魔法少女と暗躍する者
少し長くなってしまい、見直しに時間がかかったので遅くなってしまいました。
「メイ姫様の魔法服、可愛いですねえ」
アリスがメイに向かってそんなことを言った。
アリス達がいるのは、シンに教えてもらった木も草も生えていない荒野。
学院の練習場を使うには許可がいるし、なによりこの場所なら、どれだけ大きい規模の魔法を使おうと周りに迷惑が掛からない。
なので、アルティメット・マジシャンズの面々は、魔法の練習をするときにはこの荒野にくることが通例となっていた。
そして、今日はアールスハイドの王女であるメイも同行してきていた。
まだ十歳のメイではあるが、夏期合宿中に魔法使いの素質があることが判明して以来、兄達のようになりたいと真面目に魔力制御の練習を続けていた。
その結果、異空間収納まで使えるようになり、次は攻撃魔法を覚えようとしていた。
しかし、シンはともかく十歳でここまで魔法が使えるのは異例なことである。
メイの周囲の人間は、攻撃魔法を教えるのはまだ早いのではないか? との意見で一致し、アルティメット・マジシャンズの合宿が終わったこともあり、まだ教えてもらっていない。
そのことに不満を持ったメイが、アルティメット・マジシャンズの中で仲良くなっていたアリスに頼み、ゲートでこの場所まで連れてきてもらっていたのである。
ちなみに、シンに頼まなかったのは、なにかと忙しそうであり、邪魔しちゃいけないと遠慮したから。
その点、アリスなら暇そうだったのでちょうどよかった。
そして、魔法の練習をするのだからと、シンに作ってもらった魔法服を着てきていたのだ。
「確かに、私達の戦闘服より可愛い。あれは実戦重視だから」
この場には、最近アリスとペアになることが多いリンもいた。
リンも、メイの魔法服を可愛いと思っていたようだ。
「ハイです! 可愛いのがいいって言ったら、シンお兄ちゃんが作ってくれました!」
と、メイは嬉しそうに魔法服を二人に見せびらかした。
その魔法服は、髪の色に合わせたような黄色が色鮮やかで、フリルも沢山ついた非常に可愛らしいデザインをしている。
戦場では目立つことこの上ない。
シンは、メイが戦場に出ることはないとして、可愛らしさ重視の魔法服をメイにプレゼントしていた。
メイにとって、シンは恋愛対象ではない。
シンはあくまで意地悪しない、優しいお兄ちゃんなのだ。
そういう意味で大好きなお兄ちゃんが、自分のために可愛い服を作ってくれたということで、メイはこの魔法服が大好きだった。
そんな上機嫌なメイを見ながら、アリスとリンは少し不思議に思っていた。
「シン君ってさあ、不思議だよね。世間の常識を知らないかと思えば、メイ姫様の魔法服みたいな可愛い服とか、あたし達の戦闘服みたいなカッコいい服まで作れるんだもん」
「確かに不思議。でもこの魔法服は見たことないデザインをしている。逆に世間の常識を知らないから考え付いたのかも」
「ああ~それはあるかも」
そんな話をした後、魔法の練習を始める三人。
アルティメット・マジシャンズの二人は、シンに教わった魔法の『過程』をイメージしながら魔法を使い、アウグストの厳命によりそのことを教えてもらえないメイは、二人の魔法を見て『結果』をイメージしながら魔法を使う。
そして、初めて攻撃魔法を使ったとは思えないほど、メイは次々と攻撃魔法を放っていく。
「ほえー、スゴいねメイ姫様。もうそんなに魔法が使えるようになったの?」
「ん。凄い。メイ姫様は天才かもしれない」
「え? えへへぇ、そうですか?」
今日はコッソリ迎えに行き、コッソリ連れ出したので、メイの護衛や取り巻きはいない。
取り巻き達の褒め言葉は、自分が王女であるがゆえの世辞であることが多い。
しかし、今目の前にいる二人は、兄であり王太子であるアウグストにすら物怖じしない人物である。
そんな二人がお世辞でそんなことを言うとは思えない。
となれば、本心からそう言ってくれているのだと分かり、メイは大いに照れた。
「もう少し練習したら実戦もしたいところなんだけどなあ」
