20
体中の血肉が服を突き破り、膨大な赤黒い肉の塊へと姿を変えていく。
俺はその光景を、以前見たことがある。
だから俺はすぐに行動に出た。
ビルを足場に経っていた俺は、大きく跳び上がりながら両手に大刀を形成する。
そこらのビルに匹敵するほどの長物だ。
本来なら旅人の肉体を持ってしても扱いきれない刀だが、それを頭上に形成し振り下ろせば、ただの一撃だけだが圧倒的な攻撃力を生むことができる。
相手の準備が完了するまで待つなんて現実では有り得ない。
俺たちは世界を掛けた戦いをしているのだ。
そんな戦いに、お互いのプライドや勝敗などの価値観を持ち込むこと自体が間違いだ。
体全体を完全に支配し、全身全霊の力を一撃に込める。
流星のごとく振り下ろされた一閃。
月の光を受けて光る白刃が、赤い肉を穿つ。
だが、それが肉塊に触れることはなかった。
肉塊から飛びだした無数の腕が、俺が振り下ろした刀を止めたのだ。
両腕にとてつもない衝撃が走り、両手の骨が砕ける前に刀から手を放した。
そして自ら振り下ろした刀の柄を蹴りながら、大通りの離れた場所に着地した。
生み出された腕は俺が創り出した刀を粉々に粉砕していく。
硬質化の性質を宿すことは出来なかっため本来扱いっている刀ほどの強度はないが、それでも鉄を超える硬度を持っていた。
にもかかわらず、大刀はまるで粘土を丸めるように潰されていき、砕け、破壊された。 原型がなくなるまで破壊された大刀は、俺の支配を離れて消滅した。
「くくく……。この姿になったのは、この世界に来て以来だな」
くぐもった声が肉塊から響く。
無数の手腕は自らの体に溶けるようになりをひそめ、代わりに二対の巨大な手足が肉塊を突き破って姿を現した。
大通りのアスファルトを砕きながら自身の体を地面に接地させる。
「これを使えば数ヶ月はまともに動くことができないだ。この代償は高くつくぞ」
肉塊から産み落とされたのは、血のようなはっきりとした赤に染まった巨人だった。
その大きさは、離れたところで戦っている音夢の巨大クマに匹敵する五十メートル以上。
体中が肉がむき出しになっているような赤であり、見るからに力強そうな筋肉が節々に浮き上がっている。
頭部には毛髪などは存在せず、以前の人物の名残を微かに残す無機質な表情。
人なら苦もなく丸呑みできる大きな口には刃物のような牙がいくつも生えており、巨大な双眸は体色よりさらに鮮やかな赤に染まっている。
本来の姿からはかけ離れた姿。
それはもう譲原さんなどではない。
悪魔だった。
しかし、それが何であるかははっきりとわかった。
「自身を、魔物化させたのか」
どうにか気持ちを落ち着かせようとしたが、目の前の信じられない光景に焦りを押さえられなかった。
心臓がないので脈打つことはないが、はち切れそうに唸っている。
俺の小さな呟きを拾い、かつて譲原さんであった悪魔は答える。
「その通りだ。魔物は生物の存在を不安定にさせることより創り出すことができる。魔物には私の視線を混ぜ、我々の一族の指示を聞くように創っている。そして一度歪められた存在は普通は元には戻せない。だが、私自身にはそれが可能だ。一度崩した存在を、もう一度再構成することができる。存在を安置させるまでに数ヶ月要すがな」
つまりこれは本当にこいつの奥の手というわけだ。
自身の存在を賭けた全力と言うことなのだろう。
「この世界に来たときにも、一度使っているのか……」
それにしては、俺はこの世界に来てこいつのような存在がいるとは聞いたことがないが。
俺の横に風を纏いながら咲乃が緩やかに着地した。
「蓮司君が知らないのも無理はないよ。この魔物の存在を知っている人はほとんどいないから。たぶん、烏丸さんたちも知らないよ」
咲乃はそう言って、俺たちの前に佇む巨人を睨み付けた。
「蓮司君もわかっていると思うけど、異能は確かに普通の人間を圧倒的に上回る能力を有している。でも、この世界の、たとえば核爆弾の力には遠く及ばない。ミサイルだってそう」
姫神さんや他の異能者もそうだが、異能をサブ能力にして銃器で戦っている人は少なくない。
いくら体が強靱であっても銃弾を防ぐことなど普通ではありえない。それを防ぐ異能であれば別だが。
十年前から技術の進歩が著しく低下しているこの世界であっても、その時点で兵器の能力は異能者を退くに十分な力を有していた。
人類人口が著しく減少していたことを考慮にしても、人類がここまで魔人に押さえれているとは考えにくい。
俺も疑問に思っていたことだ。
