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「それで、その問題の雫を助ける方法だけど、具体的に何をすればいいんだ?」

 俺は話の核心である部分を尋ねた。

「それは……」

 咲乃が口を開き掛けたとき、部屋の扉が蹴り開けられた。

 開け放たれた扉の前に立っていたのは、息を荒くした姫神さんだった。

「今、魔物が東に魔物が現れたって連絡が入ったわ。市長から緊急要請よ。すぐに出るわ」

 姫神さんの言葉を聞くと同時に、咲乃と音夢は勢いよく立ち上がった。

 音夢は今まで見せたことがないような機敏な動きで部屋を駆けだしていき、咲乃もそれに続く。

「ええ!? なに魔物!? 俺はどうすればいいんだ!」

「あなたも着いてきなさい」

「真奈さん!」

 咲乃が姫神さんに非難の声を上げる。

「彼はこっちに着たばかりなんだよ? 来ても危険だけだよ。それより夕樹君は?」

「夕樹はまだこっちに来ていないわ。それに彼も旅人でしょ? 戦力になるわ」

 咲乃が苦い顔で頭を押さえる

「そんな適当な……。現に雫ちゃんだってさらわれたのに」

 ……さらわれた?

「そうは言っても、私たち三人だけで戦う方が、よっぽど危険よ?」

「それは……」

 咲乃が言い返せずに口ごもる。

「咲乃、俺のことなら気にしなくていい。とりあえず急ぐんだろ? もし本当にだめなら加護の外に出る前に現世に戻る。それならいいだろ?」

 咲乃がやや不満な視線を俺に向けた。

「……そんな気ないくせに」

 ぼそっと何かが聞こえた気がしたが、聞こえないふりをした。

 咲乃は時間を気にするように音夢が下りていった先を見ると、ため息を吐きながら振り返った。

「わかった。でも無茶はしないでね。それで雫ちゃんもさらわれたんだから」

「了解した。それより、さらわれたってのはどういう……」

「その説明は向かいながらにしなさい。ハマーで東に向かうわよ」

 姫神さんは足早に下りていき、俺と咲乃も続く、

 エントランスに止められたままにされていたハマーの後部座席には既に音夢がぬいぐるみを抱えて座っていた。

 俺はその横に乗り込み、前に姫神さんと咲乃が素早く乗る。

 エンジンを掛けて車を走り出す。

 咲乃が閉められた扉に手を向けると、風が吹き荒れて扉が開け放たれる。

 ハマーが飛び出すと同時に、俺たちの後ろで扉が音を立てて閉められた。 

「私たち能力者は、市の要請によって魔物狩りに行くのよ。あなたも見たと思うけど、魔物はこの多くの技術が失われた現代では銃火器による対抗が困難よ。あってもたかがしれているけど。だからそのために対抗する力が、私たちが持つ異能力よ」

 俺にはまだ、異能力がどこまでの力を持つのかはわからない。

 しかし、数メートルの体躯を持つ魔物たちには、おそらく拳銃やライフルと言った普通の銃火器では対抗することはできないだろう。

 ミサイルや対物ライフルなどがあればある程度は対抗できるだろうが、世界の大部分が退廃した今、人材も資源も潤沢ではないはずだ。

「咲乃、さっきの雫がさらわれたってのはどういうことだ?」

 東に向かってハマーが速度を上げていく中で、俺は聞いた。

 咲乃は視線を前に向けたまま答える。

「さっきも言ったけど、最近魔族の動きに変化が起きているの。ただ単純に人を襲っていたのに、私能力者を捕まえるように動き始めたんだ。でも、それは、誰も構わずってわけじゃない。ある特定の人物だけを」

「……それってまさか」

 不意に思い当たることがあった。

「その通り。魔族は旅人だけをさらおうと動き始めたんだよ。それで雫ちゃんは魔人にさらわれたの」

「ちょっと待ってくれ。旅人はっていうけど、この世界の元々の住民と旅人とを、あいつらはどうやって見分けているんだ? それとも他の人もさらわれてるのか?」

「いや、さらわれるのは旅人だけ。それも今のところさらわれてるのは雫ちゃんだけだよ。この世界の住人と旅人には、決定的な違いがあるの」

 決定的な違い?

