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賢者の孫  作者: 吉岡剛
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早く終わるようにお願いしました

みなさんに、あれだけご自愛をと心配していただいたのに、風邪をひいてしまいました。


鼻水と咳が止まらん……

「多発してた事件が起きなくなった?」

「ああ、急にな。一体あれはなんだったんだ?」


 最近の日課である、ビーン工房での魔道具開発をしていると、オーグが様子を見にやってきた。


 オーグは、俺がなにを作るのか気になってしょうがない様子で、こうやってしょっちゅう様子を見にくる。


 本当に信用されてないな、俺……。


 そして、今日も様子を見にきたのだが、その際に最近王都で頻発していた暴力事件が起きなくなったと報告してきた。


 先日のアリス達の……あれはなんて言うんだろう? 魔法少女と戦隊ものを合体させたようなのが現れた後くらいから、パッタリ起きなくなったらしい。


「まさか……アリス達の影響で犯罪が少なくなったとか?」

「さすがにそれはないだろ」


 そりゃそうか。


 アリス達があの格好で王都に現れたのは一回だけ。


 光学迷彩を起動して動き回ってたから、民衆の目に触れたのはほんの少ししかない。


 少し噂にはなったらしいけど、皆実態は知らないし、見たものもほとんどいない。


 そんなものが犯罪抑止力になるとは思えない。


「全く無くなった訳ではないがな、事件が増加する以前の件数に戻ったのだ」


 けど、実際に犯罪件数は減少したらしい。


「不安が募っていた訳じゃないのかな?」

「いや、それは確実にある。だが、今回の事件の増加とは無関係のようだな」


 現時点で、魔人領攻略作戦は終わっていない。


 目標であった魔人達は討伐したものの、魔人領にはいまだに魔物が多く蔓延っており、少しでも間引いておかないと、他の国と分割した後に治めることなどできない。


 そのための魔物掃討に作戦は移行してはいるが、終息していないのは事実。


 それに、各国を襲撃した魔人は討伐したが、旧帝都には魔人の首魁であるシュトロームはまだ健在だし、魔人も沢山残っている。


 不安になるなというのは無理な注文だろう。


 だから、今回の事件増加はそのストレスがたまったせいで起こったのではないかと推測したんだけど……。


「なんだったんだろうな……」

「さあな。さっぱり分からん……というかシン。お前、さっきからなにを作っているんだ?」


 神妙な顔をしながら、今回の事件増加について考えていたが、手元にある部品に魔法の付与をしながらだったので、それにオーグが食いついてきた。


「これ? 馬車の部品」

「これが?」


 オーグが、円状の金属の塊を持ち上げ、まじまじと見る。


「どこに使われるものだ?」

「それ軸受けだよ」

「ほお。で、どんな効果があるんだ?」

「口で説明するより、実際に見た方が分かりやすいかな」


 実演する為に、その部品をセットした車輪のサンプルを見せた。


「これ回してみ?」

「こうか?」


 セットされている車輪をオーグが手で回す。


 すると車輪は、軽い動きでカラカラと回りだした。


 その軽さに驚いていたオーグだったが、車輪が回り続けているのを見て戸惑いの声をあげた。


「お、おい。この車輪止まらんぞ?」

「ずっと回り続けてますね……」

「なぜで御座る?」


 トールとユリウスも驚いている。


 今、オーグ達に見せたのはボールベアリングだ。


 フレーゲルの街で馬車とすれ違ったとき、大型の乗り合い馬車だったのだが、車輪がギシギシ言いながら回転していたのだ。


 ひょっとしてと思って調べてみたら、軸受けはあるのだがボールベアリングは存在していなかった。


 そこで俺は、このベアリングだけを開発し、パーツとして馬車製造業者に卸すことを考え付いた。


 馬車を作る訳じゃないし、誰も作ってないものだし、これなら誰の仕事も奪わないと思ったのだ。


 まあ、その結果、少ない馬の数で馬車が牽けるようになったので馬が余るかもしれないが、そこは馬車の数を増やせば問題ないと思う。


 王都は広いからな。


 そしてこのベアリングには、ある付与が掛けられている。


 それは『回転』だ。


 魔力を流すことで、軽い回転の力が発生する。いわゆるパワーアシストだ。


 軽い回転の力と侮っちゃいけない。


 馬が馬車を引く負担が凄く小さくなり、なにも引いていない状態で走っているのと同じ状態で走れるようになったのだ。


 すでにビーン工房の人達と色々と実験をして、そういう結果が出るのは確認済み。


 こうして、ハイブリッド馬車が誕生した。


