受身の苦行
一つ求められ、それに答えたらそれで一段落。
心の整理をゆっくりつけて、そして、準備が整ったら次の段階へ。
段階を無視して進むのは、心に過度な刺激を与える。
時にはそれも重要だけれど、いつでもそれがいいわけじゃない。
一が出来たら次の二へ。
二が出来たら次の三へ。
テンポよく進むことは大事。
けれど、それが絶対じゃない。
それが絶対に可能であるわけじゃない。
一が出来た。
なら二も出来る。
そんな決めつけをされるのは、酷だ。
決め付ける側は至極簡単。
けれど、決めつけられる側はそうじゃない。
二へと進む準備が整っていなければ、進めるわけがない。
以前出来たからといって、また今も出来るだなんて限らない。
いつだって準備が必要不可欠だ。
それを無視されること。
準備が整っていないことを理解もせず、次へ進むことを強要されること。
それは、苦行にほかならない。
理解しなくてはいけない。
己の物差しと、他の物差しは違うのだと。
己が求めているものが、必ず他に存在するわけではないのだと。
理解されず、押し付けられることは、苦痛だ。
苦痛を癒すには、時間がかかる。
そのまま苦痛に押しつぶされてしまうこともある。
理解しなければいけない。
己の楽が、他にとっても楽であるとは限らないのだと。
押し付けられた側は、苦しむしかないのだと。




