第1話 努力の裏の苦悩
まだ日も出ていない早朝。広大なアインフォーラ家の庭で剣を振るうレオポルドの姿があった。朝に武芸を磨くのは彼の日課だ。身長こそ低いが、彼は立派な青年となっていた。
「こんなもんか……」
どうやら一段落ついたようだ。脇に控える従者が汗を拭くタオルを差し出す。
「どうぞ」
「ありがとう、ギル」
礼をしてタオルを受け取る。従者の名前はギルバート。自分に厳しく他人に優しいレオポルドを心底尊敬している。
「今日の予定は何だったかな」
「今日は王とご兄弟様との定例報告会、その後のパーティーがございます」
ギルバートはレオポルドの質問に素早く答える。
「ああ、そうだったな。そのために王都に来ていたんだったな」
この国では王領、残りは各兄弟が分割して統治している封建制を取っている。そこでは皇太子たちは領主として、自らの好きなように自治をできる。そして年に2度の報告会でその成果をまずは王族で共有し、家臣たちからの評価を仰いで、次の自治へと活かすのだ。報告会のあとには慰安と意見交換を兼ねたパーティーが開かれる。
「今回は俺の統治はどう評価されるだろうな」
「レオポルド様の統治は全ての民に行き届く、民の目線に立った素晴らしいものであると私は考えます。何の心配も必要ないと存じ上げます」
「ならいいがな」
会話を交わしていると、いつの間にか太陽が出てきた。
「朝食にしよう」
自然に囲まれたアインフォーラの朝が今日も始まった。
邸宅へと戻ると、大きな声が聞こえて来る。
「はようお食事の用意をせんか! もう帰ってこられる頃ではないか! だいたい近頃の若い者はーー」
「相変わらず説教じみた爺だな」
突然自分の説教に介入され、老執事は気分を害したが、そこを見ると自分の主人がいたので目を見開いた。
「レオポルドさま! 朝食の準備ができておらず誠に申し訳ございません! 今しばらくーー」
「ああ、そういえばまだやることがあったんだ。ひとまず部屋に戻るよ。準備ができたらまた呼んでくれ」
やるべきことなど何もないのだが。メイドたちに気を遣わせないためのせめてもの心遣いだ。
レオポルドは部屋に入り、今日の報告資料に目を通す。ふと思索にふけった。あの事件から10年、誰よりも努力をした。治め方、学問、武術、兵法、礼儀作法、全てに至るまで完璧に自分のものにした。民が笑って暮らせるように。しかし何か面白くない。俺は本当に民のために尽くせているのだろうか? 民は俺を君子と認めてくれているだろうか? いや、そんなことはどうでもいいのだ。大切なのは民が何の憂いもなく、日々を送れているかどうかだ。あの時の、自分の全てを投げ捨ててでも民に尽くすという決意は変わっていないはずだ。堂々巡りの考えを巡らせているレオポルドの耳に、遠くから老執事の呼ぶ声はうっすらとだが届いていた。
「今日も美味しいな」
「ありがとうございます!」
レオポルドの賛辞にメイドたちが嬉しそうに大きな声で返事をする。優しいレオポルドはメイドたちからも大人気だ。口うるさい老執事とは違って。
「今日は定例報告会ですな」
「酷評されなければいいのだが」
「レオポルド様に限ってそれはないでしょうな。レオポルドさまの徳は全領土に広まっておりまする故」
「だといいがな」
レオポルドの顔が暗いことにギルバートと老執事は気付いた。
「俺の出自がもう少し良ければな……」
努力ではどうにもならないただ一つの欠点のせいで、レオポルドはその能力がありながらも、他の兄弟たちや、保守派の重臣、貴族たちに見下されてきた。そのせいでどんなすぐれた功績を残しても過小評価を受けてきたのだ。
「出自で人の優劣を決めるなど、真の王族がやることではありません!」
「その通りじゃ! 人は才能で測られるべきじゃ! まこと、くだらんことよのう……」
ギルバートと老執事が声を上げる。
「控えろ、お前たちがそんなことを言ったと知られたら、ただでは済まんぞ。王族批判なのだからな」
アインフォーラでは王族批判は、謀反に並ぶほどの大罪とされている。王族の力をもってしても死罪は免れないのだ。ましてやレオポルドの場合は言うまでもないだろう。
「レオポルドさまの才が認められないのは悔しい限りです」
ギルバートが手を震わせて言う。
「構わないさ、民が幸せならば、その程度、安いものだ」
食事を終えたレオポルドは席を立つ。
「美味しかった、ごちそうさま」
そう言ってレオポルドはギルバートとともに、一身にメイドたちからの憧れの視線を受け、ダイニングを出た。