17
「ここに一人で来ただと!? お前正気か!?」
俺の言葉に魔人が声を上げて驚いた。
一様に広がっていく戸惑いに、俺は逆に笑みを漏らした。
「正気も正気。お前たちの策略にはまれば、俺たちの負けは必至。だったら、その前提を叩きつぶす」
譲原さんが考えていた作戦は、ミナト最大戦力である俺たち旅人をミナトから引き離すことにある。
砦までの距離は普通に帰還すれば一時間程度でたどり着けるものではない。
そこまでの距離に砦を作ったと言うことなら、砦が正しく攻撃されなければミナトに譲原さんたちが姿を現すかどうかに自信を持てなかった。
なら採るべき選択は一つだ。役割を分ければいい。
実際に砦に攻め込む俺と、残ってミナトを守る咲乃たちと。
初め、咲乃たちは反対した。
おそらくは敵の大部分がミナトに攻めてくる。
しかし、砦がもぬけのからになると考えにくい。
そんな状態になってしまえば、雫が自力で脱出する可能性まである。
砦に少しでも足止めをしたいと考えるなら、砦にも仲間を残して戦闘を起こすのが一番手っ取り早い。
近衛兵を捕まえ情報を聞き出したところ、雫以外に、この砦に生きている人間はいない。
そもそも、旅人を捕まえることのみが目的だったのだ。
最初俺が捕まえた魔人のときもそうだったが、生きていなければ連れて帰るといった。
つまり、死ぬようなら用はないと言ったのだ。
ここに生存者がいる可能性など、最初からほとんど考えていなかった。
「俺がここに一人で来ても、ミナトには確実に攻め込んでくれると思っていたよ。万が一にも、俺たちが砦を攻略し、ミナトが保っている間に帰ってこられでもしたら、どうなるかわかったもんじゃないからな」
こいつらの反応を見る限り、譲原さんたちがミナトに攻撃を仕掛けたのはまず間違いないだろう。
焦る気持ちが手に取るようにわかる。
作戦通りにいったと思っていたはずが、まさか逆に不利な状態に仕組まれていたのだ。
「残念だったな」
魔人たちの顔が苦しそうに歪む。
しかし、戦闘で魔人を率いているやつが、途端に大声を上げて笑い始めた。
「あっははははは! バカなやつだ。お前がそんなことをしたところで、状況は変わらない。ここでお前を拘束し、俺たちがミナトに向かえば十分に事足りることだ。お前は妹を助けることができる唯一のチャンスを逃したんだ。これは傑作だ」
大笑いを続けるリーダーに、釣られるようにしてぽろぽろと笑いが零れ始めた。
それが、恐怖を振り払う弱々しいものであるということはすぐにわかった。
「お前たちが四人で攻めてきても問題ない人数で守っているところに、お前はたった一人で来た。ミナトでは圧倒的な戦力を投入している。お前の仲間の旅人が三人加わったところでまだこちらが優勢。状況は何も変わっていない。順序が変わっただけだ。お前ら、怯えることなんてないぞ!」
力強い言葉に、魔人たちが奮起する。
リーダーの魔人の目は本気だった。
呆れるようなその偽りを、本気で信じているのだ。
俺は大げさにため息を吐き、頭に手を当てた。
「かわいそうなやつらだな」
周囲に漂っていた笑いが、ぴたりと止まった。
「かわいそう……? 俺たちがか?」
侮辱の言葉に肩を振るわせ、魔人の殺意に溢れた視線が頬を差す。
「そうさ。今のお前の話を誰に吹き込まれたかは見当がつくが、今のお前の話が真実なら、俺たち全ての力を合わせても魔人には勝てっこないってことになる。それなら、作戦なんてものは必要ない。力で押し込めば、それで決着するんだからな。しかしお前のリーダーはそうしなかった。それはなぜだと思う?」
魔人の目が怒りと戸惑いに揺れる。
「俺たちが正面衝突をすれば、負ける、あるいはどうなるかわからないと判断されたからだ。その上で旅人を排除し、砦よりも攻め込む側の戦力を多く投入し、砦側を薄くした。そして、砦側にはミナトの最大戦力とぶつけられる。これが何を意味するか、ちょっと考えればわかることだ」
