×××してしまいました
三大大国首脳が三人揃って頭を下げてる。
……いやいや!! なんだコレ!?
「ちょ、ちょっと! やめて下さい! なんで頭を下げてるんですか!?」
周りの空気が凍りついてるよ!
そんな異様な空気の中、三人は頭を上げた。
そして、代表してエカテリーナ教皇が説明を始めた。
「私達は、今だかつてない世界の危機を迎えていたわ。そして、そんな絶望的な状況に立ち向かうには旗頭となる人物が必要だった」
まあ、言わんとしていることは分かる。
絶望的な状況の中で民衆を引っ張って行くには、強大な存在が必要だ。
「そんな旗頭となるのに打ってつけの人物がいた。かつて世界を救った英雄の孫で、自身もすでに何体もの魔人を討伐している、現代の英雄」
そう言って俺を見た。
俺自身に自覚が無いし、そもそもあんまり苦戦をしていないのでそんな大層な呼ばれ方をする方が違和感があるんだけどな。
「シン君。あなたを旗頭にすることは各国の国家元首の誰もが異を唱えなかった。それほど圧倒的な支持を受けて私はあの時演説をしたの」
出陣式の時の演説は、独断じゃなくて全員一致で決まっていたことなのか。
「でも私達は一番支持を得なければいけない人の支持を得るのを忘れていたわ」
うん。全く聞いてなかったからね。本当にびっくりしたわ。
「全世界が注目する場であんなことを言えば、シン君の人生を変えてしまうというのに、そんなことを本人の許可なく行ったことを謝罪しに来たの。本当にごめんなさい」
「申し訳ない。この通りだ」
「悪かったねシン君」
そう言って三人は再び頭を下げた。
「いやまあ、それは分かりましたから。っていうか、国家元首がそんな簡単に頭を下げていいんですか?」
「だからこの場を選んだのよ。公式ではない場で、皆が集まっていて、に……ディセウム陛下もいる。こんな機会は二度とない。だから、メリダ殿とマーリン殿に頼んで連れてきてもらったの」
なるほど、そういうことか。
公式な場で軽々しく頭を下げる訳にはいかない。
そもそも、公の場で俺を担ぎ上げたことを謝罪してしまったら、エカテリーナ教皇さんの信頼が失われるかもしれない。
けど、勝手にやったことの謝罪はしたい。
だから、今日のこの場を選んだのか。
これは個人の、それも平民宅でのパーティーだ。
爺さんのゲートでこっそり現れば、周りに知られることもないし。
「そんな訳でな、場を乱すのは分かっとったんやけど、ここしか無かったんや。そのことも堪忍なあ」
「本当にごめんなさい」
「私はしょっちゅう会っていたけど、私の謝罪だけでは意味がない。エカテリーナの謝罪がなければね。だからシン君が誕生日パーティーをすると言った時にコレだと思ってね。通信機で事前に連絡をして、マーリン殿のゲートで連れてきて貰うように頼んだのさ」
そうか。ばあちゃん達が連れてきたんじゃなくて、ディスおじさんに頼まれたのか。
いくら爺さんとばあちゃんとはいっても、大国の国家元首にそうホイホイ会える訳ないもんな。
「まあ、メリダ師に怒られたというのが一番大きいんだがな」
「そうね、あれは効いたし、自分のしでかしたことの大きさを自覚したわ」
「カーチェ、思いくそド突かれとったもんな」
ばあちゃんに怒られた? っていうかド突かれた?
「え? 何? ばあちゃん、教皇様ド突いたの?」
「人の迷惑を省みない小娘をド突いて何が悪いんだい?」
「こ、小娘!?」
ばあちゃん、教皇様のことを小娘って言ったぞ!?
周りの皆も動揺しているのが分かる。
この国の誰もが尊敬しているばあちゃんが、これまた皆の尊敬を集めるエカテリーナ教皇さんをド突いた。
しかも、小娘呼ばわりだ。
動揺するのも当然だ。
そういう俺も混乱している。
「やっぱり、言ってなかったんですね?」
「別に、大っぴらに言いふらすことでもないだろう?」
「そうでっか? 創神教教皇猊下の師匠なんて立場、普通やったら言いふらしますやろ?」
混乱していると、アーロン大統領からとんでもない事実が告げられた。
『し、師匠!?』
そう、ばあちゃんがエカテリーナ教皇さんの師匠だと言うのだ。
「大統領の師匠でもあるわね」
『だ、大統領も!?』
益々混乱するわ。
なんだよ、それ?