咲乃は鋭い炎を点した目を巨人に向けた。
「あの魔物、巨人は、この世界に来た際にこの世界にあった軍の施設を手当たり次第に破壊したの。その施設一帯を完膚なきまでに破壊した。あの魔物を見たことがある人間がほとんどいないのはそのせい。見渡す限りの人間を全て殺した。それが、この魔物がやったこと」
ほぅと言った様子で、やや驚いたような表情を魔物がする。
「その通りだ。よく知っているな。旅人のくせに。捕まった魔人がぺらぺらと余計なことを言ってくれたか」
咲乃は僅かに肩をすくめながら、小さく息を吐く。
「さあ、どうでしょう。それで、ここでミナトを全て破壊するつもりですか? 譲原さん」
かつての名前で、咲乃は巨人を呼んだ。
譲原さんの顔がニヤリと歪む。
「ああ、必要なのはこの場所、空間だ。人間なんて残っている必要はない」
譲原さんがこちらに大木のような腕を向けた。
俺と咲乃は左右に大きく飛んだ。
直後、先ほど俺たちが立っていた場所を黒い光線が貫いた。
大通りが大きくえぐれ、地面が深々と削り取られた。
空間を操る能力により放たれた攻撃は触れた部分を全てこの世界から消失させていた。
皆が戦っている市役所前からずいぶん離れた場所まで来ていたことが幸いした。
巻き込まれてしまえば誰かが巻き込まれていた可能性もあるだろう。
ただ烏丸さんたちは魔人と戦っている。
彼らと戦っている限り、烏丸さんたちの方に攻撃の矛先が行くことはないだろう。
俺と咲乃は再び巨人の前に立つ。
「お前らも消し飛ばしてやる」
譲原さんは殺意を込めて言い放つ。
まあ、俺たちは消されても死ぬことはないんだけどな。
俺たちの体は消されてしまうが、護符はこの世界に固定されている。
俺が創り出した神石同様消されることはない。
護符さえ残っていれば、俺たちの体はこの世界に再生される。
結局どちらにしても、殺されるつもりもなければ消されてやるつもりもないが。
自分の心の状態にふっと笑みが漏れた。
魔物化したときにはあれほど焦りを感じていたのに、もうこれほど心が穏やかになっている。
「戦えるか?」
俺は横にいる咲乃に問う。
「誰に向かってそれ言っているの?」
咲乃はニヤリと笑いながらそういった。
全く以てその通り。
俺は右手に五メートルほどの刀を形成する。
硬度、切れ味ともに、この世のありとあらゆる刀剣より優れている。
そして俺が問題なく扱える限界の長さだ。
咲乃は体全体に赤い風を身に纏っていく。
この世界をここまで衰退せしめた人間だと言っても差し支えない生物。
その正真正銘の悪魔を前にしても、俺の心はどこまでも落ち着いている。
咲乃もまだまだ力を出していないようだし、俺だってそうだ。
そして何より――。
「へぇ……、この姿の私を相手に、勝てる気でいるのか?」
「「もちろん」」
俺と咲乃の声が重なった。
譲原さんは面を食らったように少したじろいだ。
これまで自分の力が圧倒的だと思っていた。
今容易に躱すことができた攻撃も、こちらの意志を折るためのデモンストレーションだったんだろう。
当てが外れて戸惑っている。
「……良いだろう。お前たち二人にこの世界を滅ぼした力を見せてやる」
俺は刀の切っ先を巨人に向ける。
俺たちの存在を簡単に潰してしまう。
だがそれでも、負けるつもりなど毛頭なかった。
「ああ、そこから違うんだよあんた」
俺の言葉に、不可解なものを見るように目を細めた。
俺は意地の悪い笑みを浮かべて言った。
「俺たちは二人じゃない。俺たちは、旅人は、俺たち二人だけじゃないんだよ」
譲原さんが目を見開くと同時に――
流星のごとく突っ込んできた小さな影が巨人の額に強力な拳打を叩き込んだ。
質量であれば数百倍以上の差があるだろう。
だがそれでも、巨人はまるで巨大なハンマーで殴られたかのように吹き飛んだ。
「ぐっ……ッ」
くぐもった声が響き、譲原さんがたたらを踏む。
ふらつき倒れそうになるが、どうにか堪えて踏みとどまった。
「さっきはよくもやってくれたね」
現れたのは、ややサイズの合っていないコートとズボンを穿いた夕樹だ。
体をばらばらにされて服がなくなっていたためだろう。
一応今回は気にして服を着てからから着てくれたようだ。
全裸で登場などという馬鹿げた行動だけはしてくれなくてよかった。
「貴様ッ、もう一度死ね!」
譲原さんがよだれだらけの口を開くと、空に向かって漆黒の光線が放たれた。
肉体を強化するしかできない夕樹は、空中にいては避けることができない。
