重い話を聞かされました
明けましておめでとうございます。
本日で投稿一周年を迎えることができました。
皆様のお蔭です。ありがとうございます。
一周年を記念して、ある小説を書き始めました。
詳しくは、活動報告をご覧ください。
色んな意味で大騒ぎだった誕生日パーティーの翌日。
パーティーに使われたホールは、マリーカさん達メイドさんの手によってすっかり綺麗にされていた。
相変わらず、ウチの使用人さん達のレベルが高い。
そして、昨日酔いつぶれて泊まった人が多くいたので、その人達の朝食も用意すべく、朝からパタパタと忙しく働いている。
いつも俺達を助けてくれるこの人達にもなにかしてあげないとなあ。
なんてことを思いながらリビングのソファに座り、メイドさん達が働くさまを眺めていた。
「シン君、どうしたんですか?」
そんな風にボケッと眺めていたら、隣に座っているシシリーから声をかけられた。
「ん? いや、マリーカさん達にはいつもお世話になってるからさ、なにか慰安的なことができないかなと思ってさ」
思ったことをそのまま言ったら、シシリーは突然、俺にしなだれかかってきた。
「皆さんのことを大切に考えてくれているんですね。優しいシン君……大好きです」
そう言って頭を胸に擦り寄せてくるシシリー。
か、可愛いな! おい!
甘えてくるシシリーに我慢ができなくなりそうになった時……。
「ちょ……ちょっと、なに? この甘い空気は?」
「歯が浮きそうですわ」
「はわわ、大人の情事です!」
ウチに泊まっていったマリア、エリー、メイちゃんの三人が起きてきた。
「あ、おはようございます」
「……シシリーがアワアワしない……」
「あら、ひょっとして」
「ふえ?」
事も無げに挨拶するシシリーを見て、マリアとエリーはなにかに感付いたようだ。
メイちゃんは、ソファでイチャイチャしていたのを見ての反応らしい。
っていうか、よく使ってるけど、なんで十歳の子が情事なんて言葉を知ってるんだ?
「そう……そうなのね?」
「おめでとうと言った方が良いのかしら?」
「え? なにかあったですか?」
なにも分かってないメイちゃんにちょっとホッコリした。
「朝からなにをしているんだ?」
「おはよ……わ! シン君とシシリーがいつも以上にベッタリくっついてる!」
オーグとアリスも起き出してきて、リビングに顔を見せた。
「おはようございます」
さすがに、オーグに対してそのまま挨拶するのは憚れたのか、シシリーは俺から離れて挨拶した。
「おはよ。皆どうしてる?」
「夕べ相当呑んだのだろう。うなされていたぞ」
「ウチのお父さんも……もう、恥ずかしいなあ!」
酔っぱらうディスおじさんはよく見るけど、グレンさんは初めてだ。
そのことが恥ずかしかったのだろう。アリスが文句を言っている。
「まあ、尊敬する教皇さんのあんな姿見ちゃったもんな……」
「父上は事情を知っていたのだから、ただの呑みすぎだ。まったく、今日も公務があるというのに」
相変わらず、ディスおじさんに辛辣だな、オーグは。
「それより……」
「なに?」
ディスおじさんのことで愚痴を言っていたオーグが、俺とシシリーを見てなにか言いたそうにしていた。
「お前達、ひょっとして……」
「おはよう……」
オーグの言葉を遮るように、昨日ベロベロに酔っぱらっていたエカテリーナさんがフラフラとした足取りで現れた。
「おはようございます、エカテリーナさん。大丈夫ですか?」
「おはようシン君。私、昨夜師匠と話をした後の記憶がないんだけど……なにか変なことしなかったかしら?」
「え? いや……べつに……」
そう言って皆を見ると、カクカクと首を縦に振っていた。
昨日のことはなかったことにするつもりだろう。
「そう、よかった……あー頭いたい……」
「だ、大丈夫ですか?」