「シン君。この前、私がメリダ師の弟子であったことは話しただろう?」
「う、うん。だからディスおじさんはばあちゃんのことを『メリダ師』って呼ぶんだって……あ!」
「思い出したかい?」
「そういえば、あの時、他にも同行していた人がいたって言ってた! じゃあ、まさかそれが……」
「そうだ。当時駆け出しの神子で、修行の旅の途中だったエカテリーナと、行商人だったアーロンだよ。二人は私の妹弟子、弟弟子なんだ」
後に国家元首になる人間が三人もいるとか、どんなパーティだよそれ!?
でもこれで、ディスおじさんがエカテリーナさんを呼び捨てにしてたり、アーロン大統領がエカテリーナの愛称であるカーチェって呼んでる意味が分かったわ。
「あの頃は、しょっちゅう師匠に頭をド突かれてたわねえ……」
「俺も……何回か頭の形変わるんちゃうかって思ったわ……」
エカテリーナ教皇さんとアーロン大統領の二人が遠い目をして呟いている。
相当に辛い過去だったらしいな……。
「その師匠のお孫さんを利用したんだもの。怒られて当然よね」
「俺らも、あの時は追い込まれとったからなあ……流石は師匠のお孫さんや! っちゅうて、カーチェの案に飛び付いてしもたんや」
「なんだい。やっぱり、アンタにもお仕置きが必要だったかい? ええ? 小僧?」
「お! お師匠さん! 俺、もう正座して説教受けましたやんか!?」
「……まあいいさね。あれで勘弁してあげるよ」
ばあちゃんからお仕置きされないで済んだアーロン大統領が、あからさまにホッとしている。
その様子を、パーティー参加者は信じられないものを見たという表情で見ている。
それはそうだろう。
エルス自由商業連合の大統領が、まるで親に怒られる子供みたいな態度を取っているのだ。
叩き上げで有名な人だけに、余計に混乱しているのだろう。
「ハハハ。アーロンは特にメリダ師には頭が上がらないだろうね。なにせ大統領になれたのは、間違いなくメリダ師のお蔭なのだから」
「ディスおじさん、どういうこと?」
「パーティを解散するときに、メリダ師の魔道具販売の権利を貰ったのさ」
ああ、なるほど。
その魔道具で身を起こし、最終的に大統領にまで至ったと。
そりゃあ、頭が上がらないはずだ。
師匠というより、恩人と言った方が正解かもしれない。
「エカテリーナもな。メリダ師の指導のお蔭で、イースに戻った後、聖女とまで呼ばれるようになり、教皇にまで上り詰めたんだ」
「凄いね、そのパーティ。もしその時に何かあったら、その後の歴史が変わっちゃってるじゃん」
「確かにそうだな」
そう言って、ディスおじさんは楽しそうに笑っていた。
昔を懐かしんでいるんだろうか? 実に楽しそうだ。
それにしても、三大大国の国家元首が全てばあちゃんに頭が上がらない。
……ひょっとして、この世界の真の支配者は、ばあちゃんなのではないだろうか?
しかし、ちょっと気になるな。
「ジュリアおばさん」
「なにかしら?」
「おばさんは気にならなかったの? パーティに若い女の子がいたのに」
「ああ。それは気にならなかったわねえ」
「どうして? ディスおじさんを信じてたから?」
「それもあるけど……カーチェ」
「なに? ジュリア姉さん」
ジュリア姉さんって……。
「あのこと、言ってもいい?」
「ああ……いえ、私から言うわ」
「……そう」
なんだ? 急に暗い顔をしたな。
「シン君。ジュリア姉さんが私とディー兄さんの仲を疑うようなことはないわ」
ディー兄さんって……。
「だって……当時私には……将来を誓い合った恋人がいたんですもの」
「へえ、そうだったんで……『なにー!? 聖女様に恋人がいたぁ!?』すかって……」
恋人がいたんなら、ジュリアおばさんが心配しないのも分かるなと思ったら、思わぬところからの叫びで俺の言葉を遮られた。
声をあげたのは、セシルさんにアドルフさん。そして、アリスの父親でウォルフォード商会の取締役の一人であるグレンさんだ。
「そ、そんな……あの純真可憐な聖女様に恋人……」
「は、はは……聞き間違いだよ……な?」
「夢だ。これはきっと夢だ……」
なんか、ぶつぶつ言ってる。
そういえば、三人とも大体同年代だな。
当時のアイドル的な存在だったんだろうか?