だが光線が夕樹を貫くより先に、見えない何かが夕樹の体を引っ張って光線の軌道から外した。
光線は何もない場所を穿って消えていった。
「まったく、どうして夕樹先輩はいつも無防備に突っ込んでいくんですか?」
呆れた声を響きながら、夕樹を引きずり下ろした糸を自分の指に戻していく。
俺たちのところまで引き戻された夕樹は、からからと笑いながら振り返った。
「いやー、いつも雫ちゃんがフォローしてくれてたからつい癖で」
「私のフォローなくても大丈夫にいい加減なってくださいよ」
雫ががっくりと肩を落としながらため息を吐いた。
そして、俺たちの後ろからゆいぐるみを抱えた音夢が歩いてきた。
「魔物は全部片付けた……。魔人も。烏丸さんは、戦っていた人も皆シェルターに連れて行ったよ」
地下シェルターはこの場所の遙か下に作られている。おそらくそこまではこの悪魔の攻撃も届かないだろう。
そして、烏丸さんたちが引き上げたと言うことは、これからの戦いに邪魔になると言うことを理解してからだ。
つまりこれは烏丸さんからの指示、いや、願いだ。
音夢が微かに口元を緩めながら言った。
「任せっきりになってすまないが、この世界のために、勝ってくれ、だって」
何が任せっきりなものか。
烏丸さんは俺たちにこれまでずっと協力をしてくれていた。
今だから思う。
もしかしたら烏丸さんは、ずっと譲原さんたちの目的がわかっていたのじゃないかと思う。
俺たちが夢世界と呼ぶこの世界の向こう側、俺たちの世界である現世こそが、魔人たちの狙いであったことに。
だから俺たちを巻き込んでくれた。
俺たちをこのミナトにいさせてくれた。
別にその気になれば、危険だとしてもミナト以外を拠点にすることは可能だった。
防衛上俺たちがいた方が都合がよかったと言うこともあるだろうが、それ以上に俺たちの世界を守るためにも俺たちをこの場所にいさせてくれた。
そんな気がする。
俺の思い違いかもしれない。
勝手な考えかもしれない。
でもきっと、全てが繋がっている。
俺たちの、人によっては長い旅の、俺にとってはまだ短い旅の終着点。
きっとそれが、今このとき、今この場所なのだ。
そんな気が、するのだ。
だから、俺たちはここにいる。
俺たちは一人じゃない。
俺と咲乃の二人だけじゃない。
音夢がいて、夕樹がいて、そして雫がいる。
そしてそれぞれに、もう一人の自分がいる。
俺たちの世界。
現世と夢世界。
この二つを守るために、俺たちはここにいる。
「たった五人ぽっちで、何ができるっていうんだ。俺はこの世界を滅ぼした。そんな存在相手に、たった五人で勝てると思うのか?」
にたにたと嫌な笑みを浮かべながら譲原さんであった悪魔は笑う。
だから言う。
「何度も言わせるな。当たり前だ。俺たちがお前をこの場で倒す。俺たちは、世界を救う」
俺にとっては妹を助けるという目的だったが、ずいぶん遠くまで着てしまったものだ。
でも、これが俺たちの旅。
「咲乃」
俺は咲乃に声を掛ける。
咲乃がこちらを向き、俺は笑って言う。
「救おうぜ。この世界」
咲乃は一瞬大きく目を見開いた。
だが、すぐに穏やかに微笑んで頷いた。
「うん、絶対に救おう。私たちの、現世もね」
「おう」
お互いに笑い合っていると、突然背中を蹴られた。
「何いちゃいちゃしているの。お兄ちゃんやっぱり咲乃先輩のこと狙ってたんじゃん」
雫がこんな状況にも関わらず緊張感なく俺の背中にげしげしと蹴りを入れてくる。
「最初から、そんな気はしてた……」
「あはは、僕もそう思ってたんだよねー」
音夢と夕樹も口々に言ってくる。
これから、言うなれば世界の命運を賭けた戦いをするというのに、緊張感の欠片もなく、ただあるがままでいる。
なんとも俺たちらしい。
「やかましいそんなんじゃねぇ。とりあえず今は、こいつを片付けるぞ」
皆の前に出ながら、俺は眼前に刀を構える。
「それじゃあ、私もとっておきを、出そうかな……」
音夢は抱えていたクマのぬいぐるみを脇に抱えると、背負っていたもう一つ大きなぬいぐるみを前に出した。
それから言い忘れていたように、音夢は言った。
「ああ、それと、建物は構わず破壊してくれていいって。あとで真奈さんが直すらしいから。頑張って」
それは頑張ってどうなるものなのだろうか。復元にもできる範囲はあると思うのだが。
俺の言葉も気にせずに、音夢は持っていたぬいぐるみを前に投げた。
そして、俺はこの瞬間どうして音夢が今この話を持ち出したのかを理解した。
