノーラの声が蘇った。
「おいてかないでください!」
反乱軍の襲撃に対抗するため、馬車から降りる時、レオポルドの耳に届いた言葉だった。エレオノーラの救いの求めを無視してしまった。レオポルドはふとそれを思い出して、急に自らに対する不甲斐なさが湧き上がった。それとエレオノーラを奪った反乱軍への怒りが結びつき、復讐心へと変わった。レオポルドの心はもう決まった。
「ハインリヒ、さっきは済まなかった。俺の心はもう決まった。」
決意を固めたレオポルドにハインリヒはようやく安心する。
「そうか、それは良かった」
二人の間に交わされた言葉はそれだけだった。だが、それで十分だった。二人は互いを言葉なんぞに頼らなくても理解できた。レオポルドとハインリヒはさらに歩みを進めた。
王宮へ向かう途中、レオポルドはスコターディア帝国の有り様に驚愕した。確かに王都の大通りはとても栄えていた。しかし、一歩路地裏に入ると、その繁栄ぶりとは裏腹に、そこは暗く、目に光のない人がはびこっていた。
「これがスコターディア帝国の本当の姿だ」
驚くレオポルドにハインリヒは話しかけた。
「皇帝はその力を誇示するために、スコターディア帝国は栄華を極めていることを装っている。大通りのみの整備、度重なる戦争に必要な費用、王宮の増築。そんなもののために民が搾り取られるんだ」
ハインリヒはこの国の有り様に絶望している。レオポルドとしてもスコターディア帝国が見せかけの栄華を誇っていたことに愕然とした。
「今は王宮に向かうとしよう」
ハインリヒの呼びかけで二人は大通りに戻って、見せかけの栄華を誇る、壮大な王宮へと歩みを進めた。
王宮へとたどり着いた。王都に入ってからもとても長い距離を歩いてしまった。レオポルドはすっかり疲れてしまった。王宮は遠くから見ても壮大なものだったが、近くで見ると、壮大というよりは、現在のスコターディア帝国の強大さを表すほどの、あまりの巨大さにレオポルドはすっかり圧倒されてしまった。
レオポルドとハインリヒは王宮の門の前へと進む。そこには近衛兵がしっかり守りを固めている。
「スコターディア帝国第3王子、ハインリヒ=ゲオルグ=スコターディアだ。門を開けてくれ」
「はっ!」
近衛兵たちはその門を急いで開ける。その様子からは、ハインリヒはすっかり恐れられているように見えた。
中に入ると、そこはまるで子供の頃によく夢見た、おとぎ話に出てくるような、そんな美しい様式であった。レオポルドは思わず息を飲む。
「皇帝はこちらにいらっしゃる。ついてこい」
ハインリヒはあまりの大きさに我を忘れているレオポルドを主導した。
「この扉の向こうに皇帝はいらっしゃる。準備はいいか?」
さっきまで心ここにあらず、という感じだったレオポルドはハインリヒのその言葉を聞いて、目の色が変わる。
「ああ、行こう」
レオポルドの言葉にもう迷いは見られなかった。確かにエレオノーラの事は心配だが、レオポルドはここで大勝負に出なければならないのだった。今は何も考えられなかった。
「ハインリヒ=ゲオルグ=スコターディアだ。この度、命じられたアインフォーラ王国第4王子、レオポルド=リオス=アインフォーラ保護の完遂の報告と、レオポルドがお目見えをしたいとのことで、王に謁見を願いたい」
「少々お待ちを」
扉の前で立っていた、侍従と思わしき少年が扉の奥に入り、皇帝に確認を取りに行ったようだ。しばらくすると、少年が戻ってきた。
「皇帝はお会いになるようです。どうぞ」
「ありがとう」
レオポルドは緊張の面持ちで中へと入る。無理もないようだ、ハインリヒも王子にもかかわらず緊張しているのだから。
皇帝の間に入ったレオポルドは入っただけで、まるで異世界に足を踏み入れたかのような錯覚を覚えた。そこにはとてつもない重圧があった。レオポルドは押しつぶされるようだった。
「失礼します」
ハインリヒが頭をさげるのに合わせて、レオポルドも頭を下げた。
「うむ、苦しゅうない。顔を上げよ」
威厳のある、低い声だった。これが大陸最大の皇帝の声か。レオポルドは感嘆した。頭を上げるとそこには、椅子にどっしりと構えている皇帝の姿があった。
「わしはスコターディア帝国皇帝、アウグスト=ハウザー=スコターディアである」
皇帝が全てを圧倒するかのような声で、レオポルドに自己紹介をした。
「初めてお目にかかります、アインフォーラ王国第4王子、レオポルド=リオス=アインフォーラと申します。この度は窮地に陥った我らを助けていただき、まことにありがとうございました。ご子息のハインリヒさまにもよくしていただき、本当に感謝しても仕切れないほどでございます」レオポルドの丁寧な挨拶に皇帝の表情が緩む。
「うむ、よろしく頼むぞ、レオポルドよ。ハインリヒ、お主も大儀であった」
「はっ、ありがたき幸せ」
ハインリヒは深々と頭を下げる。
「レオポルドよ、此度のこと、大変な苦労であったな。しかしもう心配はいらん。このスコターディア帝国がわしの名の下で、お主を全面的に支援をする。独立を保証しよう」
「ありがたき幸せ」
皇帝の太っ腹な申し出にレオポルドは感謝する。
「しかし恐れながらもう一つお願いしたいことがございます」
「レオポルド!」
ハインリヒがレオポルドを止めようとする。
「構わぬ。願いは何じゃ? 申してみよ」
レオポルドはすうっと息を吸う。
「ここへ向かう途中に、反乱軍の襲撃に遭いました。私たちはなんとか切り抜けたものの、私の大切な仲間が連れ去られてしまいました。そのために兵をお貸し願いたいのでございます。もちろん、ただでとは申しません。仲間を救うついでに、その反乱軍を一挙にして、鎮圧してみせましょう」
ハインリヒは頭を抱えている。もうどうにでもなれとこの状況を諦めていた。
「ほう……」
皇帝は何か面白いものを見るかのような目でレオポルドを見つめていた。
「はっはっは! 良きかな良きかな! 面白いことを言う奴じゃ! レオポルド、わしはお主が気にいった!」
皇帝が突然笑い出した。レオポルドの態度が皇帝には面白く感じられたのだろうか、皇帝はすっかり上機嫌になっている。
「いくらでも兵を貸してやろう、いくら必要なんだ?」
「反乱軍はいくらぐらいにございますか?」
「ざっと10000といったところかのう?」
レオポルドの答えは驚くべきものだった。
「ならば1000をお貸し願いたく存じます」
皇帝は耳を疑った。
「1000じゃと?」
「はい、それで十分にございます。反乱軍を鎮圧してご覧にいれましょう」
レオポルドは自信満々だった。ハインリヒからすると、レオポルドはよほどすごい策があるか、それともよほどの馬鹿かのどちらかにしか見えなかった。
「面白い! よし、1000の兵を貸そう! 見事反乱軍を鎮圧してみせよ!」
「お任せください」
レオポルドは自信に満ち溢れてそう答えた。




