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体育祭&学園祭、総合して華美祭と呼ばれる一大イベントが近づいてきて、生徒たちもみんな準備やダンスパーティーの相手への申し込みなどで日々忙しなくなってきている。
で。
「……えっと、誰だっけ?」
制服の裾を軽く掴みながら頬を赤らめる少女を見て、困惑の表情を浮かべる洸。
なんとなく、見覚えがあるような、ないような……と考えていると少女はぷぅっと頬を膨らませ、わざとらしく口を尖らせて潤んだ瞳で洸を睨みつけるようなそぶりをする。
……ちょっとうざい。
「コウくんの意地悪!あたし、マナミだよ」
あぁ、そういえばそんな名前だったな。すっかりわすれてたけど。っていうか、なんで勝手に名前呼んでるんだろう?
「……で?何の用?」
みゆ以外の女だというだけで自然と冷たさを含んだ声に少しだけ怯んだ波多野愛美。
「確か、波多野さんだったよね?オレ、これから用があるんだけど」
だからさっさとしてくれない?と含ませて。
「あのね、ダンスのパートナーになってもらいたいんだけど」
冷たい洸の視線にも負けることなく言い切る愛美に、冷たい視線を送る。
「ごめん、それは100パーセント無理だわ。他の相手探して」
「……っ!もう、申し込んで相手が決まってるの?」
「これから、申し込むから」
期待なんてさせてはいけないから、とその冷めた目線も愛美に合わせることもなく冷たく言い放つ。
なのに、彼女はめげない。
「だったら……!あたしが先に申し込んでるんだから受けてよ!」
そう言いながら洸の腕にしがみつく。瞬間、それを洸はパッと振り払った。
「悪いけど、アイツ以外のパートナーなんてありえないんだ」
そう言ってふと教室の入り口を見て
「っ、みゆ!」
視線の先に、目を見開いて傷ついたような表情のみゆを見つけて慌ててみゆの方へ行こうとする。だが、すかさずその腕を愛美も必死に掴む。
その姿を見て、みゆはくるりと方向を変え、一気に走り出した。
「くそっ、みゆ!……離してくれ!」
「コウくんっ!」
もう一度愛美の手を振りほどいて、悲鳴のような愛美の声にも振り向きもせずにみゆの去った方へ走り出す。
どこだっ!!
階段を下りて、角を曲がろうとしたときに少し離れた場所から「きゃっ」と小さな声が聞こえた。
みゆの声!
急いで曲がって、思わず立ち止まる。
視線の先に見えた、おそらくつまずいてバランスを崩したみゆと、そんなみゆと抱き止めている、男。
あの、みゆが憧れているサッカー部の。
……な、んであいつが!!
顔を真っ赤にしているみゆを見て、さらに苛立つ。
なんでそんな表情をそいつに見せてるんだよ!
お前も、そんなみゆを見て笑ってるんじゃねぇよ!
「ご、ごめんなさいっ!」
「ははっ、いいよ。大丈夫?」
……大丈夫だよ!見りゃわかるだろ!
「だ、大丈夫ですよ。センパイが支えてくれたから」
……もう大丈夫だから先輩を突き飛ばせよ!
「あ、そういえばみゆちゃんはダンスのパートナー決まってるの?」
は?
爽やかな笑顔で聞く先輩に、洸は衝撃のあまり口をあんぐりと開いた。
みゆは、ぶつかった恥ずかしさで真っ赤に染まった頬をそのままに、大きく目を見開く。
「え?……いえ、まだ決まってないですけど……」
その一言に、洸の心がざわつく。そこは、嘘でも決まっていると言ってほしかった。踊りたい人がいるのだと。
そんな洸の心など全く気付かないままにふわりとみゆに微笑む先輩。
……やめろ、言わないでくれ。みゆには、オレが……!
「じゃあさ、俺のパートナーになってくれない?オレの彼女他校だからさ。妹みたいなみゆちゃんとなら楽しいだろうし」
心臓が、ありえないくらいにバクバクいっている。
大丈夫。
だって、最近はキスしても拒むどころか受け入れてくれている……ような気がするし。
誰が見ても『バカップル』って言ってるし、そのこともみゆも満更でもない様子だし。
まだ言ってなかったけど、オレが誘うのも絶対にわかっているはずだから。
それなのに、こんなに嫌な予感がするのは。
……みゆ、なんでそんなに揺れている表情をしてるの。
みゆの視線が不安そうに辺りに泳いで。洸の視線と絡まる。
……息が、止まりそうだ。
驚いたような、傷ついたような……泣きそうな瞳で。見つめる洸も、言葉も出ない。
そして。先に視線を逸らしたのはみゆ。
しっかりと『センパイ』を見つめ、ふわっと微笑む。
「あまりダンス上手じゃないんですけど……よろしくお願いします」
心臓が、凍りつくのを感じた。