18
戦いは拮抗していた。
敵は数が多かったが、地の利はこちらにあったからだ。
ミナト中から灯りを消していたが、街中を炎の篝火によって照らし出されていた。
炎は最も原始的なイメージに近いため、異能者として数が多い。
魔人たちも例外ではないようで、炎を扱う異能者はかなりの数がいた。
しかし、いくら照らし出しても街全てを照らし出すことなどできない。
隠しきれない暗がりを利用すれば、魔物を狩ることなど造作もなかった。
おまけに音夢ちゃんが次から次へと投入する巨大な動物たちが、敵を攪乱させてくれる。
たった一人で軍隊を創り出すことができるという反則じみた異能を持つ音夢ちゃんは、この戦いの要だった。
さらに魔人たちが浮き足立つのは、アサシンのような働きをする夕樹君のおかげだ。
夕樹君の身体能力は、この場のあらゆる人物を遙かに凌駕している。
そして珍しく夕樹君は、初めの一撃以外実に静かに動いていた。
暗がりや建物の中という、人の目に付かない場所から、魔人たちを確実に狩っていっていた。
背後に忍び寄り、一撃で魔人を狩っていく。
私は音と風を利用した空間把握能力により夕樹君の位置を正確に把握しているが、土地勘がそもそもない魔人たちはあっという間に夕樹君を見失う。
そして、一瞬にして狩り取られる。
私は持ち前の空間把握能力と音を使った情報通達が主な役割だった。
指示を出す烏丸さんとともに市役所前に固まり、攻めてくる魔人や魔物も撃退する。
烏丸さんの異能は直接戦闘には用いることができないため、真奈さんが復元した銃火器で武装している。
ちなみに所持しているのはサブマシンガン。
近づく敵目がけて慣れた手つきで発砲している。
魔物に対してはその程度の銃器では大した威力にはならないが、魔人に対しては十分な威力を誇る。
いくら強靱な肉体を持つ魔人であっても、銃弾の肉体で受け止めることなどできない。
あんなものを乱射されているせいで、魔人たちはこちらに接近することもままならない。
そして、真奈さんはさらにすごい。
戦闘が始まってすぐに離れたところに移動してマットのようなものを敷くと、その上に体を寝かせ、一つの銃器を構えた。
それは、まさかのアンチマテリアルライフルという超大型銃器。
これまで真奈さんが復元できたもので一番の銃器らしい。
そして、真奈さんの復元の異能にはさらに優れた点がある。
それが、これまで使用してきた人間の記憶を自らにインストールすることができるということ。
もちろん、武器を扱っていた人の技量が大したことがない場合は、いくらインストールしたところで戦力にはなり得ない。
しかし以前の使い手は真奈さん曰くどこかの軍人が使用していたものらしく、その軍人の死後コレクターによって所持されていたという特殊な経緯を持っていた。
そのため、そのライフルを持つ真奈さんは全く訓練を積んでないとは言え、熟練のスナイパーと同じ高みにいる。
放たれる銃弾が空気を斬り裂き、狙った先にいる魔人の頭を吹き飛ばした。
コッキングレバーが引かれ、再び離れた銃弾は巨人の頭を捕らえる。
本来、スナイパーは居場所を知られてしまえば相当不利になるが、私や烏丸さんが守ることによってその欠点をカバーする。
ライフルから放たれる銃弾は、狙われているからと言って回避できるしろものではない。
そうした異色のメンバーにより、魔人と魔物を狩っていく。
しかし、魔人たちの自力は一方的な蹂躙を許してはくれない。
前線にはミナトの主戦力である異能者が魔人や魔物と戦っている。
多彩な異能を持ちその力も強力な彼らだが、相手の魔人の絶対数には遠く及ばない。
踏みつぶされ、丸呑みにされて死亡する人。
全身を焼き尽くされて息絶える人。
体をずたずたにされて絶命する人。
こちらの人数も確実に減っている。
怪我をした人や戦えなくなった人は、私がすぐに伝えて避難してもらっている。
