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賢者の孫  作者: 吉岡剛
77/311

それぞれの戦い。それぞれの称号

 アールスハイド軍と同じく、魔人領に侵攻していく、各周辺国軍。


 この周辺国軍にエルスとイースを加えた連合軍は、アールスハイド軍には及ばないものの、万の兵力は揃えることができた。


 そして、この各周辺国方面連合軍には、アルティメット・マジシャンズからの派遣がある。


 スイードや、クルトの兵士のように、直接アルティメット・マジシャンズの戦闘を見たことがある者は、絶大な信頼を。


 直接見たことはなくても、面識のある国家養羊家から話を聞いていたカーナンは、国内で最強と言われる国家養羊家が、手放しで賞賛していたことから、大きな期待をしていた。


 だが、連合を組んでいる、エルスとイースの人間にとっては、その戦力は未知数であり、どこまで信用していいのかどうか迷っていた。


「あの、ちょっとエエですか?」

「はい? なんでしょう?」


 クルト方面連合軍が魔人領に侵攻して少し経った頃、この方面連合軍に派遣されているエルスの兵士が近くにいたイースの兵士に声をかけた。


「あんさん、イースの兵士ですやろ? アルティメット・マジシャンズの戦闘って見たことあります?」

「いえ……残念ながら……そちらは?」

「ウチは外交官の人が見たことあんねんけど、なんせ文官の人やからなあ……凄い凄いばっかりで、何が凄いんかイマイチよう分からんのですわ」

「そうですか……まあ、教皇倪下があそこまでおっしゃるんですから、強いのは間違いないと思いますが……」

「どれくらいか……っちゅうのが問題ですわな」

「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ」


 エルスの兵士とイースの兵士が話しているところへ、クルトの兵士が近寄ってきた。


「ええと、あの子らの戦闘、見たことあるんですか?」

「ええ。この目で」

「なら、彼らは、具体的にどれくらいの実力を持っているのですか?」

「どれくらい……うーん……」

「そんな微妙なんですか?」


 悩みはじめたクルトの兵士に不安そうな顔をしはじめた、エルスとイースの兵士。


「いえ、決してそういう訳ではないのですが……なんと言えば良いのか、エルスの外交官の方の気持ちが分かりますな」

「ウチの外交官の気持ちが分かる?」

「ええ。凄い……としか言いようがないというか……」


 現役の兵士の感想もそれである。


 一体どういうことなのかと、首を傾げるエルスとイースの兵士。


「災害級より強い魔人を、瞬殺していく様子を表現する、適切な言葉が見つかりません。ただ、凄い……としか」

「ま、魔人を瞬殺!?」

「じゃ、じゃあ……災害級なんかは……」

「相手にもならないのではないですか?」

「マジか……」

「本当ですか?」


 クルトの兵士の言葉を信じられないエルスとイースの兵士。


「せ、せやけど、ウチらに派遣されとるのって、王子様ですやろ? さすがに、そんなこと無いんとちゃいますの?」

「何言ってるんですか」

「え?」

「アウグスト殿下が、魔王シン=ウォルフォード君に次ぐ、アルティメット・マジシャンズの次席ですよ?」

「な、なんやて!?」

「で、殿下がですか!?」


 クルトの兵士のまさかの言葉に、驚きを隠せない二人。


 それも無理からぬことだろう。


 まさか、王族の人間が世界最強軍団のナンバーツーだなどと、そんな話は物語でしか聞いたことがない。


「まあ、戦闘になればイヤでも目にするでしょう。そのときに、御自身で判断した方がいいと思いますよ」


 そう言うと、クルトの兵士は、二人から離れた。


「……結局、具体的な話、してへんやないかい」

「本当ですね……」


 聞きたかったことが聞けず、ちょっと信じがたいことだけ聞かされた二人は、悶々としながら行軍を続けた。


 しかし、そんなノンビリした時間が、魔物の多く出現する魔人領で続く訳もなく、やがて魔物の群れが姿を現した。


 ダーム、アールスハイドと同様に、早速混戦になるクルト方面連合軍。


 そして、魔物と人が多く集まると現れやすくなるのだろうか? この戦場でも……。


「と、ととと、虎です! 虎が現れました!」

「うお! アレが災害級かい! 初めて見たわ!」

「あ、アレが災害級……なんと禍々しい……」


 先ほど会話をしていた二人が、初めて目にする災害級に、思わず足がすくむ。


 中型、大型の魔物とは比べ物にならない程の禍々しい魔力。


 魔人領に国境を接しないエルスとイースでは、災害級の魔物は今でも滅多に見ない。


 それが、魔人領を少し入っただけでこれである。


「動物の虎でも大概やっちゅうのに、魔物化したらシャレにならんで、これは……」

「こんなの……討伐できるのですか?」


 初めて見る災害級に震えが止まらない二人。


 そもそも倒せるのか?