二日酔いが辛そうなエカテリーナさんに対し、シシリーが言葉をかける。
「大丈夫よ。こんなになるまで呑んだのは久し振りだから体が驚いたのかしら。無理をするものではないわねえ」
まあ、教皇さんだしな。
呑むとしても、乾杯やたしなむ程度なんだろう。
他の大人たちに比べて、大分早い段階で酔いつぶれちゃったしな。
「それにしても、記憶が無くなるまで呑むなんて……皆さんには、はしたないところを見せちゃったわ」
「たまにはいいんじゃないですか? 息抜きも必要ですよ」
「フフ。ありがとうシン君。さて、そろそろ帰らないと」
「朝食がもうすぐできると思いますけど」
「向こうでも朝食が用意されているのよ。それを食べないと、昨夜抜け出してきたことがバレてしまうわ」
「黙って出てきたんですか!?」
なにやってんだこの人!? 確かに、ゲートが使えればこっそり抜け出すこともできるだろうけど。
っていうか……。
「こっそりってことは、じいちゃんはエカテリーナさんのプライベートルームに迎えに行ったんですか?」
「ええ。昔、放浪の旅をしていた時にイースにも立ち寄ったことがあるし、先生と師匠が私の恩師であることは、イースでは割と知られているの」
「へえ」
「シン君達が魔人を掃討してくれた後ぐらいに、通信機でディー兄さんに連絡をとってね、師匠達に来てもらったの。その時に部屋まで案内したのよ」
「いつの間に……」
俺達が王都に戻ってから、爺さんとばあちゃんがよく家を空けていたのはそういうことか。
「でも、なんで呼んだんですか? 何か用事でも?」
「いいえ? ただ、日ごろの愚痴や弱音を聞いてもらっていただけよ?」
「……ディスおじさんも山奥の家に愚痴を言いに来てましたけど……国家元首って、じいちゃんとばあちゃんに愚痴を言うのが流行ってるんですか?」
「私やディー兄さん、アーロンもそうだけど、国のトップになっちゃうと弱音なんて吐けないのよ。弱味を握られちゃうから。その点、先生と師匠なら気軽に弱音を吐けるもの」
リアルに口は災いになるんだ……。
きっと日頃言えない愚痴とか溜まってるんだろうなあ。
「ほ。起きておったか」
「おはようさん。大丈夫かね?」
「あ、先生、師匠。おはようございます」
エカテリーナさんと話していると、爺さんとばあちゃんが起きてきた。
ところで、さっきから気になってたけど、先生って爺さんのことか。
「じいちゃん、先生って呼ばれてるんだね。昔は人に教えるのが苦手だったんじゃないの?」
「この子が勝手に呼んどるだけじゃよ」
「見ているだけで勉強になったもの。先生で間違いないですわ」
見てるだけで、色々吸収しちゃったのか。
聖女と呼ばれ、教皇にまで上り詰めた人だものな。
この人も天才なんだろう。
「さて、それじゃあそろそろ戻るかい?」
「はい。お願いします」
「ほ。それじゃあ、行くかの」
そう言った爺さんは、ゲートを開く。
そのゲートに向かっていたエカテリーナさんが、俺達の方に向きなおった。
「それでは皆、次に会う時は、結婚式の時ね。それまで元気で」
『はい! 教皇様もお元気で!』
皆は、綺麗に頭を下げ、エカテリーナさんに礼をしている。
「次に会う時を楽しみにしてます」
「フフ。それじゃあね」
俺達に向けて軽くウィンクを一つしたエカテリーナさんは、ゲートを潜ってイースにある自分の部屋へ帰っていった。
俺はそうでもないけど、他の皆はようやく一息つけたようだ。
「それにしても、そんなに緊張するもんか?」
「お前が特殊すぎるんだ。この世界唯一の宗教のトップだぞ? 普通、会えるだけでも幸運だというのに……」
「まさか、本当に名前呼びをするとは夢にも思ってませんでしたわ」
オーグみたいな王族ですら、滅多に会えない人なのか。
でも、ディスおじさんはエカテリーナさんの兄弟子だって言ってたし、会おうと思えば会えるんじゃないかな?