それで犠牲者を減らすことはできているが、それでも一撃で狩り取られる人は救いようがない。
「咲乃君。戦況はどんな具合だい?」
あくまでも冷静な風を装って烏丸さんが尋ねてきた。
指揮する側が動揺することが前線で戦う人が混乱する要因になること烏丸さんはきちんと理解している。
「先ほどまでは、ややこちらが押していましたが、徐々に押され始めました。でも……」
私の言葉に応えるように、ビルが轟音を轟かせて倒壊した。
「逃げてください!」
私がすぐに声を伝播させてビルの近くにいた人に呼びかける。
多くの人は危なげながらも回避できたが、二人はビルの倒壊に巻き込まれて見えなくなった。
そのビルの側に立っている人間は、私たちの側にずっといた人だ。
彼は能力を持っていなかった、とされていた。
ずっと、能力を隠していたんだ。
「彼が、譲原さんが相当厄介です……」
譲原さんがゆっくりとこちらを振り返った。
その体の影から見えたのは、漆黒の剣だ。
「どんな能力を持っているかわかるかい?」
烏丸さんの問いに、私は状況を整理しながら答える。
「おそらくですが、対象を分解する能力かと思います。あの剣に触れた部分は削り取られるように消失しています」
先ほど譲原さんは、ビルを支える鉄骨を根こそぎあの剣で分解してみせた。
「なら私が――!」
離れた場所で仲間と戦っていた魔人の胸を撃ち抜いた真奈さんが素早く譲原さんに標的を移す。
ライフルの銃口が譲原さんに向けられた瞬間、譲原さんがぴくりと肩を震わせた。
そしてライフルが火を噴く直前に、譲原さんの持つ剣が一気に伸びると、自身とこちらまでに間にラン十もの螺旋を張り巡らせて盾を作った。
構わず射出された12.7ミリ弾は、的確に譲原さんの頭を射貫く軌道で放たれたが、出現した黒い壁に阻まれると、音もなく消失してしまった。
ただ分解するだけではない。
分解能力を持つ剣を伸縮させ、自由自在に操れるようだ。
しかも視野の広さが尋常でないほど広い。それはおそらく能力から得ているものではない。
経験から来る勘のようなもの。
私も戦っている最中に、視覚情報や空間把握能力以外で殺気により攻撃を回避したことはある。
戦闘中という極限状態において、勘というのは非常に役に立つ武器だ。
そんなものに頼るなんて二流だと考える人もいるかもしれないが、理論では証明できない判断は確かに存在する。
おそらくは、譲原さんのものもそれだ。
ライフルを向けられた瞬間、自分を殺すという意志が殺意となり、それを鋭敏な感性で受け止めた。
あんな力を持っているのに、それを私たちにずっと隠していたんだ。
才気溢れる人物は、ただそこにいるだけで周囲に力や才能が嫌でもにじみ出る。
烏丸さんや真奈さんが良い例だ。そこにいるだけで、オーラや雰囲気が普通の人とは違う。それは否応なしに周囲に知らしめる。
カリスマ性と言ってしまえばそれまでだが、それが周囲に及ぼす効果は絶大だ。
譲原さんも、烏丸さんの下で働いていたことからもわかるように優秀な人材だという認識は周囲にあった。
しかしそれは実務を行う上での話だ。
まさか異能力を持ち、あれほどの戦闘力を持っているなど、誰が予想できるものか。
そして、荒れ来るものである魔人をまとめ上げる支配者の資質。
それをずっと私たちの側にいたにも関わらず、知られることなく隠していたのだ。
「なんてやつ……っ」
真奈さんが苦々しく唇を噛む。
私も同じ考えだ。
なんて人なんだ。
譲原さんに向かって、ミナトの異能者が突進していく。
二十歳を過ぎたばかりの男性だ。
これまで譲原さんの部下として働き、一緒に仕事をしてきた同僚だ。
裏切られたからか、怒りに表情を染めて突貫していく。
両手には姫神さんが作りだしたサブマシンガンが二丁握られている。
そして、ある程度距離が近づいたとき、二丁のサブマシンガンを発砲した。
小気味のいい音を響かせ、何十発という弾丸が一気に放たれる。