 俺は思わず姫神さんに目を向けた。

 姫神さんは、復元という異能力こそ持っているが、他はどこからどうみても俺たちと同じ人間だ。

 それほど明確な違いがあるのは思えない。

 怪訝な顔をしていると、音夢がぬいぐるみを俺の顔に押し当てた。

「蓮司、この間こっちの世界に来たときに、怪我をしたって聞いたけど、その怪我は、どうしたの?」

「怪我? ああ、そういえば……」

 額に手を当てるが、傷もなければ痕すら残っていないようだ。

 有り得ないことが続いてすっかり失念していたが、考えてみれば現世に帰った段階ですでに怪我は全てなくなっていた。

 服に関しても同様だ。破れ血が付いていたはずなのに、帰ってみれば綺麗な状態のものだった。

「もしかして、俺たちはこの世界で怪我をしても、時間が経てば治るのか?」

「……それは確かにそう。でも、問題はそこじゃない。私たち、旅人は、あらゆる怪我、どんな状態からでも、体が治るということ」

「それって……どういうこと?」

 前の席から咲乃が振り返り、そして言った。


「旅人は、死なないの。この世界でどんな怪我を負っても腕がもげても首が取れても頭がつぶれても、旅人は元の姿に回復する」


「死なない、のか?」

 自分の体に手を触れる。

 体はどう考えても人間特有の生き物の物だ。

 死なないと言われても、正直ピンとこない。

 音夢が腕を伸ばして、俺の頬を拳で叩いた。

「痛いなおい」

「そう、痛い。でも、旅人はある程度のところを越えると、痛みは感じなくなる。緩和、される。私たちの体は普通じゃ、ないの」

 音夢の言葉に、少し合点のいくことがあった。

 以前俺は頭が割れるほどの傷を負っていたにも関わらず、痛いですむ程度の痛みしか感じていなかった。

 痛みは体の危険を知らせるために重要な役割を担っている。

 それなのに、頭部裂傷という怪我を負ったにも関わらず俺はあまつさえ動き回っていた。

 あれはアドレナリンが出ているとか火事場の馬鹿力という問題ではなく、俺の体が普通ではないから。

 そう考えると納得できる。

「でも、だからって絶対にそのことを長所だなんて思わないで。私たちが死なないからこそ、魔族は旅人をさらうことという選択肢を採ったんだよ。加護の外に引き綴り出されてしまえば、私たちは逃げることもできなくなるんだからね」

「どちらにしても、蓮司は離れて見てること。まだ戦えないんだから」

 そう言われてしまえば反論などできない。

 一度だけ力を使えたは使えたが、それだけだ。

 あのときも雫が助けてくれてなければどうなっていたか。

「わかってるよ」

 そう答えながら、視線を窓の外に逃がした。

 死なない体。

 それが真実なら戦闘において長所にはなりうるだろう。

 しかし、と頭の中で様々な疑問が沸いた。

 俺たち現世と同質の世界、平行世界である夢世界。

 護符というものに触れ、眠ることによって世界を越えて渡ることができる。

 その異世界の先では、俺たちは異能力が使えるどころか、死なないという不死の肉体を持つという。

 これは一体何なんだ。

 夢世界のことだけではない。異能力。不死の体。

 様々なことが、複雑に絡み合っている。

 ハマーが住宅街、田畑を抜けて平原に出た。

 大きめの石を弾き、車体が揺れた。

 首にかけたペンダントが跳ね、顔の前で踊る。

 結晶のペンダント。

 俺に力を貸してくれた、夢世界に渡るための護符。

 不安が、心の中に募っていった。

 この意味もわからない世界で、俺は妹を、雫を助けることができるのかと。

 同時に、やるしかないのだという思いを噛みしめる。

 こんな訳のわからない世界だからこそ、できる人間は俺たちしかいない。

 俺たちの世界の大人も組織も、こんな世界があることなんて知りもしない。

 だから、俺たちがやらなければいけないことなんだと。

「見えたわよ!」

 姫神さんが叫ぶ。

 ハマーが走る先に、黒い巨体を持つ化け物が郊外にある村を襲っている。

 田畑を管理している人たちが住んでいる村のようで、それほど大きくない家が二十棟ほどあった。

 ペンダントに触れると、加護がまだまだ先に見える。

「ミナト中心から十キロ。ずいぶん近いところに現れてるわね」

 姫神さんが忌々しげに呟いた。

 魔族は基本的に、加護の内側まで進行してくることはあまりないことらしい。

 だからこれまで加護の範囲内に魔族が侵入してくることはほとんどなく、それ故に加護の範囲内であるミナトは発展を続けることができたそうだ。

 ミナト以外にも生き残っている都市はあるそうだが、そこは要塞にすることで魔族の侵攻を防いだり、能力者が豊富であったりという理由で存続しているらしい。

「防壁や特に能力者が多いというわけではないミナトが生き残ってきたのは、なぜか魔物の進行がほとんどなかったからなの。その理由は、私たち旅人が視認することができる空間の穴があるから。だから近づくことを嫌うんじゃないかっていうのが最近の通説だね。でも――」

