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16

 初めて夜に渡ってきた夢世界は、満天の星空に彩られていた。

 ミナトは中心部は俺たちの世界同様発展した形を保っているが、電力はもっぱら太陽光や風力、地熱による発電に頼った状態だ。

 しかしどれも不安定な発電量のため、常日頃から節電が心がけられている。

 そのため夜は地上から光が消え失せる。

「いやー、堂々と学校をサボるのも粋なものだな」

 いつも授業をサボっているやつがどの口がとも思うが、それもこれっきりだ。

 ミナトの街外れに、旅人四人が立っていた。

「さて、じゃあいっちょ、魔族と戦いに行きますか」

 夕樹がそう言って屈伸を始める。

「準備は、いつでも、おけ」

 音夢が腕一杯にぬいぐるみを抱えていつでも能力が使える準備をしている。

「それじゃあ烏丸さんたちと打ち合わせをした通り、私たちの四人で、砦を落とすよ。相当無茶になるけど、失敗は許されない」

 咲乃が頭にヘッドホンを掛けながら俺たちに言った。

 つい先程まで、烏丸さんと姫神さん、譲原さんと今回の作戦のことについてたっぷり話し合った。

 譲原さんがまとめてくれたデータから、どうすれば砦を攻め落とすことができるか。

 その作戦を烏丸さんと姫神さんたちが組み立ててくれた。

 現在時刻はこちらの時間で深夜一時。街の住人はすっかり眠りっている時間だ。

 これから俺たちは、走って砦まで向かう。

 姫神さんの車で向かうということも考えとしてあったのだが、道中には魔物はいる。

 視力が悪いので夜間はほとんど活動しないが、車で音を立てライトをつけ走ればまず襲われる。

 隠密行動をすることが大前提なので、早々に却下された。

 なら結局は足で向かうしかないとなったわけだ。

 幸い俺たちの運動神経なら、全力で走れば車と相違ない速度で走ることができる。

 そして砦に進入し、生存者の捜索及び雫の救出する。

 砦とは言え、堅牢な造りなどにはなってない。

 高い塀に囲まれ、急場で作ったと思われる建物が無造作に並べられている程度だ。

 問題は、いかにして早急に砦に侵入し、生存者の捜索、及び雫の救出という二つの大前提を最良の形で終わらせるか。

 しかし、砦攻略さえしてしまえばいいというわけではない。

 砦を攻略している間にも、ミナト近辺のには魔物が跋扈している。ミナトが攻撃を受ける可能性がないわけではない。

 また、砦攻略は秘密裏に行われる。

 現在、ミナトに生活する人間の九十九%以上の人間は、街の地下にある巨大シェルターに収容されている。

 これは元々核に対抗できるための試作タイプとして、世界が歪む前に建造されていたものである。

 なんて都合の良い物があるのかともう思うが、この十年でこのシェルターは何度も使われてきており、これがあったがためにミナトの人たちはこれまで生きる残ることができているという裏付けともなっている。

 つまりはそれだけ確実性があるということだ。

 そして、砦攻略のことはミナトの人々は知らされていない。

 知っているのは俺たち旅人と烏丸さんや姫神さん、譲原さんを初めとしたミナト上層部だけだ。

 仮に、砦攻略のことが魔族側に知られてしまえば、それはミナトが手薄になっていることを相手に伝えてしまう可能性がある。 

 巨人型の魔物が今後現れないとも言えないため、一時的にシェルター内に移動をしてもらい、その間に地上の安全を確認する。

 それが今回ミナトの人々に伝えられている情報である。

 だから今回はミナトの人々に真相を伝えられておらず、俺たち旅人だけで砦攻略に当たり、元々ミナトにいる主戦力である異能者たちは、俺たちが遠征している間の街の警備というわけだ。