瞬間的に譲原さんと銃弾の間に黒い壁が形成された。
だが、銃弾は直進しなかった。
私の空気を感知することができるからわかったことだ。
放たれた銃弾は壁に当たる直前で軌道を変え、左右に分かれる。
そして壁を通り過ぎ左右から譲原さんを挟撃する。
彼の能力は念動力。それも巨大な質量から繊細な扱いまで様々なことに応用が可能という、念動力の扱いではこのミナトで彼以上の右に出る者はいない。
完全な不意打ちだった。
銃弾の速度は本来普通の人間が把握できるものではない。旅人である私たちがなんとか把握できるかどうかというレベル。
一瞬の出来事だ。その行動を読んでいなければ、回避できるものではない。
だが、銃弾は回避された
譲原さんの生み出した壁の後ろから、高々と譲原さんは跳ぶ。
銃弾は誰もいない空間を穿った。
譲原さんの一番近くにいたのは彼だ。
しかし同時に、彼の一番近くにいたのもきっと譲原さんだ。
それ故に、容易く攻撃を読む音ができた。
跳び上がった譲原さんは展開していた壁を消し、漆黒の剣を構えた。
それと同時に、漆黒の剣が飛び出し、念動力の彼に向かって突き進む。
だが、切っ先が彼を貫くより早く、間に巨大な影が入り込んだ。
それは音夢ちゃんが操る巨躯のオオカミ。
オオカミや攻撃を受けそうになっていた彼を弾き飛ばすようしにて間に入りながら、漆黒の剣から彼を守った。
漆黒の刃はオオカミの首を捕らえ、波打つように刃が振動し、オオカミの首を切り落とした。
オオカミは光を放って消えると、ぬいぐるみとなって地面に落ちる。
デフォルメされた可愛らしいオオカミのぬいぐるみは、首が切断され綿が飛び出している。
音夢ちゃんのぬいぐるみを実体化させる能力は、非常に強力だが倒されたぬいぐるみは破壊され、手直しなり修復なりをしなければ再度使用することはできない。
譲原さんが舌打ちをしたのが耳に届いた。
忌々しげに視線が向けられる。
その先には、離れたところで魔物を引きつけて戦っている巨大なクマがあった。
クマの周りはライトアップがされており、その光に吸い寄せられるように魔物たちはクマに向かって行く。
しかし、音夢ちゃんが操りその頭の上に乗るクマは直立すると五十メートルを優に超すサイズ。
巨大化する魔物とはいえ、音夢ちゃんのクマを超える大きさになることはない。
そして、音夢ちゃんが待ち構えるのは大通りの一本道。大通りをその巨体で防ぎ、魔物たちは正面からしか攻撃ができない布陣を敷いている。
魔物たちは音夢ちゃんが操る獣たちが相手をしてくれるおかげで、私たちは魔人の相手に集中することができる。
譲原さんが走り出す。
その先にいるのは、音夢ちゃんが操るクマだ。
「――ッ! 夕樹君!」
「わかってるよ!」
私の伝播させた声に、夕樹君が素早く反応する。
背後から魔人の首をへし折った夕樹君は、消えるような速度で駆ける。
音夢ちゃんの操る動物たちはこの戦いの戦闘の要だ。
旅人であるため死ぬことはないが、一度死亡すれば再生するまでに時間がかかる。
だから万が一にも音夢ちゃんは負けないように、離れたところに陣を取って戦っているのだ。
道中の魔人も魔物も全て放置し、走り抜けた夕樹君はビルの壁を走り抜け、音夢ちゃんへ向かう譲原さんの間に入り込んだ。
あまりの速度にさすがの譲原さんも目を丸くしている。
夕樹君は譲原さんより音夢ちゃんから離れた位置にいたにも関わらず、たった数秒で自分の進行先へと回り込んだのだ。
「ここから先へは行かせないよ裏切り者!」
夕樹君が楽しげな表情で声高々に言い放つ。
腰を低くし、瞬間的な速度で譲原さんに迫る。
しかし譲原さんは冷静に対応する。
漆黒の剣を振るい、伸びた剣身で夕樹君の体を穿つ。
それは網のような形状に変化し、夕樹君との間に張り巡らせた。
相手の様子がわかるように、網状にしたのだ。夕樹君の小柄の体でも五体満足で通るのは不可能なほどの網だ。