「さすがに魔物のいるところには連れて行けない。いくらなんでも罰せられるかも」
「はわわ、そんなのダメですう!」
正直に言えば、黙って王族をこんな所に連れてきているのも問題なのだが、アウグストの自由さを見ている二人にとって、危険がない場所に連れてくることに問題があるとは夢にも思っていない。
しかし、さすがに魔物討伐に連れていくことがマズイのは分かる。
無事に帰ってきたとしても、僅かでも命の危険があるところに連れていったとなると、処罰される可能性がある。
でも、実戦が人間を急激に成長させることは、自分自身の経験上よく分かっている。
引き続き魔法の練習をしながらも、アリスはどうしようかなと考えていた。
「じゃあ、メイ姫様。また時間ができたら迎えにきますね」
「お疲れさまでした」
「ハイ! また今度です!」
メイを王城に送り届けたアリスとリンは、再びゲートを開いてメイの部屋を後にした。
「実戦かあ、どうしようかなあ」
「せっかくあれだけ魔法が使えるのに勿体無い」
「そうなんだよねえ」
二人はリンの家にいた。
ここには魔法の練習場があり、時々思い付いたように魔法の練習がしたい時にうってつけの家なのだ。
なのでアリスは、リンの家にお邪魔することが多くなった。
「なんかこう、危険がなく実戦を経験できるようなことってないもんかねえ」
「そんな都合のいいものない」
「分かってるよ……」
リンの母から出されたジュースを飲みながら、メイの育成について頭を悩ますアリス。
本来なら、メイの育成についてアリスが頭を悩ます必要はない。
だが、自分達になついている妹分の成長に関わりたいとアリスは思っていた。
アルティメット・マジシャンズの中では、お騒がせキャラの位置にいるのだが、メイに対してはお姉さんでいたいのだろう。
見た目はメイとさほど変わらないが。
そうやってアリスとリンが二人で頭を悩ましていると、リンの父が帰ってきた。
「おや、アリスちゃん、いらっしゃい」
「あ、お邪魔してまーす」
「あまり遅くならないうちに……ああ、アリスちゃんなら大丈夫か」
「まあ、ゲートで帰りますからねー」
「いや、そういうことじゃなくて……」
「お父さん、どうしたの?」
いつもと様子が違う父の様子を、リンが感じ取った。
「ん? いや……」
「なにか様子がへん。仕事でなにかあった?」
リンの父は魔法師団の中でも、王城や王都を守護することが主な任務の宮廷魔法師である。
国内の治安を魔法の面で守護することが任務であり、今回の作戦には同行していない。
そんな父の様子に少し違和感を感じたリンは、父になにかあったのかと問いかけた。
「うーん……そうだな、話しておいた方がいいか」
「なにかあったんですか?」
「なにかって言うか、最近王都で傷害とか暴行とかの事件が多くなっているんだよ。だから街を出歩く時は気をつけるようにね」
「街の暴漢くらいに負けない」
「はは。確かに今のリンやアリスちゃんに勝てる人間なんてそうはいないだろうけど、巻き込まれる可能性はあるからね」
確かに、街の暴漢程度ではアリスやリンを害することなどできないだろう。
しかし、それに巻き込まれることで発生する面倒事が無いとは言い切れないのだ。
「だから、リンもアリスちゃんも気を付けてね。まあ、あんまり出歩くことはないと思うけど」
「うーん、でもなんでそんなに急に治安が悪くなっちゃったんですか?」
「治安が悪くなった訳ではないんだけどね。事件の数が最近増えているんだよ」
アールスハイド王都では、ここ最近傷害などの事件が多く発生していた。
元々気性の荒いハンター達だけではなく、一般市民までその加害者となるケースが増えていたのだ。
幸い、まだ王都が無法者の闊歩する街になった訳ではない。
だが、事件の発生件数が無視できないレベルにまで増えているのは事実なのだ。
「ふーん。なにかあるのかなあ?」
「さあ? 殿下やウォルフォード君ならなにか見抜くかもしれないけど」
「あたしらじゃ分かんないか」
