第11話 出陣前日
ゴリモティタ攻略決行前日となった。レオポルドはこういう非日常で会ってもいつも通り行動することを心がけている。いつものように日が出る前に武術の訓練をする。いつもと違うのは、隣にギルバートがいないことと、そうであるがゆえにより自分の訓練に熱が入ることだ。
「ギルバートのために!」
一人で叫ぶ。その声はもはやギルバートには届くことは決してない。
日が昇ってきた。そろそろ訓練を切り上げよう。そう思って邸宅へと引き返した。
「おはようございます、レオポルドさま」
「ああ、おはよう」
帰ってきたレオポルドにメイドたちが挨拶をするが、声に元気はない。どうしたのだろうかとレオポルドは考える。
朝食の時に、レオポルドは爺に尋ねた。
「なあ爺、どうして彼女たちはあんなにも元気がないのだ?」
「お察しくださいませ、レオポルドさま……」
レオポルドには意味がわからなかった。
「それはどういう意味だ?」
「お気づきになられませんか……」
爺は重い口を開く。
「皆は悲しいのですよ。尊敬するレオポルドさまが戦に行ってしまうから。そして、これが別れになるかもしれないから……」
レオポルドはハッと気づく。
「そうだったのか……。メイドたちも俺のことを心配してくれているのか。爺に言われるまで全く気づかなかった。すまん」
「構いませんよ。そこがレオポルドさまの長所であり短所なのですから」
レオポルドはまた意味がわからなかったが、もう深く考えないことにした。
「レオー!」
朝食後、うるさい奴が来た。フェリスだ。
「なんだ、忙しいから後にしろ」
レオポルドは冷たくあしらったことを後悔した。彼女の目には涙が浮かんでいた。
「そうだよね。明日だもんね……。ごめんねレオ」
「いや、言い過ぎた。すまん」
レオポルドはとっさに謝る。
「それでどんな用事なんだ?」
「あそこに行こうと思って」
あそこ。フェリスが言うあそこがどこなのかをレオポルドは即座に理解した。
「ああ、いいよ。行こうか」
レオポルドは快く応じる。
「いいの? お仕事忙しくないの?」
「ああ、あとでやるさ」
「えへへ、ありがとう」
レオポルドの優しさに安心するフェリス。
二人は「あそこ」へと出かけた。
「ふーっ! 気持ちいいなぁ!」
フェリスが丘の上で心地よい風を浴びながら大きな声で言う。
「ああ、本当にいい気持ちだ。ここはいつ来てもいいな」
レオポルドがフェリスに応じる。
「そうだね! 私たち、小さな頃は仲良くなってここでいつも遊んでたよね!」
この丘はレオポルドとフェリスの思い出の場所だ。彼女は、レオポルドの出撃前にここに来たかったのだろう。
「あの頃に戻れたらいいのになぁ……」
フェリスがおもむろにそう言う。
「どうして?」
それに尋ねるレオポルド。
「あの頃は、気楽だったもの。政治のことなんて考えなくてよかったし、バスケス家の娘としての自覚もなかった。心から楽しめたわ」
「今も政治のことなんか考えてないし、バスケス家の娘としての自覚もないのにか?」
レオポルドが冗談を言う。
「うるさいなぁ! そんなことないよ!」
楽しい時間に包まれる二人。
「でも一番戻りたいのはレオだよね、きっと」
「どうしてそう思う?」
「王族のしがらみに絡まれていると思う。政治のことも、領民のことも考えなくちゃいけないし、命令だったら、嫌なこともしなくちゃいけない。今回みたいに」
フェリスの答えにレオポルドは否定できない。
「確かにそうだ。あの頃には責任も、義務も、何一つなかった」
「そうだよね」
「でもな……」
レオポルドが続ける。
「俺は今、頑張ることで、領民の笑顔や、栄えていくメガロシュを見ることができるし、そしてなによりフェリスやエミリアと今でもこうして話せることができる。確かにギルバートのことみたいに、失うものも多いかもしれない。でもそれ以上に俺は何かを得ることができてる気がするんだ。あの頃にはなかった何かをな。だから俺は戻りたいとは思わないよ。俺たちが生きてるのは今なんだからさ」
レオポルドは自分でも思ってた以上に言葉が出たことに驚いた。こんなにも俺は考えていたのか。知らず知らずのうちにこんなにも悩んでいたのか。そう思うと、自分をもっと労わろうと思った。
「やっぱりレオはすごいや」
「何がだ?」
「なんでもないよ!」
フェリスがいたずらっぽく笑ってそう言う。
「いよいよ明日だね。応援してるから。帰ってこなかったら、承知しないよ!」
フェリスは心の中にある不安を押し殺して、明るく振る舞った。
フェリスと別れ、丘から邸宅へと帰っている途中に不意に声をかけられる。
「レオ」
エミリアだった。何か普段とは雰囲気が違う。何かは明確に説明できないのだが、レオポルドにはわかった。
「エミリアか。どうした?」
エミリアはうまく話せないでいる。
「何でもないんだけど、あんたの顔見ようと思って」
「どうして?」
意味がわからないレオポルドはエミリアに尋ねる。
「どうしてって、決まってるでしょ? わからないの?」
「ああ、わからないな」
レオポルドは首をかしげる。
「もう! どうしてわからないのよ!」
「理不尽だ」
レオポルドは冷静に返す。
「わかったわ。教えてあげる、私が思ってること」
業を煮やしたエミリアがついに自分の気持ちを説明する。
「遠征に行くのはやめなさい」
レオポルドはエミリアの説明にさらに戸惑った。
「さっきから意味がわからないぞ」
「ああ、もう!」
エミリアの感情は最高潮に達した。
「私はレオに行って欲しくないの! 危ないことして欲しくないの! 死ぬかもしれないようなことしないで!」
泣き出すエミリア。それに戸惑うレオポルド。
「どうしたんだよ、エミリア」
「馬鹿!」
エミリアはレオポルドに抱きつく。
「どうしても、行っちゃうの?」
レオポルドはエミリアが、自分を心配してくれているとわかった。
「行くしかない。それが俺の義務だ」
レオポルドは真摯に答えた。しばらくするとエミリアがレオポルドを突き放した。
「痛ってえな! なにすんだよ!」
「何でもないわよ! 必ず帰ってきなさいよね!」
エミリアはそのまま戻っていった。あれはあれなりでエミリアの精一杯の気遣いなのかもしれない。レオポルドはそう思って、邸宅へと戻り、明日に備えて、早く床についた。
やはり戦争は悲しいものだ。生きるものと死ぬものとが残る。生きるものは死んだものに対して申し訳なさを感じる。その一方で、死んだものは間違い無く、死にたくないと思ったはずだ。そんな矛盾が生まれるものなのだ。戦争など、なくなってしまえばいいのに。それがアインフォーラだけでなく、全人類の願いだろう。