夕樹君には遠距離の攻撃手段がないことを知った上で、壁を創り出す必要はないとの判断だ。
そして、自分の周囲にも同じように編を形成し、先ほどの銃弾を防いだとき同様回り込まれることへの対策だ。
それを見て夕樹君がとった行動は信じられないものだった。
張り巡らされた触れるだけで消失してしまう網を前に、構わず突進した。
そして、左手と右足が切断され、体を削り取られるのもお構いなしに、網を強引に突破した。
さすがにこれは譲原さんも予想外だったようだ。
現世で痛みを感じず、こちらの世界では痛みがあることに喜びを感じている夕樹君にとって、片手片足が飛ぶなどということは気にするほどのことでもない。
網の内側に侵入した夕樹君は、振りかぶった拳を譲原さんの腹に叩き込んだ。
「がっ――」
腹から無理矢理吐き出された空気に血が混じって飛ぶ。
さらに振り回された足がよろけた譲原さんの膝を捕らえる。
そして、右腕で倒れかけた譲原さんの胸ぐらを掴んだ。
「もう一発ッッ!」
砲弾のように放たれた頭突きが、譲原さんの頭を吹き飛ばした。
頭突きが叩き込まれた額が裂けて血が弾けた。
「まだま――」
夕樹君の言葉が途切れる。
引き戻された漆黒の刃が、夕樹君の体をばらばらに切断していった。
夕樹君の表情から全ての力が抜け落ち、首だけとなって落ちる。
しかしその瞬間、口元が、一瞬笑みを湛えた。
そして、ゆっくりと動いた。
やっとだね、と。
不意に、私の耳に不可解な音が響いた。
翼の風切り音のようでいて、金属がこすれるような歪な音。
最初は微かに、だがすぐにはっきりと聞こえるようになってきた。
「これで邪魔者は消えましたね」
額から流れ落ちる血を拭いながら、譲原さんが笑う。
旅人を一人削れた。
それだけでもこちらの戦力が大きく減り、戦況が変わることは容易に想像できる。
そして、目の前のぬいぐるみ使いを倒せば、一気に魔人側へと傾く。
譲原さんが近くにいた魔物を踏み台に大きく飛び上がった。
剣が振り上げられる。
その距離は音夢ちゃんへの攻撃範囲に十分入っているだろう。
「ではあなたも、消えてもらいます――」
譲原さんが剣を振り下ろす。
だがその剣は、音夢ちゃんに届くことはなかった。
それは遙か彼方からやってきた。
月夜を受けて光り輝く飛行体。
空中を高速で飛来したそれは、振り上げられた剣ごと譲原さんを吹き飛ばした。
同時に、市役所の正面、大通りのど真ん中に何かが着地した。
私の耳に、何かが擦れる音、切り裂く音、空を切る音が同時に届く。
その音は、大通りに着地した、一人の少女から発せられていた。
有り得ないほどの早い到着ではあったが、現れた少女に、私の口が緩んだ。
「お待たせいたしました!」
こちらに向かってビシッと敬礼をしながら、少女は笑う。
彼が砦に向かってからまだ一時間ほどしか経っていない。
そして、譲原さんが言った砦が攻撃を受けたという時間からは、まだ三十分ほどしか経っていない。
本来、ここまで帰還するだけでも有り得ないほどの速度だ。
だがそれでも、彼女はここにいた。
「篠崎雫、遅ればせながら、これより戦線に復帰します!」
雫ちゃんが、帰ってきた。
見えないほど細く研ぎ澄まされた糸により、雫ちゃんが着地した周囲に魔物が一斉に斬り刻まれた。
そして――
「ずいぶん好き勝手やってくれましたね。譲原さん」
高いところから放たれる言葉に、叩き落とされた譲原さんが苦い笑いを浮かべる。
「そっちこそ、もう砦を潰して帰ってきたんですか?」
空に佇む彼に、譲原さんは目を細める。
「なるほど、それを使ってここまで帰ってきたわけですか。蓮司君」
彼、蓮司君の口が微笑を称える。
「ああ、お前たちを潰すために、飛んで帰ってきた」
それは文字通り、飛んでだった。
蓮司君の背中には、月明かりを受けて光り輝く、巨大な翼。
その翼を羽ばたかせ、蓮司君は空を飛んでいた。