「そういうのはできる人に任せておけばいい」
「そうだね。あたしらにできることといったら……あ!」
「なに? アリス」
「これだよ!」
なにかを思い付いた様子のアリスに、リンは首を傾げた。
「おーい! シンくーん!」
年が明け、ようやく再会された魔法学院。
一年Sクラスは、全員がゲートで登校するためアリスもゲートで登校してきた。
そして、登校するなり、すでにきていたシンに声をかけた。
「おう、おはよう。今日はパジャマじゃないんだな」
「もうあんな恥ずかしい思いはしないよ! それよりシン君に頼みがあるんだけど」
「なんだ? 改まって」
「メイ姫様に作ってあげた魔法服さあ、あたしとリンの分も作ってくれない?」
「いいけど、なんで?」
すでにアリスとリンにはアルティメット・マジシャンズとしての戦闘服がある。
なので、実戦には向かないメイ用の魔法服を作ってくれというアリスに疑問を持った。
「えっと、その、メ、メイ姫様の魔法服って可愛いじゃん! あたしらも欲しいなあって」
実は、メイを連れ出して魔法の練習をしているのはアウグストにすら内緒にしている。
なので、この場にアウグストがいるため、言葉を濁した。
「ふーん、いいけど。デザインは一緒でいいのか? 色は?」
「デザインは同じで、色だけ変えて欲しいな」
「分かった。じゃあ、メイちゃんが黄色だから……アリスが赤でリンが青でいいか?」
「うん! それでいいよ!」
「アリス、昨日からなに?」
昨日、なにかを思い付いてから妙にテンションの高いアリスに、リンが声をかけた。
「ん? リンはアリスから聞いてなかったのか?」
「なにも」
「ニシシ、後で話すよ!」
なんだか楽しそうなアリスに、リンとシンは顔を見合わせた。
そして座学メインの、相変わらず何学院の授業なのか分からない授業が終わった後、以前までなら研究会の活動を行っていた放課後になった。
だが、すでに究極魔法研究会としての活動より、アルティメット・マジシャンズとして実戦を多く経験してきた面々は、シンから魔法を新たに教わるより、実戦でその精度を高めることにその時間を費やすようになった。
というのも、シンが使用している魔法のうち、説明を受けても理解できない魔法が増えてきたのがその要因である。
浮遊魔法も、まず引力が理解できないし、光学迷彩も同様である。
なんとか理解しようと努力したのであるが、この世界では魔法が科学に代わって発達してきたせいで、シンの説明を理解できないのだ。
ゲートは異空間収納を使えることからなんとか修得できたが、それ以外は無理だった。
ならば、できないことに時間を費やすより、できることを伸ばしていこうという方針に変わったのである。
そして、シンはビーン工房にて新たな発明に勤しむことになり、シシリーは治療院にて治療のお手伝いの後、ウォルフォード家で花嫁修行。
マリアはミランダと魔物狩り。
マークはシンと共に工房で、オリビアは店の手伝い。
トニーも魔物狩りに行くことになり、アウグスト達は王城へ帰る。
そんな中、アリスとリンは王城のメイの部屋に向かった。
「あ、アリスお姉ちゃん、リンお姉ちゃん!」
すでに初等学院から帰宅していたメイは、ゲートで現れたアリスとリンを歓迎する。
そこには、メイ付きのメイドなどがいたのだが、アリスとリンがメイの部屋をゲートで訪れることはよくあるため、慣れた様子で応対した。
「アリス様、リン様、いらっしゃいませ。メイ様のお着替えが済むまでしばしお待ちください」
「ああ、いいよ、そんなに急がなくて」
「っていうか、様付けも止めてほしい」
「なにを仰います。幾度もこの世界を救ってくださった英雄様に対してそのような無礼は行えません」
「英雄様って……ていうか、メイ姫様半裸だけど、そっちはいいの?」
「へっくち!」
アリスとリンの相手をし始めたため、初等学院の制服から着替える途中だったメイが半裸で放置されており、可愛いくしゃみをした。
「申し訳ありません。さ、こちらを」
「あい。ありがとうです」