 でも魔物はかなり加護の内側まで入ってきている。

 この辺りも魔族の行動に変化があったという部分なのだろう。

「真奈さん、村の避難は?」

 咲乃が尋ねると、いつの間にかインカムのようなものをつけていた姫神さんが通信をしながら答える。

「最初に襲われた際に何人か犠牲者が出ているみたいだけれど、生き残った住民の退避は終了してるわ。今は何人かの能力者が魔物と抗戦している」

 視線の先で、炎や槍のようなものが飛び交っているのが見える。

「よしっ、なら全力で行くよ。蓮司君」

「わかってる。俺も全力で行けってことだな」

「さっきの話本当に聞いてたの!? 戦えないのに出てこないでって言ってるの! 加護の範囲内だから危険だとしたらすぐに現世に帰ること! わかった!?」

「……わ、わかりました」

 めちゃくちゃ怒られてしまった。

 音夢が俺の袖を引いた。

「蓮司は、とりあえず私の側にいて。それが一番、安全だから」

「了解した」

 とはいえ、音夢が戦う姿というのは全く想像ができない。

 村から百メートルほどの距離に近づいたところで、ハマーが急停車した。

 止まると同時に咲乃が扉を開けて外に出る。

 俺と音夢も外に出る。

 俺たちの視線の先で、民家の高さを超す魔物が暴れ回っている。

 オオカミのような魔物や巨人のような魔物など、様々な種類の魔物が村を襲っていた。

 咲乃は頭にヘッドホンをかけた。

「音夢ちゃん、行くよ」

「うん」

 咲乃に答え、音夢は肩に掛けていたポーチから小さな何かを二つ取り出した。それは小さな動物のぬいぐるみだった。

「一気に殲滅するよ!」

 咲乃の周囲に、不自然な風が現れた。

 白く視認することができる渦は、明らかに自然に発生したものではない。

 咲乃の異能力によって作り出された風だ。

「りょう……かい」

 音夢は取り出したぬいぐるみを空中に投げた。

 キツネ、ライオン。

 それらのぬいぐるみは、音夢の手を離れると同時に光を放ち始めた。

 そして、一気に巨大化を始めた。

 ドンという大きな質量が落下する音が響き渡る。

 俺たちの目の前に現れたのは、ぬいぐるみから変化した巨大な生物たちだった。

 デフォルメされて可愛らしく作られたぬいぐるみは一気に姿を変え、野生溢れる鋭さを持つ野獣に変化した。

 その全てが本来の生き物の姿を大きく上回っており、魔物たちを超える十メートルになろうかという大きさを持っていた。

「いっけー」

 音夢がのんきな声で指示を出すと、巨大なキツネとライオンは咆哮を上げながら村を襲う魔物へと向かっていった。

 同時に、咲乃も走り出した。

 全身に白い風を纏い、百メートル以上ある距離を一気に詰める。

 キツネとライオンよりも先に村に到達するほどの速度で走り、高々と飛び上がった。

 驚くほどの跳躍力で飛び上がった咲乃は、右腕を前に突きだし、左手でそれを支えるように掴む。

 直後、咲乃の左手から風の砲撃が打ち出された。

 大砲のように打ち出された砲撃は一直線に飛び、能力者と対峙していた巨人の頭を穿った。

 首から上が砕け散るように弾けた。

 巨人の体は傾き倒れ、地面に落ちると同時に灰になった。

 巨大キツネと巨大ライオンが咲乃に追いつく。

 咲乃に向かって走り出していたイヌ型の魔物に襲いかかると、キツネが魔物の足に食らいついた。

 魔物が叫び声を上げて地面を転がると同時に、その喉元をライオンが咬みちぎった。

 叫び声が途切れ、魔物は絶命する。

 咲乃とぬいぐるみから生まれた巨大なキツネとライオンは、他の魔物に向かっていった。

「私の能力は、【玩具召喚】。ぬいぐるみをモデルにされている生き物に変えて、戦うことができる」

 ぬいぐるみを変えて戦う。

 いつも巨大なぬいぐるみを持ち歩いている音夢にはぴったりの能力だと思った。

「先行で出ていた能力者にけが人が出たわ。私たちは回収に向かう。音夢、あなた一人で蓮司のお守りは大丈夫?」

「問題、ない」

 お守り扱いとはいただけないが、事実なので何も言えなかった。

「任せたわよ」

 姫神さんは素早く車を回すと、村の側面に迂回するように向かっていった。

 音夢が再びぬいぐるみを投げると、五メートルほどのイヌが現れて、姫神さんの車を守るように走って行った。

 視線の先で、咲乃が巨大な風の刃のようなものを打ち出して魔物の体をばらばらに斬り刻んだ。

 キツネとライオンは一組で確実に魔物を狩っていっており、その能力は魔物よりもずっと高い。

 俺は思わず拳を握りしめていた。

「戦えないことが、もどかしい?」

「……ああ」

 俺にも、彼女たちと同じ力がある。

 それはわかっている。

 でも、それがどんな力なのかはおろか、使い方すらわからない。

 それが、ひどく辛い。

「私たち旅人には、全員なにかしらの、力が与えられる。それは間違いない。そして、それは皆、わたしたちの護符に由来した、力になる」

 音夢が俺に抱えていた大きな熊のぬいぐるみを突きだした。

「これが、私の護符。だから、私はぬいぐるみから生き物を召喚することができる。そして――」

 音夢が指先で俺の首に掛かっているペンダントを押した。

「蓮司の護符は、これ。初めてこの世界に来たとき、蓮司も力を使ったって聞いてるよ。私も、初めてはそうだった。私もすぐ魔物に襲われて、このぬいぐるみが勝手に動き出して戦った。それで、咲乃に会ってこの世界のことを教えられたの」

 だから蓮司も、と音夢は続ける。

「護符は、蓮司自身。だから、蓮司が願えば、必ず答えてくれるよ」

 音夢の言葉に、俺の手は無意識にペンダントに伸びていた。

 結晶のひんやりとした感触が手のひらを通して伝わってくる。

 俺はあのとき、刃をイメージした。

 すると地面から大量の刃が出てきたのだ。

 護符に俺の能力が由来したものであるならば、俺の力は――


「んん? 見たことがない顔がいるな」

 

