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賢者の孫  作者: 吉岡剛
78/311

ちょっと、落ち込みました

修正しました

「へえ。オーグのところは、また虎が出たのか」

『ああ。なぜ私のところに現れるのは虎ばかりなのか……』


 魔人領攻略作戦の初日が終わった後、昨日と同じように魔物避けの処理を施してから陣を張り、寝る前に報告会を開いていた。


 オーグのところは、虎が出たらしい。


「しかし、オーグの虎狩り数は大したもんだな。これは『虎狩り王子』の称号を授けた方がいいんじゃないか?」

『ぐっ! やはり言われたか……』

『それより、面白い称号を受けたで御座るよ』

「面白い称号?」

『おい、ユリウス! 待て!』

『殿下の魔法を見た兵士達から『雷神』と呼ばれてましたね』

『トール!? お前もか!?』


 裏切られた人は皆同じ反応するのか?


 どこかで聞いたことのある台詞を言いながら、オーグが珍しく取り乱している。


 それはともかく、オーグにも称号が付いたらしい。


 しかし……。


「『雷神』って……随分格好いいじゃないか」

『む。てっきりからかわれるかと思っていたが……』


 魔法使いの王=魔王よりいいと思う。


「私も、どうせなら『風神』とかにしてくれた方が良かったです」


 オーグが雷神と呼ばれることが、マリアも羨ましかったらしい。


「『戦乙女』って……いつまで乙女でいればいいのよ……」


 そっちか。


 多分……大丈夫だと思うよ。そんな意味で『戦乙女』と呼んでる訳じゃないと思うし……。


『あたし達の方には、災害級は出なかったよ』

「へえ、そうなのか? アリス」

『うん。魔物はいっぱい出たけどね。災害級が出なかったら出番がなくなると思って、戦闘に志願しちゃった』

「おいおい。各国には魔物を討伐して貰わなきゃいけないんだからな。殲滅とかしてないだろうな?」


 この作戦を、世界中を巻き込んで進行しているのは、アールスハイドだけが勝ちすぎないように、世界中の皆で世界を守ったということにするためだ。


 その作戦の中での各国軍の役割は、魔物の討伐。


 世界の、民衆の脅威は魔人だけではない。


 シュトロームの出現によって意図的に増やされたと思われる魔物も十分な脅威となっている。


 その脅威を大幅に間引きすることが各国軍の本当の使命となっている。


 アリスが魔物を殲滅してしまうと、各国軍が参加している意味がなくなってしまう。


 ここは、釘を刺しておかないと。


『大丈夫だよ! ちゃんと半分くらい残したから!』

「それでも半分は狩っちゃったのか」

『それで、スイード王国の指揮官さんから『殲滅魔法少女』なんて呼ばれてたわねぇ』

『わー! ユーリ! それは言わなくてもいいんだよ!』

「殲滅魔法少女って……それはまた……」


 痛々しい称号だな……。


『ユーリはズルいんだよ! 『導師様の後継者』なんて格好いいこと言われちゃってさあ!』

『ウフフ……『導師様の後継者』ウフフ』


 珍しく、ユーリのテンションが上がってるみたいだ。


 俺の魔道具は、やり方教えてもらっただけで完全にオリジナルだし、ばあちゃんの後継者とは言えないよなあ。


 ……しょっちゅう怒られてるし……。


「で? トニーのところはどうだったんだ?」

『……うーん、うちはねえ……』


 トニーの配属された、カーナン方面連合軍の様子を聞くと、何やら言葉を濁した。


『どうした? 何かあったのか?』


 オーグも気になったんだろう、何があったのか問いただした


『ああ、いえ、これといった被害はなかったんですがねえ』

「なら、何でそんなに言いづらそうにしてんだ?」

『ああ……あのねえ、僕らの方にも災害級は出たんだよ』

「そっちにも出たのか。魔人領ってところは、本当に魔物の巣だな」

『うーん……』

『なんだ? どうしたのだ?』


 どうにもトニーの歯切れが悪い。やはり何かあったんじゃないか?


『僕らのところにねえ……鹿の魔物が出たんだよ』

「は? 鹿?」

「そんなの、しょっちゅう出るじゃない。それがどうしたのよ?」


 マリアの言う通り、魔物化した鹿なんてしょっちゅう出る。


 それが、トニーの歯切れが悪い原因?


『確かに、中型の魔物の鹿はしょっちゅう出るけどねえ……』

『なんだ? 大型化したか?』


 魔物になると体組織が変化するのか、年月が経つと、大型化してくる。


 大型の鹿の魔物も、たまに出るらしい。


 俺はあったことないけど。


 大型の鹿の魔物が出たから、戸惑ってるんだろうか?