突きつけるだけで相手を崩す言葉を、俺は叩きつける。
「お前らは、捨てられたんだよ。本来旅人である俺たち四人を足止めする存在としてな。お前らの頭はお前たちを信頼なんてしてない。切り捨てるために、ここに配置したんだ」
魔人たちの表情に一様に驚き、それから動揺が走った。
しかし、リーダーの魔人だけは目を細め怒りを露わにして俺を睨み付けた。
そんなことに気付かないほど、愚かではないようだ。
それでも自分の、自分たちの役割を全うするために、部下に嘘を真実と思い込ませ、目的のためだけに動く兵隊としていた。
ガラス張りであった偽りは、ただの言葉によって脆くも打ち砕かれる。
可哀想なやつら。
そう見ることもできる。
だが――
「へぇ……。普通に怒りを持つ。俺たちが当たり前に持っている感情を、お前らも持っているんだよな」
そんな考えが浮かびかけるが、既にこの砦に来た段階で、情けも容赦も必要ないことを知っている。
目を鋭くし、眼前の魔人たちを睨み付けた。
「――それなのに、お前たちはミナトからさらった人たちを殺した。暴行し、なぶり、痛み付け、その上で殺した。違うか?」
突然、何を言い出すんだというような視線が魔人たちから向けられた。
事前にすでに雫以外は死亡しているとの情報を得ていたが、念のため確認をしてきた。
情報を引き出した魔人から得た、ゴミなどを捨てられている場所。
その場に、ミナトの人とおぼしき遺体が数え切れないほど投げ出されていた。
かつて人であったことの尊厳など欠片もなく、他のゴミなどとまとめて捨てられていた。
「だから、何だって言うんだ? まさか捕まえた敵を待遇しろなんて馬鹿なこと言わねぇよな?」
逆に弱い部分を付けたことを喜ぶように、魔人が口を開いた。
魔人のねっとりとした視線が雫へと向けられる。
「安心しろ。お前らだって例外じゃない。俺たちの力で能力を封じた後は、そうだな。お前ら怪我をしても治るし、絶対に死なないんだよな?」
「まあ、そうだな」
隠す必要もなく、相手が知っている情報を肯定する。
「だったらいくらいたぶっても問題ないわけだ。お前も、後ろの女も」
魔人の目が卑しさに歪む。
「女の方はこれから永遠に俺たちの相手をしてもらおうか。もちろん体でな。たっぷり俺たちを楽しませてくれよォ」
雫が体を押さえて震えている。
そうされる可能性はこれまでもあっただろうが、雫がトラップを張ることでそれを防いでいた。
しかし俺が状況を破壊してしまったため、烏丸さんと同様の封印系の能力があれば十分に考えられる。
「お前は永遠にその様を近くで見せてやるよ。妹が陵辱されるのを、気がおかしくなるまで見ていろよ」
心の中で、ぱしりと何かが、割れたように思えた。
それは無意識の内に押さえていた、感情の蓋だったんだろう。
感情の起伏が欠落していた俺の感情を抑えていた蓋が、初めて明確に外れたのを感じ取った。
一時的なものであることはわかっている。
終わってしまえば、またいつものように淡々とした感情に戻るだけだ。
でも今は、その感情の蓋が壊れてしまったことを、嬉しく思う。
「……よくも、兄の前でそんなセリフを吐けたもんだな」
腹の奥から自分でもぞっとするような低い声が漏れた。
「やれるもんならやってみろよ害虫共。お前の今の一言で、この先の未来はもう二つしかなくなった。一つは今言った未来だ。そんな未来が来るように全員で祈ってろ。でもそれができなければ、俺はお前たちを皆殺しにする」
一切の迷いも、容赦もなくなった。
感情の押さえと同時に消え去った。
俺の言葉に、頭の中に今俺が口にした未来があるということが、僅かにでも頭をよぎってしまったのだろう。
魔人の表情が凍り付き、強ばった。
俺は腰に巻いていたポーチから袋を取り出して、後ろにいる雫へと投げた。