 なので、長距離の移動も馬の負担が少なく、しかも早くなるので長距離移動の馬車を増やすのもいいかもしれない。


 で、馬車が高速で走れるようになると、もう一つ重要なことがあった。


「本当に色々と思いつくな、お前は」

「しかし、それだけ速度が出ると、馬車に乗っていられないのではないですか?」

「そうだよ。だから、サスペンションを作ったんだ」

「さすぺんしょん?」


 スピードが出ると、今までの馬車の構造では乗りにくくって仕方がない。


 そこで新たな機構としてサスペンションも開発した。


 オーグ達を引き連れて、サスペンションを作成している部署に行く。


 そこでは、マークと他の職人さん達がサスペンションを作っていた。


「あ、殿下。どうされたのですか?」


 現れた王太子様に職人さん達は畏まってしまうが、普段からオーグと一緒にいるマークは、他の人ほど畏まらずに話すことができる。


 なので訪れたオーグの対応はマークがしていた。


「今しがた、シンからこの部品を見せてもらったのだがな。それに付随して、さすぺんしょん? なるものを作っていると聞いてな」

「いやあ、ウォルフォード君って本当に凄いですね。この発想はなかったですよ」


 ッス! って言わないマークに凄まじい違和感を感じるが、オーグにはいつもこうだ。


 そのマークがオーグに、サスペンションについて説明していた。


「今までは、客車の下に取り付けた板バネで、客車を極力揺らさないようにしてたのですが、これは、そもそも車輪の段階で衝撃を吸収してしまおうという代物です」

「衝撃を吸収する?」

「はい。ここをご覧ください」

「これは……」


 ここで作っているのは、四輪独立式のサスペンションだ。


 そもそも馬車は牽引車なので、車輪と車輪を繋ぐシャフトは存在していない。


 その車輪一つ一つが独立して動くようにし、それをダンパーを使って制御するようにしたのだ。


「このサスペンションが上下することで揺れを吸収し、尚且つダンパーがサスペンションを素早く元の状態に戻します。なので、長く続く揺れがなくなったのです」

「確かに、あれは苦手なものも多いな」

「自分も苦手です」

「拙者、あれでいつも酔ってしまうで御座る」


 ユリウスは乗り物酔いする体質らしい。


 まあ、これでも多少は揺れるが、高速と言っても自動車みたいな速度を出す訳じゃないから、これでも十分なのだ。


「これを馬車を作っている工房に紹介したところ、すごい反響がありましてね。ベアリングもサスペンションも作成が追い付いていない状態です」

「ほお。そんなに売れているのか。しかし、まだ見たことはないが……」

「いま制作・改造しているところなのでしょう。特に改造は全く新しい仕組みなので時間がかかると思います。あれ? ですが、先日王城に献上しましたよ? 陛下は利用されていると伺いましたが?」

「……」


 このベアリングとサスペンションを組み込んだ馬車を一台試作し、ディスおじさんに見せたところ非常に気に入り、そのままビーン工房からの献上品として譲り渡したのだ。


 王族に使ってもらうのが、一番の宣伝になるしね。


 しかし、オーグは聞かされていなかったらしい。


「私は知らなかったが」

「殿下は、基本ゲートでの移動ではないですか。ここ最近馬車を利用されたのを見た記憶がありませんが?」

「知らなくて当然で御座るな。馬車を利用しておらんのですから」


 そりゃ知らなくて当然か。


 恐らくオーグは、最近馬車すら見てない可能性がある。


 でも、そんなのは限られた一部……というか、ゲートが使える者だけの話だ。


 普通の人にとって馬車は、生活に欠かせない足なのだ。


「そんな訳で、もうすぐこれがセットされた馬車が王都中を走ることになると思うよ」

「お前はよく分からんな。とんでもないものを作るかと思えば、皆の役に立つものを作ることがある」

「それじゃ俺がたまにしか良い事しないみたいじゃないか」

「そう言ったのだが」

「非道い!」


 俺は、いつも皆のためになるものをと考えているんだけどなあ。


 っと、それより、もう一つ作ったものがあったんだった。


「オーグ、トール、ユリウス。無線通信機出してくれ」

「ん? 構わんが、どうした?」

「改良が済んだよ」


 そうして改良版の無線通信機を出す。


 今回の改良点は二つ。


 一つは着信音がなるようにしたこと。


 もう一つは、数を増やしたことだ。


 着信音は、ベルだな。黒電話みたいな感じ。


 通信が繋がったことを感知すると、通信機の中に設置されている小さいベルが鳴る。ベルは受信側で止めることができる。


 数については、今までは金庫に付いているようなダイヤルを付けていたのだが、それを、自転車のチェーンの鍵みたいに、ダイヤルを回して数字を揃え、最大九九九九通りの番号を付与できるようになった。


