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 クマのぬいぐるみを抱えた音夢が最上階へとやってきた。

「おはよう」

 そんな挨拶を一つ残し、音夢は自分の定位置であるソファに倒れ込んだ。

 そして大きなあくびを一つ漏らして、眠そうに横になる。

 この世界では過眠症ではないなんて言っているが、とてもそんな風には見えない。

 もう体が癖のようになっているのだと思う。

「さて、今日はどうするの?」

 旅人が全員集まったところで、夕樹が口を開いた。

「僕たち結構魔人の砦に近いところまでは行っていると思うんだけど、まだ攻め込まないの?」

 ただ単純に戦闘狂である夕樹は、戦いたくて仕方なさそうだった。

 そんな目を光らせて言葉を待つ夕樹に、咲乃は苦笑していた。

「そうだね。また真奈さんたちと相談してからになるだろうけど、そろそろこっちから攻撃を仕掛けるしかないかなとは思うよ」

 あまり気が進まなそうに咲乃が言った。

 砦の位置は掴んでいるのだ。

 俺が捕まえた魔人が言っていた場所に、あることは間違いないらしい。

 ここ最近、ミナトへの魔物の攻撃が頻繁化している。

 それも、加護内まで平気で近づいてくるのだ。

 これまでの魔物は、加護の範囲まで近づくことこそあれど、侵入してくることは滅多になかった。

 だからこそ、ミナトは俺たちが帰還できる範囲、加護の範囲内で生存することができていたのだ。

 烏丸さんの考えでは、魔物が存在を歪めて作られた存在のため、加護、つまりは次元の穴に近づきたくなかったのかもしれないと言っていた。

 不安定な存在出あるが故に、次元の穴に近づけば魔物の体がどうなるかはわからないという。

 それが最近、頻繁にミナトに近づいてきている。

 おそらくは、何かがあったのだろうが、一つわかっていることは、その魔物は魔人の砦からやってきているということ。

 だから砦を潰せば、とりあえずは魔物はやってこなくなるのではないかとのことだ。

 無論、魔人の砦が一つである保証はどこにもない。

 その辺りはまだよくわかっていないのだ。

 この世界がこんなことになってから、他の都市との連絡を取ることは困難になっている。

 電話やインターネットという、回線を使う機会はほぼ使えない。

 唯一生きている衛星回線が使えるくらいだ。それも役に立つことは少ないという。

 だから他の魔人がどうなっているかはわからない。

 しかしミナトに攻めてくる魔物がやってきているのは、南にある砦からやってきているのは間違いない。

 潰すというのはそれだけでミナトの危険を減らすことができる。

 雫を助けるという意味合いでも、絶対にあの砦を落とす必要がある。

 ただ、俺たちのもくろみとしては、砦まで近づくというアクションをこちらが行うことにより、砦側で何か動きがあると思っていたのだ。

 だから何も起きなかったことが、予想外だった。

 相手も自分たちの仲間が捕まり、情報がもれたという可能性には気づいているはずだ。 その上で、何もしてこない。

 それが返って不気味なのだ。

 俺は何度も砦に攻め込むことを咲乃に提案してきたが、相手の動きがわからない内に下手に攻め込むことはできないと止められている。

 しかし、それに耐えるのもそろそろ限界だった。

 もう、雫がこの世界に閉じ込められて一ヶ月以上経過している。

 早くどうにかしなければいけないのに、どうにもできない。

 もどかしかった。

 だからひたすら力をつけた。

 夕樹たちと戦い、魔物たちと戦った。

 いつ戦闘になっても大丈夫だ。

 だからいつでも、そのときが来ればいいと、思っていた。



 そして、それは起こった。



「……ん? 火事?」

 ソファに横になっていた音夢が体を起こして言った。

 音夢の視線の先、窓の外に目を向けると、確かに離れたところに黒い煙が上がっていた。

 しかし、すぐにおかしいと気づく。

 上がっている煙が一つではない。

「これ……!」

 咲乃が驚いたように窓に駆け寄り、力任せに開け放った。

 同時に、これまで聞こえなかった音が聞こえてきた。

 爆発音や何かが壊れるような音がいくつも響いている。

 明らかに様子がおかしい。

 それに気付いたと同時に、部屋の扉が開け放たれた。

「緊急事態よ!」

 息を切らせて入ってきたのは姫神さんだ。

 余程急いできたのか額に大粒の汗を浮かべ、いつもは綺麗な金色の髪がぼさぼさになっていた。

「市内に巨人型の魔物が出て暴れ回っているわ」

 魔物が、街に?

