第31話 生か死か
レオポルドたちが逃げ惑っている中で、エルンストは王宮で、レオポルドたちの捕縛報告を待っていた。
「まだ捕まえられんのか?」
エルンストは不満そうだ。
「はっ、今しばらくお待ちを」
「王都に逃げ惑うネズミ数匹すら捕まえられないのか」
エルンストは警備兵の役立たなさに大呆れした。
「もう良い、下がれ」
警備兵はそそくさと面目を潰しながらその場を後にした。
「まあ、何にせよ、あいつはもう王族としての権威は失った。俺の地位は危機にはさらされんから良いがな」
エルンストは独り言のようにそう近臣たちがいる中でつぶやく。
「しかしレオポルド失脚のためにとんだ悲劇を演出しなければならんとはな」
「誠にそのとおりです」
近臣たちはその言葉の意味を理解している。
「レオポルドもかわいそうにな。父上を手にかけたのはわたしとも知らずに逃げ惑っているのだから」
そう、王を暗殺したのはエルンストなのだ。彼は父親を殺してでも、自分の権力を手に入れたかった。しかし、レオポルドは邪魔であった。そこで、王殺しの冤罪をレオポルドになすりつけ、レオポルドの失脚を狙ったのだ。
「これでこの国の支配者はこのわたしだな」
エルンストは満足そうかつ、自信満々にそう言った。
エミリアとシルヴァはレオポルトと別れた後、王都を脱出しようとしていた。ようやく街の外へと出る門の近くにまでたどり着いたのだが、やはり警備は厳しい。しかし、無用心に門は開かれている。
「シルヴァさん、どうするつもりなの?」
エミリアがシルヴァの考えを不安そうに尋ねる。
「強行突破しましょう。それしか方法はありません」
シルヴァにしては珍しく、無策で挑むというのだ。しかし、完全に無策というわけではなさそうだ。
「強行突破って言ってもどうやって?」
エミリアに尋ねられて、シルヴァは近くの厩を指差した。
「馬を拝借しましょう。馬に乗って突破します」
シルヴァはエミリアを守りながら、厩へと入る。幸いなことに、すべての兵力がレオポルド討伐に投入されていたため、警備兵は一人もいなかった。その中から馬を選んで、二人は馬に飛び乗る。
「ではいきましょう、しっかりつかまっててくださいね!」
シルヴァが馬を最高速で飛ばす。あまりの速さにエミリアは振り落とされそうになる。
「ちょっと、速すぎるわよ!」
「このぐらいでも突破には遅いくらいです! 落ちないように私につかまっていてください!」
シルヴァは門まで最高速で馬を走らせる。一方、エミリアは精一杯の力でシルヴァにつかまっている。
門の警備兵達は、こちら側に一目散でかけてくる馬に気づく。
「おい、あれはなんだ!?」
「止まれっ! 止まるんだ!」
警備兵達は、シルヴァとエミリアを必死で止めようとする。
「止まるものか!」
シルヴァは警備兵の制止も聞かずに馬を必死に走らせる。
「これは無理だ! 俺たちが馬に踏み潰されちまう!」
ある一定のラインを超えると、警備兵達は、制止の不可能を悟り、門の前から逃げ出した。
「いける!」
シルヴァはそう言って、馬を跳躍させる。二人は王都脱出に成功したのだ。
「やりました! エミリアさま、もう大丈夫ですよ!」
シルヴァは脱出に成功したことを喜ぶ。いや、彼が生きていることを喜んだのではない。レオポルドの命を成し遂げたことが嬉しいのだ。大喜びするシルヴァとは裏腹に、エミリアの表情は冴えない。
「レオ、大丈夫かな……?」
エミリアは自分だけが脱出できたことに負い目を感じていた。レオポルドはまだ王都で、二人を守るために戦っているのだ。そう思うと、やりきれなかった。
「大丈夫ですよ。エミリアさまがそのサファイアに祈る限り、レオポルドさまはきっと無事でしょう」
シルヴァがエミリアをなんとか励ます。
「そうよね、きっと大丈夫よね?」
エミリアはシルヴァに大丈夫と言って欲しいのだろう。しかし、それでは十分ではなかった。
「レオ、無事でいて!」
エミリアのその願いは、レオポルドには届くのだろうか。
「いたぞ、あそこだ!」
「絶対に逃がすな!」
警備兵が口々に叫びながら、目標を追いかける。
「くっそ……」
レオポルドはなんとか警備兵を退けてきた。しかし、もう体力的にも精神的にも限界が近づいていた。
レオポルドはふと気づくと橋の上で、前後から挟み撃ちにされてしまった。これではもうどうにもならない。
「レオポルドさま、もう終わりにしましょう」
警備兵達がじりじりとレオポルドに詰め寄る。まさに袋の中のネズミとはこのことか。レオポルドにはもう打つ手がなかった。
「ごめんなエミリア、フェリス、それにシルヴァ。約束は守れそうにない……」
レオポルドが諦めかけたその時、エミリアの最後の叫びがレオポルドの耳の中に蘇った。
「きっとだよ! 私、このサファイアにお願いするから! レオを守ってくださいってレオが帰ってくるまで祈ってるから!」
エミリアの悲痛な叫びはレオポルドに届いていたのだ。それのおかげで、レオポルドは我に返った。
「何としても生き抜いてみせるぞ!」
自信を鼓舞するために、レオポルドは大雨の中でそう叫んだ。
「何言ってんだ、こいつ?」
警備兵達はわかっていた。もう逃げ道などどこにもないのだ。そう、少なくとも彼らには思いつかなかっただけなのだ。レオポルドにはまだ逃げ道はあった。それは川だ。レオポルドはこの川が王都の外に続いていることを知っていた。しかし、この川は今日の雨の影響で、氾濫し、とても深くなっている。そうであるがゆえに、誰もここから逃げるなどとは思わなかった。ここに入っても、どうせ死ぬだけだと。
レオポルドは橋の手すりに登る。それを目にした警備兵達は驚く。
「おい、あいつ、自分から死ぬつもりか?」
彼らには自殺行為に見えただろう。しかしレオポルドには、これは生き抜くための第一歩であるのだ。手すりに立ったレオポルドは空に向かって叫ぶ。
「天よ、俺が天下を統べる『昇天飛龍』ならば、俺はここで死ぬ人間ではないはずだ! 天よ、俺がそれにふさわしいのならば、俺を生かしてみせろ! そして、シルヴァ、フェリス、エミリアに会わせてみせろ!」
そう言ってレオポルドは川へと入水した。荒れ狂う川はレオポルドを飲み込んだ。誰もがレオポルドは死んだと思った。雨雲の隙間からは、満月が美しく照り映えていた。




