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平民王子の覇道  作者: 宮本護風
第1章
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第3話 理想と現実との狭間で

「はぁ……」

夜になり、レオポルドは、盛り上がる報告会後のパーティーで、ワイングラスを片手に、一人肩を落としていた。なぜ戦争をしないといけないのだろう。ゴリモティタ侵略を命じられるきっかけを作ったエルンストを恨めしく思うとともに、自分の身分の低さにつけこまれたことを情けなくも思った。レオポルドはもう誰にも死んでほしくなかった。ギルバートにしろ、爺にしろ、大切な人を失いたくないのだ。父の死は10年経った今でも鮮明に脳裏に焼き付いている。それが、彼の心の優しさゆえ、領民の生活水準の向上につながるゴリモティタ侵略に踏み切る足かせになっているのかもしれない。

「はぁ……」

もう一度ため息をつかずにはいられなかった。

「どうしたのレオ?」

後ろから女に声をかけられる。

「フェリス! レオポルドさまに向かって無礼であろう!」

隣の壮士が女を咎める。

「構わないよ、エステバン。フェリスは相変わらず元気だな」

「あったりまえよ!」

彼女はフェリス。フェリス=バスケスだ。アインフォーラ王国で大きな影響力を持つ四大貴族の一つ、バスケス家の一人娘で、レオポルドとは幼馴染だ。隣の壮士はエステバン=バスケス。バスケス家の現当主だ。彼らがこんなにもレオポルドと親密なのは、バスケス家がレオポルドの補佐役だからである。各王子には、それぞれ、相談役として四大貴族のうちの一家がつく。レオポルドの相談役はバスケス家だったのだ。

「あわわ……、レオポルドさま、娘の非礼をお許しください」

「構わないさ」

レオポルドはこの茶番を見て笑いながらそういった。それに乗っかって、レオポルドもフェリスを茶化す。

楽しい時間が過ぎてゆく。しかしその笑顔もつかの間、レオポルドの表情は暗いものに立ち戻ってしまった。

「ちょっとレオ、本当にあんたどうしちゃったの? また定例報告会で他の王子様にいじめられたんでしょう、どうせ。いつものことじゃないの。そんなことでいちいち落ち込むなんてレオらしくないわよ」

見かねたフェリスがレオポルドを励ます。彼女はレオポルドを親しみを込めてレオと呼ぶのだ。それでもレオポルドは依然として暗い表情のままだった。

「場所を変えて話をしない?」

「そうだな」

レオポルドはフェリスに手を引かれるままにパーティー会場を後にした。



「ねえ、どうしちゃったの? 何があったの?」

フェリスが不安そうにレオポルドに尋ねる。レオポルドは言うかどうか迷った。彼女の母親は、レオポルドたちが幼い頃の戦乱で命を落としている。それを思い起こしてしまうかもしれないと危惧したからだ。

「何でも話して? それとも私にも話せないことなの?」

「そういうわけじゃない。 フェリスは知らない方がいい」

レオポルドはやはり真実を告げることができない。

「他国侵攻を命じられたの?」

レオポルドは耳を疑った。まさか彼女の口から侵略、戦争といった言葉が出るとは思いもしていなかった。

「おまっ、どうしてそれを!? 知っていたのか!? いや、そんなはずは……」

レオポルドの悪い癖だ。自分の思い通りに事が運ばないと、すぐにうろたえ、動揺してしまう。まあ、有能な彼にとってそんなことは、女性との関わりの中でしかないのだが。

「わかるわよ……。 レオがそんな顔するのは、悩んでる時だもの。きっと今レオは民の幸福を願って政治をしたいけど、クラウス王に侵略を命じられてそれをせざるをえない、そんな板挟みの中にいるんでしょ? 私も戦争なんて嫌いだもの、わかるわ」

レオポルドは完全に自分の心の中をフェリスに見抜かれていたことに驚く。

「フェリスは母さんを戦争で失ったから、気分を悪くすると思って言えなかった」

「ええ、まだ立ち直れたわけじゃないわ……。だから、怖いわ」

フェリスの顔が曇る。

「何がだ?」

レオポルドには何が怖いのかわからなかった。他国侵略で彼女の身が直接危機にさらされるわけでないと考えたためだ。

「侵略ってことは、戦争ってことでしょ? レオ、死ぬかもしれないんでしょ? もう嫌だよ。誰か大切な人を失うのは」

レオポルドはハッと気付いた。フェリスはレオポルドを大切に思っていたことに今まで気づいていなかったことを恥じた。こんなに近くにいる人を気遣ってやれないなんて、ましてや民を気遣ってやれるわけないではないか。レオポルドはそう思った。

「大丈夫だよ。それにゴリモティタはいいところだ。自然は綺麗だし、土地は肥えているから、農業にも適している。民の生活も安定するだろう。絶対に負けないし、負けたとしても、必ず生きて帰ってくるさ」

フェリスを励ます。

「ふふっ、相変わらず自信家ね。レオったら」

フェリスは笑って答えた。レオが目を夜空に向けると、突然背中が重くなった。

「レオは覚えてるかな? 私たち、小さい頃はとても仲が悪かったこと。でも、私がいじめられてる時に、レオは好きとか嫌いとか関係なく私を助けてくれた。それからレオと仲良くなって、たくさんお話しして、わかったの。レオは私にとって大切な人だってこと」

レオポルドは黙ってフェリスの声に耳を傾ける。

「レオ……、民のみんなのことを気遣うのは大切だけど、もっと自分を大切にしてね。レオが辛かったら、私も笑えないよ……。生きて帰るって約束して」

フェリスの声から、泣いていることが読み取れる。

「ああ、約束する」

レオポルドはフェリスの手を握った。


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