投げられたぬいぐるみは、クマのぬいぐるみと同じ五十センチくらいの大きなもの。
それが空中で光を放つ。
そして、急速に巨大化していった。
周囲のビルを吹き飛ばし、アスファルトと地面を潰しながらその生き物は姿を現した。
紅蓮の鱗に体表を覆われた生物。
現れただけで周囲のビルを倒壊させる巨大な体躯。
金色に輝く瞳に突き出した巨大な口。その顎はあらゆるものを一咬みで粉砕する力を持っているだろう。
二足歩行で地面に立ち、手足の先端からはいかにも切れ味のよさそうな刃が飛び出している。
そして、背中には眼前の悪魔同様、大きな翼があった。
その生物は、本来俺たちの世界はおろか、俺たちにとって異世界であるこの夢世界にも存在しない幻想生物。
――ドラゴンだった。
あまりにあり得ない生物の登場に、さしもの譲原さんも戸惑ったようだった。
「やっちゃえ」
そんな可愛らしいことを言いながら音夢は指示を出した。
ドラゴンは両腕を地面に付けると、首を前に向け、そして口を開く。
「おいまさか――」
俺が目を丸くしていると、ドラゴンの口内から紅蓮が飛び出した。
灼熱の炎。
後方に控える俺たちのところまで焼き付ける熱風が頬を焼く。
大通りを埋め尽くすほどの炎が悪魔に向かって駆け抜ける。
「――ッ!」
悪魔は両腕を突き出して眼前に巨大な空間の壁を創り出した。
先程まではあんな量のものを出せなかっただろうが、魔物化したことによって扱える異能も飛躍的に向上しているようだ。
激しい衝撃が当たりを埋め尽くす。
咄嗟に咲乃が赤い風を操ってこちらに吹き付ける炎を遮断したが、それがなければ俺たちが焼け死んでいただろう。
悪魔はドラゴンの炎によって押され始めた。
地面に足が食い込み、ずるずると押されていく。
やはり思った通りだ。
あの空間制御能力によって空間を削る、もしくは他の場所に転送させるという能力には、一度に干渉できる量がある。
炎に質量はほとんどないが、大量の炎を消し去ることが出来ずに俺たちに跳ね返り、悪魔が押され始めていることを考えると物体の容積や質量が関係してくるのだろう。
なぜそんな制限があるかと思い当たった理由が、なぜ譲原さんがシェルターがある真下に向かって掘っていかないのかと。
シェルターを突き破り、民間人を人質にされてしまえば、俺たちはまともに戦うことが出来ずに投降を余儀なくされる。
そうしない理由が、地下へ直接掘っていくこと自体がこいつにとって不可能なことだからということだ。
俺はすばやくみんなにそのことを伝えた。
だったら俺たがやるべきことは一つだ。
全員で一気に仕掛ける。
「夕樹、これつけとけ」
そう言って夕樹の体に手を当てると、夕樹の手と足を覆う神石の鉄鋼とレガースを創り出した。
「むやみやたらと死んでくれるなよ」
「わかってらい。ありがと」
本当にわかってるのかどうか。
そして、俺たちは一気に散らばって走り出した。
音夢はドラゴンの背中に飛び乗り、咲乃は風で、雫は糸を建物に引っかけて体を引き上げながら空に、俺と夕樹は路地の中に走り込んだ。
正直、建物を壊していいというのは助かった。
これで周囲を気にせず、全力で戦える。
大きく跳び上がり、ビルの外壁を突き破り、悪魔の側部のビルへと入り込む。
走り抜け、ガラスを突き破りながら外に飛び出す。
既にドラゴンは炎を吐くことを止めていたが、それでも相当な熱気が周囲を包み込んでいた。
防ぎきれなかったのか、悪魔の両腕は焦げて煙を上げていた。
だがこれだけ派手な登場をすれば、相手が気づかないはずがない。
俺が現れた場所には既に手が向けられており、窓を突き破ると同時に黒い光線が放たれる――
次の瞬間、悪魔の腕が大きく上に逸れた。
明らかに不自然な動きに相手の動揺が浮かんだ。
俺にははっきり見えた。
それは鋼糸だ。
通常の金属より圧倒的に硬度の高い糸。
それが悪魔の腕に絡みついており、無理矢理上空に引き上げられていた。
上には雫が滞空しており、ニッと笑った。
「ナイス雫!」
勢いを殺さず大刀を振りかぶり、悪魔の体を斜めに斬り裂いた。
肩から脇腹に掛けた真っ直ぐに傷が走り、黒い血液が飛ぶが思ったほど斬れていない。
腕に伝わってきた感触はまるで金属を斬り裂いたような干渉だった。
そんなことをしても折れずに斬れたのはこの神石があってこそだ。
すぐに捕らえようと糸に捕らえられない右手が向かってくる。
着地点に創り出した反発の神石を蹴り飛ばし、斬り付けた部分をさらに抉る。
一度斬り付けた傷には先ほどよりも容易に刃が通り、深々と傷が走った。