 ぞくっとした声が響いた。

 弾かれたように俺と音夢の視線が後ろに行く。

 俺たちの後方に、いつの間にか人が立っていた。

 だが、人と言っていいのかわからなかった。

 半袖半ズボンの簡素な出で立ちに、腰には一振りの剣が差されている。

 しかし服から覗く手足や顔は、皮膚がまるで光を受け付けていないような闇に包まれている。

 身長は二メートルほどもあり、体の造りは人間のようだが、放つ雰囲気は同じ人間とは思えない。

 真っ黒の肌には血をイメージさせる双眸が光っており、明確な敵意が読み取れる。

 音夢の目が大きく見開かれる。

 聞くまでもない。

 こいつが――

「魔人……」

 口からもれていた自分の声は、驚くほど震えていた。

 黒い顔に、茶色に汚れた歯が浮かぶ。

「ああ、お前らはそんな名前で呼んでいるんだったな。それで、お前は他の世界から来たやつだな?」

 魔人の視線がぬいぐるみを抱える音夢に向けられる。

「……」

 音夢はこれまで俺が見たことがないほど鋭い雰囲気を醸しだし、無言で魔人を睨み返している。

 魔人はニヤリと笑うと、その隣にいる俺に目を向けた。

「お前は見たことがないやつだな。この世界の人間か?」

「……」

 俺は答えなかった。

 いや、答えられなかったんだ。

 未知の存在を前に、体が竦んでしまっていた。

「ま、殺せばわかることか」

 魔人が腰から黒い剣を引き抜いた。

 剣が地面に突き刺されると同時に、地面から生まれるように五体の魔物が現れた。

「死ななかったら回収してやるよ」

 魔人が下卑た笑いを浮かべ、剣をこりに差し出した。

「……させない!」

 音夢が感情を吐き出すように叫び、抱えていたクマのぬいぐるみを投げた。

 それは空中で巨大な光を放つと、一気に巨大化した。

 現れたのは見上げるほど大きなクマ。

 体長はおそらく三十メートルほど。

 そこらのビルの大きさを凌駕するほどの大きさだった。

 地面が揺れるほどの衝撃で地面に着地する。 

 そして、その巨大な手で、魔物たちを一気に薙ぎ払った。

 激しい砂塵を巻き上げながら、魔物たちの体は弾き飛ばされる。

「……ッ」

 視界が砂に包まれ、目を細めて前を見る。

 目の前で見る、強大な異能。

 それに反応するかのように、翡翠のペンダントが脈打った。

 同時に、ぞくっと嫌なものが背筋に走り抜ける。

「ははっ! 大した威力だ。だがな――」

 砂煙を突き破るようにして魔人が現れた。

 両手で掴んだ黒い剣が振り上げられる。

「懐ががら空きだ!」

「あっ――」

 ぬいぐるみが手元にない音夢に、魔人の攻撃を防ぐ術はない。


 体が勝手に動いた。


 何かに突き動かされるように、自然と体が前に飛び出していた。

 音夢と魔人の間に滑り込む。

 そして、ペンダントから溢れ出した力を、一つの形に収束する。

 金属が衝突した音が響き渡る。

 魔人の剣が、音夢に当たる直前で制止している。

「あいにくこっちは一人じゃないんだよ……ッ」

 音夢と魔人の目が見開かれる。

 俺の手に握られた刃が、魔人の剣を受け止めていた。

 両腕に重圧がのしかかるが、負けじと押し返す。

 そして、渾身の力で魔人を吹き飛ばした。

「ぐっ……」

 魔人は地面を転がりながらも体勢を立て直した。

「はぁ……はぁ……」

 息を荒くし肩で息をしながら、まだ痺れている手に握られたものを見た。

 長さは大体百二十センチほど。

 刃は片側にのみついており、分類としては刀になるだろう。先端になるにつれて刃が

緩やかに反っており、鍔のようなものはない。

 そして、刃から柄に至るまでが全て翡翠のような緑色の結晶によって作られていた。

 相手が剣を持っていていたため、咄嗟に出てきたイメージが昔やっていた剣術が真っ先に頭に浮かんだ。

