第17話 賢士との出会い
「また遊びに来てね!」
リンダにそう言われて送り出されたレオポルドは領主邸へと帰る途中だった。そこでふと耳に子供達の歌声が聞こえてきた。
「新たな主来たりて、この地甚だしく繁栄す
ひとへに其の才の賜物なり
敢えて彼の才を以て王となり、而して天子と為らんとせんや」
古い言葉だが、古典に素養のあったレオポルドは意味を即座に理解した。
「おい! お前達、そのわらべうたは誰から教わったのだ!?」
子供達にレオポルドは尋ねる。
「シルヴァさんだよ。あの山の麓に住んでるよ」
子供達は西に見える山を指差した。
「ありがとう!」
レオポルドは滅多に気分を高ぶらせることはなかったが、今回は興奮しきっていた。こんな歌を聞いたのだから、無理もないだろう。レオポルドは山に向かって駆けて行った。
「はぁ、はぁ……」
ようやく山の麓に着いた。レオポルドは息を切らしていた。麓には小さく寂れた小屋があった。こんなところにあのわらべうたの作者が? そう疑問に思ったが、今はその作者に会うことだけを目的としている。そんなことはどうでもよかった。
「もし! 誰かいらっしゃるか?」
レオポルドが扉を叩くと、中で誰かが動いている音がした。扉が開くと、そこにはレオポルドと同じ歳ぐらいの青年が立っていた。
「やはり、領主様ですか。もう少しこられるのは遅いと思っておりましたが。さあ、汚いところですがどうぞおあがりください」
青年はレオポルドがここに来ることが全てがわかっていたかのように振る舞う。レオポルドは青年の前に机を挟んで座る。
「お前の名前はなんだ?」
「人に名を尋ねる時はまず自分から名乗るのが道理でしょうに」
レオポルドは青年の態度にムッとするが、抑えて名を名乗った。
「俺はレオポルドだ」
「私はシルヴァ=トーレスと申します」
「二、三尋ねたいことがあるがいいか?」
「お聞きしましょう」
レオポルドは先ほど耳にしたわらべうたについて尋ねる。
「あのわらべうたはなんだ?」
「そのままの意味です」
「ふざけるな!」
レオポルドは激昂する。
「あれは俺を讃える歌だろう!
『新しい領主が来て、この地ゴリモティタはとても繁栄している。これは領主の才能のおかげだ。どうして彼はその才能を使って、王となって、神に認められた君主となろうとしないのか、いや、きっとする』こんな意味の歌を聞いて黙っていられるか! 俺はそんな立派なやつじゃない! 今すぐ広めるのをやめろ!」
「そうおっしゃられるとは……。あなたは私が見込んだ以上の人かもしれません」
激情するレオポルドにシルヴァは豆鉄砲を食らったような顔をしてそう答える。
「どういうことだ」
「私があの歌を作ったことが広まれば、あなたは必ずここに来る。そう思ったのです」
「何のためにだ」
「ゴリモティタをこの数日間でここまで立て直し、この守りの堅い都市、ゴリモティタを少ない兵力で制圧したことを耳にすれば、あなたがいかに優れた人かぐらい、私にもわかります。私はあなたを見てみたかったのです。この戦乱を鎮めることができるかどうかを見極めたかったのです」
先ほどから、シルヴァの言っていることがレオポルドには理解できない。
「何が言いたいんだ!?」
しばらくの空隙が会話を分かつ。
「率直に申し上げます。レオポルドさまには、この戦乱を収める力があります」
「戯言をぬかすな!」
急に真面目な顔でシルヴァは言うが、レオポルドはまだ怒っている。
「なぜレオポルドさまは怒っていらっしゃるのですか?」
「俺の才能が過大評価されているからだ! 俺は立派でも、優れた人物でもない!」
シルヴァは少し驚いたが、それからまた真顔に戻った。
「私は二つの可能性を考えていました。一つはこの歌を聞いて、レオポルドさまが、大喜びして私の元へとやってきて、この歌を作った私を見込んで、召し抱えようとする。もう一つは、この歌を聞いて驕りたかぶって私の元へすらやってこない。前者の可能性が高いと思っていましたが、全く、完全に裏切られてしまいましたな」
「どういうことだ?」
シルヴァがまともに話し始めたので、レオポルドは平静を取り戻して、話に聞き入った。
「あなたは予想だにしなかった反応を示しました。私の元へ走ってきて、自分を過大評価していると激情なさった。普通ではありません。レオポルドさまがどうやら、真に私がお仕えする君主のようです」
「お前の言うことが全くわからん」
「普通、あの歌を聞いたら、先ほど申し上げた二つの可能性のどちらかの反応を示すはずなのです。しかし自分の才能に自信を持っていないあなたは、才能と謙虚さを兼ね備えた、まことの君子。これは全くの過大評価ではありません。どうか私をあなたの家臣にしてください」
「つまりお前は俺を仕えるに値する人物かどうか試したのだな?」
「その通りです。さすがの頭脳ですな」
シルヴァの真意を知ったレオポルドは大声で笑う。
「はっはっは! こんなに楽しいのは久しぶりだ!」
「私もでございます」
二人は途端に仲良くなった。互いを面白い人物と思ったのだ。
「よし、ではシルヴァ=トーレスよ。お前を私の参謀とする」
これは異例の採用だ。普通ならばいきなり参謀などありえない。しかし、レオポルドはこれこそが有能なシルヴァにふさわしいと考えた。シルヴァはこうなることがわかっていたかのように笑って答える。
「さすが人を見る目があられまするな。このシルヴァ=トーレス、必ずレオポルドさまの覇道を実現させてみましょう」
「ああ、この戦乱を収束し、皆が笑って暮らせる世をつくるため、俺に力を貸してくれ!」
この瞬間、互いに本音で語り合った二人は固い絆で結ばれた。