 そんな疑問が頭をよぎるほど、虎の魔物から絶望的な力を感じていた。


 すると……。


「なんだ。また、虎ではないか。たまには、別の奴でも出てくればいいものを」

「不謹慎ですよ、殿下。虎の魔物だって、一般兵からすれば、十分絶望を感じる相手なんですから」

「トールの台詞も何気に非道いで御座る」


 恐怖と緊張が支配する空間に、なんとも場違いな空気をまとって現れた三人。


 アールスハイド王国王太子、アウグストと、その護衛……という名目の友人、トールとユリウスが歩いてきた。


「このままでは、シンの奴に『虎狩り王子』とか言われそうだな」

「殿下に当たるの、最近虎ばっかりですもんね」

「虎狩り王子だからでは御座らんか?」


 とても、大国の王太子と、その護衛の会話とは思えない。


 巨漢の男子に至っては、王子をからかっている。


 小柄な男子も、それを受けて吹き出した。


「こ、こんな時に、何をヘラヘラしとるんですか!?」

「そ、そうですよ! 災害級ですよ!」

「ん? 何をそんなにピリピリしている? たかが虎だぞ?」

「た! たかがって!」


 悲壮な雰囲気の兵士達と、のほほんとしているアウグスト達の温度差がひどい。


「殿下。申し訳ございませんが、お願いしてよろしいですか?」

「分かった。お前達、下がっていろよ。巻き込まれても知らんぞ」


 クルト王国の兵士が、当たり前のように虎の魔物の討伐を依頼し、それをごく自然に受ける王子。


 エルスとイースの兵士達は、その光景が信じられない。


「ちょおっ! 何をそんな気軽に、他国の王太子を死地に追いやっとるんですか!?」

「そうですよ! 大国アールスハイドの王太子殿下ですよ!? 次期国王陛下ですよ!?」

「え? 殿下方なら、問題ないでしょう?」


 なんてことを言うんだというエルスとイースの兵士と、何を言ってるんだというクルトの兵士。


 ここにも、温度差が開いていた。


 兵士達がそんなやり取りをしている間にも、アウグストは魔力を制御し、膨大な魔力を準備する。


「ホラ、下がれ」

「「え?」」


 それまで騒いでいた二人が、アウグストの声に、そちらを振り返ると……。


 視界一面を覆い尽くす程の、巨大な雷が落ちた。


「ギャアアアア!」

「目が! 目があ!」


 シンが聞いていたら、大喜びしそうなセリフを吐きながら目を覆う兵士達。


 巨大な落雷をまともに見てしまったので、目が焼かれてしまったのだ。


「殿下! 落雷の魔法を使うなら、そう言って下さいよ! 何人かのたうち回ってるじゃないですか!」

「ん? 言わなかったか?」

「言ってませんよ!」


 落雷を間近で見てしまった何人かが、目を覆っている。


 その間に魔物に襲われそうなものであるが、そんなことにはならなかった。


 なぜなら……。


「うう……やっと目が見えてきた……って! 何やこれ!?」

「な、な、なんですか! これは!?」


 ようやく視界が戻って来た二人が目にしたのは。


 一撃で黒焦げになってしまった虎の魔物と、巻き込まれて一緒に黒焦げにされた、大量の魔物達であった。


「ふむ。素材は……全く駄目か」

「シン殿がいなくてよかったですね。いたら絶対からかわれてましたよ」

「黒焦げで御座るからなあ」


 災害級の魔物を討伐したことより、その素材が手に入らなかったことの方を話題にするアウグスト達。


 その力を見たことがある、クルトの兵士達も、その威力に目を奪われ、一瞬呆然とするが、すぐに大きな歓声を上げる。


 一方で、アウグストの……というより、アルティメット・マジシャンズの魔法を初めて見たエルスとイースの兵士達は、その光景が信じられず、呆然としていた。


「呆けてないで、復活しろ! 魔物はまだ残っているんだぞ!」


 呆然とさせた張本人のアウグストから叱咤され、ようやく復活する兵士達。


 すると、その兵士達の中から、こんな声があがった。


「雷神……」


 どこからか聞こえた言葉に、冷や汗をかくアウグスト。


 これは、よくない兆候だ。


 この発言の主を探し出し、これ以上広めさせまいと動こうとしたが……。


「凄い! まさに雷神の一撃!」

「雷神!」

「雷神!」

「や! やめろ! やめないか!」


 あっという間に広がってしまったその声に、なす術などなく、アウグストは『雷神』として名をはせた。