メイは鼻を啜りながら着替えを済ませ、メイドは部屋を出ていった。
部屋に三人しかいなくなると、アリスがメイに対してある提案をした。
「メイ姫様、ジェットブーツも使えるようにしましょう!」
「ふえ? ジェットブーツって、あのピョンピョン動き回れる靴ですか?」
「どういうこと? アリス」
ジェットブーツを使えるようになろうというアリスにリンとメイは疑問を持つが、アリスはすぐに説明しない。
「いいから、いいから。さて、今日も魔法の練習に行くよ!」
「おおー!」
「アリス、後で説明して」
メイは楽しい魔法の練習に意識が行ったが、リンは説明しろと追及した。
「向こうに着いたらね」
そして三人は、いつもの荒野に着き、早速リンからの追及が入った。
「アリス、今日は朝からへん。なぜ、メイ姫様と同じ魔法服をウォルフォード君に発注したのか、メイ姫様がジェットブーツを使えるようにしないといけないのか、理由を教えて」
朝から附に落ちていなかったリンがアリスに疑問をぶつける。
「にゅふふ。ちょっとこっちきて」
ここは荒野で、他に誰もいないのだが、三人で身を寄せあい、アリスは内緒話をするようにヒソヒソと話始めた。
そしてアリスの説明を聞いたリンは、分かりにくいが目を輝かせた。
「それいい。メイ姫様の訓練にもなる」
「はわわっ。い、いいんでしょうか? バレませんか?」
リンは乗り気だが、メイはバレないかと心配になった。
「うーん、バレるかなあ?」
「ウォルフォード君に相談しよう。彼なら内緒にしてくれる」
「っていうか、むしろノリノリで協力してくれそうだよね!」
明日、早速相談しようということになり、メイの攻撃魔法とジェットブーツの練習に励んだ。
「はわあぁ~!」
「メイ姫様ー!」
「防御魔法があるから大丈夫」
アリスは、ジェットブーツにより見当違いの方向に飛んでいくメイを見て、防御魔法と治癒魔法が付与されていて本当によかったと思っていた。
「シンくーん!」
「ん? なんだアリス。例の服ならまだできてないぞ」
「そうじゃなくて、ちょっと相談があるんだ」
「相談?」
「うん。あ、シシリー、シン君借りるね!」
「え? あ、はい」
シシリーに一言断りを入れたアリスは、リンと共にシンを教室から連れ出していく。
「なんなんだ?」
「さあ……」
アウグストの問いに、シシリーも首を傾げた。
シンを連れ出したアリスとリンは、シンに事の次第を説明していく。
全て聞き終わったシンは、面白そうだなという顔をしていた。
「でも、顔でバレるだろう? あの魔法服に認識阻害の魔法なんて付与してないし、できないぞ?」
「ああう。シン君でも無理かあ……」
「大体、認識阻害って、精神干渉じゃないか? そんなの怖くて試せないよ」
「でもバレる訳にはいかない」
アリスとリンも有名になってしまったが、顔まで知られているかというとそうでもない。
問題はメイだ。
王族として民衆の前に出ることも多いメイは、アールスハイド王都民に顔が知られていた。
うーんと悩むアリスとリンに、シンが問いかけた。
「要は、顔が分からなければいいんだろう?」
そういうと、ニヤっと笑った。
そのシンの笑顔を見て、二人は今までのシンの所業を思いだし、ちょっと心配になってきていた。
二人から相談を受けたシンは、頭の中で色々と考えながら教室に帰ってきた。
「シン君、なんの話だったんですか?」
「ん? ああ、昨日メイちゃんの魔法服を作って欲しいって言われたろ? その相談」
「はあ、なにか変なことの相談ではなかったんですね?」
「……一応、女の子に連れていかれたんだから、そっちの心配してほしかったかなあ」
「そっちの相談だったんですか?」
「痛い! 違うから、腕をつねらないで!」
「むー」
最近のトラブルメーカー、アリスとリンがシンを呼び出したということでアウグストは警戒し、シシリーといちゃつくシンを見て、後で問い詰めようと心に誓っていた。
そして、その相談から数日後、休日に無線通信機でシンに呼び出されたアリスとリンは、メイを迎えに行ってから荒野にきた。