『その鹿がねえ……災害級になって現れたんだ』

「さ、災害級の鹿ぁ!?」

『学院の校舎くらいあったッス』

『私も見ましたから、間違いないです』


 マークもオリビアも見たという。


 しかし、大型でも滅多に見ないのに災害級?


「鹿って災害級になんの?」

『いや……聞いたことがないな。大型化ですらかなり珍しいことなのだ。ましてや災害級など……』

「初耳……ですね」

「でも、うちのところには、狼が災害級になって出ましたよ? シンの話じゃ、珍しいけど無いことじゃないって……」


 狼の魔物も、初めは中型だからな。


 ただ、どういう訳か、狼の魔物は、過去に災害級に到ったという報告がいくつもある。


 なんだろう、肉食だからか?


 それとも、元々頭のいい動物だからだろうか?


『なんだと!? シンのところに狼の災害級が出たのか!?』

「ああ、これから報告するところだったんだけど……どうした?」

『どうしたってお前……狼の魔物が災害級に到った場合、その狡猾さから、虎や獅子より手こずったという話を聞くぞ。大丈夫だったのか?』

「相変わらず、シンが瞬殺してましたよ」

『そ、そうか……特に問題はなかったのだな?』


 オーグが珍しく、俺の心配をしている。


 本当に珍しいな。


「大丈夫だよ。むしろ、前に討伐した狼の魔物より弱くて、拍子抜けしちまったわ」

『……そうか。なら大丈夫か……』

「なんだよ? そんなに心配だったか?」

『いや、お前の心配はしてないんだがな……それにしても、狼の災害級が現れ、災害級には到らないと思われていた鹿が災害級になるか……』

「何気に非道いオーグの返事はともかく、確かに気になるよなあ」

『討伐自体は順調なのだがな。なにか引っ掛かるな……』

「ああ、俺も狼の魔物を討伐した後ちょっと思ったよ。ひょっとして……」

『シュトロームがらみ……か?』

「どうなんだろう? 今の魔人領には、魔物が溢れてるから、魔物化しやすいだけのかもしれないし……」


 こんなに魔物が溢れたことなんて、今までなかったことだからな。どんなイレギュラーが起こるか分かったもんじゃない。


 ただ、シュトロームには、人工的に魔人を増産したり、動物を強制的に魔物化させたりした前科があるからな。


 奴が何かしたって可能性は外すべきじゃない。


 しかし、そうなると……。

 

「アールスハイドの方はどうなったんだろう? 魔法師団も騎士団も、兵力が上がったとはいえ、シュトロームが何かしている可能性があるなら、ちょっとまずくないか?」


 今回の作戦において、アールスハイド軍には、俺達アルティメット・マジシャンズの配属はされていない。


 その理由は、アールスハイドは大国であり、周辺国の数倍の兵力を揃えることができること。


 魔法師団が爺さん式の練習方法で実力を上げたこと。


 騎士団もジェットブーツをいち早く取り入れたことで、他国に比べて兵力が増していること。


 今回の『軍隊』の役割は、魔物討伐。


 災害級までなら、新しい装備と新しい魔法の力で対処可能と判断され、それがゆえに俺達の助力を遠慮したのだ。


 魔人との戦闘を想定していないのは、過去の襲撃から数か月が経過しており、どこか……今回は旧帝都だと予想しているけど、そこに潜伏している可能性が高く、魔人領内にてフラフラしているとは考えられなかったからだ。


