エピローグ
「おにいちゃーん、いつまで寝てるのー? 今日は咲乃さんの私服買いに行くんでしょー」
「あー、おうおう、そうだった」
ベッドで気持ちよく寝ていると、部屋に入ってきた雫が大声で言った。
「まったくいつまで経ってもだらしないんだから」
もぞもぞとベッドから動き始める俺に、雫は腰に手を当ててうんざりとした様子で出て行った。
雫は、咲乃をこの家に住んで貰うということを、二つ返事で了承した。
咲乃が少し変わった種類の人間であると感づいていたらしく、事情を話すとむしろそうするようにと釘を刺された。
俺が咲乃にプロポーズをしたことを伝えたときにはさすがに呆れられたが、まあお兄ちゃんだからと納得された。
呼び名も咲乃先輩から咲乃さんに改めて呼んでいる。
それでも、咲乃と俺の生活は始まっている。
「私を誰か待ってくれるという家を用意してくれるんじゃなかったの? 今は雫ちゃん一人が待ってくれているだけど?」
扉から顔を覗かせた咲乃が、楽しげに笑っている。
「いや、すまんね。ちょっと前まではもう少ししっかり起きていたんだけど、今はなんか気が抜けちゃってさ」
「蓮司君らしいね」
咲乃が部屋から出て行くと、俺は私服に着替え始めた。雫の言うとおり、今日はこれから咲乃の私服を買いに行くのだ。
咲乃が新しい生活をするに当たり、いろいろと入り用なものがあるのだ。
「そういや、これ返しとかないとな」
俺は机の引き出しを開けて、中から綺麗に折りたたまれたハンカチを取り出した。
「あ、それ私がこないだ置き忘れたの?」
「そ、もし雫が助かった後に俺たちの前から消えるようなら、これは思い出としてもらっとくつもりだったんだ」
「ははは、まったく蓮司君は」
冗談と受け取ったのか咲乃は笑ったが、俺は苦笑を返すことしかできなかった。
「……ほ、本気で?」
「ノーコメントで」
俺はそう言って、咲乃にハンカチを返した。
半分嘘で半分本当だ。
ただ単純に返すタイミングを失っていたというのもあるのだが、それより咲乃がこの世界から消えてしまった際に、ここにいたという証を残すために置いていたというのもまた事実だ。
それも、咲乃がこの世界に来ることを止めないのであれば必要のないものだ。
「もうお兄ちゃん、そろそろ出るよー」
雫のうんざりと下声が聞こえてきた。
俺はおーっと返事を返しながら、荷物を入れた鞄を背負った。
「お邪魔しまーす」
「お邪魔ー」
玄関の方から二つの声が聞こえてきた。
「あ、夕樹先輩と音夢先輩も来ちゃった。お兄ちゃん本当に早くして」
「今行くから」
一旦咲乃には部屋を出て貰い、着替えて身支度と整えると、部屋のすぐ外で咲乃が待っていた。
「どう? 私と一緒に暮らすこと、後悔してない?」
「誰がするか」
咲乃と生活は素直に楽しい。今日は休日だから皆で外出だが、もう少し準備が整えば俺たちが通う高校に通えるようにする画策中だ。相当な無理をしないといけないため、咲乃にはまだ内緒だが。
咲乃はふふっと笑いを漏らすと、俺の手を取った。
「行こ」
「おう」
俺たちの旅は、一度は終わった。だが、一度終わった旅をもう一度始めたらいけないという決まりはない。
例え世界が別れても、住む場所が違っても、理から外れた力が合ったとしても。
そして、俺と彼女の夢世界が織りなす夢は――
これからも、続いていく――