「おう。来たな三人とも」
「シンお兄ちゃん! お久しぶりです!」
「ゴフッ! あ、ああ、久しぶりメイちゃん」
久しぶりに会ったシンにメイが突撃していき、その突進をギリギリ受け止めたシンはなんとか挨拶を返す。
メイの見えない尻尾が大きく振られるのを幻視しながら、異空間収納からアリスとリンの魔法服を取り出す。
「わあ! ありがとうシン君! 可愛い!」
「うん。可愛い。ありがとう」
「どういたしまして。で、例の物だが……」
そして三人分のそれを取りだした。
「こ、これは!」
「……なに?」
「はわ?」
アリスは、よく分かっていなかったがわざとらしく驚き、リンとメイはナニコレ? といった表情になる。
しかし、シンの説明を聞いていくうちに、段々表情が輝きだした。
「と、こんな感じだ。なにか質問は?」
「いい! これいいよ! あたしが求めてたのはこれだよ!」
「これならバレない」
「シンお兄ちゃん、ありがとうです!」
アリスの言う顔ばれしないもので、更にサポート機能まで付いていた。
三人は、新しいオモチャを手に入れたように喜んだ。
「おう。それよりメイちゃんが危ない目に会わないように気を付けてな?」
「わ、分かってるよう」
じゃあなと言って、シンは帰っていった。
残された三人は、これなら自由に行動できると上機嫌になり、今後の予定を詰めていく。
そして三人は、少し練習をしてから王都に帰ってきた。
シンから貰ったものを装備し、マントに付与されている光学迷彩を起動して、ジェットブーツで建物の屋根を移動していく。
索敵魔法でなにかを探しながら移動していくと、ついに目当てのものを見つけた。
アリス達が駆け付けたところで繰り広げられていたのは、ハンター風の男達が女性を路地裏に引っ張り込み、今にも暴行しそうな現場であった。
「むぐぅっ!」
「おらっ! いい加減大人しくしろ!」
「騒いだって助けなんざこねえよ!」
「やっ! いやあっ!」
「へへ、観念しろよ」
「そこまでだよ!」
これから女性にする行為のことで興奮していた男達も、あまりの状況に絶望的な気持ちになっていた女性も、突然割り込んできた声に一瞬キョトンとなる。
いち早く復帰したのは女性である。
「ど、どなたか存じませんが助けてください!」
大声で助けを求める女性の声でハンター風の男達も我に返る。
「だっ、誰だ! 出てこい!」
「女の声だったじゃねえか! ふざけた真似してるとテメエも犯すぞ! コラペッ!」
声を張り上げている途中の男の頭に、圧縮した風の塊をぶつけられて、台詞の途中で後ろに吹き飛ばされた。
その光景に他の男は唖然とするが、すぐに気を取り直し、魔法が放たれた方角を見た。
すると、そこには誰もいないが、建物の上から射す影が見えた。
慌てて建物の上を見ると、そこには太陽を背にした三人の人影があった。
その人影は、ビシッと男を指差すと、口を開いた。
「どんな悪事も見逃さない!」
「魔法の力で無理矢理解決」
「わ、我ら!」
「「「魔法少女キューティースリー!!」」」
「「「……」」」
赤、青、黄の三色の服装に身を包み、同系色のヘルムを被り、目元をサングラスと同じ素材のシールドで隠した三人の少女が名乗りをあげる。
その光景に、男達だけでなく、襲われていた女性までポカンとしてしまう。
「嫌がるお姉さんを無理矢理襲おうとするその腐った性根、このキューティーレッドが叩き直してやる!」
「イエロー、今」
「は、はい! やあ!」
「へぶっ!?」
イエローが先程と同じ圧縮空気の魔法を放ち、男達の一人を吹き飛ばした。
そのことで我に返った男達が、口々に罵声を浴びせる。
「テメエ! ふざけた格好でふざけた真似しやがって!」
「レッドって言ったのにイエローが攻撃してんじゃねえか!」
「そんなところから魔法を撃つなんてひきょ……うばっ!」
高い建物の上から、魔法による狙い撃ち。
見ようによっては卑怯に見えるが、相手は犯罪者だし、なによりメイを危険な目に会わせる訳にはいかなかった。
その結果。