 そして何より、アールスハイドは俺達を固有の戦力として保持しない、という意思表示でもあった。


 しかし、シュトロームが何かしたかもしれないとなると、途端に不安になってくるな。


『まだ、定期連絡の兵は戻って来ていないな。魔人領だし、通信機の線を埋める工作部隊と距離が離れてしまったんだろう』

「心配……だよな」

『確かに気になるが、私達の助力を必要としないのは、うちから言い出したことだ。巻き込む以上、周辺国に優先的に我らを配属させるとな』


 本来なら、アールスハイド軍だけでも対処できるであろうこの問題。


 それを、周辺国や他の大国まで巻き込んだのは、アールスハイドの一人勝ちを防ぎ、パワーバランスを取るためだ。


 そんな事情に巻き込むのだから、少しでも周辺国に被害が出ないようにするべきだと判断されたのも、俺達がアールスハイド軍に配属されていない理由だ。


「アールスハイドの方が問題なければ、この作戦自体はうまく行ってるんだけどな」

『……とりあえず、報告を待つか』


 こうなると、アールスハイド軍にも、無線通信機を渡しとくべきだったかな……。


 でも、チャンネル数が足りないし、特別扱いだと見られるかもしれないし……。


 アールスハイドのことは定期報告を待つとして、俺達が派遣されている国の状況は予想外の魔物は出たが、作戦自体は順調だということで定期報告を終わらせた。


 その後、通信機により各方面連合軍の定期報告を受けた兵士が戻ったのだが、その報告を聞いて冷や汗をかいた。


「サ、サイが魔物化した!?」

「そ、それで!? どうなったんですか!?」


 マリアが、いつになく必死になってる。


 俺達がいないアールスハイド軍に、今まで魔物化しないと思われていた魔物が災害級となって当然そうなるだろう。


 オーグとの会話もあり、急にアールスハイド軍のことが心配になった。


「魔法師団の魔法で足止めしたところを、騎士団で止めを刺したらしいです。なんでも止めを刺したのは、騎士学院の学生だったそうです」


 そうか……初めて災害級になったと報告された魔物だけど、対処できたのか。


 新しい鍛錬方法と、新しい装備で、本当に強くなったんだな。アールスハイド軍。

 

「その学生の名前は!? 名前は分かりますか!?」

「え、ええっと……ああ、ミランダ。ミランダ=ウォーレスさんっていう女子生徒だったそうだよ」

「ミランダが……」


 ミランダってあれだよな、騎士学院の次席だった女の子だよな?


「ミランダは無事なんですか?」

「ええ、災害級を討伐した後、気力を使い果たし倒れたそうですが、無事だそうです。それに、彼女の戦法が非常に有効であったので、我々にも是非実践してほしいと言われましたよ」

「そ、そうですかあ……」


 それを聞いたマリアが、ヘナヘナと座り込んだ。


「なんでマリアがそんなにミランダのことを気にするんだ?」

「友達だもの」

「え? そうなの?」


 意外だ。いつの間に。


「合同訓練の後、妙に気が合っちゃってさ。シシリーがシンの家に入り浸りになっちゃってからは、ミランダと一緒にいた時間の方が長かったもの」

「そ、そうだったのか」

「いつの間に……」


 シシリーは複雑そうだな。生まれた時からの親友が、自分の知らないところで友人を作っていた。


 でも、自分は俺の家にずっといたから、何も言えない。けど、あんまりいい気はしないってところか。


「聖女様のお身内の方もご無事なようですね」

「そうですか……ありがとうございます」


 シシリーのお姉さん達も、魔法師団所属だからこの作戦に参加している。


 兵士さんが気を利かせて教えてくれたけど、なんだろう? ホッとはしてるけど、特別喜んではいないように感じる。


「まあ、災害級が相手ですから多少の被害はあったようですが……さすがはアールスハイド軍ですね。これだけの被害で食い止めてしまうとは」


 被害……その言葉にドキリとした。


 それって……犠牲者が出たってことか……。


「そう……ですか。ご報告、ありがとうございました。作戦は順調に進んでいるんですよね?」

「はい! あなた方アルティメット・マジシャンズの皆様のお陰でこれ以上ないほど順調です。皆様の助力がないアールスハイド軍の方も、概ね問題なさそうですね」

「そうですか。ありがとうございます。では、俺達はこれで」

「はい。お疲れ様でした」


 報告してくれた兵士さんに別れを告げ、俺達はテントに戻る。


 テントに戻る間、険しい表情をしていたのだろう、シシリーがそっと腕を組んできた。


「……シン君、辛そうです……」

「……そうかな」

「はい……犠牲者が出たのが辛いんですね?」


 バレバレか……。


「アールスハイド軍にも、俺達の誰かがいれば、犠牲者は出なかったのかなって思うとね……」

「でも、これは、殿下や陛下、軍務局長さん達が決めたことをですから……アールスハイド軍は、他の国に比べて兵力が増したのだから、私達の助力を他の国に回すべきだと」

「それは……分かってるんだけど……」

「それに、お姉様達が言ってました」

「シルビアさん達が?」

「作戦に参加する前に、帰省してきたんです……これで最後になるかもしれないからって……」

「え?」


 それって……今生の別れを告げに来たってこと?