 イメージが不完全だったためか刀としてもまともな形状はしていないが、それでもある程度形になってくれた。

「ちっ……やっぱりそっちも異能持ちか!」

 魔人が再び剣を手に走り出した。

 音夢が素早くクマに攻撃をさせようとするが、大ぶりな攻撃しかできないクマとこまめに動くことができる魔人とでは相性が悪すぎる。

 クマの攻撃をいとも簡単にかわしてみせると、すぐに俺たちの前までやってきた。

 音夢から離れて前に出ると、今度はこちらから刀を振り下ろした。

 魔人は黒剣で刀を受け止める。

「邪魔をするな!」

「こっちのセリフだクソ野郎」

 魔人の怒声に冷めたを返しながら、何度も振り下ろされる剣を受け止める。

 三度ほど受け止めたところで、刀に違和感のある衝撃が伝わってきた。 

 ――まずい。

 そう考えたときには次の一撃が刀に振り下ろされていた。

 刀の中程に剣が打ち当てられ、甲高い音を立てて刀が真っ二つに折れた。

 黒剣はそのまま脇腹を斬り裂いていった。

「があぁっ!」

 脇腹が深々と斬り付けられ、鮮血が舞った。

 咄嗟に、足を地面に叩きつけた。

 同時に目の前の地面を突き破って大量の刃が現われた。

 魔人は防ごうと剣を動かすが十本を超える刃を防ぎきることができずに、後方に大きく飛び退いた。

「蓮司!」

「だ、大丈夫だ……」

 音夢に返事をしながら脇腹の傷に触れる。

 痛いは痛い。

 だが、動けなくなるほどでなければ、立ち回りに支障が出るほどではない。

 先に、死なないからだという情報を聞いていてよかった。

 これが死なない体であることと、ある程度の痛みしか感じないということなのだろう。

 俺は折れた刀に目を向ける。

 刀は完全に力によって折り砕かれていた。

 ほとんどイメージをせずに作り出した刀だったからだろう。

 俺は折れた刀を投げ捨てる。

 地面にぶつかり砕けて消え、それと同時に地面から生えていた刃も消えた。

 魔人も足にダメージを受けているようで、膝から赤い血を流していた。

 だがまだ戦意を失ってはいない。

「蓮司君聞こえる!?」

「……咲乃か?」

 俺は視線だけを横に向けて遠くで戦っている咲乃に目を向けた。

 音夢が使役するぬいぐるみと咲乃が半分以上の魔物を倒していた。

「すぐにそっちに行くからもう少しだけ持ちこたえて!」

「……了解」

 あれだけ遠くにいる咲乃の声が聞こえる理由はわからないが、小さく返事をしながら魔人に向かって手を突き出した。

 大きく息を吸って、長々と吐き出す。

 さっきはろくにイメージをしなかったため、なまくらな刀だったが、形をイメージできるなら強度によって作れるはずだ。

 作り出すものは先ほどと同じ刀。大きさは同じ。

 それに加え、刀身を可能な限り薄くする。

 そしてこの世に存在するあらゆる存在より強固な、絶対に折れない刀身を。

 薄緑色の光を放ち、眼前に結晶の刀が創り出される。

 大きさや形状はほとんど同じだ。

 だが刀身は、先ほどよりも遙かに薄く形成されている。

 魔人が高々と飛び上がり、黒剣を振り上げた。

 先ほどの刀は何度か打ち付けただけで折れてしまった。

 なら一度の大きな力で砕いてしまおうという考えだろう。

「おらぁ!」

 怒声とともに頭上に剣が振り下ろされる。

 合わせるように刀で魔人の攻撃を受け止めた。

 だが、先ほどまでよりずっと大きな力をぶつけられたにも関わらず、今度の刀は折れることはなかった。

 逆に、魔人の黒剣に罅が走った。

「なっ――」

 魔人が空中で目を見開いて隙ができた。

 俺はそのまま刀を振り抜いて魔人の黒剣を吹き飛ばす。

 そして、片手で刀を持ち直すと、もう一方の手に同じ刀を生み出した。

 逆手に生み出した刀を、魔人の腹に向かって叩きつける。

 横一文字に魔人の腹が斬り裂かれた。

 さらに俺の頭上をかすめるようにクマの拳が振り抜かれ、魔人は弾丸のような勢いで飛ばされた。