「あなた?」
「みっともない真似はやめて下さい。マリアも見ているんですよ?」
「もう、お父さん! 恥ずかしいからやめてよ!」
アイリーンさんとマルティナさんの冷たい声と、アリスの恥ずかしげな声で我に返った三人のおじさん達。
三人とも取り乱したことを恥ずかしそうにしている。
「あ、でも……」
エカテリーナ教皇さんは独身だと聞いている。
ということは別れちゃったのか、それとも……。
「別れてはいないわよ?」
「え?」
俺がなにを聞こうとしたのか察したのだろう。自分からそう言った。
そして、悲し気な表情でこう言った。
「彼、亡くなってしまったから……」
やっぱりそうか。
将来を誓い合ったって言ってたからそうではないかと思っていた。
「すいません。辛いことを思い出させてしまって……」
「いいのよ。二十年近く前のことだし、もう吹っ切れたわ。それより……」
「なんですか?」
「……いえ、なんでもないわ。そうだ、やっぱり教皇様はやめてエカテリーナさんって呼んでもらえないかしら? 師匠のお孫さんに様付けで呼ばれると、なんとも言えない気分になるのよ」
「はあ、そういうことなら」
「じゃあ、これからはそれでよろしくね?」
「分かりましたよ、エカテリーナさん」
「ウフフ。はい、よくできました」
俺がエカテリーナさんと言うと、皆はついに言ってしまったという顔をした。
けど、これだけお願いされたらしょうがないじゃないか。
当のエカテリーナさん本人は、ようやく俺にそう言わせて満足したのか、ばあちゃんのところに行ってしまった。
「さて、これでようやくパーティーに移れるな。皆、今日は無礼講だ。大いに飲み、食い、英雄の誕生日を祝おうではないか」
ディスおじさんのその宣言で、皆酒に手を出し始めた。
変な空気になっちゃったし、呑まなきゃやってられないんだろうなあ……。
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ディセウムの宣言で、皆が酒に手を出し始めたころ、エカテリーナはマーリンとメリダの側にきて、あることを訊ねていた。
「先生、師匠。シン君に、あのこと言ってないんですね」
先生とは、マーリンのことである。
「……シンには関係ないことじゃからの」
「関係ない? 本当にそう思ってるんですか!?」
マーリンが、シンには関係がないと言ったことに、エカテリーナは驚いたようにそう言った。
なぜなら……。
「あの人は……スレインは、お二人の息子なのに?」
エカテリーナはそう言った後、じっとマーリンとメリダを見た。
「シン君は、先生と師匠を本当の祖父母だと慕っている。見れば分かります。だというのに、お二人はそうではないとおっしゃるんですか?」
「なっ!?」
エカテリーナの、挑発的とさえ言える物言いに、メリダは怒りを覚えた。
眉間に皺を寄せ、青筋を立てるメリダと、内心は冷や汗ダラダラのエカテリーナはしばらくにらみ合いを続けた。
皆が酒や料理を手に取る為に視線をテーブルの方に向けていなければ、その雰囲気に倒れる者もいただろう。
それほどの緊張感が漂っていた。
「ちょ、ちょお……お二人さん?」
アーロンだけ巻き込まれていた。
しばらくにらみ合いが続いたが、やがて一つ息を吐いたメリダが呟いた。
「……いつか話すさね」
「……そうですか」
エカテリーナの物言いに、激昂しかけたメリダだが、この状況はそう言われても仕方がない。
そう考えたメリダは自分が怒るのは筋が違うと考え、怒りを収めた。
師匠が引いてくれたことに安堵しつつ、エカテリーナは挑発するような真似をしたことを詫びた。
「すいませんでした師匠。生意気なことを」
「ふん。あの小娘が成長したもんさね。アタシに名前を呼ばれるだけでビクビクしてたくせに」
「ちょ、そんな昔のこと!」
「アーロン、アンタは変わらないねえ……オロオロするばっかりで」
「え? 俺、関係ないやん?」
ことのついでに巻き込まれたアーロンを見たエカテリーナが小さく吹き出し、ようやく空気が弛緩した。
「確かにアンタの言う通りだ。聞かれなかったから言わなかった……非道い言い訳もあったもんさね」
「辛い気持ちは痛いほど分かります。けど……」
「家族であるシンに言わないのは違うか……」
マーリンとメリダには辛い過去がある
誰かと仲が良くなったからといって、過去の全てを話さなければいけない、などということはない。
でもシンは違う。
シンは家族だ。
血は繋がっていなくても愛情を注ぎ大事に育ててきた孫だ。
その孫に自分達のことを話していない。
確かに聞かれなかった。
しかしそれは、シンが二人を気遣って聞かなかったのではないか?