そして、エリーの言う名前呼びだが、爺さんとばあちゃんの元弟子ということで、急に親近感が湧いちゃったんだよ。
俺は二人の孫だけど、いわば師匠と弟子でもあるからな。
俺にとっては姉弟子? みたいな感じがしたんだ。
「本当にアンタは……人間関係すら非常識とか、どうなってるのよ?」
「じいちゃんとばあちゃんのせいだよ。それは!」
人間関係に関しては俺のせいではない!
そんなことを言いあっていると、二階から誰かが下りてくる足音が聞こえた。
「あぁ……頭が痛い……」
「ちょ……あにさん。揺らさんといて……」
兄弟子二人が、フラフラした足取りで現れた。
そこに、兄弟子としても国家元首としての威厳はない。
「あれ? カーチェはもう帰ったのかい?」
「たった今帰ったよ。ディスおじさんとアーロンさんは帰らなくていいの?」
「私にとって、ウォルフォード家は離れみたいなもんだよ。誰も心配なんてしてないよ」
「俺は帰らなあきませんわ。一応嫁の目の前でおやっさんにゲートで連れ出してもろたから変な勘ぐりはされてへんやろうけど、それとこれとはまた話が別やからなあ……」
「ここにも奥さんに頭が上がらない人が……」
今まで亭主関白な人に会ったことがない。
ひょっとして、そんな言葉もないのかも……。
「おやっさんかて……なあ?」
「いや、マーリン殿を引き合いにだすのはさすがに……相手はメリダ師だぞ?」
「そら勝てんわ」
おじさん二人が楽しそうに笑っているけど、俺はそれどころじゃなかった。
だって、ゲートで送りに行っただけだぞ?
長居する訳がない。
つまり……。
「ほう? アンタ達、楽しそうな話をしてるじゃないか?」
「げえっ! お師匠さん!?」
「メ、メリダ師!? カーチェを送りに行っていたのではなかったのですか!?」
二人の背後にゲートが開き、そこからばあちゃんが現れたのが見えていたのだ。
当然、さっきの会話も聞かれてた訳で……。
「どうも、長く人の上に立ち過ぎて傲慢になっちまったようだ。こりゃあ、ちょっと性根を叩き直してやらないといけないかねえ?」
「なっ!?」
「そ、そんな!?」
大国の国家元首二人が絶望に打ちひしがれてるよ。
やっぱり、ばあちゃんが世界最強なんじゃ……。
結局、ディスおじさんとアーロン大統領の二人は、リビングに正座させられ、同じく泊まっていたジュリアおばさん達が起きてくるまで延々と説教されており、朝食が出来上がるころには、二人ともグッタリしていた。
結局、アーロンさんは家で朝食を取らないと奥さんがうるさいとのことで、朝食は取らずに帰って行った。
二日酔いと、説教のダメージでフラフラしながら。
と、そんなアーロンさんの様子を見て、俺はあることを思い出した。
「あ」
「シン君、どうしたんですか?」
思わず声を出してしまった俺に、シシリーがどうしたのかと聞いてくる。
「エカテリーナさんとアーロンさんに、例のペンダントを貸してあげればよかった」
「え? ああ。二日酔い辛そうでしたもんね」
「二日酔いって、多分酒が体に残ってるから起こるんだろ? 実際、俺らはほろ酔いにしか酔ってないんだし」
「ペンダントの効果で、二日酔いがなくなっていたかもしれませんね」
そう、俺らが普段から身に付けている『異物排除』の効果が付与されたペンダントを、エカテリーナさんとアーロンさんに貸してあげれば、執務前に二日酔いを治せたかもしれないのだ。
「悪いことしちゃったな」
「そんな気を回さなくていいさね。あれは自業自得。酒は呑んでも呑まれるな。これでちょっとは反省するだろうさ」
俺がそんなことを言っていると、アーロンさんの見送りには同行しなかったばあちゃんがそう言った。
辛い思いをさせて、失敗を学ばせようってことか。
相変わらず容赦ないな、ばあちゃん。
俺が失敗したと思ったことは、別に気にしなくていいと言われてしまい、結局そのまま泊まった皆で朝食を取った。
普段、俺達三人しか使わない大きなテーブルは、今日は本来の役目を果たすかのように人で埋まっていた。
それにしても、これって傍から見たら異様な光景だよな?