 ダイヤルを合わせるのに時間がかかるけども、一気に無線通信機の数を増やすことができるようになった。


 これは、つい先日出来上がったもので、ディスおじさんにもまだ渡していない。


 爺さんとばあちゃんと、後でディスおじさんにも渡してもらおう。


 これで、前みたいな連携が取れないなんてミスを犯すこともなくなるだろう。


 これから作戦も大詰めを迎えることだし、しっかり連携を取っていかないとな。


 でもまあ、まだ流通はさせないけどね。


 こんな簡単な番号で王や英雄に通話が繋がるとなれば、通信機のベルは鳴り止まなくなってしまう。


 今のところは、国の上層部向けだな。


 魔石採掘の発表もまだだし、まずは固定通信機の流通が先だし。


「これも作っていたのか。些か開発し過ぎではないか?」

「作ってるのは工房の職人さん達だけどね」

「作らせ過ぎだろ……ちゃんと報いているのか?」

「その点は大丈夫です殿下。ウォルフォード商会からの注文で相当売り上げが上がってますから、皆さんの給与も上げられたんですよ。ウォルフォード君のアイデアで年末にはボーナスも支給しましたし。皆、ウォルフォード君の仕事は競ってやりたがるんですよ」

「そうなのか。ならいいが」

「こんにちはぁ~」


 マークが、従業員である職人さん達の待遇について話していると、工房の入り口から女性の声がした。


「ん? なぜカールトンがここにいる?」


 現れたのは、ユーリだった。


「あらぁ? 殿下じゃないですかぁ」


 ユーリがビーン工房に現れたことにオーグが驚いているが、ユーリも驚いたらしい。


「カールトンさんには、例のドライヤーとヘアアイロンの付与を手伝ってもらっているんですよ」

「そうなのか?」

「はぁい。メリダ様から数をこなすことも必要だと言われましてぇ、アルバイトがてらビーン工房さんのお手伝いをしてるんですぅ」

「父ちゃんは、バイトじゃなくて正式にウチの職人になって欲しいって言ってましたけどね」


 ユーリは、もっと数をこなすことをばあちゃんに進言され、ならばウチの魔法付与を手伝ってほしいと、ビーン工房でのアルバイトをお願いされていた。


 元々、ばあちゃんの後継者とまで言われ始めたユーリなので、工房では即戦力。


 むしろ、入った当初から魔法付与部門のトップだった。


 それを受けて、親父さんが真剣に工房にスカウトしていた。


 まあ、アルティメット・マジシャンズなので、正社員は早々に諦めたらしいけど。


「練習と実益を兼ねたいいアルバイトですぅ」

「ユーリちゃん! やっと来てくれた!」


 ユーリと話をしていると、新たに立ち上げられたドライヤー部門の職人さんが、ユーリに駆け寄ってきた。


「もう、ドライヤーとヘアアイロンの売り上げが凄くて、作っても作っても追い付かないんだよ!」

「あらぁ、じゃあ、行きますねぇ殿下」

「ああ。頑張ってな」

「へ? 殿下?」

「さあぁ、いきましょお」

「ちょ、え? ホントに?」


 あの職人さん、オーグがいることに全く気付いてなかった。


 それほど忙しいんだろうな……。


「さて、シンの様子も見たことだし、私も自分のできることをやりに帰るか」

「本当に監視しにきてたんだな……」

「定期的に見ておかないと、なにをしでかすか分からんからな」


 会社の監査かよ……。


「あ、そうだ。これ、ディスおじさんに渡しといてよ」

「ん? 無線通信機か」

「まだ、他の国の代表には渡さないけどね。人工的に魔石が作れるのを知ってるのってディスおじさんだけだから」

「他の国の代表に渡すのは例の発表があってからか」

「そうなるかな」

「分かった。渡しておこう。番号は?」

「十五番。十三がじいちゃんで、十四がばあちゃんだから」

「お二人より若い番号は持てないか……」

「ディスおじさんが遠慮すると思うよ」


 ディスおじさんの師匠だし、いまだに頭が上がらないからな。


 爺さんもばあちゃんも、そんなことは気にしないと思うけど、ディスおじさんが気にしそうだ。


「確かに受け取った」

「ではシン殿」

「失礼するで御座る」

「おう。作戦が早めに終わるの、待ってるぞ」


 こうして、俺の監査……じゃない、監視を終えてオーグ達は帰っていった。


 もう年が明けて大分経つし、そろそろ作戦に大きな動きが出てもおかしくない頃だ。


 その前に、魔石の発掘条件についての発表もあるだろうし、先日行われた高等魔法学院の入試には過去最高の受験者がいたらしい。


 入学者数は変わらないから、倍率も過去最高だった。