「お姉様達は覚悟していました。この作戦で命を落とすかもしれない、けど民衆のために命を懸けて戦うことを誉れに思うと。そう言っていました」

「……そう……なのか」


 本当なら、時間さえ掛ければ俺達だけでも問題の解決はできる。


 それを、民衆のために早期解決が必要だとか、包囲してから攻撃しないと逃げられるとか、世界のパワーバランスがどうとか、皆を巻き込んだのは、俺達の……言ってしまえば我儘だ。


 それに対し、各国の軍人さん達は、命懸けでこの作戦に参加してくれている。


 俺は……皆に命を懸けさせてしまっているのだ。


「俺……皆に非道いことをさせてるのかな?」

「これも、お姉様が言ってました」


 皆に命を懸けさせていると、そう思ったところで、シシリーが言った。


「本来なら、自分たち大人が問題を解決しなければいけないのに、私達に頼りきりなのが申し訳ないし、不甲斐ないと思っているそうです。自分たちにできることは、自分たちでやらせてほしいと」

「……」

「だから、シン君が罪悪感を持つ必要はないんですよ。皆さん、誰もが、自分たちの力でこの危機を乗り越えたいと、そう思ってるんですから」


 ……いつの間にか、俺は傲慢になっていたのかもしれないな。


 俺達がいなければ、災害級も、魔人も討伐できないと。


 皆が、自分たちの世界の平和を、自分たちで守りたいと……そう思ってることを考えていなかった。


「俺は……いつの間にか、偉そうな考えになってたのかもしれないな……この危機を救えるのは俺達だけだって……」


 自嘲気味にそう言うと、腕を組んでいたシシリーがその腕をほどき、俺を正面から抱き締めた。


「シン君が世界の希望であることは変わらないんです。シュトロームと対峙できるのはシン君だけです。だから……そんなに自分を卑下しないで下さい」

「シシリー……」

「皆さんも世界を救いたいんですよ。その為の犠牲は……覚悟の上だと思います。だから……そんなに自分を責めないで下さい」


 そう言って抱き締めてくれるシシリーの体は、少し震えていた。


 いくら覚悟ができているといっても、身内を失うかもしれない恐怖はあるんだろう。


 それでも、皆その恐怖を押さえつけて戦っているし、その家族も覚悟の上で送り出したんだろうな……。


「ゴメン……ありがとう……なんていうか……情けないな、俺……」

「そんなことないです。シン君の身内はその……お爺様とお婆様ですし、そういった経験はないでしょう? でも、軍籍に身を置いている身内を持つ者は、皆既に覚悟しているんです。ただ、それだけの違いです」


 そうか。シシリーはお姉さん達が魔法師団という軍籍に身を置いている。


 おっとりしているように見えて、既にその覚悟はできていたんだな。


「私も同じよシン。うちは軍籍に身を置いている身内がいないから……ミランダの身に何か起きたんじゃないかって取り乱しちゃったわ」


 今まで空気を読んだのか、会話に入って来なかったマリアがそう言う。


 そうか、マリアもか。


「シシリー、アンタ凄いわね。既にそんな覚悟をしてたなんて知らなかったわ」

「……覚悟をしているとは言っても、やっぱり怖いものは怖いけどね」


 俺を抱き締めたまま会話をするシシリーとマリア。


 ……変な構図だな。


「うん……皆に覚悟があるのは分かった。でも、なるべくその犠牲が出ないように頑張るよ」

「はい。頑張りましょう」


 そう言って、シシリーはニッコリ笑ってくれた。


「……またシシリーに救われたな」

「言いましたよ? シン君の心を癒すのは私の役目ですって」

「うん……ありがとう……」

「あっ……」


 その言葉が嬉しくて、ついシシリーの体を、強く抱き締めてしまった。


「シシリー……」

「シン君……」

「アンタら……私をさらっと空気にしてんじゃないわよ……!」

「「あっ」」


 マリアが、超プルプルしてた。

 