「ま! まっ……グギャ!」
「ズリイよ! ゲフッ!」
「待て! こうさ……ンダハッ!」
建物の上から、魔法による狙い撃ちである。
女性に暴行を加えようとしていた男達は、次々とイエローの魔法によって倒され、あっという間に全滅した。
いくら犯罪者とはいえ、処刑されるほどではないため、殺さないように手加減していた。
建物の屋根の上から、ジェットブーツを使って地上に降りた三人は、男達をロープで縛り『この男達は女性暴行犯です』という看板を首から下げて、表通りに放置した。
後は、市民が警備隊に通報してくれるだろう。
そして、襲われていた女性に近付いていく。
女性は、その異様な出で立ちに、一瞬警戒するが、少女であり自分を助けてくれた人間なので警戒を解いた。
「お姉さん、大丈夫だった?」
「え、ええ。ありがとうございます。助かりました」
「礼には及ばない」
「そうです! 困った人は助けるです!」
「は、はあ……」
少女達は女性が無事だったことに満足し、立ち去ろうとする。
「あ、あの! お名前は!?」
女性からの問い掛けに、少女達は足を止めると、振り向いてこう言った。
「あたしは魔法少女キューティーレッド!」
「キューティーブルー」
「キュ、キューティーイエローです!」
「……」
「ではお姉さん、気をつけて!」
そう言うと、少女達はジェットブーツを起動して、建物を飛び越え立ち去ってしまった。
残された女性は。
「……ナニコレ?」
事態を把握できずにいた。
この少女達。
云わずもがな、レッドがアリスであり、ブルーがリンであり、イエローがメイである。
シンに追加で作ってもらった、顔を隠すヘルムにより、パッと見は誰だかワカラナイようになっている。
そして、このヘルムには。
「よーし! この調子で、ドンドン犯罪者を倒していくよ!」
「右前方、害意のある魔力あり」
「了解です!」
建物の屋根の上を高速で移動しながら会話ができているのは、このヘルムに無線通信機が搭載されているからである。
この三つだけのオープンチャンネルで、個別で話はできないが、三人だけなら問題ないだろうとシンが判断したのだ。
そして、集音機能も付いており、どんな悲鳴も見逃さない!
「集音機能うるさい」
「だね! 切っちゃおう!」
「ハイです!」
集音機能は役に立っていなかった。
そんな三人を、はるか上空から見ている人間が二人いた。
二人は腹を抱えてピクピクしており、苦しそうだ。
「クッ……ハアハア……アイツら、私を笑い殺す気か?」
「ふぅ……フフ、アハハハ!」
アウグストと、シンの二人であった。
アリスから今回の話を聞いたシンは、アウグストに問い詰められ、アッサリ白状していた。
さすがに、アウグストに内緒なのはマズイと思ったのだ。
そして、準備が整ったらすぐに行動するだろうと、アウグストと共に王都で待ち伏せしていたのである。
「はあ……まったく、この話を聞いたときはどうなることかと思ったが、この様子なら大丈夫か」
「そうだな。建物の上から魔法攻撃だし、メイちゃんに危険はないだろ」
「それにしても……王族をこんな風につれ回すとはな。メイも、もう少し王族としての自覚を持って欲しいものだ」
「説得力ねえよ」
全力でお前が言うなと突っ込みたいシンであったが、アリス達が次の行動を取ったため、後を追った。
次にアリス達の標的になったのは、男性から金品を強奪するために暴行を加えていた、一般市民の姿であった。
先程と同じように建物の上から名乗りをあげ、暴行を加えていた男を攻撃し無力化する。
すぐさまその場を去り、次の現場を探す。
その様子を、また笑いながら見ていたシンとアウグストだったが、二回目ということもあり、幾分か冷静に事態を見ていた。
だからだろう、シンは少し違和感を感じた。
「なんだろうな? あの男、こんな荒っぽいことをするようには見えないんだけど」
「フム。民衆は、この事態に相当なストレスを感じているのかもしれないな」
「なるほどな。魔人に対する不安が暴発しちゃったのかもな」