王族、貴族、平民が一緒のテーブルで食事しているという、ウチ以外では絶対ありえない組み合わせで朝食を食べる。
王族、貴族組は気にしてない様子だが、平民であるアリス父子は非常に居心地が悪そうである。
かといって、二人だけ別にするのも疎外しているようで可哀想だしな。
まあ、そのうち慣れるだろ。
そんな風に、考えごとをしながら食事していたからだろうか。
「シン君」
「ん?」
「ほっぺに……」
「え? ああ」
食べかすがついたのかな。
頬を撫でると、シシリーがクスッと笑って手を伸ばした。
「もう、ここです」
そうして、俺の頬についた食べかすをひょいとつまむと、そのまま自分の口に運んだ。
「食べながら考えごとしてちゃ駄目ですよ?」
「そうだね、ゴメン」
そんな、何気ないやり取りをシシリーとしていたのだが、なぜか妙に視線を感じた。
話し声も止んでるし、なんだ?
「今の何気ないやり取り……」
「やっぱり、そうなんですのね?」
「そうかい。大人になったかい、シン」
「え?」
「はい?」
マリアとエリーが何か確信したように、ばあちゃんは感慨深そうにつぶやく。
俺とシシリーは、今のやり取りで何が分かったのかが分かってない。
何? 何を理解したの?
「なるほど、なるほど。これは是非とも、この事態を速やかに終息させないといけないみたいだねえ」
「頑張ってくださいな。あなた」
なんかディスおじさんが、急にやる気に満ち出したし、ジュリアおばさんもおじさんを支援している。
「あの……皆、何言ってんの?」
「大人になったお前達のために、早く結婚式を行ってやらねばいけないと考えているのだろう」
「あ、そういうこと……」
「はぅ!?」
それがバレたのね……。
「あぅ、あぅ、シン君とシシリーのえっち!」
うおいアリス! そんな直接的な言葉を発するな! 恥ずかしいだろうが!
もう、皆には何があったのか周知になってしまったようで、なんとも生温かい視線を頂戴してしまった。
シシリーは真っ赤で、顔も上げられない。
そういう俺の顔も赤いに違いない。
恥ずかしいなあ、もう。
「ふえ? なにかあったですか?」
そんな中で、唯一なにも分かってなかったメイちゃんにホッコリしたのは言うまでもない。
そして、そんな恥ずかしい思いをした朝食が終わり、泊まっていた人達も各々の家に帰し、家には俺とシシリーだけが残った。いつもの日常に戻ったな。
そうして、昨日の大騒ぎが嘘のように静まり返った我が家で、爺さんとばあちゃん、俺とシシリーはリビングのソファに座っている。
なんでかって言うと、爺さんとばあちゃんから話があるって言われたからだ。
なんだろう?
ひょっとして、まだ早すぎたのかな?
怒られるかもしれないと、ビクビクしながら二人の前に並んで座っている俺とシシリー。
しかし、どうも様子がおかしい。
爺さんとばあちゃんは、非常に難しい顔をしながらも中々言葉を発しようとしない。
そ、そんなにまずかったのか?