 彼らは元よりミナトの人間であるため、俺たちより街を守りたいという思いが強い。

 また、砦では激戦が繰り広げられることが予想される。俺たちはこの世界では死ぬことがない肉体を持つが故、俺たちが砦攻略に就くことが一番収まりがよかったのだ。

 相当な茶をした上での行動だが、この辺りは烏丸さんたちの尽力のおかげだ。

 数日と経たないうちにここまでのことをやってしまうのだから、さすがという他ない。「加護の外に出てしまえば、現世に緊急帰還もできなくなる。それは忘れてないよね?」

 忘れているわけがないが、咲乃が念頭に置かせるために言う。

 加護内にとって俺たちの緊急帰還はほぼ欠点のない回避行動だ。

 護符を握って現世のことをイメージするだけでほんの数秒で現世に返ることができる。

 しかし砦は加護から遠く離れているため、帰還することができない。

 もし俺たちが砦内で全員殺され、その上で何らかの方法で拘束されてしまえば、死ぬことも返ることもできずにこの世界に閉じ込められる。

 そして現世の体が死ぬ恐怖に怯え、緩やかな死を経験することになるだろう。

「加護の外にいる以上、私たちはいつも以上に警戒する必要がある。だから、固まって行動して、なるべく見つからないように。見つかって固まって駆け抜けて、生存者と雫ちゃんを探し出す。私の能力で空間把握はかなりの範囲行えるから、そうそう不意打ちをされることはないと思うけど、用心に越したことはないからね」

 咲乃の能力は空気中に音や風を伝播させることによって使用する。そのため、空気を利用した空間把握能力を持っている。水中や物質を通して利用することはできないが、空気に触れている部分なら意識すれば半径数十メートルの索敵が可能だ。