「ぐっ――」
くぐもった声が悪魔の口から漏れる。
「そんな攻撃は無駄だ!」
言うが早く、悪魔の体は再生を始めた。
傷に肉が埋まっていき、両腕の焼けただれた部分はかさぶたが落ちるよう修復していく。
悪魔の視線がギロリとこちらを向き、口が大きく開けられる。
だがそれが放たれるより先に、いつの間にか接近していた咲乃が悪魔の腹部に向かって拳を突き出した。
真紅の風が吐き出され、悪魔の全身を叩きつけながらふらつかせる。
それだけなら光線を打つことに対して差し支えはなかったはずだが、なぜか悪魔は光線をキャンセルし、自身は何が起こったのかわからないように目を見開いていた。
それでも無理矢理光線を打とうとする悪魔の顔面に小さな影が取り付いた。
それは嬉しそうに顔を綻ばせる夕樹だ。
「いただきっ!」
夕樹は悪魔の右目に両手を突っ込んだ。
いくら全身を強固にできたとしても、目まではさすがに強化できなかったようだ。
夕樹は両手で掴むようにして、悪魔の右目をもぎ取った。
断末魔の叫び声が響き渡る。
顔を叩くように腕が叩きつけられるが、潰されるより先に夕樹が飛び退いた。
痛覚もそれなりに残っているようで、あまりの痛みに悪魔が周囲の建物を手当たり次第に破壊を始めた。
一度距離を取ると、悪魔は地面を蹴り飛ばして空へと飛び立った。
あれほどの質量を持ったものが空を飛ぶ。
圧倒的質量にも関わらず悪魔は地上から百メートル辺りに滞空している。
空に逃れて体が回復するまでの時間を稼ぐつもりだ。
だが、登っていく悪魔が空中で何かに引っかかった。
「ッッ!」
何が起こったのかわからないように悪魔が残った片目を白黒させる。
誰も気づいていなかった。
俺たちのいた場所を覆うように、ドーム状の網が展開されていた。
「夕樹先輩パス! 後は任せた!」
ビルの屋上にいた雫が手繰り寄せた糸を夕樹に渡す。
「任された!」
夕樹はその糸を掴んだままビルの屋上から飛び降りる。
「蓮司重し! 重しちょうだい!」
「お、重し? こんなの?」
俺は適当にイメージした神石を重鎮の形に作り、それを夕樹に向かって投げた。
夕樹は空中でそれをキャッチする。
次の瞬間、夕樹の体がピンと張り詰め、真下に向かって引っ張られた。
それによって、空中に逃れようとしていた悪魔が地上に向かって引き釣り下ろされる。 必死にもがいているが、逃れるのことはできない。
あまりに適当にイメージしたため、どんな重さになっているのかわからないが、両者に引っ張られる夕樹の顔がどんどん青くなっていく。
「この、クズ共がああああああああッッ!」
空中にいる悪魔は空に逃げることを止め、両手をこちらに突き出した。
その両手から、地上に向かって無数の光線が降り注ぐ。
無差別に放たれた光線は触れた部分を消失させていく。
建物が吹き飛び、地面に穴が開き、ミナトの街が蹂躙される。
俺たちは散り散りになって街へと逃れる。
夕樹によって片目を潰されたためか、放たれる光線は俺たちの近くに落ちることはあっても命中することはなかった。
力は確かにすごい。
攻撃力は圧倒的と言わざるを得ない。
だが、体が大きくなった分、明らかに動きが悪くなっている。
さらに、俺たちは当たり前に見える雫の鋼糸が見えない。
魔物は視力が著しく低下する。
魔物化そのものを操る譲原さんであっても、そこにはあらがえなかったようだ。
光線が雨のように降り注ぐ中を、咲乃が空を飛びながら向かって行く。
手を振るうと、赤い剣が空中にいくつも生成させた。
それを見た悪魔は咲乃に視線を移し、集中的に光線を放ち始めた。
構わず、咲乃は剣を飛ばす。
赤い剣と黒い光線が激突する。
結果は、あっけないものとなった。
俺の予想を裏切られる形で。
本来、あの悪魔が使う異能は空間そのものを削り取り、別世界に移す能力がある。
対して咲乃の剣は風で作っただけの剣であったはずだ。
だが、赤い剣は逆に悪魔の光線を斬り裂き、その向こうにいる悪魔へと襲いかかった。 体中に剣が突き刺さり、さらに剣は炸裂して体中に傷を刻んだ。
「な、なぜっ……!」
異能を潰されたことが信じられないように声を上げる。
「だが、こんなかすり傷……ッ!」
悪魔は体中に刻まれた傷に意識を集中させて修復をしようとしたようだ。
したようだ。
なぜそのような表現になってしまったか。
それは、傷が修復されなかったからだ。
「ど、どうして!」
あまりに驚きの連続に、悪魔の視界は狭くなった。
