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「あの、葉月くん。ちょっと話があるんだけど一緒に来てもらってもいいかな?」


 臨海教室の日を目前に控えたある日の放課後、帰り支度をしていた洸に声がかかった。その声に顔をあげて相手を見る。

 少し見覚えのあるパッと見キツメな印象を受ける感じのスレンダーな美人系の彼女は、念入りに整えただろう毛先をくるりと巻いた長めの髪を軽く後ろに払いながら笑顔で洸を見つめている。

 

「……うん、わかった」


 もうすでに話の内容は見当がついているけど直接言いに来てくれた彼女の勇気をないがしろにできるはずもない。

 手早く帰り支度を終えてすでに人がいなくなっている隣の教室へ移動した。

 洸が教壇に鞄を置いたところで彼女は口を開いた。


「もう何言われるかわかってるとは思うけど……。私、葉月くんのことが好きなの」


 真っ直ぐに洸を見つめながら、少しそのほっそりとした頬を赤くしている。


「葉月くんが、他の人を好きなのは知ってる。でも、私もこの気持ちは譲れないの。葉月くんの中の澤田さんの存在より大きくなってみせるから、私と付き合ってほしいの」


 驚いて目を見開いている洸を見て、少し意地悪そうな目つきで笑っている。

 っていうか、この子の名前なんだっけ。


「ふふ、一見何でもそつなくクールにこなしそうなのにホントわかりやすいよね。私、波多野愛美マナミ。ちなみに、澤田さんと同じくこのクラスよ。よろしくね」


 隣のクラスなのに全然気づかないオレって……と軽くへこみつつも真剣に言ってくれた相手へきちんと伝えないといけない、と真っ直ぐに愛美の目を見て口を開く。


「ありがとう。気持ちはとても嬉しいよ。でも、お分かりの通りオレは……絶対にみゆ以上に誰かを好きになることはないよ。

 オレにとってみゆが全てで、みゆ以外は欲しいと思えないんだ。ごめん、でもこれが正直な気持ち。

 どんなに波多野さんが頑張ってくれたとしても、無理なんだ。だから、こんなオレのこと思い続けないで諦めて欲しい」


 傷つけてしまうだろう。こんなひどいことを言って。でも、これが正直な気持ち。中途半端な返事をして、相手に変な期待を持たせるのは逆に失礼だと思っているからこそいつもこうして思いを告げている。

 もし、万が一こういうことを知った時にみゆが不安になるのが一番怖いから。結局は洸は、みゆのことが中心で回っていた。


「……っ!でも、わからないじゃない。気持ちはいつか変わるかもしれないでしょう?澤田さんだって他の誰かと付き合うかもしれないし!私はっ」

「ごめん、じゃあキミに誓うよ。オレの気持ちは絶対に変わらない。もし変わったならその時は殺してくれたっていいよ」


 その勝気な瞳にみるみる溢れてくる涙をみながら、心の中で謝る。

 傷つけてごめん。

 でも、オレは慰められない。期待させるような行為はできないんだ。今までにも何度かあった。優しい王子様だと思っている相手に優しさを返すと自分は特別になれるんだと思われてしまう。

 想う人がいるとわかるとその相手を恨んだり。でも、オレがきっぱりと態度を変えなければそれがオレの本性だと諦めてくれるから。


「本当にごめん。オレにはその涙を拭くこともできない。自分勝手だってわかってるけどキミのその想いと同じでオレはみゆのことを……」

「もう!!わかった!これ以上葉月くんの口から澤田さんの名前を聞きたくない」


 唇を噛んで俯いた愛美をただ黙って見つめる。

 1分?2分?


 長く感じた沈黙を打ち破るように愛美がその顔を上げて、キッと洸を睨む。


「絶対、後悔させてみせるから。私を振ったこと」


 そう吐き捨ててバタバタと走り去っていく愛美を見送って、ふぅ、と溜息をつく。

 後味のいいものじゃない。この顔を気に入ってくれる人が多いのはありがたいことなのだろうけど、だからって軽く誰かに気持ちを返せるわけでもない。

 

 カタン、と音を立てて椅子を引き、机に顔を埋める。

 ストーカーだな、まるで。ここ、みゆの席。

 こんな風に誰かを傷つけたとしても、やっぱり欲しいのはみゆだけ。

 目の前で誰かが泣いても、浮かんでくるのはみゆの顔。


 みゆ。みゆ。

 

 こんな時は無性に会いたくなる。

 自分でもおかしいってわかっている。

 みゆが、恋しくてたまらない……。



 

*****


 そして迎えた臨海教室。

 学校から2時間くらい離れた川のある場所で2泊。

 1日はバンガロー体験、1日はテント体験という自然いっぱいの行事である。


 洸は、明らかにウキウキドキドキしていた。

 事前に行う話し合いで、みゆも参加したりということもあったため、みゆとの初めてのお泊り(妄想)への期待で胸がはちきれそうだ。

 付添いの教師の中に、由貴(心の兄貴)という強い味方がいることも楽しみを増幅させていた。


 そして、快晴。


「うわぁぁぁ、見ろよタカ!あそこに天使がいる」


 初日は川遊び。うっとりとした表情でみゆを見つめる洸を、鷹士は軽く引いた状態だった。


「なぁ、コウ。お前一歩間違えたらただの変態だぞ」

「いいんだ、変態バンザイ。みゆ……犯罪級の可愛さだ……はっ!あっ、タカ!やっぱりお前はみゆを見るな!!汚れる!!」

「……お前と友達やめようかな……」

「ははっ、冗談だよ」


 絶対、本気だったろう!!

 

 お互い本音がダダ漏れていた。


 ……あれ?なんか、みゆの笑顔に元気がなくねぇ?


 水際で友達と笑いながら楽しんでいるみゆを見ながら感じた違和感。

 疑問に思いつつもまだみゆに見惚れ続けている。


 キラキラ、キラキラ。


 陽の光が水に反射して眩しくて。

 入学した頃よりも伸びた髪。大人びてきた顔。

 みゆの全てが、誘う。


 触りたい。


 洸は一人、ぐっと拳を強く握りしめた。


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