「気づかれたら、全部のぬいぐるみを出す……」

 音夢は腕の中にもぬいぐるみをたくさん抱えているが、背負ったリュックには扱える限界までのぬいぐるみが詰め込まれている。

「ま、拷問が必要になったときは僕に言ってくれれば、どんなことでもやるから安心して」

 全く安心できない言葉を発しながら夕樹が嬉々として指の骨をならしている。

 夕樹は相手が魔人である以上一切戸惑わない。

 圧倒的な力という明瞭かつ原始的な方法により、相手から情報を引き出してくれるだろう。

 あまりに方法があれだったら咲乃と音夢には退席もらう必要があるが。

「……」

 俺は皆の話を聞きながら黙って物思いにふけっていた。

 ずっと考え事をしているのだ。

「蓮司君? 聞いてる?」

 咲乃が俺の顔をのぞき込みながら聞いてくる。

 現世では最後に若干気まずい感じになっていたが、こっちの世界に来てみればいつも通りに戻っていた。

 俺の心も、心音がないので元々胸が苦しくなることもないのだが、平静そのもので落ち着き払っていた。

 こういうときこの病気を持っていることが便利に思う。誇れることではないが。

「うん。聞いてる聞いてる」

 俺は返事をしながら後ろを振り返る。

 俺たちの背後には農園が広がっており、そのずっと向こうに闇に染まったミナトの街がある。

 住人たちがいなくなった街は、さながらゴーストタウンのようになっているだろう。

 俺たちの周囲には誰もいない。

 本当にこれだけの人数で敵の陣地に乗り込むというのは、正直正気の沙汰とは思えない。

 しかし今俺が考えていることは、もっと常軌を逸したことであるのは間違いない。

 俺は、いつもの淡々とした表情のまま、咲乃たちに向き直った。


「ちょっと、作戦変更したいんだけど、いいか?」


    Θ    Θ    Θ


「お兄ちゃん? 本当にお兄ちゃんなの?」

「お前には俺がお前のバカ兄以外の誰に見えるんだ?」

 自分でバカと言っていれば世話ないが。

 いや、それにしても、これが咲乃から聞いていた雫の能力か? 心臓に悪すぎるんだけど。

 雫の異能力が糸を操る能力だということは事前に咲乃から聞いていた。

 さらに目では使用することが困難なほどの細く強靱な糸を利用した、トラップを作成することが得意だということも。

 だが硬質な物質を切ることや自分を傷つけることができないという欠点があることから、おそらくは鎖などによって拘束されている。

 雫のことだから、ただ拘束されているとは考えにくい。

 だからトラップを張り巡らせて、脱出はできないが防衛ができているという状態にしている可能性が高いとのこと。

 砦近辺で見つめた魔人から聞き出した情報で、雫がいる場所の把握はできていた。

 いざ侵入してみれば速攻で魔人たちに見つかってしまい、戦闘を余儀なくされたが、すぐに振り切ってここまできた。

 しかし入ってみれば恐ろしいまでのトラップの押収。

 すんでの所で全て防ぐことが一歩間違えれば体をバラバラにされていただろう。

 いくら魔人の攻撃に気をつけて生き残っても、見た方のトラップで死んでしまうなんて間抜けすぎる。

「自分で立てるか?」

「うん、大丈夫」

 雫はやや不安になるような足取りではあったが、自分の足で立った。

「とりあえずここから出るぞ」

 雫を連れて建物の外へと歩いて行く。

 建物という周囲が見えない状況で攻撃をされてしまえば、さすがに防ぎようがない。

「……ッ」

 建物を出ると、雫がその状況に体を震わせた。

「ふん……」

 俺は予想されうることであったので、鼻をならして肩をすくめた。

 

 俺たちの目の前には、数え切れない魔物と、十数人の魔人がいた。


    Θ    Θ    Θ


「いつから、この事態を想定していたんだい?」

 私は目の前にいる仲間に問うた。

「烏丸さんがこの街を統治している間です。いずれ、全面戦争になることは想定していましたから」

 それはそうだろうと私も思う。

 私たちという元からこの世界に住む人間がいて、魔族たちという異世界からの侵略者がいた時点で、対立関係はできあがってしまった。

 私たちに戦う意志はなくとも、侵略者である彼らがいる時点で、戦うという未来は必ずどこかに存在していた。

「でも、こうなる未来は、さすがに初めからは想定していなかったな」

 私は乾いた笑いを零しながらも強がってみせる。

 市役所の正面の大通り、私と真奈、それから現在話をしている譲原君はいた。

 いつもなら人が行き交っている大通りも、既にシェルターに住人が避難している今閑散としている。

 私の背後にある市役所には、この街で唯一のシェルターの入口がある。

 私は真奈やこの街の異能者とともにその入り口を守るように立っている。

 今、ここをどくわけにはいかない。

 私の目の前には、数え切れない魔物と、百人に迫るかという魔人が立ちはだかっているからだ。

 そして――


「烏丸さん、私は最初っからわかってましたよ? こうしてあなたを、あなた方を殺すためにこうして対峙するこの日をね」


 譲原君は、魔人たちの先頭で凶悪なまでの笑みを浮かべて立っていた。

 

「いや、でもこんな風に待ち構えられるなんて思ってもなかったですね? いつから気づいていたんですが、私が魔人だと」

 スーツ姿に眼鏡を掛けている譲原君は、肌の色も普通に肌色だ。

 しかし、指を頬に滑らせると、その頬の表面がメッキが剥がれるようにぽろぽろと剥がれ落ちていった。

 その下から出てきたのは、魔人特有の闇に溶けそうな漆黒の肌だ。

 嘆息を漏らしながら、私は言う。

「気づいたのは最近になってからだけどね。これまで驚異ではあってもある程度対抗ができていた魔族が、徐々にこちらの動きの裏を掻くような行動が続いた。そこから魔人がミナトに潜伏している可能性は十分に考えられた」

 それも周囲の人員の配置までもが知られているとするなら、裏切り者はミナト高層部まで食い込んでいる可能性が高かった。

 内心焦り、ある意味諦めながらも私は時間稼ぎととも言える問答を続ける。

「決定的な出来事は、やはり咲乃ちゃんたちが捕まえてきてくれた魔人のことかな」

「へぇ……なにかおかしかったですか?」

 譲原君は相当な自信家だ。自分のやっていたことのどこに綻びがあったのか。それを知りたいのだ。

「まずあの魔人が脱走したとき、看守だった羽川君は怪我を負った。でもその怪我は骨折程度だった。あの魔人の異能は炎。脱走時に襲われたのなら、やけどの一つでも負っていないとおかしい。だったら、本当に羽川君は脱走した魔人に襲われたのかという疑問が持ち上がる。それも、内部の人間が魔人を意図して逃がしたというなら納得できる」

 牢屋が物理的に破壊されていたのも、街に出るまであの魔人が能力を使わなかったのも、脱走時と市役所からある程度離れるまで力を使うと仲間を巻き込む可能性があったからだ。