突然放たれた袋を、雫は驚きながらもキャッチする。
「こ、これは?」
「おにぎりとお茶。空腹感はないって言っても、一ヶ月以上も何も口にしないってのはきつかっただろ? ここは俺がさっさと片付けるから」
「お、お兄ちゃん無茶だよ! 相手が何人いると思って――」
不意打ちとばかりに、魔人の一人が持っていた斧を携えて走り出した。
「二人ともバラバラにして――」
魔人の言葉が途中で切れる。
たった今見ていた視界から一人が消え、息がかかるほどの距離に肉薄していたからだ。
「遅い」
生み出した刀を魔人目がけて一閃する。
しかしそこはさすがに戦い慣れをしている魔人。
咄嗟に斧を自分に引き戻し、持ち手を盾にした。
だがそんなものは無意味だ。
絶対に折れない硬質な結晶をイメージして作った、限りなく薄い刃。
俺が振り抜いた刃は、微かな衝撃を腕に伝え、それと同時に斧の柄をいとも容易く切断する。
斧の刃の部分であれば防ぎようでもあっただろうが、この魔人はその判断を見誤った。
柄を切断した神石の刃は、そのまま魔人の体を真っ二つに斬り裂いた。
自分の体が両断されたことに目を見開く魔人だが、切断された先から灰と化して消えていく。
仲間が一瞬にして消され、敵に緊張が走り抜ける。
俺は刀に残っていた魔人の血を振り払う。
その血もすぐに灰に変わり消える。
雫に、そして魔人たちにも告げるように俺は言う。
「雫一人満足にどうにかすることもできなかった屑どもの相手は、俺一人で十分だ」
普段の自分なら絶対に口にしないような言葉を吐き、その場で腰を低くして身構える
「ぶっ殺せっ!」
怒号とともに、全ての暴力が解き放たれる。
魔人の前を先行するように従えられている魔物が一斉に襲いかかってくる。
俺は手の中の刀を一度消すと、可能な限り長い刀を再度作成する。
おそらく相手の魔物たちは刀が作られたことなどわからないだろう。
篝火によって照らし出されたこの闇夜の中、一度姿を消してしまえば見えないほどの薄い刃。それでいて、あらゆる物質を超越した硬度を誇る神石の刀。
その長さ、三十メートル。
両腕の筋繊維が悲鳴を上げる。
迫り来る魔物。
その姿はオオカミやワニやトラなどの生き物タイプや、巨人タイプ、複数の生き物を掛け合わせたような異形タイプなど、その姿は様々だ。
通常の生物の大きさとはかけ離れた巨躯で地面を踏みしめながら、大質量を武器に突進してくる。
俺はビルほどの長さの刃を保つ刀を、真横に一閃する。
旅人特有の人間離れした力を利用し、力任せに刀を振り抜いた。
周囲の建物ごと、十体近くの魔物の体を両断する。
真っ二つに斬り裂かれた魔物の体が灰になりながら地面を転がる。
魔人たちの目の前が灰で覆い尽くされた。
俺は魔物を振り払った刀を振り上げた。
根元から刃を切り離し、それを灰の向こう側にいる魔物、魔人たちに向けて投げつけた。
三十メートルを超える巨大な刃は空中で分解し、無数の鏃へと姿を変えた。
嵐のように鏃が吹き荒れ、灰の向こうから呻き声が上がる。
続いて両手に二振りの刀を生み出し突貫する。
足下に新たな神石を作成する。十センチほどの厚みを持つ、円形の神石。
先ほど魔人に接近したときにも使用した神石だ。
姿勢を低くし、生み出した神石を踏みしめる。
次の瞬間、体が勢いよく前に飛び出した。
まるで銃弾が撃ち出されたように瞬間的で圧倒的な速度で突き進む。
生み出した神石は、触れた移動エネルギーを逆方向への移動エネルギーに増幅して撃ち出すという性質を持つ。
早い話が、反発をさせた上でその移動エネルギーを高めるというものだ。
灰の中を突き進み、視界を奪われていた魔物の体を斬り刻んでいく。
今持っている刀では魔物の巨躯を両断することはできない。
だから喉や胸、頭部などの急所を的確に斬り裂いていく。
視力が著しく低下しているにも関わらず、魔物は視覚情報に頼っている。
