第42話 決意
夜も明けて、レオポルドの発表の日となった。シルヴァ、フェリス始め全員、緊張の面持ちで会議室で待っている。
「遅くなったな、すまない」
レオポルドが扉を開けて、姿を現した。レオポルドの表情は晴れやかなものだった。
「レオ、何かあったの?」
フェリスはレオポルドの明るい表情の所以を気にする。
「いや、まあこれから発表するよ」
レオポルドが会議室の席に着く。
「どうなさるのですか?」
シルヴァの問いかけにレオポルドは少し黙る。その口元にはかすかな笑みがあったことをシルヴァだけが気づいていた。
「もったいぶらないで、早く言いなさいよ」
「エミリア、お急かしになるな」
エミリアがレオポルドをじれったく感じているのを、ダリオは注意する。しかしダリオとしても早く聴きたいのはエミリアと同じだ。ダリオは立場上、一応エミリアを注意しただけに過ぎないのだ。
ここでレオポルドは口を開いた。
「このメガロシュはアインフォーラ王国から独立する!」
レオポルドの発表は全員の意表をついた。エルンストに対抗はするにせよ、独立まで行くとは誰も思っていなかった。
「誠でございますか!?」
保守的なエステバンはレオポルドの発言に耳を疑う。
「ああ、これは決定事項だ」
「しかし、独立するには国力が圧倒的に不足しております! これではどこの国にも対抗できません!」
エステバンは非常に論理的に説明をする。確かに、メガロシュは正規軍がない、領民の生活を優先するあまり、国力も乏しい。そんな中で、エルンストに対抗するのは不可能に近かった。いや、不可能だとエステバンは考えた。
「そうだ、エステバンの言う通りだ」
レオポルドはエステバンの説明に納得する。
「では何故!?」
「俺がしたいからだよ」
レオポルドの発言に出席者全員が唖然とする。これまでレオポルドは自分の利益はいつも後回しにして、領民の生活の安泰に尽力してきた。そんなレオポルドが突如、自分のために行動をしたのだ。驚くのも無理はない。
「俺は思っていたんだ。最近面白くないって。それは多分、領民の生活を豊かにするという自分の理想がほぼ達成されたからなんだ。これまでの俺は停滞しっぱなしだった。停滞は維持じゃないんだ。衰退なんだよ。だから俺はこの期に、エルンストが俺を殺そうとして、もはやアインフォーラ王国には俺の居場所がなくなったこの時を期に、自分のさらなる理想を達成しようと思う」
レオポルドがこれまで心に秘めていた思いを打ち明ける。しかしここでシルヴァはは一つの疑問を持った。
「その理想とは?」
シルヴァの問いかけにレオポルドは先ほどと同じように笑みを浮かべる。
「それはな、この大陸の統一だよ」
ほとんど全員が驚いたが、シルヴァ、エミリアは驚かなかった。むしろそれが当然だとすら考えた。シルヴァはレオポルドが天下を統べる者として認めていたから臣従したのであり、またエミリアは王都の占い師にレオポルドが天下を取る、すなわち「昇竜飛天」であると占われたことを知っていたからだ。
「ようやくご決断なされましたか。待ちくたびれましたよレオポルドさま」
シルヴァはむしろこれを予期していたかのようにレオポルドに話しかける。
「それがレオポルドさまのご決断であられるのならば、私たちは、どんなにこれからの行く道が険しかろうとも、レオポルドさまのために尽くすことを誓いましょう」
エステバン、ダリオ、シルヴァ、アレクセイがレオポルドの前にひざまづく。この光景を見て、レオポルドは自分が良い臣下に恵まれたことを感謝した。
「安心してくれ、俺は領民の生活を無視するわけじゃない。それを前提とした上で、自分の信念を貫こうと思う」
レオポルドは決して領民をないがしろにしないことを誓う。
「あともう一つ、新しい仲間ができたことを報告しよう。エレオノーラ、入ってこい」
エレオノーラは申し訳なさそうに会議室へと入ってくる。
「改めまして、エレオノーラ=マイヤーと申します。昨日は度重なる無礼を働いたこと、お許しください。これからは皆さんとともに、レオポルドさまに尽くしたいと考えておりますゆえ、よろしくお願いいたします」
エレオノーラの丁寧な挨拶からは、もうエレオノーラがレオポルドたちを敵視せず、むしろ信頼していることが感じ取れた。
「エレオノーラさん、改めまして、フェリス=バスケスと、こちらはエミリア=サヴォイアですわ。数少ない女ですもの、これから仲良くしていきましょうね」
「はい! 宜しくお願いします!」
エレオノーラとフェリス、エミリアは早速打ち解けたようだ。
「さすがレオだな、あんなにお前を嫌っていたエレオノーラを味方にしちまうなんて、昨夜は何をしたんだよ」
アレクセイの疑問はもっともなものだ。あんなに嫌われていたにもかかわらず、どうやって説得したのかは、普通気になるだろう。
「まあ、お互い語り合ったわけだ」
レオポルドはフェリスとエミリアに睨みつけられていることに気づいた。
「レオ、昨夜はエレオノーラさんと何をしたのかしら?」
「全部喋りなさい!」
フェリスとエミリアから一斉に問い詰めを受ける。
「いや、本当に何もないんだ! なあ、エレオノーラ!」
レオポルドはエレオノーラに助けを求める。
「はい。まさかあんなに私を受け入れてくださるなんて、本当にうれしかったです!」
エレオノーラは予想に反し、意味深な発言をする。
「何もないなんてやっぱり嘘じゃないの!」
「詳しく聞かせてもらいますね?」
フェリスとエミリアは勘違いをして、レオポルドに攻勢を仕掛ける。
「勘弁してくれよ……」
レオポルドはこの女のどうでもいい問い詰めを面倒に感じていた。しかし、それは同時にレオポルドの憩いともなるものであった。全員がその光景を見て、笑っている中で、その憩いは図らずも潰されてしまう。
「伝令、伝令! レオポルドさま、一大事でございます!」
伝令が会議室に駆け込んできた。これはただ事ではないな。そう思ったレオポルドとシルヴァの表情が真剣なものへと変わる。
「アインフォーラ軍がこちらに向かって進軍中! その数およそ30000! エルンストさまによる、メガロシュ侵攻と思われます!」
一瞬の平穏も瞬く間に打ち砕かれてしまった。
「やはり来たか……」
レオポルドはぽつりと呟く。
「でも、私の報告がまだなのに、どうして侵攻を!?」
エレオノーラは事態を飲み込めず、混乱している。
「エルンストさまは、エレオノーラさまを信頼していなかった。そういうことです」
エレオノーラはシルヴァの言葉に気づかされる。やはりエルンストは間違っていた、真に仕えるべきはレオポルドだと。エレオノーラの心の迷いは完全に消えた。
「こちらの戦力は?」
「およそ7000です」
数が違いすぎる。レオポルドは何の策も思いつかなかった。
「とにかく6000の兵で出陣するぞ!」
レオポルド、シルヴァ、アレクセイの部隊と、エステバンの部隊、ダリオの部隊の三つに分けて、出陣をした。レオポルドは圧倒的戦力差になす術がなくなってしまう。まさに絶体絶命だ。レオポルドは俯いて絶望するしかなかった。