 頭に疑問が浮かぶと、再び何かの爆発が起きて煙と炎が上がった。

「魔物って、どこからそんなのが現れたんですか!?」

 咲乃が悲鳴にも似た声を上げる。

 姫神さんは息を整えながら首を振り、視線を僅かに逸らした。

「……現在確認中よ。一つ言えることは、魔物はミナト中心付近で暴れ回っていること。被害者は今も出続けているわ」

 ミナトの中心というのは、つまり加護の中心を意味する。

 これまで魔物は加護の中心部どころか、加護内に侵入してくることはほとんどなかった。

 それは異常事態以外の何物でもない。

「烏丸さんからの指示よ。すぐに魔物の殲滅に向かって。すぐに迎えるのはあなたたちだけよ」

 ミナトにおいても異能者は俺たち以外にも相当数いる。

 しかしミナト中心に魔物が直接攻め入ることなど、本来有り得ないため戦闘力を持った異能者本隊はミナト外縁に集中している。

 だから必然的に市内は手薄になるのだ。

「わかりました! すぐに出ます!」

 咲乃は言うが早く、俺たちの方を振り返った。

「皆、魔物は結構な数が散らばっているみたいだから、散らばって戦うよ。各個撃破でお願い」

「任せて」

「言われなくとも」

 音夢と夕樹もすぐに準備を始める。

 音夢は近くに置いていたぬいぐるみが詰め込まれた鞄を手にし、夕樹はパワーリストの確認を行っている。

 対して、俺は窓の外の煙に視線を向けたまま考え事をしていた。

「蓮司君、大丈夫? どうかした?」

「あ、いや……」

 物思いにふけっていた俺は我に返り、首に掛けたペンダントに触れる。

 戦う準備などいつでも出来ている。

 しかし、問題は……。

 俺は姫神さんに視線を向けた。

 姫神さんは俺と目が合ったが、すぐに逸らされた。

 その目には焦りや動揺が揺れ動いていた。

 ……今は、考えても仕方ないか。

「いつでも行けるぞ」

「お願いね。わかっていると思うけど、加護内は常に護符で帰還できる。危なくなったらいつでも帰還してね。さすがに、ここで捕まっても加護の外に連れて行かれることはないと思うけど」

「ああ、大丈夫だよ」

 咲乃は頷くと、視線を窓の外の戦火に向けた。

「じゃあ、皆行くよ!」


 全員で街の東西南北に広がった。

 空を飛んで移動できる咲乃は、屋敷から一番遠い北側に向かい、次に遠い西には夕樹が向かった。最も巨人型の魔物が多く確認されている場所に、何体ものぬいぐるみを操ることが出来る音夢が行った。