 そして地面を転がっていき、大きな木に背中がぶつけた静止した。

 不思議だった。

 異能力なんて理屈も原理もへったくれもない力を、俺は当たり前のように扱えていた。 翡翠のペンダントから、何かが流れ込んでくるようだった。

 異能力自体が扱い方や力がどういったものであるかを教えるように、感じることがしかできない奔流がはっきりと流れ込んでくる。

 まるで、自分の手足を動かすのと同じように、異能力を使用することができていた。

 普通の人間なら刀の一撃を受けただけでも動くことすらできないはずだが、魔人は木に手を突きながらふらふらと立ち上がった。

 頭から血を流し、左腕はおかしな方向に折れ曲がっていた。

「て、てめぇら……!」

 魔人の目がぎらりと光った。

 それと同時に、魔人の立つ周囲の景色が不自然に歪んだ。

 直後、魔人の周囲の草木が一斉に燃え上がった。

 激しい熱量に数十メートル離れた俺たちにまで熱気が伝わってくる。

「消し炭にしてやる!」

 魔人の背後の木が一瞬にして炭化するほどの炎が上がった。

 右手に巨大な火球が生み出される。

 炎の異能力。

 本来存在操って力に変える異能力は、本来魔人が扱っていた能力だと咲乃が言っていた。

 これまでの戦闘ではこの力を使わずに手を抜いていたんだ。

「くたばれ!」

 魔人の手に作られた火球が放たれる。

 剛速球のように投げられた火球から俺たちを庇うように、間に音夢のクマが割って入った。

 クマの額に火球が直撃した。

 火球は元の形の数百倍にも膨れあがり、大爆発を引き起こす。

 クマの体が爆散し、光に包まれたクマは元のぬいぐるみへと戻った。

「ちょっと待てよ冗談だろ……」

 あんな攻撃を食らったら一溜まりもない。

 クマの体が受けてあの威力、俺たちの体で受ければ肉片すら残さず消し飛ぶだろう。

 仮に、死なないと聞かされていても、魔人の攻撃は恐怖を覚えた。

 両手に生み出した刀を構える。

 しかし、格好だけでこんな刀で今の攻撃を防げるはずがない。

 俺の力でどこまで対抗できるかはわからないが、巨大な結晶を間に生成するか俺たちの近くに来る前に誘爆させるしかない。

 咲乃が来るまでの時間を稼げば、後はなんとかしてくれる。

 だが、村にはまだ魔物が何体か残っている。

 もう少しは時間がかかるだろう。

 それまで、なんとかあの魔人を押さえておかねばいけない。

 あの魔人の目的は、察するに旅人を連れ去ることにある。

 であれば、俺や音夢のどちらかが抵抗できなくなった段階であいつは俺たちのどちらかを連れ去るだろう。

 雫を助けるためにも、この場で負けるわけにはいかない。

 魔人から再び火球が放たれた。

 地面から刃を生み出して誘爆させる。

 力を使おうと意識を集中させた。

 だが、俺が何かするより先に、俺と火球の間に影が入り込んだ。

 それは、俺と同じくらいの年齢の少年だった。

「なっ!? おいお前――」

 俺の制止もむなしく、悠然と佇む少年に火球が迫る。

 一瞬、少年の口元が笑ったように見えた。

 火球に向けて右腕を差し出すと、素手で火球を受け止めた。

 直後少年を中心に大爆発が引き起こされる。

 爆発の衝撃は離れた俺たちのところまでやってきた。

 腕で爆炎から顔を庇い、煙が上がる大地の向こうに少年の後ろ姿が見えた。

 少年が炎を受け止めた右腕は、肩辺りからごっそりとなくなっており、着ていたジャンパーやジーンズなどの服はぼろぼろになっていた。

 しかし、あの爆発を受けても少年は右腕を失っただけで、他の部分はほとんどダメージを負っていなかった。

 だが何より驚きだったのは、失った腕が再生を始めたことだ。

 空中や地面から粒子のようなものが集まり初め、少年の右手に集まっていく。

 そして、十秒もたたない内に再生してしまった。

「いやー、結構痛いね」