「これは、今夜の報告が楽しみですね」

「そうで御座るな」

「言うなよ! 絶対言うなよ!?」


 珍しく取り乱すアウグストを見ながら(これは言えという前振りか?)と思考するトールとユリウスであった。




 所変わって、アリスとリン、ユーリが派遣されたスイード。


 魔人に襲われた経験があり、トラウマを抱えた者も少なくないこの国にアリス達が派遣されたのは、その明るさで、暗い雰囲気を打ち破ってほしいという願いも込められていた。


「そんでえ、シン君が新しい魔法を試したらあ」

「辺り一面、更地になった」

「アレは、ひどかったわねぇ……」


 身振り手振りを加えて、シンのエピソードを話すアリスに、冷静に補足を入れるリン。


 そして、その時のことを思い出すのか、アンニュイなため息をこぼすユーリ。


 アリスとリンの会話を、ホッコリしながら聞き、ユーリの十五歳とは思えない色気に鼻の下を伸ばす。


 スイードの兵士達のトラウマは、大分緩和されたようである。


 しかし、場所は魔人領。


 いつまでも、お喋りしている時間などなく、ここでも魔物による襲撃を受けていた。


 魔人領内の魔物を、できるだけ討伐することも作戦の内なので、見つけ次第、片っ端から討伐していった。


 そんなスイードとの連合軍には、災害級の魔物は現れなかった。


「むうー! やることない!」

「中型でも大型でもいいから、魔法使いたい」

「えっとぉ……聞いてみるわねぇ」


 出番がなくて暇だというアリスとリン。


 それを聞いて、自分達も、討伐に参加できないかと、ユーリが近くにいる兵士に問いかけた。


「そうですね……まだまだ先は長いですし、お願いできますか?」

「やったあ! 行くよ! リン!」

「お先に」

「ああ! ズルい! 待ってよ!」

「遊びじゃないんだから、気を付けて……あーあ、行っちゃったぁ」


 災害級は現れていないが、魔物の討伐に参加することを許され、ユーリの注意もそこそこに飛び出していくアリスとリン。


 昨日と今日と、自分達の出番がなかったことにフラストレーションが溜まっていたのだろう。


「うりゃあ!」

「てい」


 ジェットブーツを起動し、上空から魔物の群れの真ん中に向かう。


 その前に、二人で爆発の魔法を使い、魔物を吹き飛ばし、足場を作った。


 そこに降り立ち、背中合わせになった二人が見せたのは……魔法無双。


「うおおりゃああ!」


 アリスが、目の前にひしめく魔物達に炎の弾丸を大量に放てば。


「えい」


 水に少量の土を混ぜた複合魔法で、ウォーターカッターを作り出し、それを横凪ぎに振るう。


 炎の弾丸を受けた魔物達は、その威力と数で次々と爆散し、岩も簡単に切れるウォーターカッターを受けた魔物は、振るわれた先から両断されていった。


「あーあーもぅ。はしゃいじゃってぇ」


 その様子を見ていたユーリも、異空間収納から魔道具を取りだし、構える。


「皆さん、私も参加しますねぇ」


 一見、ただの杖に見えるが、それにはメリダ直伝の付与魔法が施されている。


 シンが付与に使っている漢字はシンにしか使えない。


 シンの前世での知識を、少数の文字で表せる漢字で付与しているので、ユーリには理解できないし、教えられない。


 なので、この世界での魔道具制作の第一人者、メリダからその技術を教わっていたのである。


 ユーリは、その教えられた技術を使って、自ら魔道具を作っていた。


「いきますよぉ。そーれ!」


 魔力を込めて降った杖から放たれたのは、無数の風の刃。


 放たれた風の刃は、魔物達を蹂躙していく。


「あらぁ? ちょっと討ち漏らしちゃった」


 どうやら、威力は凄いが、精密なコントロールはできなかったようで、何体かの魔物を討ち漏らしている。


「うーん。まだまだ改良が必要かぁ。じゃあ、次はこっちぃ」


 そう言って、もう一本の杖を取り出した。


「えーい」


 気の抜けたような掛け声だが、魔力の込められた杖から魔法が放たれると、足元にある土が弾丸に形成され、魔物に向かい物凄い勢いで撃ち出された。


 瞬く間に蜂の巣にされる魔物達。


 そんなユーリ達の戦闘を、しばし呆けて見ていた連合軍の兵士達がようやく復帰した。


「彼女達に遅れをとるな! 俺達もやるぞ!」

『オオ!』

「ただし! 巻き込まれるなよ!」

『オオオオオ!』

「ええぇ? ちょっとひどくないぃ?」