「ほう……それはそれは……。でもそれだけじゃ内部に犯人がいると考えられるだけで、私が犯人だということはわからないですよね?」

「それは確かにその通りだね」

 私の考えは自分勝手なものだ。

 それでも、私は飄々とした態度を演じながら譲原君に答える。

「それは巨人型の魔物が出たときに確信に変わったよ。魔物に変化した人間にはある共通点があった。それが、どこかで脱走した魔人と接点があったということだ。あの魔物化する暗黒物質のようなものは、あの魔人の付着していた。羽川君は看守だったから近づくことも多かったし、それ以外の人もどこかで接点があった人間だ。逃亡中に肌が触れる程度たった人間もいる。近づくことであの黒い物質を移されていたんだ」

 逆に接点をほとんど経っていたため、巨人型の魔物の広まりはあの程度で済んだ。

 何らかの接点があった人間はほぼ間違いなく魔物化している。

 でも、ただ一人魔物化していない人物がいた。

「それが君だよ。譲原君。魔人の尋問として、我々の誰よりもあの魔人と接点があったにも関わらず、君は魔物化しなかった。それはあまりに不自然すぎる」

 そもそも、魔人はいつあの黒い物質を手にしたのかという問題もある。

「暗黒物質を捕らわれていたときに既に持っていたとは考えにくい。であるなら、暗黒物質をあの魔人が手にしたのは捕らわれたあとに、誰かに渡されたと考えるべきだ。それは尋問を担当し、あの魔人と直接的な接点を持った君にしか出来ないことだった」

 譲原君は不快感溢れる笑みを浮かべていた。

 自分のことを暴露されているにも関わらず、それを今露見させても遅いこと。譲原君たち魔人には何の影響もない。

 いや、そもそもどのタイミングで発覚させても、それは遅すぎた。

 譲原君はあまりにミナトの中心まで入り込んでしまっていた。

 下手に露見をさせれば無用な犠牲を生み出すことになり、タイミングを誤れば最悪な事態になりかねなかった。

 だから私たちはさもこちらが譲原君を含めた面々で考えた作戦を遂行しているように思わせ、そして付けいりやすい隙をわざと作り、こうして譲原君たちを誘導したのだ、

 譲原君は嘆息をして見せ、首を振って肩をすくめた。

「そこまでわかっていながら解せないですね。どうして旅人たちを砦へと向かわせたんですか? 彼らは貴重な戦力だった。それもこのミナトでもトップクラスの。それなのに彼らをミナトから外してしまえば、こうなることはわかっていたでしょうね」

 理解できないという見下した言葉が放たれる。

 まったくもって同意見だ。

 彼らをここに残しておけば、こういう事態を回避、もしくは先延ばしにすることができた。

 しかしそれをしなかったのは、私や真奈のわがままに他ならない。

「彼らが砦を落としてここに戻ってくる可能性に賭けた。っていうのは不満かな?」

「ありえないですね。ここから砦までの距離は数百キロはあります。私たちは砦が攻撃を受けたという報告を受けてここにやってきました。だから、彼らが戻ってくるのはまだまだ先。戻ってきた後にあるのは、壊されたミナトだけですよ」

 何年という歳月を掛けて準備をしてきた譲原君のことだ。そう甘くないことは理解している。

 こうして話を延ばしているのは、時間稼ぎが目的だ。

 彼らが戻ってくる可能性に賭けている。それは事実だ。

 しかし、それがどれほど望み薄なことかは、私たちとて理解している。

 それでも彼らを送り出した。

 彼らは元々別の世界の人間だ。我々の問題に巻き込むわけにはいかない。

 だから行かせた。

 この街の住人を危険にさらしても、彼らは元の世界に帰してあげる必要がある。

 彼らは私たちよりずっと生存率が高い。この世界では死ぬことがない彼らだから当然だ。

 しかし、これまで彼らには私たちではできないことを数え切れないほど行ってきてくれた。

 そのことに報いないのはあまりにも不当だ。

 だから彼らには、砦に向かってもらったのだ。

 私は余裕の笑みすら浮かべて見せ、譲原君に言った。

「ま、彼らに頼ってばかりではいけないからね。私たちが全員で迎え撃てば、勝てる可能性も少ないがあるだろう」

「……そんな欠片のような可能性に賭けるなんて、やはりこの世界の人間は愚かですね」「よく言うよ。自ら砦の位置を教え、その中に旅人が捕らえられている情報までわざと流したくせに」