 少年から見た目を裏切らない子どもの声が発せられる。

「でも、僕にはぬるいね」

 少年はすすのついた顔に清々しいほどの笑みを浮かべた。

「はっ、こいつが再生するっていう異世界人か」

 魔人が新たな炎を生み出しながら笑う。

「丁度いい。お前も――」

 魔人が言い終わるより先に、少年の姿が俺たちの前から消える。

 次の瞬間、何かが折れる嫌な音が響き渡った。

 俺も、そして魔人も何が起こったのかわからなかった。

 ただ、俺の視線の先で、今まさに炎を放とうとしていた魔人の右腕が、あらぬ方向に曲がっていることだけは見て取れた。

「があああああああっ!」

 魔人の悲痛な叫び声が木霊する。

 今にも放たれようとしていた炎は勢いをなくし消えてしまう。

「うるさいな。そんなに痛い?」

 いつの間にか魔人の後ろに先ほどの少年が立っており、おそらくは自らが折ったばかりの腕をさらに握りしめる。

 耳をふさぎたくなるほどの絶叫が上がった。

「うらやましいね」

 少年はつまらなそうに笑うと、掴んだ腕を引っ張り魔人を引き上げると、そのまま地面が陥没するほどの勢いで叩きつけた。

 

「夕樹……やっときたんだ」

 落ちたぬいぐるみを抱えて、音夢が少年に近づいた。

 予想はしていたが、この少年が先ほど咲乃が呼んでいた夕樹というもう一人の旅人なのだろう。

「やあ、音夢ちゃん。無事でよかったよ」

 少年の足下では先ほどまで俺たちを襲っていた魔人が体中から血を流しながら伸びている。微かに指が動いているので、なんとか生きてはいるようだ。

 離れた村に目を向けると、魔物は完全に駆逐されていた。

 咲乃は一緒に戦っていた人たちと状況の確認をしている。

 ぼろぼろになった服の砂やすすを払いながら、少年はこちらに目を向けた。

「もう一人の君は、咲乃ちゃんが前に言っていた、雫ちゃんのお兄さん、かな?」

「ああ、そうだ」

 少年は笑みを浮かべて頷いた。

「やっぱりそうか。はじめまして。僕の名前は、二野宮夕樹。歳は僕も雫ちゃんの一つ上だから、同い年かな。君と同じ旅人だよ。よろしく」

 夕樹はそう言って、俺に肩までの服がなくなったむき出しの腕を差し出す。

 差し出された手は、先ほど爆散して失ったはずであるが、傷一つない綺麗な状態に戻っている。

 おそるおそる手を差し出すと、夕樹が笑いながら手を掴んだ。

「ああ、君はあまりこっちに来たことがないんだったっけ。ショッキングな光景見せてごめんね」

「いや、それはいいんだけどさ……そんなに早く元通りになるものなのか?」

「まあ、僕は特別早いんだけどね。でも君のそのお腹も、さっきまで傷があったんじゃない?」

 言われて先ほど魔人に斬り裂かれた脇腹を見ると、服や斬り裂かれたままだったが下の斬られた腹部は血が一滴も着いていない状態に治っていた。

 本当に、傷が治っていた。

 その光景に驚いて言葉を失っている俺の肩を、夕樹が叩いた。

「はじめは怖いかもしれないけど、すぐに慣れるよ。この世界だと、怪我は珍しくないからね」

 それは確かにそうかもしれないが、あまり想像したくない未来だった。

「それより助かったよ。本当に殺されるかと思ったからな。篠崎蓮司だ。よろしく」

「こちらこそ、よろしく。蓮司」

 夕樹は飄々としたややつかみ所がない少年だった。

 細身で高校生の平均くらいの身長。やや赤みがかかった黒髪に、幼さを残した童顔は傍目から見れば普通の高校生だ。

 しかし、目の奥にある光はぎらぎらと鮮烈な光を放っており、肝の据わったはっきりとした芯のようなものが感じられる。

「そういえば、蓮司は夢世界に来るのは二回目、なんだよね? それにしてはすごい戦えてたね。魔人は魔物よりずっと強いんだよ? 途中まで異能を使わなかったとは言っても、戦闘能力は十分高いやつだった。自分の異能もある程度使いこなしていたみたいだし、大したものだよ」

