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私立立花高校には王子様がいるという話題は、その春の入学式を終えた1週間後には近隣の高校でもすぐに話題になった。
入学式で多くの女子生徒たちの注目を集めたその人は、新入生でありながら在校生である上級生よりも大人びた雰囲気の少年だった。
葉月洸。
身長は175を超えていて、すらりとした体型だがスポーツもどんな種目もそつなくこなすその身体は俗にいう細マッチョ。
サラサラの明るい茶髪に、同じく明るめの茶色い瞳。
厚すぎず、薄すぎない蠱惑的な唇。
男子にも女子にも分け隔てなく優しい対応をする彼だが、数日おきにある彼への告白にはまだ一度も受けることなく全て断っていた。
曰く、「ごめんね、好きな人がいるんだ。今は片思いだけど彼女しか恋愛対象に見れない」と。
こんな王子様な彼が片思いなんて!と誰もが嘘だと疑ったが、本人曰くまだ告白もできずにいるらしい。
頬を少し赤く染めながらその相手を思うはにかむ笑顔に、玉砕した子もまた周りにいる子も同じように頬を染める。
羨ましすぎる、その相手!
そんな彼が実は、プチストーカーまがいの行動をしていることを知っているのは2名だけ。
その1人である洸の友人である柔道部の主将でもしていそうな風貌の松本鷹士は、こよなく自然を愛する園芸部所属というこれまた周囲の度肝を抜くギャップぶりを披露する男だった。
洸とは、小学校3年の時に同じクラスになった時にふとしたことがきっかけで仲良くなったのだが、その詳細は鷹士の一存で一切外部に語られていない。
「別に話すほどの美談どころか超くだらなすぎて説明する気になれないって!」
(鷹士談)
洸が入学してすでに3か月ほどが経過して、もう少しすると夏休みに入るということもあり、また告白率が増えてき始めた。
夏休み前に、ぜひ恋人に!
ただ、そう思うのは肉食女子だけではない。
温厚な王子様の仮面を被った彼も、そろそろ動く準備を脳内で始めていた。
彼の想う人はただ一人。
澤田みゆ。
入学式の桜の舞い散る中、他の男に一途な熱い視線を送っていた彼女。
その相手の笑顔を見た瞬間に見開かれた大きな瞳。少しぽってりしたピンクの唇。同じくピンクに染まった頬。
あまり高くない身長で、新品の制服が大きく感じるくらいの華奢な身体。
……あの小さな体をぎゅっと抱きしめて、全部食べちゃいてぇ。
爽やかな笑顔の裏で、下心が疼く。
その熱い視線を自分に欲しい。その笑顔を自分だけに欲しい。心も体も全部オレのものにしたい、と。
みゆの軽くウェーブがかった髪が風で揺れる。
……撫でたい。わしゃわしゃかきまぜたい。可愛すぎる、あの子。絶対オレのものにしたい。つか、オレのものにする。あの子……名前なんだろう。
それは、洸本人すら知らなかった本能を揺さぶるほどの一目惚れ。
*****
「おい、タカ!今日もどうせ放課後暇なんだろ?ちょっと付き合えよ」
「ええー、また?コウってホント残念なプチストーカー王子様だよな。女子達に知らせてやりたいよ」
上から目線で呼んだ友人に痛い人扱いの返事をされ、ムッとした顔になる洸。
その視線の先にいる人付き合いのよさそうなちょっと老け顔だけど天然ワンコ系少年(洸談)、松本鷹士は心底嫌そうな表情で洸を見ていた。
特に、鷹士が洸を嫌いなわけではない。
ただ、ここ最近放課後のお誘いが実は苦痛で仕方なかったのだ。
スレンダーでありながら優しい雰囲気の王子と呼ばれる洸と一緒にいる、どちらかというとわりとがっちりとした体格で一度も染めたことのない黒髪、ファンタジー小説などでは騎士などで登場しそうな自分がファンシーな店内で王子様と一緒にお茶をするという時間が何かの罰ゲームのように居心地が悪い。
