第30話 守りたいもの
レオポルドとシルヴァはエミリアを連れて、大雨が降りしきる中、一心不乱に逃げている。しかし彼らの行く先々には必ず兵がいる。
「ここにも敵がいるのか」
そうやって、迂回している間に、もう逃げ場がなくなってしまいつつある。
「もう逃げ場はありませんよ」
「そうだな」
レオポルドとシルヴァの見立ては完全に一致する。
「もう、どうするのよ!」
「もうどうしようもない」
そうレオポルドが呟いた瞬間、警備兵達に見つけられる。
「いたぞ、あそこだ!」
「見つかったか……」
レオポルドはそう言って、シルヴァとともに戦闘態勢をとった。レオポルドの左肩からは、まだ血が流れている。敵は3人。手負いのレオポルドには少し厳しい。
「レオポルドさま、お覚悟!」
そう言って彼らはレオポルドたちを襲う。
「仕方ないな」
「やるしかありませんね」
レオポルドとシルヴァは剣を抜く。襲いかかってくる警備兵を、彼らにとっては暴漢だが、撃退しようとする。
「行くぞ!」
レオポルドの号令で、シルヴァはレオポルドと息ピッタリで動く。まるで昔からともに戦っていたかのような連携だ。彼らはすぐさま3人を片付けた。
「なんとか乗り切ったな」
レオポルドは一安心つきたいが、そういうわけにもいかない。
「いかがなさいますか」
シルヴァはレオポルドの指示を仰いでいる。レオポルドはしばらくだまって、策を練る。レオポルドはおもむろに口を開いた。
「二手に分かれよう」
レオポルドの口からは驚くべき言葉が出た。
「レオ、あんた本気なの!? 怪我してるのに、逃げれるわけないじゃない! そんなの私は反対よ!」
エミリアはレオポルドの生存確率の低い策に猛反対する。しかし、シルヴァはこの作戦に肯定的だった。
「それが最上策かもしれませんな。私が囮になって、その隙にレオポルドさまとエミリアさまがお逃げになる、ということですか」
シルヴァは二手に分かれる、ということまでは読めていた。けれども、シルヴァはどう分かれるかまでは読めていなかった。
「違う」
レオポルドはシルヴァの読みを否定する。
「俺が囮になるんだ。その隙に、エミリアとシルヴァは逃げろ」
エミリアとシルヴァは唖然としている。これは領主というものの発言ではない。普通ならば彼らは何としてでも自分が生き残ることのみを考える。しかし、レオポルドは違った。彼は自分よりもシルヴァとエミリアを優先したのだ。ようやく状況を理解できたエミリアとシルヴァはレオポルドに意見する。
「レオ、本当に何考えてるの!? あんたがいなくなったらメガロシュはおしまいよ!? わかってるの!?」
「エミリアさまの言う通りです。それは上策ではありません。第一、あなたがいなくなったら誰がメガロシュを支えるのですか?」
エミリアの目には涙がたまっていた。シルヴァもこの時ばかりはレオポルドに賛同できない、といった表情をしていた。
「大丈夫だ、必ず生きて帰る。そもそも、手負いの俺がエミリアを守りきれるとは思えない。俺一人ならばなんとかなる。それに俺が王都を出るのは手配されている身であるから、厳しいだろう。一方で、シルヴァはまだ顔が知られていない。お前の方がエミリアを助けられる可能性が高い。そこを考えた上での判断だ」
レオポルドの判断はいつでも冷静だ。このときに至ってもこんなに論理的に判断を下せるレオポルドをシルヴァは信じようと思った。
「本当によろしいのですね?」
「ああ」
レオポルドとシルヴァは互いに納得した。問題はエミリアだ。
「シルヴァまでレオポルドを見捨てるつもりなの!? 私は許さないわ!」
「エミリア」
レオポルドがエミリアに、笑いながら言った。
「俺が買ってやったサファイア、あれ、願ったら大切な人を守れるんだよな? だったら、俺を守ってくれよ。そうしたら、きっと生きれると思うんだ。俺のために祈ってくれるか?」
「初めから、そのつもりよ……」
エミリアの声は涙に染まっている。目からも大粒の涙が溢れている。
「ありがとう、俺のこと守ってくれな」
エミリアもレオポルドに納得して、大きくうなづいた。
「レオポルドさま、ご無事でいてください」
「ああ、必ずメガロシュに戻るから、俺がいない間、メガロシュを頼む」
シルヴァも、レオポルドが生きて帰ってこず、これが最後かもしれないと思い、その責務を確かに承った。
「今はお別れだ。また必ず会おう!」
そう言ってレオポルドは王都の中心へと向かっていった。
「きっとだよ! 私、このサファイアにお願いするから! レオを守ってくださいってレオが帰ってくるまで祈ってるから!」
エミリアはどんどん遠く離れていくレオポルドの背中に向かって叫んでいた。その声はほとんど雨の音でかき消されていた。しかしそんなことは問題ではなかった。エミリアは叫ばずにはいられなかったのだ。レオポルドに届いているかどうかはどうでもよかったのだ。シルヴァはその様子を黙って見ていた。
「では、参りましょう。私たちが無事でなければ元も子もありません」
エミリアは頷いて、シルヴァに同意した。雨はますます強くなっていた。