「恐らくそうだろう。これは、何としても早期決着をつけないといけないな」
「期待してるぜ、王太子サマ」
「ム、気色悪いな」
現在、王都で暴行事件が多発しているのは、民衆にストレスが溜まっているからだろうと判断したシンとアウグスト。
それは、国の上層部でも同じ判断であった。
シンとアウグストはこの時点で、アリス達も付いているしメイには危険はないとして監視をやめてしまった。
なのでこの時、シン達はある者達を見逃してしまった。
「あ! 今度は複数同士だよ!」
「なに? 抗争?」
「あう! 危なくないですか?」
「大丈夫ですよ!」
すでに何件もの事件現場に現れ、暴行を加えている、もしくは加えようとしている害意を持った人間を倒していたアリス達。
彼女達は、名乗りをあげる楽しさと正義の行いをしているという高揚感から、あることに全く気付いていなかった。
遭遇する事件の数が、このアールスハイド王都で起こる件数としては、異常に多いことに。
今もアリス達の頭には、複数の害意ある魔力がぶつかれば周囲に危険が及ぶかもしれないので、急いで抗争を止めないとという思いしかなかった。
そして、辿り着いたのは建物の間にできた空白地帯。
その空き地に複数の人間が集まり、一触即発の雰囲気を放っていた。
その内訳は、男女入り乱れ統一性はない。
そんな集団が、今にもぶつかり合おうとしていた。
「そこまでだよ!」
今にも乱戦が始まろうとしていたのだが、アリスの声が聞こえたため一斉に声がした方を見る。
その目には、突然の珍妙な乱入者に対しての狼狽はなく、邪魔をするなという怒りだけが籠っていた。
その視線に一瞬狼狽えるアリス達だが、気を取り直して再度叫ぶ。
「こんな人数でこんな魔力を放ってたら、周りにも迷惑がかかるよ! 今すぐ解散しなさーい!」
すると、先程までお互いを不倶戴天の敵だと睨み合っていた者達が、一斉にアリス達に向けて敵意を剥き出しにした。
「ウルセエ! 小娘がなにを偉そうに!」
「そうだ! 口を挟むんじゃねえよ!」
「そうよ! あんた達は引っ込んでなさい!」
「は、はわわ……」
次々とあがる怒声。
そして、今にもこちらに向けて襲いかかってきそうな雰囲気。
そんな雰囲気に、メイはすっかり萎縮してしまった。
そして、そんなメイを見たアリスは……。
「お前らあ! こんな小さい子を怯えさせてえ!」
アリスはそう言うと、いきり立っている集団の頭上に特大の水球を作り出した。
「頭を冷やしなさーい!」
頭上から落ちてきた水球に集まった者達はなす術なく飲み込まれ、全員まとめてシェイクされる。
全員がほどよくシェイクされた時点で、アリスは魔法を解除した。
魔法が解除された後に残っていたのは、上下左右に振り回され、フラフラで立っていられない、ずぶ濡れになった集団だった。
集団は全員ボーッとしており、アリスのことを呆然と見上げていた。
「これに懲りたら、さっさと解散すること! いいね!?」
建物の上から、呆然とする者達に解散するようにアリスが言うと、さっきまでいきり立っていたとは思えないほどコクコクと首を縦に振る集団。
その光景に満足したアリスは。
「また集まってなにかしようとしてたら飛んでくるからね!」
と言い放ったあと、そのままその場を立ち去ってしまった。
アリス達が去った後、その場に残されたのは、事態が把握できない者達。
把握できなかったのは、アリス達が何者なのかということではない。
その集団の内の一人がポツリと呟く。
「俺……こんなところで、なにをしようとしてたんだ……?」
それは、その場にいた全員の意見だった。
記憶がひどく曖昧で、さっきまで身を焦がすような怒りが胸中に渦巻いていたのが嘘のようだった。
そんな自分の様子に、非常に不安な思いを感じながら、集まった者達はずぶ濡れのまま解散していった。
そして、その一連の様子を観察していた者達がいた。
「アルティメット・マジシャンズ以外にもこんな者達がいるとは……」
「完全に予想外だな。まさか、まとめて洗脳を解除されるとは思ってもみなかった」
