プロローグ
プロローグ
10年前、王都アインフォールの街はずれの山で一人の少年と身なりの良い男が護衛とともに立っている。土砂降りの雨が彼らを打つ。
「クソッ、逃げるぞ!」
山賊達は森へと姿を消す。少年は血だらけで倒れている男を呆然と見つめている。
「父さん……?」
返事はない。短刀が胸に刺さっている。少年は死というものに初めて触れた。こんなにも唐突にやってくるものなのか。つい先ほどまで夕食を作るための薪を拾っていただけなのに。少年には理解できなかった。きっとまた立ち上がって一緒に帰るんだ。好物を食べさせてくれるんだ。そう思うしかなかった。
「すまない」
身なりの良い男がそういった。彼を襲った賊がこんな幼い少年の父を殺したのだ。彼は悪くないだろう。しかし彼が少年の父を奪ったのだろうか? そうではないにせよ、複雑な感情に駆られた。彼はなんと少年に言えば良いかわからなかった。
「そなたの父が死んだのは私のせいだな」
気遣いの言葉は他に見当たらなかった。
少年はようやく父の死を理解し、声をあげて泣いた。
「おじさん、国の偉い人だよね? どうして助けてくれなかったの? 偉い人は自分のことしか考えないの?」
少年の疑問が男の心を射抜く。男は偉ぶっていただけなのかもしれないことに気づいた。
「父さんを返してよ!」
少年が男に飛びかかる。しかしすかさず護衛たちが少年を取り押さえた。
「貴様! なんのつもりだ!」
「王に無礼であろう!」
護衛は正しい行いをしたのだ。
「控えよ!」
男の声が護衛を一蹴する。
「無礼なのはわしらであろう。父を失ったこの幼子の気持ちがわからぬのか!? お主らにはその悲しみがわからぬのか!?」
護衛は無言で少年を解放した。
「この男を丁重に弔うのだ」
少年の父は護衛たちに運ばれた。
少年の足は町へと向く。家へと帰ろうとしたのだ。彼一人で何ができるのだろうか。そう思った男は少年を引き止めた。
「待つのだ!」
少年の足が止まり、男の方を振り返った。
「待たないよ、僕には仲間がいる。庶民は助け合って生きるしかないんだ。国は助けてくれないからね」
「ならばそなたが助けろ」
「え?」
少年は耳を疑った。
「此度のこと、全てわしの責任である。わしはそなたを引き取ろうと思う。そなたの名は?」
「レオ=リオス……」
声に力はなかったが、その鋭い目つきに男は圧倒された。
「レオ=リオスか……。よし、そなたは今日からこのアインフォーラ王、クラウス=レーヴ=アインフォーラの四男、レオポルド=リオス=アインフォーラだ! そなたのその庶民を想う気持ち、このわしの政に役立ててはくれぬだろうか?」
少年は黙って頷いた。
少年はこのとき決めた。自分が王になりこの国をより良き国にすることを。そのためなら手段は選ばないことを。
いつの間にか、雨は止み、雲の隙間から日が出ていた。