照らし出されているとは言え闇夜の中で、こうも視界が悪ければ、ただ突っ立ているか闇雲に暴れるだけの的にすぎない。
高速移動を繰り返していき、周囲にいる魔物をあらかた殲滅した。
ある程度数が減ったところで、背後から魔人が雷の槍を持って現れた。
俺の背中目がけて、槍の先端から稲妻が放たれる。
足下に生み出した反発神石を蹴り飛ばし、攻撃を回避する。
すぐ横に再度神石を作りだし、再度体を反発させて魔人の背後に滑り込む。
すれ違いざまに魔人の体を背後から斬り裂いた。
その場から離脱すると、見えない力によって俺が経っていた場所が粉砕された。
おそらくは衝撃波の異能だ。
砕ける地面や飛び散った砂から衝撃波が放たれた方向を予測し、その方向に空中に生み出した刃の神石を大量に放つ。
闇の中から刃を回避するために魔人が飛び出してきた。
手が突き出され、それと同時に俺の眼前に反発の神石を生み出した。
衝撃波を飲み込んだ神石は魔人が放った衝撃波が放った本人に打ち返す。
「ぐっ!」
まさか衝撃波を跳ね返されると思っていなかったのか、魔人はなりふり構わず跳んで回避した。
反発の神石はあらゆるもの跳ね返す性質を持っている。
しかし、硬質化という性質までは追加することはできない。
そのため、衝撃波のような単純なエネルギーは跳ね返すことができるが、極端な話、先ほどの稲妻や炎などの攻撃、剣や槍といった強力な物質攻撃は反発をすることができず砕けてしまうのだ。
俺の能力はあらゆる性質を神石に宿らせることができるが、その力は万能ではない。
同時に二つの性質を追加することも不可能ではないが、難易度が格段に向上するだけでなくうまく性質が宿らない可能性があるのだ。
だから使いどころを的確に判断する必要がある。
自らが放った衝撃波を回避した魔人に接近する。
魔人はすぐに俺に向けて手を突きだした。
俺もそれに合わせて刀を向ける。
一瞬魔人は衝撃波を放つことをためらった。
この至近距離で跳ね返されれば今度は躱せないと判断したからだ。
その隙が決定的なものになる。
反発神石を利用して瞬間的に速度を上げると、魔人の胸を刀で貫いた。
その魔人の後ろから、数人の魔人が現れる。
空中に金属の刃がいくつも生み出された。
その刃に炎が灯る。
それらの刃が、一斉に不規則な動きで飛来する。
複数人の能力を生かしながら作られたと思われる炎の刃が踊る。
その場から大きく上空に飛び退くが、刃は必要に俺を狙い追いかけてくる。
炎は俺を照らし出す目印だ。
篝火を操っている異能者と同じだろうが、こうして俺を照らし出すことによって魔物が狙える状況を作り出しているのだ。
魔人の狙い通り、まだ生き残っていた巨人の魔物が俺を狙い走ってきた。
しかし、炎は過去の魔人ですでに対策を考えている。
空気中に小石ほどの神石を大量に生み出した。
生み出した神石に宿した性質は熱を奪うもの。
刃に宿っていた炎が消え、俺の周囲は再び暗くなる。
刃だけとなっても俺を狙って飛んでくるが、空中にて見えにくくなった俺には掠りもしない。 巨人も俺を見失い、拳を振り下ろすがそれは空を切った。
空中に反発神石を生み出し、それを蹴り飛ばして巨人の首を掻ききった。
消えゆく巨人の体を隠れ蓑に、さらに高々と上空に移動する。
魔人たちが俺を見失った。
刃が追いかけてこない。
何度か空中を移動したところで、俺は反発神石を上空に生み出し、蹴り飛ばして魔人たちが集まっている中央に勢いよく降り立った。
魔人たちが驚いて一斉に俺を注視するが、もう遅い。
降り立った勢いを利用し地面に突き刺した刀を利用して、地面から周囲に無数の刃を生み出した。
避ける間もないほどの刃が、地面から突き出され、魔人たちの体をずたずたに斬り裂いた。
「貴様ッ!」
消えゆく仲間の間を縫って、リーダー格の魔人が剣を突き出してきた。
俺は周囲の刃を消しながら大きく飛び退いて回避する。