そう思った矢先だった。
「実はの……シンにはまだ話しておらなんだことがあるのじゃ」
「話してないこと? 昔、弟子がいたこととか?」
「まあ、似たようなもんじゃ」
ということは昔のことか。
そういえば、昔、魔人を倒したことがあるとは聞いたことがあったけど、まさかこんな英雄扱いされてるとは夢にも思ってなかったし、その辺の話は聞いたことがなかった。
そういう話だろうか?
そう、推測したのだが……。
「シンは、不思議に思わなかったかい? アタシらは元夫婦だ。なら……子供はいなかったのか? と」
「それは……」
確かに思った。
でも、世の中には子供が欲しくてもどうしても授かれない夫婦はいる。そのことは知っている。
だから、爺さんとばあちゃんもそんな夫婦なんだろうと、勝手に思っていた。
でも、この口ぶりからすると違うのか?
「昨日、小娘……エカテリーナに恋人がいたって話があっただろう?」
「うん」
「その恋人というのはのお……」
この話の流れ……まさか。
「ワシらの息子……名前はスレインと言うんじゃ」
やっぱり……そうか……。
でも、だとすると。
「昨晩のエカテリーナの言葉。それだけで分かるだろう? スレインは死んでしまって、もうこの世にはいない」
「そう……なんだ……」
親として、子供に先立たれることが、どれほど辛いことなのだろう?
俺は、前世でも今世でも親になったことがないから分からない。
でも、相当辛かったことは推測できる。
「……辛かったんだね……じいちゃん、ばあちゃん」
「シンっ……」
「おバカ! そ、そんなこと言うんじゃないよ!」
思い出してしまったのだろう、二人の目に涙が浮かんでいる。
そりゃあ話せる訳ないよな。
辛いことを思い出してしまうんだから。
「じいちゃん、ばあちゃん。辛いなら話さなくてもいいよ?」
「……いいや、ワシらは家族じゃ。家族の間にあったことはみな知っておかねばならん」
「今まで黙ってたアタシらが言えた義理じゃないけどね。エカテリーナに諭されたよ。家族であるシンに隠し事をしたままでいいのかってね」
そっか……家族か……。
二人がそう決意してくれたことが嬉しく、でも辛い話をさせないといけないことに少し心苦しい思いをしながら、二人の話を聞くことにした。
「分かったよ。全部聞く。聞かせて?」
「お爺様、お婆様。私も聞きます。聞かせてください」
「ああ、そうじゃな。スレインが産まれたのは、ワシらが魔人を討伐する数年前じゃった」
「やんちゃな男の子でねえ……アンタとは違う意味で目が離せない子だったよ」
二人が昔を思い出して優しい目をしている。
幸せな時代の記憶か……。
「当時のワシは魔物ハンターをしておってな。子供を産むまではメリダとペアで仕事をしておった」
「アタシが子供を産んでから、マーリン一人で魔物狩りに行ってたんだけど……よく素材をダメにして帰ってきてたねえ……」
「え? そうなの?」
「ほっほ……昔は繊細な魔法は苦手じゃったんじゃ」
「スレインを育てなきゃいけないからお金がかかるって言ってんのに、いっつも暴走して」
「い、今はその話はエエじゃろ? スレインの話じゃ」
「ああ、そうだったね」
爺さんの若いころの話も気になるけど、今はそれよりスレインさんの話だ。
「まあ、スレインを育てなきゃいけないから、色々と入用でね。アタシも独自に魔道具を開発したりして生活費を稼いでいたのさ」
「庶民の生活の役に立つ魔道具を作り出しての……ワシより稼ぎが多かったのう……」
「そんなアタシとずっと一緒にいたからかね。魔法使いの素養はあったけど、どっちかというと魔道具職人になりたがったねえ」
「へえ、なんか意外」
俺はバッチリ魔法使いとして仕立て上げられましたが?