 褒められているとわかり、どこかむずかゆい気持ちになった。

 しかし、あんな行き当たりばったりのやり方が、果たしていいものなのかどうかはわからない。

 今になって、体が震え始めた。

 死なないなどと言われていても、やはり怖いものは怖い。

 ただ、ふと気になった。

「……あのさ、夕樹は今さっきここに到着したんだよな? なんか結構前から見てみたいなこと言ってるけど」

 俺が異能を使っているところや、戦えていたということなど、俺の戦いを一部始終見ていたような言い方がなんとなく気になった。

 夕樹はきょとんとしたように首を傾げた。

「え? 君たちが魔人と戦い始めたときにはすぐ近くまで来てたよ?」

 音夢が持っていたぬいぐるみを思いっきり夕樹の頭に叩きつけた。

「いったいな。何するの音夢ちゃん」

 叩かれた頭を押さえながら、夕樹は口を尖らせながら音夢に不平を口にする。

「何するの、じゃない。何度も言っているけど、戦いの間に遊ばないで」

 音夢が珍しく怒った口調で夕樹をたしなめる。

 どうやら夕樹がこういうことをするのは初めてではないようだ。

 夕樹はぺろっと舌を出して笑った。

「ごめんごめん。でも、ちゃんとまずくなったら出てきたでしょ?」

「そういう問題じゃない」

 音夢がもう一度ぬいぐるみを叩きつけた。

 ボタンの当たり所でも悪かったのか、夕樹が頭を抱えて悶絶している。

 そうこうしていると、咲乃が音夢の生み出したぬいぐるみに乗ってこちらにやってきた。

 ライオンから咲乃が飛び降りると、ライオンとキツネは光を放って元のぬいぐるみに戻ると、音夢の手に戻った。

「いや、ごめんね。まさか魔人がこっちに来てると思ってなかったから」

 咲乃は戻ってくるなり謝った。

「音夢ちゃん、大丈夫だった?」

「私は、平気。蓮司が頑張った」

 音夢が俺の背中をぽんぽんと叩いて言った。

 咲乃は申し訳なさそうに眉を下げて頷く。

「うん。こっちからも見てたよ。本当にごめん。蓮司君を戦わせるつもりなんてなかったのに……」

「気にするな。不可抗力だ。村が襲われているのに操ってるやつが外をうろついているなんて思わないよ」

 実際、そこで伸びている魔人は手薄になったあたりを狙ったに過ぎない。

 おそらく魔物は魔人に使役されているだけであって、複雑な思考までは持ち合わせていない。人しか襲わないと聞くが、おそらくそれは人を見分けているわけではなく、単純に人以外を認識していないのではないかと思う。

 魔人は魔物が目につくように戦わせ、その間に手薄にあった場所を狙ったんだ。

「それに、途中から夕樹が片付けてくれたしな」

「いやあそれほどでも」

「傍観してたくせに、調子に乗るな」

 再びぬいぐるみの鉄槌が、今度は顔面に叩き込まれた。

「夕樹、蓮司が戦ってたのをずっと見てた」

「あぁ……」

 音夢の告げ口に咲乃が呆れたように頭を抱える。

 ぬいぐるみを食らって呻いていた夕樹が涙目で言う。

「い、いいじゃないか。こうやってちゃんと魔人を捕まえたんだから……」

「九割は私と蓮司がやった」

「ね、音夢ちゃん……」

 夕樹ががっくりと肩を落として俯く。

 こういうところは素直に子どもらしい。

 咲乃は苦笑して、地面に埋まっている。

「確かに魔人を捕まえたのは大きいね」

 咲乃は首に降ろしていたヘッドホンを耳に掛けた。

「真奈さん、そっちは無事?」

 どこにいるかもしれない姫神さんに向かって、咲乃は呼びかけた。

 おそらくはさっき俺に連絡してきた方法と同じものだろう。

 俺がその光景に首を傾げていると、鼻を赤くした夕樹が説明してくれる。

「咲乃ちゃんは、元々は音、つまりは空気の振動を操る異能なんだよ。風の能力はあくまでその派生の能力だね。今は空気中に音を伝播させて真奈さんとやりとりをしているんだ」

 その説明を受けて納得した。

 異能力は護符を元に由来した力になると聞いていたが、咲乃の護符はヘッドホンであるにも関わらず、風を操る力と聞いて、少し違和感があったのだ。

 護符に由来しているだけであって、別に縛られているというわけではないのだろう。

 いくらか話して、咲乃はヘッドホンを首に下ろした。

「もうすぐ別働隊も到着するみたいだから。魔人の回収はそっちに任せよう。でもこのタイミングで魔人を捕まえられたのは大きい」

 咲乃は安堵したような声でそう言った。


「これで、雫ちゃんを助けられる手がかりが掴めた」


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