「あの子なら、感付いていてもおかしくはないかねえ……」
「そうじゃの。時折、何か言いたそうにしておるのを見たことがある。あれは……ワシらのことを聞こうか聞くまいか、躊躇っておったのかのう……」
「まったく……アタシも人のことは言えないね。なんて情けないジジババだ」
「そうじゃの……」
孫に気を遣わせてしまった祖父母は揃って溜め息を吐く。
「お二人のことを考える、素晴らしいお孫さんですね。シン君は」
「自重を知らないおバカだけどね」
「フフ」
孫を褒められて嬉しかったのだろう。おバカだと言いつつも、嬉しそうなメリダの様子にエカテリーナは微笑ましく思い、笑みをこぼした。
「まあ。言うにしても、今日でなくていいじゃろ。めでたい席で暗い話しなんぞするもんでない」
「……そうですね。でも、いつか話してあげて下さいね」
「ああ」
「了解じゃ」
決心がついたらしい二人の様子に、満足そうな笑みを浮かべたエカテリーナは、普段呑ませてもらえない酒を呑むためテーブルへと歩み寄った。
その様子を見ていたマーリンとメリダが、感慨深げにエカテリーナを見て呟いた。
「本当に、あの小娘がねえ……」
「人は成長するもんじゃ。ワシらも見習わんとの」
「そうだね」
そう言いながら、成長したエカテリーナの背中を二人で見詰めていた。
「あの……俺は?」
アーロンを置いてきぼりにして。
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酒が入り始めてから、場が混沌としだした。
この場にいるのは、メイちゃんを除いて全員成人であるため酒が呑める。
俺達は例の『異物排除』のペンダントがあるため、過度のアルコールは排除されてしまい、ほろ酔い程度にしか酔わない。
だが、他の人達が非道かった。
特に……。
「シンくぅん! 呑んでるぅ?」
「あぁ、はい……呑んでますよ」
「あらしもねぇ……ほんとらったらぁ、シンくんくらいのこどもがいてもおかしくないのよお!?」
「はぁ、そうですね」
エカテリーナさんがベロベロに酔っぱらってる。
普段はあまり呑ませてもらえないと言っていたから、こんなに呑んだのは久しぶりなんだろう。
さっきから、絡み酒が非道い。
「あのひとがしんじゃってえ……くににもどったらせーじょなんてよばれらしちゃってえ……けっきょくこのとしまでどくしんよぉ……」
ああもう、なんか鬱モードにも入りかけてんな。
どうにかして慰めようと言葉を探していると、エカテリーナさんがバッと顔を上げて、俺の肩を掴み、こう叫んだ。
「きめた! シンくん! あなた、わたしのことおかあさんってよびなさい!」
『ぶふぅう!』
「お、おかあさん!?」
エカテリーナさんがとんでもないことを言い出したので、ベロベロに酔っぱらう教皇を心配して見守っていた皆さんが吹き出した。
何を言い出すんだ? この人は!?