「そんなある日、例の魔人騒動が起こった訳じゃ」
「魔人を討伐して英雄としてもて囃されることに疲れちまってね。スレインが成人したら、王都を出て旅に出ようということになったのさ」
「その旅じゃな、ディセウムが付いてきたのは」
ということは、例の旅にはもう一人、スレインさんが入ってパーティが完成するのか。
「途中で、神子になりたてのエカテリーナを拾ってね。同い年だった二人は、割とすぐに気が合って、恋仲になるまでにさほどの時間はかからなかったねえ」
十五、六歳のころか。俺とシシリーと一緒だな。
シシリーも同じことを感じたようで、俺の手を握ってきた。
それは、甘える感じではなく、少し震えている。
この後、恐らく悲劇が待ち受けているはずだから、そのことを予感してしまったのだろう。
「行商の途中で魔物に襲われていたアーロンを助けて、そのままアタシらに着いて来て……四年だね、旅は順調そのものだった」
恋仲になってから四年経過していたのか。
結婚はしなかったのかな?
その疑問は、次のばあちゃんの言葉で解消した。
「スレインが二十歳になる誕生日を迎えたら、二人は結婚するはずだった」
二十歳か。確かに、それぐらいで結婚する人が多いって聞くし、それまで待っていたんだろうな。
「それがのう……その誕生日を前に、とんでもない報せが入ったんじゃ」
「とんでもない報せ?」
「ああ……竜がね、魔物化したってんだ」
「竜?」
「そ、そんな!? まさか!?」
え? 竜ってドラゴン?
空想上の動物で、実在はしてないんじゃなかったっけ?
「あの、竜って? 実在すんの?」
「ん? ああ、シンは知らんかの」
「草食竜や肉食竜なんかがいてね、魔物化してなくても数メートルはある体躯をしている、トカゲみたいな生物さ」
草食竜に肉食竜にトカゲって……。
「恐竜かよ!?」
「キョウリュウ?」
「なに言ってんだい。リュウはリュウだよ」
「あ、あはは。そ、そっか。そんな生物がいたんだ」
アブね。思わず変なこと口走っちゃった。
それより、恐竜が生き延びてるんだな。
「竜は、その革が非常に高級な素材になるんでな。魔法を覚えた人間が乱獲して数を減らしてのう。とある地域に保護されておるんじゃ」
「生物は、大型であればあるほど、そして知恵があればあるほど魔物化はしにくいと、そう思われていたんだけどね」
「人が魔人になり、大型の生物である竜も魔物化してしまった……」
「まあ、竜の魔物化は例がなかった訳じゃないらしいんだけどね。それでも文献で確認される程度で、実際にそう起こることじゃない」
「じゃが、その滅多に起こらんことが起きてしまっての。ワシらに討伐の依頼がきたんじゃ」
それはそうか。その時すでに魔人を倒した英雄だ。
爺さん達ならと、期待されたんだろう。
「竜の魔物は確かに討伐した。したんじゃが……」
「……その戦闘の際に、スレインがエカテリーナを庇って……」
「もういいよ! もう話さなくていい!」
二人の顔がみるみる辛そうになっていった。
息子が亡くなる際の説明なんてしなくていい。
そう思って、俺は二人の会話を遮った。
やがて、その場面を思い出してしまった二人は、しばらく悲痛な表情をしていたが、再び話始めた。
「エカテリーナの取り乱しよう、落ち込みようは酷くてのう。なんとか心が壊れずに持ちこたえたようじゃが……今も引き摺っておるんじゃろう。今の歳まで独身なのがいい証拠じゃ」
「……アタシらも、スレインのことが相当堪えてねえ……息子も守れない者が、何が英雄だってね。ハンターを辞めちまったのさ」
「スレインを死なせてしまったことは、ワシらの関係も変えてしまった。ワシもメリダも、お互いに息子を守れなかったことを後悔しての。二人して自分のせいだと、己を責めていたんじゃ」
「そんな状態のまま夫婦生活を続けるのは苦痛でねえ……それで離縁しちまったのさ」
そっか……。
なにかあるとは思っていたけど、そんなに重い話があったとは……。
「それから数年経ったころじゃのう、シンを拾ったのは」
そんな辛い過去があったなんて、微塵も感じられなかった。
俺には、そんな姿は見せないように、気を遣ってくれたんだな……。
「まさしく奇跡としかいいようのない状況で生き延びていたシンを拾った。身元も分からん。そんな赤子がワシの腕の中におった。ワシはこれを天命じゃと思うた。今度こそ、この子を死なせんように育てよと」
「そっか……」
「……それでかい? アンタが、シンにアホみたいに魔法を教えていたのは?」
「そうじゃな。確かにシンの物覚えの良さに暴走した感は否めんが……大元は、シンが誰にも害されんような強さを身に付けて欲しかったというのが本音じゃの」
「その結果がこれかい……」
あれ?