旧帝国の諜報部隊の長であり、現シュトロームの側近を務めるゼストと、その部下の魔人達である。
「どうも、あちこちで洗脳した者達を倒していたみたいですし、気付かれたのかもしれませんね」
「そうだな……これ以上、アールスハイドで実験をするのは危ないか」
「人口が多いアールスハイドなら、気付かれずに実験ができると思ったのですが……」
「やむをえまい。気付かれていたとするなら、これ以上ここに留まっているのは危険だ。撤収するぞ」
「はっ!」
ゼスト達は、人口の多いアールスハイド王都でなにか実験をしていたようである。
アリス達が、その実験台にされた者達を次々に倒して行ったのは完全に偶然なのだが、感付かれたと勘違いしたゼスト達は、実験を切り上げ王都を離れた。
アリス達の知らないところで、アールスハイドの危機は回避されていた。
しかし、ゼスト達が行っていた実験がなんであるか、知る者はゼスト達以外にはいない……。
休日が明けた魔法学院。
一年Sクラスに、アリスが登校してきた。
「おはよー!」
いつも通り、元気に挨拶をしたアリスだが、どうも皆の様子がおかしい。
皆ニヤニヤしている。
「え? なに?」
困惑するアリスに、クラスメイトから驚愕の挨拶が返ってきた。
「おはよう、レッド」
「おはようございます、レッドさん」
「お、おは、おはよう、レ、レ……ウハハハ!」
アウグストがそう言って挨拶をすれば、トールも同様の挨拶をし、マリアは最後まで言い切れず、爆笑してしまった。
「な、な、なんで殿下がその名前を!?」
秘密裏にことを運んでいたと思っていたアリスは、アウグストがその名を知っていたことに驚いた。
すると、すでに散々からかわれたのか、少しやつれたリンがアリスのもとにきた。
「アリス……諦める。昨日のことはシン君と殿下に見られていた」
「な!? シン君!? 裏切ったな!?」
「イヤイヤ。流石にメイちゃんを荒事に参加させるのに、オーグに知らせない訳にはいかないだろ。メイちゃん、王族だぞ?」
「ウム、シンには感謝している。お陰で楽しい場面も見れたしな」
「は、はわわわ……」
流石にアウグストにバレたのはマズイと思ったのか、アリスがガクブルし始めた。
すると、その様子を見たアウグストがアリスに向かって言った。
「まあ、王族をあのような場所に連れ出すのは問題だが、私が言えた義理ではないからな。メイも無傷であり貴重な経験もできたようだし、そのことに対しては特に責は問わんよ」
「ほ、本当ですかあ?」
怒られると思っていたアリスは、お咎めなしの裁定に少し疑いながらもホッとした。
その時。
ゴチンッ! ゴチンッ!
「あいたあー!」
「痛っ!」
アリスとリンの頭上に拳骨が落ちた。
「だが、私に内緒にしていたのはダメだな。これで済んでラッキーだと思え」
「……はーい」
「……ごめんなさい」
王族を危険がある場所に連れ出して、これで済んだのは本当に幸運である。
なのだが、アリスはメイを実戦に連れ出すには少し幼過ぎたかなと、違う意味での反省をしていた。
「はあ……コーナー、お前本当にシンに思考が似てきたな」
「え!? シン君に!? それは非道くないですか!?」
「その発言が非道いわ!」
こうして、王都に現れた謎の魔法少女達の活動は、一度で終わることになった。
もっとも、その魔法少女達が現れた日を境に、王都での暴行事件は目に見えて減少し、彼女達の出番はなくなったのだが。
アールスハイド王都では、突然現れた後に急激に事件の数が減ったことから、謎の魔法少女達のことが少しだけ民衆だけでなく、王国上層部でも話題になった。
しかしその後、魔法少女達はパッタリと現れなくなったため、次第に民衆の記憶から薄れていったのである。
そして、この魔法少女騒動があったため、アールスハイド上層部は、今回の暴行・傷害事件増加の裏側になにがあったのか、真相を知ることはなかった。
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