「呼べる訳ないでしょう!? 何考えてんですか!?」
「なんれぇ? ししょうのまごなんらから、わたしのこどもれいいれしょお?」
「何でそうなるんですか!?」
ああもう! 酔っぱらいの超理論は意味わからん!
「むぅ……じゃあ、シシリーちゃん!」
「は、はい!」
「あなたわぁ、わたしのあとれせーじょってよばれてるんらから、わたしのこと、おかあさんってよんれくれるわよねえ?」
「そ、そんな畏れ多い!」
「こわくなあい! おかあさんってよんれよお……」
あーあ、酔いつぶれちゃった。
テーブルに突っ伏したエカテリーナさんは、そのまま寝息を立て始めた。
「……こんな教皇様、見たくなかったわ……」
「色々と鬱憤が溜まっているんだろう。国家元首であるのと同時に、創神教の教皇でもあるのだからな」
複雑な表情のマリアに比べて、将来、王になることが決まっているオーグはエカテリーナさんのことを擁護した。
確かにストレス溜まりそうだよな。
今日、この場には爺さんとばあちゃんという、自分よりも大きい存在がいたから、気が緩んだんだろう。
それに……。
「スレイン……さびしいよぉ……」
酔いつぶれたエカテリーナさんが寝言を言った。
スレイン? さっき言ってた、エカテリーナさんの死んじゃった恋人だろうか?
それを思い出しちゃったから、余計に心のタガが外れちゃったんだろうなあ。
「はあ……まったくこの子は……済まないねえ。この子のお陰でパーティーがメチャクチャになっちまった」
「い、いえ! 教皇様に誕生日を祝って頂けるなんて思いもしませんでしたから!」
「そうです! 一生の誉れです!」
「この子がねえ……」
「むにゃむにゃ……うふふ」
さっきまで、目尻に涙を浮かべていたのに、今は幸せそうな顔で眠っているエカテリーナさんを見てばあちゃんがまた溜め息を吐いた。
「さて、アタシはこの子を部屋に寝かせてこようかね」
ばあちゃんはそう言うと、爺さんにエカテリーナさんを背負わせ、ホールを出ようとした。
「ほ。そういえば忘れとった」
「おっと、そうだったね」
爺さんの言葉を受けて、ばあちゃんが異空間収納から二つの箱を取り出した。
「プレゼントを渡すのを忘れてたよ」
あ、そういえばもらってなかったっけ?
それにしても、なんで二つ?
「一つはマリア、アンタに」
「あ、ありがとうございます」
マリアに渡された箱から出てきたのは髪飾り。
俺のプレゼントといい感じで合ってるな。
「それは魔道具になっててね。髪につけたまま魔力を流すと、髪を綺麗にしてくれるのさ」
「うわあ! ありがとうございますメリダ様! すっごい嬉しいです!」
へえ。髪を綺麗にってことは、汚れを取るだけじゃなくて、キューティクルなんかも補ってくれるのかな?
またもや女性陣の羨ましそうな視線を感じるが、相手がばあちゃんだからか、詰め寄ることはしないみたいだ。
中でもリリアさんの視線がヤバい。
エカテリーナさんを寝かせた後に色々と話ができると思うから、それまで我慢してほしいな。
で、後の箱は一つしかないんだけど……。
「これは、アンタ達二人にだよ」
「俺達?」
「二人ですか?」
なんだろう? シシリーと二人で顔を見合わせてから、渡された箱を開けてみた。
すると、そこには……。
「ばあちゃん、これって……」
「わあ……」
華美な装飾は施されていない。しかし、相当上等なものと分かる指輪が入っていた。
それも、ペアで。
「シンとシシリーさんの結婚指輪じゃ」
「アタシらにはこんなことくらいしかしてやれないけどねえ」
結婚指輪。
この世界にも、左手の薬指に結婚指輪をする風習がある。
現にシシリーは婚約指輪をはめているし。
いずれはそれも用意しなければと思っていたものを、爺さんとばあちゃんからプレゼントされた。
これは、単純に高価なプレゼントをされたことだけじゃなくて、二人が俺達の結婚を心待ちにしてくれている証拠のように感じ、嬉しくて涙が溢れそうだった。
「じいちゃん、ばあちゃん、ありがとう……メッチャ嬉しい」
「お爺様、お婆様、ありがとうございます……」
シシリーも感激したのか、眼がウルウルしてる。
「アンタ達の結婚式が無事行われるように、祈りも込めて……さね」
「ばあちゃん……せっかく感動したのに、不吉なこと言うなよ」
「アッハッハ、じゃあ、この子をベッドに寝かせたら戻ってくるから、パーティーをやり直しときな」
『はい!』
戸惑いから始まり、驚きの謝罪があり、さらに混乱の事態となっていたパーティーは、ようやく普通のパーティーに戻っていった。
「ふう……」
「疲れましたね……」
あの後、ばあちゃんが戻ってきてから、大人達は爺さんとばあちゃんを中心にずっと呑み続けていた。
途中、アーロン大統領が爺さんとばあちゃんに泣きながら日頃の愚痴をこぼしたり、念願叶ってばあちゃんと話をしようとしたリリアさんが、緊張し過ぎてしどろもどろになったり、呑み比べ大会が始まったり……。
あれ? これってなんのパーティだっけ?