「そう言うなって。またさ、みゆが友達と寄り道して帰るって言うからさ」
と、照れたように笑いながら言う洸を見て、軽い眩暈を覚えた鷹士。
この会話で出てくるみゆ、という少女は隣のクラスにいる何というか……言い方は悪いかもしれないが普通の可愛らしい女の子だ。
……みゆ、って本人にそんな風に呼んだこともないくせに。彼女からいかにも聞いたように聞こえるけどただ単にうちのクラスにいる友達と教室で喋ってるのを近くで聞いてこっそり同じ店に行ってこっそり近くに座るのが楽しみだなんて。
同学年どころか高校入学して3か月で学年おかまいなしに告白されまくってる爽やか王子様の残念なプチストーカー行動に付き合わされてる俺ってどうなんだよ。
はぁ、とがっくりうなだれている鷹士を気にすることなく洸は帰り支度を始めていた。
なんだかんだ言いつつも付き合ってくれる鷹士と共に慣れたようにみゆの近くの席を案内してもらって相手にばれないように、でもがっつりとうっとりとみゆを見つめながら洸はアイスコーヒーを飲んでいた。
……ホント、可愛くてたまんねぇ。みゆ、マジで天使。その笑顔、友達なんかじゃなくてオレに向けて欲しい。
「……俺はお前のそんなしまりのないニヤケ顔を澤田に知らせたいよ。恋が成就する前にドン引きされること間違いなしだぞ」
洸の欲望ダダ漏れの表情にドン引きしながら呆れたように鷹士が言うと、ふと洸は鷹士を見つめる。
同じ男なのに、この至近距離で見つめられるとただの友人なのにちょっとドキッとしてしまうくらいに整った顔。
そんな鷹士の微妙に緊張した気持ちも知らずに少し頬を染めたまま綺麗にふっと笑う。
「あぁ、みゆは今日もミルクたっぷりのミルクティーだよ。オレはあのミルクティーに差し込まれたストローになりたい」
「……思考が犯罪者レベルだよ、コウ」
低く、鋭い鷹士のツッコミにも返すことなく洸は友人と話に夢中になっているみゆに釘付けになっていた。
そんなことになっているとは、熱視線を送られている澤田みゆはこれっぽっちも気づいていなかった。
肩に届くくらいのふんわりした少し茶色がかった髪が店内の空調で軽く揺れている。
少し興奮気味に話す今日の話題も、みゆが中学時代から憧れていて迷わず同じ高校を追ってくることにしたサッカー部の1つ上の学年の先輩のこと。
学校で見かけることができると嬉しくてついつい同じ中学を出て今一番仲の良い女友達に話を聞いてもらいたくて放課後お茶に付き合ってもらっている。
「ホント、今日も先輩はかっこよかったなぁ。あ、カナ、そういえば夏休み遊ぼうって言ってたけど、一緒に海に行こうよ!プール好きな子多いけど、私海の方が好きなんだよね」
「うん、いいね!あれ?でもみゆって泳げたっけ?」
「もちろん!でも、浮き輪でプカプカ浮いてるのも気持ちいいよねー」
楽しそうにはしゃぐみゆ。
……うん、オレも海好き。つか、みゆが好き。
浮き輪じゃなくてオレにつかまってればいいのに。
「……おまわりさん、変態高校生がここにいます……」
「……あれ?声に出てた?」
「顔にモロ出てます……」
疲れた顔のオヤジ顔ワンコな鷹士が面白くてぶふっと吹き出す洸。
そんな表情にも、店内の数人の女性客、店員が頬を赤く染めているのを見て鷹士は世の中は理不尽だ、とちょっとやさぐれたのだった。
……サッカー部の爽やかな先輩。オレの永遠のライバルだ。
そんな敵対心を燃やしながらも洸は、みゆが友人との楽しい会話を終えて店を出るまで今日もみゆウォッチングを堪能して一日を終えた。