剣は赤い金属によって作られており、能力によって作られたものであることがすぐに見て取れたからだ。
魔人も魔物もあらかた掃討した。
魔人は既にこのリーダー格の魔人のみ。
魔物はまだそれなりに残っているが、先ほど篝火を操っていた魔人を倒したため周囲は月明かりのみの暗い空間へと戻っている。
所々の建物はまだ燃えており多少の灯りこそあるものの、これだけの暗さがあれば魔物は敵である俺を識別することなどできない。
「貴様みたいな下等生物に――ッ!」
魔人が剣を振るうと、赤い輝線が飛び出して向かってきた。
直線的な軌道を描いて飛ぶ輝線。
眼前に神石の盾を創り出すと同時に、赤い輝線が神石とぶつかった。
直後、輝線が触れた部分が大爆発を引き起こした。
反発の性質を宿していたが跳ね返すことができずに神石が粉々に砕ける。
爆発によって俺の体は吹き飛ばされて建物に叩きつけられた。
「があっ!」
肺の中の空気が一気に吐き出される。
しかし止まることはせずに建物を蹴り飛ばして飛び退いた。
直後、俺が激突した壁をいくつもの輝線が捕らえ、再び爆発を起こした。
大した威力だ。
この広範囲の攻撃。
こんな破壊力があるために先ほどまでの集団戦では使用することができなかったのだ。
俺が大人数相手にここまで立ち回れたのは、相手が下手に攻撃をすれば同士討ちになる可能性が高かった
俺も雫を下がらせたのはそのためだ。
一ヶ月も体を動かしていない雫と一緒に戦い、巻き込む可能性がないわけではなかった。
だからこうして派手に力を使うことができたのだが、これで条件はお互い同じになった。
「何の苦労も悩みもないガキが、俺たちの邪魔をするんじゃねぇ!」
地面に降り立ったばかりの俺を目がけて再び輝線が走る。
俺は眼前に神石をいくつも生成して浮かべる。
輝線の進攻先に配置していた神石が衝突し、爆発を引き起こす。
爆発の向こう側から赤い剣を携えた魔人が飛びだしてきた。
走りながら再び輝線が放たれる。
その瞬間、先ほどの輝線を防いだ際に残していた神石を輝線にぶつけて、発射直後に爆発させる。
「――ッ!」
魔人はもろに爆発に巻き込まれた。
俺は素早く十メートル近い刀を創り出し、それを爆炎の中にいる魔人目がけて振り抜いた。
同時に爆炎を貫いて魔人が大きく上空に飛び出した。
振り抜いた刀をそのまま振り上げ、上空にいる魔人に叩きつける。
魔人は持っていた剣で俺の攻撃を防いだ。
しかし同時に爆発が起きて俺の刀を吹き飛ばした。
魔人は緩やかに地面に着地する。
「やっぱり剣の方にも爆発させる能力があるのか。それも一方向までに限定で、刀を打ち合わせれば相手だけがダメージを負うわけか」
至近距離で試さなくてよかった。
「それと触れると爆発させる輝線は直線的な軌道でしか飛ばすことができない。だから軌道さえ見誤らなければいくらでも防げるな」
俺は魔人の姿を見て眉を上げた。
「それにさっき至近距離で爆発を受けたにも関わらず火傷もしてない。それどころか服に焦げ跡すらついていないな。自分の体に対してではなく、自分の周囲は爆発の影響を受けないようになっているのか。便利な能力だな」
自分の異能を分析されてか魔人の顔が苦々しく歪む。
あの反応はどうやら当たりのようだ。
能力の種さえわかってしまえばこっちのものだ。
「俺たちが何の苦労も悩みもないと言ったな」
俺は両手に通常サイズ、一メートルほどの刀を一振り創り出す。
限りなく研ぎ澄まされた一振りの刃は月明かりを受けて一瞬強くきらめいた。
「確かに俺たちがガキなのは否定しない。あんたみたいなおっさん、といってもあんたたちの平均寿命が何歳かなんて知らないが、それでもあんたか見たら十分にガキだろうな。でも俺たちガキだって、何の苦しみも痛みも、悩み一つない生活を送っているわけじゃない」
ある少女は元の世界では自分の意志とは関係なく襲ってくる睡魔に恐怖している。