その隙に、建物に体を隠していたドラゴンが姿を現した。
そして、再び業火が吐き出された。
空中にいる悪魔の体を今度は完全に捕らえた。
追い打ちを掛けるように、咲乃が炎に包まれる悪魔に向かって再び剣を放つ。
俺は悪魔の頭上に巨大な槍をいくつも生成し、一気に叩きつけた。
体中に槍と剣を受け、悪魔は炎に包まれながら地上へと落下した。
下にあった民家を押し潰し、悪魔はもだえながら体中の炎を振り払う。
「き、貴様の能力は、一体何なんだッ!」
悪魔が滞空している咲乃を見据えて叫んだ。
悪魔の体中の傷は、先ほどまでならあっという間に治っていたであろうが、咲乃の攻撃を受けた場所は傷の回復が明らかに遅い。
ドラゴンの炎を受けた場所は修復が始まっているにも関わらず、剣を受けた場所はほとんど修復が進んでいない。
何より、咲乃の風は悪魔の空間制御の異能を打ち砕いたのだ。
その力がただの風でないことは誰の目から見ても明らかだった。
咲乃は自身の手の中に渦巻く赤い風に視線を移した。
「あなたの異能は確かにすごい。空間に干渉する能力なんてものは、私が知る限りこの世界には一人もない。ことこの世界だけに対してなら、ありとあらゆるものを阻む盾であり、同時に斬り裂く剣となる。でも、この世界には元々ないものに対して、効果が薄い、もしくは完全にない。それが、異能によって創られたもの」
俺の神石やドラゴンの炎、雫の鋼糸などがそれに当たるのだろう。
ドラゴンの炎は明らかに防ぐことが困難であったようだし、俺の神石に至ってはまったく防げていなかった。
「あなたの異能は空間に干渉するもの。これは私の考えだけど、異能っていうのは、何かに干渉する力だと思ってる」
音夢の異能はぬいぐるみに。
夕樹の異能は自身の体に。
雫の異能は糸に。
俺の異能は結晶に。
言われて見れば、全ての異能が何かに干渉して扱うものだ。
「私の異能は空気に干渉すること。でも私にはもう一つ干渉できるものがある」
そこまで聞いた俺には理解ができた。
「……まさか」
悪魔が驚いたように目を見開く。
こいつもわかったようだ。
咲乃は冷徹な瞳でかつて譲原さんであった悪魔を見下ろした。
「私の異能、風は、他人が扱う異能に干渉できる。私の攻撃は、あなたの異能を、空間制御や魔物化する異能を阻害し、機能を停止させることができる」
それは、あまりに衝撃的な言葉だった。
他の皆も一様に驚いていた。
何よりもっとも驚いていたのは、譲原さん自身だっただろう。
「い、のうに、干渉……? そ、そんな力が……!」
譲原さんが扱う異能は、この世のあらゆるものに干渉できる。
それは間違いなくこの世界で最高峰に位置する力であっただろう。
譲原さん自身にもその自負があったはずだ。
事実、空間を直接切り取られて干渉されれば、普通の人は防ぎようがないのだ。
この世ではない世界に干渉することなどできはしないのだから。
だが、咲乃の異能はその異能自体を無効化する。
どこまでも冷たい茶色の瞳を悪魔に向けながら、咲乃は無情にも言い放つ。
「あなたを倒すためだけに、私をずっと力をつけてきた。でも、きっと私の力だけじゃあなたに敵わなかったでしょうね」
口元を微かに緩め、そして言う。
「だけど私は一人じゃない。あなたと違って、仲間がいる。あなたに、勝ち目はないよ」
咲乃の言葉は刃のように突き立てられる。
「お、お前みたいな劣等種が、私を見下ろすなあああああああああ!」
譲原さんは我を忘れて叫ぶ。
滞空している咲乃に向かって、巨大な光線が放たれる。
咲乃は無表情で手を向けると、赤い風が集められ、咲乃と譲原さんの間に巨大な盾を形成した。
普通であれば、光線が盾を撃ち抜き、その先の咲乃さえ撃ち抜くはずだった。
しかし、逆に譲原さんの光線が空中で弾かれ、霧散して咲乃に届くことはない。
「く、くそおおおおおお――」
両腕を振り上げ、さらに光線を放とうとした瞬間、左腕が根元から切断されて宙を舞う。
俺が頭上から振り下ろした大刀が切断したのだ。
「ぎゃあああああああああああああああ!」
おびただしい量の血液が噴き出し、悲痛な叫び声が上がる。
さっきまでの防御力は、体に空間制御の力を使って防御していたんだろう。
咲乃に気を取られすぎたせいで、完全に防御がおろそかになっていた。
悪魔は残った片腕に黒い影を纏って突き出してきた。
普通に受けたら俺たちの体は跡形もなく消されてしまう。
だが空から放たれた赤い風が腕に纏われた影を吹き飛ばした。
驚いて目を見開いた譲原さんの腕に、突進してきたドラゴンが腕に食らいついた。