 巻き込まれるなという言葉に対しての返事の方が大きかったことに、若干の不満を漏らすユーリ。


 結局、災害級の魔物は現れず、アリスとリンも、半分位討伐したところで満足したのか、魔物の群れの中心から、ユーリのもとまで戻ってきた。


「おかえりぃ」

「ただいまー!」

「ただいま」

「もういいのぉ?」

「うん! 十分魔物討伐したし!」

「残しとかないと、兵士さん達の仕事がなくなる」


 ただ、暴れたかっただけなのかと思いきや、意外と兵士達のことを考えていた二人。


 その気遣い通りに、残りの魔物を殲滅させ、兵士達が戻ってきた。


「いやはや、助かりました」

「いえいえ、どおいたしましてぇ」


 連合軍を代表して、スイードの指揮官が、ユーリ達のもとへやって来た。


「それにしても。以前に目にした時より、魔法の威力が上がったのではないですか?」

「あれから、また一杯訓練したもん!」

「血ヘド吐いた」

「嘘ですよぉ」


 アリスの言葉に、感心したような素振りを見せ、リンの言葉に、魔法の訓練で血ヘドって何? と若干引き、ユーリの言葉に安堵した指揮官。


 顔色がコロコロ変わる指揮官のことを、アリス達は面白そうに見ていたが、その指揮官は気になったことを聞いてみた。


「魔法については言わずもがなですが、今回は魔道具も使われてましたね。あれは、魔王殿が作られたのですか?」

「いぃえ? 私が作りましたよぉ?」

「え? 貴女がですか?」

「はいぃ。メリダ様に色々と教わったんですぅ」

「ほお! 導師様から!」

「ウォルフォード君の魔道具は、オリジナルで意味が分からなくて真似できないからって、メリダ様直々に教えて頂いたんですぅ」

「なるほど。ということは、貴女が導師様の正式な『後継者』ということですな」

「ええ!? そんなぁ~」


 スイードの指揮官から、『導師の後継者』と言われ、満更でもない様子のユーリ。


 その様子を見ていたアリスが不満を漏らした。


「ユーリだけズルい! あたしにも何か付けて下さいよお!」

「何かって……」


 指揮官としては、素直な感想を述べただけだ。改めて、何かと言われても困ってしまう。


 色々と考えた結果、先ほどの戦闘を思い出し……。


「……殲滅魔法少女……とか?」


 スイードの指揮官が、何とか絞り出す。


 それを聞いたアリスとユーリが震えだした。


 ユーリは笑いをこらえるため。


 アリスは……。


「そ、そ、そんな称号、欲しくなあーい!!」

「私は、暴走魔法少女でいい」


 スイード方面連合軍は順調そうである。




 そして、トニー、マーク、オリビアの三人が派遣されているカーナン方面連合軍は、他と少し違う特長がある。


 そこには、ガラン達、羊飼い達がいるのである。


 まだ若いトニー達も、軍隊の中では若干異質だが、羊飼い達ほどではない。


 これで、持っている物が杖であったり、細身の体型であったなら、ローブを纏っていることもあり、魔法使いに見えなくもないが、何せ全員が騎士や兵士を越えるガチムチだ。


 それがローブを着て、持っている物が巨大なハルバードとくれば、そこには違和感しかない。


 エルスとイースの兵士はともかく、自国の人間であるカーナンの兵士でさえどう接していいのか分からない様子である。


「うーん。彼らに全部持って行かれちゃったねえ」

「インパクト、ハンパないッスからね」

「私はあんまり注目されなくていいです」


 トニーは、注目がガラン達羊飼いに向いていることが、若干残念そうであるが、普通の街娘を自称するオリビアはホッとしていた。


「そういえばトニー、剣と魔法のどっちメインでいくんスか?」

「うーん、剣かなあ。マークは?」

「自分は、魔法メインッスかね」

「そうなのかい?」

「剣も併用したいッスけど、トニーの邪魔しそうだし、もうちょっと練習してからッスね」

「フフ、オリビアを護らないといけないしね?」

「いやあ……昔はそうだったかもしんないッスけど、今は……」

「何よ? 私は普通の街の食堂の娘なんだからね? 守ってよ」

「雑談しながら魔物を殲滅できる女を、普通とは言わねえよ!」


 オリビアに対しては、普通に喋るマーク。


 そんなやり取りを見ていたトニーが羨ましそうに言った。


「いいねえ。二人はいつも一緒で」

「そ、そんなことないッスよ!」

「どういう意味よ!?」