ある少年は自分の体に痛みがないということで生きている実感を持てない。
後ろの馬鹿は自分の世界を憎んで憎んで、それでも自分の世界が好きな奴だ。
そして俺は、大きな感情や感動を持てなくなった張りぼての人形だ。
俺の場合悩んでいた訳でも、苦しんでいたわけでも確かにない。
だがそれでも、俺はきっと、心のどこかで、感情豊かで些細なことに感動できる、そういった人間をうらやんでいたのだ。
この件が終わり、片付いてしまえば、俺はまた本来の感情の起伏が乏しい状態に戻るだろう。
それでも、こういう気持ちを俺が持てるという希望を持てたことを、俺は嬉しく思っている。
この世界に来て、良かったと。
でも、あいつはどうだろうか。
旅人になったと言うことを、喜んでいるのだろうか。後悔はしていないだろうか。
それはまだわからない。
だがそれでも――
「お前たちが俺たちの事情を感知しないように、お前たちの事情なんて知ったことか。俺は、俺たちはお前たちを止める。この世界をお前たちの好きにはさせない」
俺たちは正義の味方でも、全てを救うスーパーヒーローでもない。
ただの欠陥を持ったガキだ。
魔人の表情が怒りに燃える。赤い目は烈火を宿しているように鮮烈な光を放ち、黒い肌には血管が浮かび上がっている。
「ふざけるなっ……。お前たちガキに、俺たちの世界の何がわかるってんだ……!」
魔人の口から漏れた言葉に、俺は瞬きをした。
「お前たちの世界……?」
俺が尋ねると、魔人は魔人たちの世界について話し始めた。
魔人が住む世界は、やはり俺たちと同じようにこの夢世界ではない別の世界、俺たちにとっての現世があるようだ。
だが、その魔人の口から紡がれる真実を、俺は黙って聞いていた。
ある程度の時間が経ったからだろうか。
魔物は暗闇に動くことができなくなり、残るはリーダー格の魔人が一人。
先ほどまでの息を吐く間もない戦いは収まり、余裕こそ生まれていた。
そのためが、俺の心は静まりきっていた。
怒りも感情も、全てが静まっていた。
だからかもしれないが、魔人の話を聞き終えたときの感想は、簡素な物になってしまった。
「……お前は、お前たちのそんな理由から、この世界を侵略し、たくさんの人を殺したのか?」
怒りも収まった状態では、魔人たちが戦う理由にそんな感想しか口にできなかった。
「そんな理由……だと? お前たちに俺たちの何がわかるんだ! 俺たちがどれほどの思いでここに来ているかを!」
魔人の気持ちが理解できないわけではない。
こいつらが抱えていることを考えれば同然なのかもしれない。
しかし、魔人たちは――
俺は刀を持ち上げて、切っ先を魔人の喉元に向ける。
「さっきも言っただろう。お前たちのことなんて知ったことか。それに、お前たちの計画が進んでいけば、いずれは俺たちの弊害にもなる。ここで聞いていてよかったよ」
魔人は訝しげに目をすがめると、はっとしたように目を見開いた。
「まさかお前たちは……」
「その通りだ。俺たち旅人は、お前たち同様異世界から来た。これはお前たちも知っているだろう。でもおそらくその場所は、お前たちの目的と関わっている可能性がある」
魔人の表情が悔しげに歪んだ。
おそらくは俺に魔人たちがここにいる理由を話すことにより、協力をさせることはできずとも引かせることができる可能性を僅かに考えていたのだろう。
しかしそれが逆に裏目に出てしまった。
「やっぱり、お前たちと共存するなんてあり得ない。いや、以前はあったかもしれないな。でもお前らがこちらの世界の人たちに攻撃を仕掛けた段階で、そういう未来は全て消え去ったんだよ。一緒に生きていくことなんて、もうできない」
離れて暮らすことはできるかもしれない。
でも、手を取り合って生きていくなんてことはもうない。
「だったら、死ねよお前はッ!」
魔人が剣を手に走り出した。