 そして、四人の中で一番旅人歴の短く、土地勘のない俺が屋敷がある付近の南側を担当した。

 屋敷を飛びだした俺は、建造物の上を掛けながら煙が上がっている場所を目指して走っていく。

 周囲には悲鳴と怒号が飛び交っており、突然の事態に街の人たちも慌てているようだ。

 魔物が跋扈するこの世界であっても、この街はこれまで魔物の被害を受けていない。

 それは魔物がほとんど加護内に侵入してこないからだ。

 隔絶されていた危険だったがために、一度の脅威で浮き足立ってしまっている。

 元々、ミナトは魔物が来ない場所に作られた人為的な人口密集地。

 急がなければ被害は増える一方だ。

 五つの民家を飛び越えて三階建てのビルに飛び移ると、巨人型の魔物が頭を覗かせた。

 俺が立っているビルを越える高さに頭があり、民家に向かって拳を振り下ろした。

 巨大な拳によって民家はただの一撃で粉砕される。

 その巨人に向かって、電気が迸る槍がいくつも飛来した。

 体中に電撃の槍が突き刺さり、巨人の体中に高電圧が流れる。

 放ったのは、巨人から離れたところにいる三十歳くらいの男性だ。

 この街の異能者で、何度か魔物と戦っている姿を見たことがある。

 しかし、あの人の力はそれほど強くない。

 巨人は体中を電圧に焼かれたが、大きな体にはそこまでのダメージにはなっていない。

 あの人は電撃という応用の範囲がとても広い能力なのだが、その力だけで魔物を仕留めるには十分ではないちからなのだ。

 だから基本的に仲間の補助としての役割が大きかった。

 巨人の視線がその男性に向く。

「くっ!」

 再び電撃が放たれる。

 高電圧が巨人の体中に流れるが、構わず巨人は走り出した。

 数十メートルあった距離を圧倒的な歩幅で一気に詰められる。

 そして、逃げ出そうとした男性に拳を突き出した。

 男性は逃げだそうとするが巨人のリーチには意味をなさない。

 巨人の拳が男性を射止める軌道で放たれる。

 だが当たる直前に、その場に乱入した俺は男性を抱えて大きく飛び退いた。

 巨人の拳は誰もない地面を捉え、クレーターを創り出した。

「大丈夫ですか?」

「あ、ああ。君は、旅人の……」

「はい。篠崎って言います。ここは俺がやりますので、あなたは避難をお願いできますか?」

「……わかった。任せてくれ」

 男性はすぐに建物の隙間を縫って移動を始めた。

 俺は男性の方に目が行かないように、巨人の前に姿をさらす。

 体全体が赤くはれ上がったような巨躯を持つ魔物だ。

 初めて見るタイプだが、明らかに普通の生き物ではない発生方法をした異性物だ。

 不意に、巨人の赤い拳に目が留まった。

 しかし、その拳は体色の赤さとは別の、何か赤い液体で濡れていた。

 そして、周囲の光景に気付く。

 俺と巨人の周りには、既に避難する人は残っていない。

 ただ、避難をすることができない、する必要がない人間は、数多くいた。

 もう人と区別がつかないほど体を損壊させた肉塊や、助かっている可能性が欠片も残っていないほどの遺体が周囲に散乱している。

 その光景に、ふつふつと怒りがわき上がってきた。

 これほどの遺体があると言うことは、この人たちは逃げる暇もなく殺されたことになる。

 大人も子どももお年寄りでさえ、関係なく殺されている。

「くそったれが……っ」

 刃渡り三メートルほどの刀を生み出す。

 魔物を斬り殺すのに、一メートル程度の刀では致命傷にはなりにくい。

 だからこその長物だ。

「一撃で、終わらせてやる」

 巨人が両腕を頭上で組み、力の限り振り下ろした。

 大きく横に飛び退く。

 巨人の拳が地面を抉り取った。

 俺は飛び退いた勢いを利用し、脇にあったビルの壁面を蹴り飛ばして跳躍する。

 巨人の背後を通り過ぎながら大木のように太い首を斬り飛ばした。

 首がボールのように宙を舞い、路上に落ちて転がっていく。

 事切れた体は、ゆっくりと地面に倒れた。

 そして、巨人の体は世界から拒絶されるようにゆっくりと灰へと変わっていった。

 風に流され、周囲に灰が幻想的に舞い上がる。

 ここだけでも、数え切れない人間が死んでいる。

 これも全て、魔族の連中がやったことだ。

 それだけは、わかる。

 俺は次の魔物を狩るために、建物を飛び越えて戦火に向かっていく。

 現れた魔物を次々と屠っていく。

 巨人は大きくパワーはあるが、その分動きと小回りが悪い。

 対して俺は小回りがきき、身体能力も常人を遙かに凌駕しているので劣ることはない。

 高質化の神石を使った刀であれば、巨人の体も易々と斬り裂くことができる。

 さらに、建物に囲まれた場所で、巨人はただでさえ動ける範囲が狭い。

 倒していくことはそれほど難しくはない。

 避難はほとんど終えている。

 魔物が現れた付近にはすでに人はいないため、存分に叩くことができる。

「ハァ……ハァ……」

 息が乱れるが、それもすぐに収まっていく。

 他の場所も徐々に戦闘が終わり始めているようだ。

 外縁にいた主力部隊も市街地に戻ってきており、徐々に制圧されていっている。

 それでも、現段階で既に甚大な被害が出てしまっている。

 数え切れない人間が死んでいた。至る所で死亡者が目に付く。

 まだ助かる命も多くあるが、巨人が一般人を殺すことなど赤子の手をひねるくらい簡単なことだ。

「篠崎君!」

 巨人を殺して次の場所に向かおうとすると、突然呼び止められた。

 建物の間から姿を見せたのは、息を乱したスーツ姿の男性だった。

 その男性は、牢の看守を任されている人だ。

「羽川さん、無事でしたか」

 誰が死んで誰が生きているかもわからない状況だ。

 この世界で顔を知っている数少ない知人が生きていたことに、俺は安堵を漏らした。

「ああ、今日は休みをもらっていたんだが、こんな事態になったんで市役所に呼ばれているんだ。私の力だけでは市役所まで行けなくてね。できれば付き添ってもらいたいんだが」