 旅人たちが捕らえた魔人は、砦の情報なんて重要なものを流し、そしてあまり関係なさそうな旅人が捕らえられている情報を流した。

 どう考えても他の旅人が助けに来ると言うことを誘っている。

 そして、魔人が脱走したことに続き、魔物化したこと。

 あれは行おうと思えばいつでもやることができた。

 それなのに情報を漏らすまでわざわざ捕まっていた。

 初めから砦に旅人や主力戦力を誘っていたからだ。

 それを見越した上で旅人の彼らだけに向かってもらい、こちらにはミナトの主力部隊を残したのだ。

 異能者を初めとした戦闘能力を持ったミナトの人間が全てここに集まっている。

 戦闘に使える異能力を持つ者や、銃火器で武装した者、近接戦闘において無類の戦闘力を持つ者など、ミナトには様々な人間が集まっている。

 しかし、その総数は百を上回る魔人たちに比べ、せいぜい五十人程度。その上相手は大通りを埋め尽くすほどの魔物を引き連れている。

 力の差は歴然。

 私たちに残された可能性というのは、旅人である咲乃君たちが返ってくるまでの時間を私たちがしのぎきれるという可能性のことだ。

 それがどれほど難しいことかは誰でもわかることだ。

「それでも咲乃たちに賭けると決めた。そうでしょう?」

 傍らに立つ真奈が復元の能力によって復元した巨大なライフルを手に笑っていた。

「ああ、もちろんだ」

 私は最大限に強がって笑みを浮かべてみせる。

 ここにいる全員が、同じように笑みを浮かべていた。

 内心恐ろしくて、怖くし、逃げ出したい者がほとんどだろう。

 しかし、彼らは自分たちがどれほど旅人たちに助けられてきたかを知っている。

 一方的に、頼ってきたかも。

 彼らをこちらの世界の事情に巻き込み、あまつさえ元の世界に帰れないという状態にまで追い込んでしまった。

 彼らは、元の世界に帰るべきなのだ。

 譲原君が、私たちを見て初めて、面白くなさそうに眉を下げた。

「不快ですね。だったらその可能性、すぐに摘み取ってあげますよ」

 譲原君がすっと手を上げた。


「この世界は、僕たちがもらいます。あなたたち下等生物をのさばらせるなんて、もったいないですから」


 譲原君が手を振り下ろすと同時に、一斉に攻撃が放たれた。


    Θ    Θ    Θ


「いやいや、兄妹愛というのは美しいね。こんなところまでたった一人の妹のために助けに来るとは」

 魔人たちの先頭に立つ巨大な肉体を持つ魔人が歪んだ笑みを浮かべた。

 能力によって創り出されたと炎の篝火が周囲に浮いており、周囲を明るく照らし出していた。

 この明るさがあれば、魔物も十分とは言えないが戦うことは可能だろう。

「ましてやここは俺たちの本拠地。直接乗り込んでくるなんて、バカとしかいいようがないようなァ」

 自分たちの言ったことが面白くて、魔人たちがゲラゲラと下卑た笑いを浮かべる。

 俺は雫を背後に隠しながら、ゆっくりと前に進み出た。

「世の中バカでないとできないこともあるからな。やっぱり害虫を駆除するには、鈍くないといけないだよ。あははっ」

 へらへらとした笑いを返してやる。

 魔人たちの目に怒りに体を震わせた。

「……まあ、いいぜ。その女をトラップだらけの外に引き釣り出してくれた。最初は油断しちまったからな。今度はトラップなんて仕掛ける間もなく力を封じてやるぜ」

「できるもんならやってみろよ屑どもが。たかだかこれだけの人数で、俺を抑えられると思ってるのか?」

 先ほどまで笑っていた魔人たちの表情から一斉に笑みが消えた。

 普通なら、これだけの人数相手に何をバカなと思うところだろう。

 こいつらは今、一つの事実に疑問を抱いているのだ。

 そして、同時に恐れている。

 だから無理にでも笑っていたのだ。

「……お前たち二人をぶっ飛ばす前に、一つ聞きたいことがある」

 リーダー格の魔人が、こちらに向けて言葉を発した。

 先ほど俺が放った言葉に対して、違和感を覚えているのだ。

 初めからわかっていたのだろうが、それが会話をしていく中でわかると思っていたのだ。

