12
チクタク、チクタクと一定のリズムを刻む時計の音。
シュッシュ、とペンの走る音。
そして、消毒薬の匂い。
それらに包まれている洸。
・・・癒されてるなぁ、って、なんかじじくせぇ!
洸は心の中でノリ突っ込みしながらうとうとしていると、ブー、ブー、と枕が震えた。
正確には、枕元に置いた携帯が。
「誰だよ、安眠の邪魔しやがって」
思わず悪態をつきながら携帯を見ると、鷹士からのメールが。
『お前、今どこにいんの?こばちゃん(担任の小林、53歳おばさま)が、葉月くんと連絡取れないわぁって騒いでるけど?』
その瞬間、思わずベッドに正座してしまった洸。
やべ!担任に連絡すんのすっかり忘れてた!
慌てて返信を打とうとしているとシャッ!とカーテンが開き由貴が顔を出す。
「何を一人でブツブツ言ってるんだ?」
「あ、ユキちゃん!オレ、ここで休んでることこばちゃんに言うのすっかり忘れてた」
「やべ、俺も忘れてた」
あっ!という顔の由貴に、少々萌えながらも思わず二人で顔を見合わせて笑った。
そのあとすぐに由貴が職員室に内線で連絡をして、その間に洸も鷹士にサクッとメールを送った。
すると、すぐに保健室に鷹士が来た。
「うちの子がお世話になってます」
「おい」
「はい、ホントにお世話してます」
「えぇぇ、ユキちゃぁぁん!」
つれない由貴に甘えた声を出しつつ、洸は鷹士へチョップをお見舞いしていた。
と、ふっと洸の顔を正面から見た鷹士は一瞬でその笑顔を凍り付かせる。
「こ、コウ・・・お前寝てないのか?
もしかして、昨日あの後何かあったのか?」
思わず苦笑する洸。
「なにかあったかといえばあったかな。
そうそう、オレ今年のダンスパーティー参加しないから」
努めて明るく言ったのに。
鷹士の眉間の皺はどんどん深くなっていく。
「ちょっと聞いたんだけど、澤田があの先輩とダンス組んだってマジなのか?」
「あぁ、マジだよ。だから、オレは欠席」
「なんでだよ!出た方がいいって!もしかしたら踊れるかもしれないじゃないか、澤田とも」
そんな必死な鷹士を少し目を細めて見つめる洸。
鷹士。秘密にしていたが、今日はオレにその話題は禁止なんだ。
「ま、とりあえずそういうことだ。オレが出ないのは確定。
ンな目で睨むなよ。つまり、簡単に言うと」
「言うと?」
すぅっと空気を吸い込む。
「オレは、みゆ以外の女とダンスを踊るつもりはない。
みゆが、他の男と踊るところなんて見たくもない。
以上」
一息で言い切った瞬間、洸はぎゅうっと由貴と鷹士に抱きしめられていた。
「お前、ホント純粋な男なんだな。仕方ない、オレがお前を面倒見てやるよ」
「えっ、ユキちゃん、お願いしたくなっちゃうじゃん」
「俺、彼女いるけど彼女よりお前を守ってやるよ」
「いや、そこはフツーに彼女を守れよ」
そんなことを言いながら、冷え切っていた自分の気持ちが温かくなるのを感じて。
「ま、そんな冗談はこれくらいにしといて」
「え、ユキちゃん冗談だったの?!」
「俺は本気だ」
「いや、そこは冗談にしとけよ、タカ」
そんなことを話しながら。
ふと真顔になった由貴が口を開いた。
「詳しく聞いてないから知らないけど、向こうには向こうの言い分があるんじゃねぇの?」
その言葉にぴくん、と洸の身体が震える。
「あー、うん、なんとなくわかってるつもりなんだけどね。
ダンスのパートナーが決まっちゃったのは事実だし、オレが参加したくないのも事実で。
ぶっちゃけ、ダンパ終わるまでは今までみたいに過ごすのはちょっと無理かな」
諦めるわけじゃないんだけどね、と含ませつつふっと笑った洸の頭を由貴が優しく撫でる。
「そうか。なら、お前が思ったようにやってみるといいさ」
「・・・・・・」
そんな会話を深刻な表情で聞いている鷹士。
「タカ?」
はっとした表情で、慌てる鷹士。
「あ、いや、なんでもない。今日はずっとここにいるのか?」
「あぁ、この顔じゃ教室に行けそうもないからな」
「わかった、じゃあ俺は戻るよ」
そう言い残して、その体に似合わず素早く出て行った鷹士を、首を傾げながら見送った洸と由貴だけが保健室に残されていた。