 牢の看守に勤めているだけあって、羽川さんも異能者だ。

 その力はいわゆる念動力だ。物を動かしたり飛ばしたりすることができる。

 しかしその力は魔物を直接持ち上げるようなとんでもない力ではないし、物をぶつける程度で巨人の魔物は倒すことができない。

 対人では相当便利な能力であるので看守という立場を任されているが、俺たちのように対魔物では戦力にはなりにくいのだ。

「構いませんよ。ここの魔物はあらかた片付けましたので、お送りします」

 幸いここから市役所まではそれほどの距離はない。

 急げば数分でたどり着けるはずだ。

 市役所までの道には、おそらくもう巨人は残っていないはずなので、危険も少ないはずだ。

 羽川さんはほっとしたように胸に手を当てた。

「助かったよ。一人だとどれだけ時間がかかるか――」

 突然、羽川さんの言葉が途切れる。

 市役所の方向に視線を向けていた俺は、首を傾げながら羽川さんに視線を戻した。

 言葉を失った。

 先ほどまでスーツ姿でそこに立っていた羽川さんの全身が、黒い何かによって埋め尽くされていた。

 頭部までもその黒い何かに覆われてしまっている羽川さんは、必至に何かを言おうと、逃れようと体を動かしているが、全く払うことができずに飲み込まれていく。

 その黒い何かを、俺は見たことがあった。

 飲み込まれた人が、どうなってしまうのかも……。

「うおおおおおおおおおおおおっ!」

 全てを闇に包まれると、羽川さんであったものは、地の底まで響くようなうなり声を発した。

 それを最後に、羽川さんという存在は、この世界から、消え去った。

 人の形をしていた闇は、漆黒の球形へと姿を変える。

 そして、闇が弾けた。

 元々あった質量以上の物へと膨れ上がっていき、巨大な人型へと姿を変えた。

 その中から現れたのは、赤黒い体表を持った異性物。


 その姿は、先ほどまで俺が倒してきた巨人と魔物と、瓜二つだった。


 腹の中から込み上げてくる不快感と、腸が煮えくりかえるほどの怒り。

「ふざけんなよ……」

 嫌な予感ほど、よく当たる物だとつくづく思う。

 初めて聞いたときから、なんとなく予想はしていたのだ。

 そして、どうしよもうないことも。

 かつて、羽川さんだった魔物は俺へと目を向けた。

 生気のこもってない、人形のような黒い瞳が向けられる。

 人間だった面影も、羽川さんだった名残も、ほとんど残っていない。

 残ってるとすればそれは……。

 不意に、巨人の周囲にあった物がゆっくりと持ち上がった。

 車や鉢植えや岩など、周囲に散らばっていた物だ。

 それらが、見えない力に一斉に放たれる。

 眼前に立っていた俺に向かって、羽川さんの異能、念動力によって。

 飛び交う大質量に手を伸ばす。

 地面から巨大な結晶が壁となって現れ、飛来した物を遮った。

 衝撃を寄せ付けないことを性質に作った神石の壁は、衝突した力を全て飛来した物に返し、それ自体を破壊する。

 そして、その壁を巨人目がけて倒した。

 わかっていたことだ。

 もし、俺の予想が当たっていたのなら。

 巨人は壁を受け止めようと両手を掲げる。

 だが、壁が巨人の手に触れるより先に、俺は意図して神石を消滅させた。

 巨人の手は何にも触れることなく空を切り、動きを止めた。

 その壁を目くらましにして飛び出し、十メートル近くの大太刀を形成する。

「すいません――羽川さん――」

 一度魔物化した生物は、元に戻ることはない。

 羽川さんは、もう手遅れなのだ。

 だから、烏丸さんも、姫神さんも、何も言わなかったのだ。

「ごめんなさい――」

 もう一度謝罪を残し、俺は隙だらけになった巨人の体を――

 頭上から股に掛けて真っ二つに斬り裂いた。

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