巨大な顎によって肉と骨がずたずたに咬み砕く。
「は、はなせっ!」
ドラゴンは振り払われ、後にはぼろぼろになった腕が残される。
修復をしようと肉が埋まり始めるが、それよりも先に砕かれた腕に幾重にも視認するのが困難なほどの鋼糸が巻き付いた。
そして、一気に糸が巻き取られ、砕かれた腕を切断した。
「油断しましたね」
近くの民家の上に立っていた雫が鋼糸に付いた黒い血液を振り払う。
叫び声を上げて巨大な悪魔がのたうち回る。
両腕を切断され、修復を始めようにも先ほどから咲乃の風を受け続けている悪魔は体の再生をすることができない。
「わ、私は……ッ」
残った片目をぎょろりと動かし、咲乃に睨み付ける。
そして翼を羽ばたかせて空に跳び上がった。
「負けるわけにはいかないんだあああああああ!」
口から圧倒的な大きさの光線が空の咲乃に向けて放たれた。
だが咲乃はそれを一瞥しただけで、赤い風を操って竜巻のように渦巻かせ、光線を飲み込んだ。
一瞬にして光線は無効化され、跡には赤い風のみが残った。
そして、無慈悲に腕を振り下ろす。
巨大な風の刃が空中から二つ生み出され、譲原さんの翼を斬り落とした。
おそらく咲乃の力ではそれが精一杯なのだろう。
だがそれだけあれば十分だ。
俺たちは、一人ではないのだから。
譲原さんは飛行能力を失って落ちていく。
「こっちもいただき!」
いつの間にか譲原さんの頭に飛びついていた夕樹が、残っていた片目をえぐり出した。
目玉を放り投げ、組んで掲げた拳を譲原さんの額に叩きつけた。
額が陥没し、譲原さんが着地しようとしていた譲原さんはバランスを崩した。
完全に視力を潰され、無差別に光線が乱射される。
夕樹は譲原さんの額を蹴って距離を取る。
それと同時にさきほどまで立っていた場所を光線が貫く。
そして俺は不自然な光景を見た。
砕かれた建物の瓦礫が、見えない何かに引っ張られるようにして譲原さんへと投げつけられていく。
瓦礫とは言っても巨大な石の塊だ。
光線によって砕かれながらも叩きつけられた瓦礫に、譲原さんは苦悶の声を上げながら怯んだ。
「それそれそれそれーー!」
行っていたのは雫だった。
瓦礫に糸を巻き付け、それを片っ端から譲原さんに投げつけていた。
瓦礫が飛んでくる方向を読んだ譲原さんが集中して光線を放ち始める。
俺は雫の前に回り込むと、大刀で光線を弾き飛ばす。
そうこうしているうちに、譲原さんはビルを押し潰しながら地面に落下した。
俺は雫を振り返って言う。
「無防備すぎんぞ」
「大丈夫。絶対誰かが助けてくれるから」
悪びれもせず言い放つ雫に、俺は呆れて乾いた笑いを漏らした。
こんな考えだから連れ去られたに違いない。
そんなこいつの考え方は嫌いではないが。
俺は落ちた譲原さんに向かって走り出した。
咲乃が上空で指を踊らせると、譲原さんが落ちた場所を中心に赤い円が描き出された。
直後、空から赤い波動のようなものが落ち放たれた。
それは落下して立ち上がろうとしていた譲原さんを再び地面に叩きつけた。
譲原さんを中心に、地面が陥没し、譲原さんの体に上空から強力な力が降り注ぎ、その力によって圧迫していく。
範囲を限定し、その範囲の大気圧を引き上げているような攻撃だ。
相手の動きを封じつつ、異能を浸食していくという恐ろしいものだ。
異能によって構築された魔物の体も例外ではない。
斬られ貫かれ潰された体が、徐々にぼろぼろと崩れ落ちていく。
「劣等種風情が私の邪魔をするなあああ!」
瞬時に、切断されていた両腕が再生される。
それでも目は見えないはずであった。
にも関わらず、譲原さんは空に浮かぶ咲乃に手を向けると、巨大な光線を放った。
それは咲乃がいた場所目がけて正確に飛来し、反撃されると思っていなかった咲乃は攻撃を解除しながら退避した。
譲原さんはふらつきながら顔を手で覆いながら立ち上がった。
「貴様ら……揺るさんぞ……!」
手をどけると、その下からは綺麗に再生していた両目が現れた。
他に部分に使われていた再生能力を集めて、両腕や目を重点的に回復したようだ。
明らかに無理を行われた再生は譲原さんの体の損傷を著しく進めたように見えた。
だが、もう遅い。
背後から近づいていたドラゴンが立ち上がった譲原さんの体に爪を突き立てた。
深々と斬り裂かれた譲原さんは振り返りざまにドラゴンに光線を放つ。
光線はドラゴンの体を深々と貫いた。
そのダメージはドラゴンを消滅させるには十分すぎるものだった。