いつの間にか、俺の話になってばあちゃんが溜め息吐いてる。
どうしてそうなった!?
「あの……一つ質問いいですか?」
「ほ。なんじゃ?」
「なんでも言ってみな」
二人の話の矛先が俺に向いたことに疑問を感じていると、シシリーが質問があると言う。
なんだろう?
「普通、子供を拾った場合、その人は育ての親。つまり養父になると思うんですけど……お爺様は、なぜ祖父と孫としてシン君を育てたんですか?」
「あ、そういえばそうだ。じいちゃんはじいちゃんだったから、今まで全く疑問に思ってなかった」
すると爺さんは、少し苦笑して話してくれた。
「スレインとエカテリーナがあのまま結婚していたら……恐らく、シンくらいの孫がおったはずじゃと……そう思うてな」
「……アタシも何の疑問も持たずに、シンを養子じゃなく孫として認識したね。そうかい……アタシもそう思っていたのかねえ……」
最初から、俺を孫として育てたのは、本当なら俺くらいの孫がいてもおかしくなかったから。
何事もなければ、本当にそうなっていたはずだから。
だから『孫』として育てられたのか……。
英雄の孫、賢者の孫と言われているけど、そんな悲しい想いがあったんだな……。
「そういえば、昨日酔ったエカテリーナが、自分のことをお母さんと呼べと言っていたじゃろう?」
「ああ……本当に無茶なこというよね」
「それも同じじゃろう」
「え?」
「本来なら、ワシとメリダの孫。それはエカテリーナが産んでいたはずじゃからな」
「あ……」
『師匠の孫なんだから、私の子供でいいでしょう?』
酔って呂律が回ってなかったけど、確かにそう言った。
そうか……エカテリーナさんも、そんな風に思っていたのか……。
独り身の寂しさから無茶なことを言ったんじゃなかったんだな。
「やっぱり、お母さんって呼んであげた方がいい?」
「それはイカン」
「言うんじゃないよ?」
「なんで?」
「影響力が大きすぎるんじゃ」
「神の御使いとまで言われているアンタが、教皇のことを母なんて呼んでご覧。とんでもない騒ぎが起きるよ?」
「そ、そっか。やっぱやめとくわ」
あぶね。情にほだされて危ないことするところだった。
「言っておくがの。確かにスレインとエカテリーナに子供ができなかったことは残念じゃ。じゃがの、ワシらはシンのことをその代替じゃと思うたことは一度もないからの」
「その通りさね。シンはシンだ。それを間違えたことはないよ」
「じいちゃん……ばあちゃん」
自分の子供と、存在しない血の繋がった孫の話をしてしまったからか、二人がすぐに俺にフォローを入れてくれた。
分かってるよ爺さん、ばあちゃん。
俺、一度もそんな風に感じたことなんてなかったから。
二人は俺にとって、いつも爺さんとばあちゃんだったから。
「シンみたいな子なんて、この世のどこを探したって見つかりゃしないからねえ」
「ほっほ。そうじゃの」
「あの……そうですね」
せっかく感動したのに、台無しだ!