ーーーーーーーーーーーーーーー





 シン達がアールスハイド軍の報告を受けていた頃、アウグスト達も同じように報告を受けていた。


「そう……か。少数の犠牲で災害級を倒したか……」

「はい。アールスハイド軍でなければ、もっと大きい被害が出ていたことでしょう。さすがです」


 クルトの兵士がそう言うが、アウグストは厳しい顔をしたままだった。


「分かった。報告感謝する」

「はっ! それでは自分はこれで」


 そう言って、クルトの兵士は立ち去っていった。


 兵士が見えなくなると、アウグストはポツリと呟いた。


「犠牲者が出た……か」

「……大丈夫ですか? 殿下」

「ああ。大丈夫だ」


 一瞬辛そうな顔をしたアウグストだが、すぐに気を持ち直した。


「彼らを……兵士達を、災害級と戦えと戦場に送り出したのは私だ。私も、兵士達も、こうなることは覚悟の上だ」


 自分の命令……正確にはアウグストが命じた訳ではないが、王族である以上、その責任からは逃れられないと思っている。


 だが、やはりまだ十六歳の身では、覚悟はできていると言っても、その責任の重さに押し潰されそうになっていることも事実である。


 そんなアウグストを見て、話題を変えようと、トールが気になっていたことを聞いた。


「そういえば殿下。先ほどのシン殿とのやり取りで、何か言いたかったのではないですか? 先日のダーム大聖堂でも何か言いかけましたし」

「ああ……いや、順調に作戦が進行しているようなので、特別言わなくてもいいかと思ってな。さっきは話さなかったのだ」


 先ほど、アウグストは、シンの身を案ずるような物言いをした。


 普段からシンの規格外っぷりを間近に見ている人間としては、魔物の討伐に何らの不安は抱いていない。


 そんなアウグストが、シンの身を案じた。


 何かあるのだろうか?


「いや、先日の閣僚会議で、シンの作戦参加を拒んだ奴がいたらしくてな」

「ああ。ダームの代表でしょう? 議事録が公開されましたからね。それがどうしたんですか?」

「いや……ひょっとしたら、討伐の足を引っ張る行動を取るかもしれないと思ったのだがな。どうやら杞憂で終わったようだ」

「討伐の邪魔ですか? いくらなんでも、そんなことはしないでしょう?」

「分からんぞ。ダームは、その歴史から敬虔な創神教の信者が多い。おそらく、その代表も敬虔な信者なのだろう」

「それが、どうして邪魔などすると思ったで御座るか?」


 敬虔な信者なら、教皇から神の御使い認定を受けた者の邪魔などしないだろうと、不思議に思ったユリウスは、そうアウグストに訊ねた。


「敬虔な信者なればこそだ。シンの作戦参加を拒んだことから、シンにあまりいい感情は持ってないのだろう。おそらく、創神教徒でないシンが、神の御使いと呼ばれることが許せないのだろうな」

「そんな……この世界の危機にですか?」

「関係ないんだろう。信仰が深まりすぎて……言葉は悪いが、狂信的になってしまえば、周りが見えなくなっていても不思議じゃない」


 アウグストの言葉が本当にあり得そうで、顔を見合わせるトールとユリウス。


「魔物の出現状況がいつもと違う上に、身内にそんな……」

「ならば、なぜ、シン殿をダーム方面連合軍に配属したで御座るか?」


 シンの邪魔をする可能性があるなら、別の方面連合軍に配属した方がよかったのではないか? ユリウスは疑問に思った。


「シンだからな。多少の妨害など、意にも介さないだろうと思ってな。逆に、他の面子だと、イレギュラーな事態に対応できるのか不安だったのだ」

「シン殿を信頼すればこそ……ですね」

「奴の軽い性格はともかく、実力は間違いないからな」


 トールの生温かい視線を無視して話を続けるアウグスト。


「しかし、作戦自体はうまくいっているし、シンが災害級を討伐したときも、特に問題はなかったそうだからな。だから杞憂に終わったと言ったのだ」

「そうで御座ったか」

「ああ、どうかこのまま、何事もなく作戦が進んでほしいものだ」


 そんなアウグストの願いが届いたのかどうかは分からないが、それ以降の魔人領攻略作戦は、順調に進んでいった。


 各国軍に現れた、特別な災害級の魔物はそれ以降出現せず、兵士達で十分に対処が可能であった。


 まれに災害級が出現することがあっても、連合軍はシン達が。アールスハイド軍も、ジャンプ突きを取り入れたことで、災害級の魔物も兵士達にトラウマを残すことなく討伐できるようになっていた。


 魔物討伐の大行軍。


 さすがに魔人領内での魔物数が尋常ではないため、命を落とす者もいたが、この作戦の本来の目的である、シン達は魔人と災害級を。


 軍隊がその他の魔物を討伐するという形で、魔人領攻略作戦は順調に進んで行った。


 そんな中、クルト方面連合軍から衝撃的な報告がもたらされた。


 旧帝都への途中にある街で、魔人達がたむろしているのを発見したというのだ。

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魔法少女と呼ばないで
― 新着の感想 ―
[一言] >『殿下の魔法を見た兵士達から『雷神』と呼ばれてましたね』 >『トール!? お前もか!?』 これが北欧神話なら、トールが雷神になるとこでしたw
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