第13話 ゴリモティタ侵攻戦
その日の夜遅く、エステバンとダリオは全兵力5000のうち2000ずつ引き連れて森の茂みへと出発した。
左右分かれて入るので、互いの状況は分からない。
「本隊が撤退を始めたら、お前たちは動いてくれ」
そのレオポルドの言葉に二人は戸惑いを感じていた。どんな熟練の戦士であったとしても、そこまで完璧に呼吸を合わせるのは至難の技だ。二人は一抹の不安を抱えていたが、最善を尽くそうと思って、軍を進めた。
「そろそろ時間だな」
別働隊が出発して、1,2時間経過したのち、レオポルドは準備に取り掛かった。まずは本隊の兵士たちを起こすところからだ。兵士それぞれが互いに起こし合う。
「兵士をあと10分までに俺の陣の前に集めろ」
レオポルドはそう言って作戦室へと戻った。
そこでレオポルドは責任にかられていた。自分が背負っているものはとても多いという責任だ。メガロシュの領民たちの生活のさらなる向上、王族としての国家繁栄の義務、そして何よりフェリス、エミリアのために絶対に成功させて生きて帰ってこなければならないこと。それを考えると俄然やる気が出てきた。
「俺ならできるさ」
そう一人で呟いて、自身を鼓舞した。
10分後、果たして、兵士たちはレオポルドの陣の前へと集合した。
「皆、王族の勝手な都合であるこの戦いによく参加してくれた! まず、そのことに感謝したい、ありがとう!」
兵士たちはかしこまる。
「この戦いで、全員が生きて帰れるという保証はない。しかし俺には大切なものがある。それを守るためにここに来た! 諸君らにもあるはずだ! 守りたいものが! それは妻、子供、恋人、兄弟、姉妹、両親、人それぞれだろう。だが俺たちはそれを残したまま死ぬわけにはいかない! そうだろう!?」
レオポルドがさらに続ける。兵士たちはレオポルドに聞き入る。
「俺は最善を尽くす。だから諸君の力を俺に貸して欲しい! この戦い、必ずメガロシュのためにも勝って、生きて帰るぞ!」
「うおおおおおおお!」
レオポルドの大号令に兵士たちは雄たけびで応じた。こういう面で言えば、戦争とは美しい。
「ではいくぞ! いざ出陣!」
兵士たちは真夜中に、規則正しく歩みを進め始めた。
「俺の見立てに誤りはなかったか」
進軍中、レオポルドはそう思った。どこにもゴリモティタの軍の気配が感じられないからだ。やはりゴリモティタの領主は無能だったのだとレオポルドは思った。
ゴリモティタの門前に辿り着きそうになると、ゴリモティタ内部は急にあわただしくなる。
「敵が攻めてきたぞ!」
警備兵が大慌てで領主の元へ走る。
「なんだと!」
そう答える領主。領主は敵軍の確認に行く。そこで領主が目にしたのは、到底ゴリモティタを陥落させることなどできそうにない兵力の軍だった。
「この俺をなめやがって……。蹴散らしてくれる! 8000の兵で直ちに出陣だ!」
領主は怒りに任せて軍を動かした。やはりレオポルドは間違ってなかった。
ゴリモティタの門が突然開き、敵軍が攻めてきた。
「やはり来たか」
予想通りに事が運び、レオポルドは不敵な笑みを浮かべた。
「全軍、突撃!」
レオポルドの号令でアインフォーラ軍は一斉に攻撃を仕掛ける。
戦闘が始まった。先ほどのレオポルドの激励で、兵士の士気はかなり高揚している。しかし、この本隊は1000人足らずだ。こちらの方が若干不利である。しかし圧倒的不利には陥っていない。その所以は敵軍が無策でただ攻めてきているだけだからだ。
「ありがたいことだ」
レオポルドはゴリモティタ領主に礼を言いたい気分だった。
一方、森の中で待ち構えているエステバンとダリオがゴリモティタ軍が出陣したことに気づく。
「いよいよか……」
二人は同じ場所にはいないが、そう思ったことだろう。二人はレオポルドの本陣が退却し、敵軍が歩みを進めるのを待っている。
本陣では、そろそろ兵たちの士気が低下し、戦闘力が低下しつつあった。
「そろそろだな」
レオポルドは退却の時を見計らう。
「よし! 退却の太鼓をならせ!」
太鼓が大きな音を響かせる。その音に気付いた兵士たちは一斉に退却を始める。ゴリモティタ領主はこれを待っていたと言わんばかりに軍を進めた。
「蹴散らせ! このゴリモティタをこんな少数で攻めたことを後悔させてやるのだ!」
ゴリモティタ軍は退却するアインフォーラ軍を追撃する。
「愚かだな……。あとは頼んだぞ、エステバン、ダリオ!」
そのレオポルドの思いが伝わったかのように、エステバンとダリオは攻撃のタイミングを掴む。
「今だ! 全員攻撃!」
「今が好機! 全軍、敵軍を蹴散らせ!」
エステバンとバスケスは心が繋がっているかのように、全く同時に森から姿を現した。
「うわああああ!」
突如森から現れたアインフォーラ軍に驚き、慌てふためくゴリモティタ軍兵士たち。
「よし! 全軍、もう一度進軍だ!」
森の両側から伏兵が現れたのを確認して、レオポルドは再び攻撃を開始する。
「なんだ! 何がどうなっているのだ!?」
状況をつかめないゴリモティタ領主。
「左右の森から伏兵です!」
兵士が報告するも、対応はできない。統制がとれない軍というのは、いくら数があっても非常に脆弱なものだ。ゴリモティタ軍は先ほどの快進撃とは打って変ってあっという間に数を減らしていく。
「退却だ! 退却するぞ!」
「無理です! 敵が退路を塞いでいます!」
境地に立たされるゴリモティタ軍。
「ならば降伏するぞ!」
ゴリモティタ領主がその決断を下した時はすでに遅かった。彼らの集団はアインフォーラ軍に囲まれている。
「覚悟!」
アインフォーラ兵たちが一斉にとどめを刺す。ゴリモティタ領主の周りの兵士は次々と倒れていく。
「まっ、待て! 話せばわかる!」
その言葉は届かなかった。ゴリモティタ領主は胸に剣の一振りを受け、絶命した。
「ゴリモティタ領主と思しき人物を討ち取ったとのこと! ゴリモティタ軍兵も降伏を始めています!」
報告を受けるレオポルド。
「よし! この戦い、我らの勝利だ! 叫べ! 勝どきだ!」
「うおおおおお!」
出陣時と同様に兵士たちは大きな雄たけびをあげ、勝利を喜んだ。
エステバン、ダリオ、レオポルドは合流して、勝利を喜んだ。
「いやー! 勝ててよかった!」
エステバンが子供のように喜ぶ。
「誠その通りですな。まだ勝利の余韻が抜けません」
ダリオも普段見せない笑顔で、嬉しそうだ。
「しかし、伏兵を出すのは難しかったですな。いつ出そうかとためらいました」
「いやー、そうでしたな! うまくいって何よりですな!」
ダリオとエステバンは今回の作戦の難しさを痛感していた。
「成功するのはわかっていたさ。お前たちならできると思ったからこの作戦にしたんだよ。お前たちを信頼してのことだ」
レオポルドはこれが当然と言わんばかりの顔つきでそう言う。二人はレオポルドに信頼していると言われ嬉しそうだ。
「それではゴリモティタに入って、民衆の不安を解こうか」
「ここからはレオポルドさまにしかできない仕事ですな」
二人は後の処理をレオポルドに任せた。