 しかし、俺の口から出た言葉はその疑問を裏付けする形になってしまった。

「なんだ?」

 俺が笑みを浮かべながら聞き返す。

 魔人は眉をひそめながら、今胸に抱いている疑問を口にした。


「――お前の仲間が見当たらないようだが、一体どこに隠れている?」


    Θ    Θ    Θ


 譲原君が手を振り下ろすと同時に、一斉に攻撃が始まった。

 放たれた先制攻撃。

 それは私たちが仕掛けたものではない。

 だが、魔人たちでもなかった。

 二つの勢力の意識の外からその攻撃はやってきた。

 魔族たちが集まる中心に、遙か空から流星のごとく小さな何かが落下した。

 直後、小さな影が突き出した拳が、地面を撃つ。

 その衝撃は想像を絶する威力をもたらした。

 拳が撃った場所を中心に爆ぜる。

 アスファルトが粉々に砕け、その下の大地をも隆起させて粉砕する。

 さながら隕石が落ちたような衝撃だった。

 大地を穿った少年の放ったたった一撃の拳が、大通りにいた魔人と魔物を吹き飛ばした。

 衝撃で吹き飛び、体が浮いて無防備にさらされる。

 続いて。大通りの上空に、巨大な獣たちが一斉に解き放たれた。

 莫大な質量が魔人たちの上に創り出され、魔人たちは対応したものの連れていた魔物たちは一斉に駆られ始めた。

 オオカミやライオン、ホワイトタイガーやキツネ、ゾウやカバなど通常サイズでも恐ろしい獣たちの巨大サイズが魔物たちを襲っていく。

 混乱する魔人を噛み砕き、踏みつぶし、異形な姿を持つ魔物はのど元や胸などの急所を的確に潰していく。

 しかし、魔人たちも馬鹿ではない。

 攻撃をされたと判断をするとすぐに体勢を立て直し始めた。

 地面に着地し、建物や魔物を足場に攻撃を受けたことを認識する。

 だがそれさえ、彼女たちは許さない。

 自然に発生したとは思えない不可解な風が大通りに流れ込んだ。

 初めはそよ風程度のものだった。

 しかし、唐突にそれは立つことさえ困難なほどの暴風へと変化する。

 さらに身動きを封じられた魔人や魔物に、容赦なく少年や獣たちが襲いかかっていく。 私は、呆気にとられた。

 信じられなかった。

 いや、有り得ないはずだ。

 彼らは私たちが送り出したのだ。

 この戦いに巻き込まないよう、彼ら彼女らにとって最善になるようにした。

「それなのに、なぜここに……」

 心の中に生まれた疑問が口に出ていた。

 真奈も、そして全てを了承した仲間たちも、同じ気持ちだった。

 そんな私たちの前に、風とともに一人の少女が降り立った。

「咲乃……ッ」

 現れた少女に、驚いて真奈が呟く。

 赤いヘッドホンを耳に当てた少女は、体全体に純白の風を纏いながらこちらを振り返った。

「私たちも戦いますよ。烏丸さん、真奈さん」

 咲乃君は眼前で凄絶な戦いが繰り広げられているにも関わらず、微笑みを称えて私たちに声を掛ける。

「水くさいじゃないですか。これまで一緒に戦ってきたのに、自分たちだけで戦おうなんて」

 少し照れたような笑いを浮かべながら、咲乃君は言う。

「って、蓮司君が言ってくれって言ってました。たぶん、俺たちが雫を助けるために、烏丸さんたちは一人で戦おうとするからって。ここまで蓮司君の予想通りだったとは、思いませんでしけど」

「れ、蓮司君が……?」

「ええ、今まで烏丸さんが話していた内容は全て、私たちだけになった段階で蓮司君から聞かされていました。これまでのことから考えると、譲原さんが裏切り者としか考えられず、攻めてくるならこのタイミングしかありえないと」

 私は現在のタイミングという言葉に目を見開いた。

「ち、ちょっと待ってくれっ。でも譲原君は砦が攻められた段階でここに現れたと言っていた。君たちがここにいるなら、砦に攻撃を仕掛けたのは、一体……ッ!」

 私は気づいた。

 この場に、彼だけ、いない。

「ま、まさか、彼は――!」

 私の考えを、咲乃君が真剣な表情で首肯した。


「はい。蓮司君は、今たった一人で雫ちゃんを助けに行っています」

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