と、そんなことを思いながら宴会は続いていった。
結局、大人達は皆酔いつぶれてしまい、俺達の手で空いている部屋に運び込んだ。
それが終わると、自然とパーティーは終了となり、親族が来ていない人達は帰宅し、酔いつぶれた親族がいる者は寝かされている部屋に向かった。
そんな中で俺とシシリーの二人は、ほろ酔いになっている体を冷まそうとテラスにやってきていた。
「おかしいな? 俺達の誕生日パーティーのはずなのに、なんで俺達が疲れてるんだろう?」
「フフ、でも、私達らしくていいじゃないですか」
「プッ、まあね」
主賓押し退けて、どんちゃん騒ぎ。
確かに無茶苦茶で、俺達らしいかな。
そんな他愛もないことを話していると、シシリーがじっとこちらを見詰めていた。
「どうした?」
「いえ……十五年前の今日、私が一歳の誕生日をお祝いしてもらっている時に、シン君はお爺様に命を助けられていたんだなあって思って……お爺様に改めて感謝していたところです」
「そっか……でも、ひょっとしたらその一年前の同じ日に産まれてたのかもしれないよ? まあ、調べようもないけどね」
俺は冗談のつもりでそう言った。
けど、シシリーはそうは取らなかった。
俺に正面から抱き付くと、そっと背中をさすってくれた。
「……シン君のお父様もお母様も、本当はこうやってシン君のことを抱きしめてあげたかったはずです……」
そう言って、静かに涙をこぼした。
「シシリー……」
「教皇様も、本当は自分で子供を産みたかったんだと思います。お相手がいらっしゃったのに、悲しいお別れをしてしまったから……お師匠様のお孫さんであるシン君を、自分の子供のように感じているのかもしれません」
「そう……なのかな?」
「多分……」
「じゃあ、お母さんって呼んであげた方が良かったかな?」
「それはさすがにちょっと……」
シシリーは苦笑を浮かべながら俺を見上げた。
「私は幸せ者です。愛し合ってる両親がいて、その両親から愛されて育ちました。そんな当たり前の幸せに、今日改めて気付かされました」
「そうだね……」
エカテリーナさんは、愛した人がいたのにその人と家庭を築けなかった。
俺の両親は、俺の成長を見ることなく逝ってしまった。
そう考えると、両親が揃っていて、一緒に過ごし、その成長を見守ってくれている。
そんな当たり前のことが、まるで奇跡のように感じた。
「俺達は、子供に悲しい想いをさせないようにしなくちゃな」
「フフ、そうですね」
しばらく見詰め合った俺達は、そっと唇を重ね合わせた。
唇を離した俺達はもう一度見詰め合い……。
「シン君を助けてくださった、十五年前のお爺様に感謝を」
「十六年前に、シシリーをこの世に産み落としてくれた、セシルさんとアイリーンさんに感謝を」
今、こうしてお互いがここにいることの奇跡を、感謝し合った。
そして再び、唇を重ね合わせる。
さっきよりも深く……お互いを求め会うように。
「シシリー……」
「ん……はぁ……シン君……」
そしてその日、シシリーは……。
俺の部屋に泊まっていった。
メリークリスマス