すぐに輝線が放たれ、俺のいる場所に向かって一直線に走る。
空中に鏃を作りだし、それを一斉に飛来する輝線に放つ。
寸分違わぬ狙いによって放たれた鏃は全ての輝線を捕らえて誘爆させる。
その爆炎を貫きながら、爆炎の中から魔人が飛び出してきた。
誘爆させられているとは言え、自分は爆炎の影響を受けない特性を利用してのものだ。
瞬間的に距離を詰めた魔人は、剣を横に一閃する。
俺は飛び退いて刃を躱すと、目と鼻の先を赤い切っ先が通り過ぎていく。
こちらが何かで攻撃を防げば一方的にこちらがダメージを受けてしまうため、刀で受け止めることもできない。
だが付けいる隙はある。
魔人は振り抜いた剣を振り上げ、真上から俺の頭目がけて振り下ろした。
俺は半歩後ろに下がりながら体を回転させ、その勢いを利用した回し蹴りを剣の柄に叩き込んだ。
「――ッ!」
柄を蹴り上げられ、魔人の両腕は高々と打ち上げられる。
爆発は起きない。
あの剣は確かに触れると爆発するという効果を持っている。
しかし、その効果があるのはあくまでも剣の部分だけ。
柄の部分にはないのだ。
もし柄にそんな効果があれば、使用者は剣を掴むことさえできなくなる。
魔人は咄嗟に自分の剣から輝線を放ち、自分の足下を爆発させた。
砂煙により視界を悪くし、同時に爆風で俺を吹き飛ばした。
俺は、大きく飛び退きながら刀を消し、新たに作りだした神石を生み出して武具を形成する。
それは、弾性を宿した湾曲した部分と細い糸を併せ持つ武器。
弓だ。
硬質の性質を宿した矢を生み出し、それを弓に番える。
そして、爆炎の向こうにいる魔人目がけて、流れるような動作で矢を放った。
空を切って飛来する矢は、狙い違わず魔人の体に突き刺さった。
爆炎が一瞬にして晴れた。
異能者が維持できなくなったためだ。
俺が狙った通り、矢は魔人の胸、心臓を貫いていた。
支えを失った体は、ゆっくりと地面に倒れ伏す。
世界から拒絶される魔人の肉体は、徐々に灰へと変わり消えていく。
咲乃曰く、俺がこうして魔人を躊躇なく殺すことは、異常でしかないと言われている。
自分でもそんなことはわかっていたんだ。
灰になってこの世界から消えていく魔人を前に、俺がやっていることは忌み嫌われることであることは理解している。
だがそれでも、誰かがやらないといけないことであるのは間違いない。
少なくとも俺は、そんな痛みを背負わねばならないことを雫や咲乃たちにさせるくらいなら、自分がやった方がいいと思う。
それが俺から欠落しているからこそのものであっても、それが俺に与えられたものであるなら、皆の役に立つのであれば、俺はこの心を誇っていられる。
魔人の消失を見届けたあと、俺はその場にいた魔物を全て切り伏せた。
砦を完全に制圧した。
死体が残っていないとは言え、砦は戦いの激しさを物語るように凄絶な状況になっていた。
深々と息を吐き、俺は雫の元へと戻った。
「おーい、大丈夫だったか?」
のんきな声を発しつつ、俺は雫に声を掛ける。
雫の側には魔人も魔物も来なかったようで、雫は全くの無傷だった。
「お兄ちゃん、強いね」
「別に、そうでもないさ。それより、ちゃんと飯は食ったか?」
「う、うん。しっかり」
雫の手には空のペットボトルと丸められたアルミホイルが握られていた。
「よしっ。じゃあ、さっさとミナトに帰るぞ」
「ミナトに?」
「ああ、今ミナトは戦闘中のはずだ。ミナトに潜入していた譲原さんが魔人と魔物を引き連れてミナトを落とすために攻め込んでいるんだ」
「譲原さんが!?」
雫が目を見開いて声を上げる。
ミナトに深くまで入り込んでいた譲原さんとは当然雫とも接点があった。
「詳しい話は移動しながら説明する。急いでミナトに行く」
「ここまでは何で来たの?」
雫が首を傾げながら聞いてきた。
俺はニヤリと笑って雫を見返した。
「――できた」
「……え」