だが消滅する前にドラゴンは口を大きく開き、灼熱の炎を吐き出した。
炎は譲原さんの顔を焼き、その隙に音夢はホワイトタイガーを召喚し距離を取る。
今度は譲原さんは視覚だけは守ったようだった。
再び距離を詰めようとして夕樹に拳を叩きつけた。
夕樹はピンポン球のように弾き飛ばされ、民家を突き破っていった。
譲原さんは両手を空中に握るように掴むと、虚空から漆黒の剣を創り出した。
それは譲原さんの身の丈ほどもある剣だ。
しかし動き出そうとしたとき、ぴたりと動きを止めた。
「な……に……!」
いつの間にか譲原さんの体は大量の鋼糸によって絡め取られており、建物や地面に固定されて身動きができなくなっていた。
そして、さらにいつの間にか譲原さんの真下に咲乃が回り込んでいた。
「これで――ッ!」
右腕に真紅の風が纏われる。
「終わりだよ!」
撃ち出されたのは巨大な風の砲撃。
それは譲原さんの腹部を捉え――
信じられないことに、五十メートル以上ある譲原さんの体を空高々に吹き飛ばした。
譲原さんでさえ、目を見開き自分の状態を信じられないように目を見開いていた。
口から大量の血を吐きながら、驚愕の表情で空に打ち上げられる。
本来あり得ない、信じられるわけもない光景。
でも、咲乃が譲原さんの前に立つと同時に、俺は走り出していた。
地面を駆け、翼を生み出して飛び立つ。
自由に空を駆けることはできなくても、空を飛ぶくらいのことはできる。
空に打ち上げられた譲原さんを前に、大刀を構える。
飛行能力を失っている譲原さんはどうにか体を動かし、剣を構えて迎撃する。
振り下ろされた剣を大刀で弾き返し、翻した一閃でがら空きになった腹を深々と斬り裂く。
「遅いよ」
続いて光線が放たれそうになっている手のひらに空中に生み出した槍を突き刺した。
直後、槍が爆発。
槍の性質は衝撃を加えると炸裂するという、本当の爆弾。
今思いついた。
手首から先の手のひらが爆散した。
残った腕で剣が振るわれるが、反発の神石を形成し剣を回避すると、直線的に飛行し譲原さんの脇腹を斬り裂いた。
背後に回った俺に剣が振るわれるが、それすら弾く。
そして背中に大刀を突き刺し、素早く離れる。
刺さった部分が瞬間的に形を変え、無数の棘となって内部から譲原さんを差し貫いた。
「がっ――」
黒い血液が吐き出され、貫かれた勢いで譲原さんの体が回転し、真上を向く。
だがそこにはすでに俺の姿はない。
俺は譲原さんの視界から俺が外れると同時に、空高く上昇していた。
俺が無理なく生成できるのはせいぜい数十メートル。
逆に言えば全てを仮名斬り捨てれば、もっと大きな刀は創ることができる。
空は次第に明るくなり始めていた。
日が昇ってきたとしても譲原さんは俺の姿を視認することはできなかっただろう。
それほど離れた場所に俺はいた。
だが、俺が次に創り出したものは、しっかりと譲原さんの目に届いただろう。
俺が創り出せる最大限の刀。
その長さは、六百メートル。
東京スカイツリーに匹敵する長さだ。
突如上空に出現した大刀。
この刀に込められている性質は、ただ単純に圧倒的な極限まで鍛え上げられた硬化だ。
当然、ここまで巨大なものであれば、全ての性質は通常サイズの刀に比べれば遙かに劣る。
しかし、今はこれだけで十分だ。
反発の神石を上空に二つ生成する。
俺の足と、刀の峰に反うように、二つ。
頭上の神石を蹴り飛ばし、刀の峰に神石を当てる。
同時に、俺の体は真下に向かって急速に落下を始めた。
腕がちぎれそうになるほどの重量が腕にのしかかる。
いや、事実ちぎれる。
服の下で肉が裂け、関節が外れ、骨が砕ける。
それでも、柄から手を離さない。
下にいる譲原さんは逃れようとしているが、翼を失った今、どうすることもできない。
自由落下により体は下に落ちているが、俺が落ちる速度の方が圧倒的に速い。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
これまで上げたことがないほどの咆哮をミナトの空に響かせる。
朝日を受けて、大刀の刃が鮮烈な光を放つ。
「こんな……こんなバカな……ッ!」
譲原さんは剣を掲げて防御しようとする。
だが、そんなものが何の防御にもならないことを、譲原さん自身わかっているだろう。「や、止めろおおおおおおお――」
悲鳴のような叫び声とともに、隕石のごとく落下した俺の大刀が、漆黒の剣を叩き折り、そして――
譲原さんの体を真っ二つに斬り裂いた。