 そんな高倍率を潜り抜けてきた優秀な後輩達も楽しみだし、魔石の流通量増加による魔道具界の活性化も期待される。


 なにより、今回の騒動で各国の繋がりが強化された。


 魔人騒動が終結すれば、その後には人類の大いなる発展が待っているはずなのだ。


 これ以上の騒動が起きないように、最後の詰めを誤らないことを願っている。


 まあ、オーグなら大丈夫かな。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー






「それでは、魔人領の魔物は順調に間引きできているのだな?」

「はい。魔人討伐以降、なぜか災害級の魔物も出現しておりませんし、極めて順調です」

「そうか、災害級がな……アウグスト、どう思う?」


 アールスハイド王城にある会議室。


 そこに王国上層部が集まり、今後のことを協議していた。


 その中で、災害級の魔物が現れなくなった事情について、ディセウムはアウグストに意見を求めた。


 アウグストは王太子だが、アルティメット・マジシャンズの一員として、魔人との戦闘経験が豊富である。


 そんな敵との接触経験が多いアウグストに意見を求めることは多かった。


 ディセウムに意見を求められたアウグストは、少し考えた後、自分の予測を述べた。


「……そもそも、災害級の魔物など以前は滅多に見ないものでした。それが魔人が多く現れると、災害級の魔物も数を増やした。そして今回、魔人を大量に討伐したら数が減った……魔人の数と比例しているのかもしれません」

「なるほど。確かに一理ある。他の者はどう思う?」


 アウグストの意見に納得できると頷いたディセウムは、会議室に居並ぶ者達にも意見を求めた。


「殿下の御見識には頷くばかりで御座います。恐らく、それが真実なのでしょう」

「ですな。流石はアウグスト殿下。卓越した見識に私などただ脱帽するのみであります」

「そうですな」


 意見を求められた者達は、口々にアウグストの推測に間違いないと称賛の声をあげた。


 そこには当然、王族であるアウグストに対しての世辞も入っているのだが、実際アウグストはアルティメット・マジシャンズの次席。


 『魔王』『神の御使い』に次ぐ『雷神』なのである。


 現役世界二位の実力者の言葉として、盲目的にアウグストの意見を信用するという心理が、上層部には働いていた。


 アウグストの意見は理に叶っており、それこそが真実に思えたのだ。


 しかしアウグストは、その光景に少しの危惧を覚えた。


 アウグストは可能性の一つとして意見を述べ、そこから別の意見も出てきてのディスカッションを期待していた。


 そうすれば、自分が見落としていたことなどが出てきたり、全く新しい切り口で予測が立てられたりしたはずなのである。


 ところが、実際にはアウグストの意見が正解で間違いないとされ、それ以上の議論は起こらなかった。


 アウグストは、自分の推測が間違っているかもしれないと言ったのだが、他に理論的な説明のできなかった上層部は、アウグストの意見をそのまま採用してしまったのである。


 結局、魔人の数が減ったことが要因で、災害級の魔物の数が減ったということで結論付けられ、それを元にした新しい作戦案が立案された。


 災害級が出てこないならば、人員の数を減らしても問題はないだろうと、出兵している兵を減らし、今後は交代で出兵することとなった。


 戦場に出たままの兵士達の、精神的な負担が大きくなっているというのが、その理由であった。


 民衆は早急な事態の終結を望んでいるが、兵士の負担も考慮しなくてはいけない。


 アウグストの意見は、兵士の負担軽減のための後押しになった。


 そして、作戦の内容の変更は、いよいよ事態が最終局面に差し掛かったことを示すものでもあった。


 最終局面に向けて、急速に会議が進んでいくことを、アウグストとしても止めることができなかった。


 終結に向けての意見ならば次々と出てくる様子を見ながら、アウグストは少しの不安を覚えた。


「シンならば、別の可能性を呈示しただろうがな……」


 この場にシンがいたならばと、アウグストは思わずにいられなかった。

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魔法少女と呼ばないで
― 新着の感想 ―
[良い点] 災害級魔物の出現頻度は魔人の頭数に比例するネ 裏を返せば、虎の子の魔人たちが無傷で残っている以上、災害級も時間をかけて数を増やしていく筈だヨ [気になる点] 魔物を人工的に生み出すのは、…
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