「フフ、これはあれだねえ。結婚したら、魔法が飛び交う家になりそうだねえ」

「そういう……リアルで想像できそうなこと言うの止めて欲しいッス……」

「フフ」


 シンとシシリーが大喧嘩するところは想像しにくいし、アウグストとエリザベートのところは、エリザベートが魔法を使えない。


 この二人のところだけ、そんな愉快な未来が想像できた。


「そういえば、フレイドさんの彼女ってどんな人なんですか?」

「聞いたことないッスね」


 アルティメット・マジシャンズ内における彼氏彼女事情において、トールとユリウスは、親が決めた許嫁だということだが、それ以外は、恋から今のお付き合いが始まっている。


 ちなみに、トールとユリウスのところも、親が決めた許嫁ではあるが、お互いに気に入り、仲はいいそうである。


 ユリウスのところは、ちょっと想像しにくいが……。


 そんな中、トニーは、アウグストから、ゲートを覚えた時に女関係を何とかしろと言われた後、どんな子に絞ったのか聞いたことがなかった。


 チャラそうな外見に違わず、いつも女の子を侍らせていたトニー。


 当然、その中の誰かであろうと思ったのだが、トニーは意外なことを言った。


「うん。言ったことないし。っていうか、最近付き合い始めたんだよねえ」

「え? いつも侍らせていた女の子の誰かじゃないんスか?」

「殿下に、女関係を何とかしろって言われてから考えてねえ。それで、思いきって、ずっと振られてた女の子にもう一回、お付き合いをお願いしたんだよ」

「ずっと振られてた!?」


 意外な告白に、オリビアが食いついた。


「中等学院の頃に告白したら振られちゃってねえ。それで、慰めてくれる女の子と付き合ってたら、益々嫌われちゃってねえ……」


 本命の子に振り向いてもらえないのは、トニーも一緒だったようだ。


 そう考えると、シンとシシリー。アウグストとエリザベート。そして、マークとオリビアは随分と運がいい。


「こうやって、アルティメット・マジシャンズの一員になって特別勲章まで叙勲されて、女の子は君だけにするって言ってようやくだったよ」

「苦労したんスねえ……」

「で!? で!? どんな子なんですか!?」


 女の子は一人……というのはいいとして、叙勲を受けてようやくとは、随分と苦労したものだと同情するマーク。


 オリビアは、そんなことより相手が気になるようである。


「今は経法学院に行ってる子でねえ。中等学院の頃は、学級代表をしてたねえ」


 その相手に驚きを隠せない二人。


 経法学院生と言えば、中等学院で優等生だった者が集まる学院だ。


 しかも、中等学院で学級代表をしていたとなれば、相当な優等生に違いない。


「……これは、お互いに、無い物ねだりなのかしら?」

「トニーの対極にいるような子だからな……」

「何気に非道いねえ、君達……」


 意外なトニーの彼女に驚いたが、自分たちが、その情報を最初に聞いたことにちょっとした優越感を覚え(今夜の報告会が楽しみだ)とほくそ笑む二人。


 そんな二人に、言わなくていいと言おうとしたところで。


「魔物が現れましたあ!!」


 各々にとって、タイミングがいいのか悪いのか、魔物が現れた。


「はあ、やれやれ。外に行くよ。様子を見ないと」

「オッケーッス!」

「はい!」


 馬車の外に出た三人を、羊飼いのガランが見つけた。


「おう。来たな」

「お疲れ様です、ガランさん。規模は?」

「さあ? まだ増えてるらしいからな。今の数を知ってもしょうがねえだろ?」

「それもそうッスね」


 ここでも、魔物は数を増やしながら集まって来ているという。


 しかし、こちらも万を越える軍隊。


 遅れをとることはないだろう。


「それにしても、包囲してる連合軍の全てがこんな状態だと、魔人領の野生動物がいなくなるんじゃねえか?」

「もしくは、野生動物が全て魔物化してるか……ですねえ」


 その可能性に、一瞬絶句するガラン。


 しかし、大規模な魔物の群れが集まって来ていることを考えると、そう考えるのが自然である。


「それなら、この大群も理解できる……か。生態系、滅茶苦茶じゃねえか!」


 生き物を相手に生計を立てている者として、動物達の生態系が滅茶苦茶になっていることに、憤りを隠せないガラン。


 その怒気に、三人は思わず顔を引きつらせる。


「野郎ども! こんな命を弄ぶような輩を放って置けるか!? 魔物化した動物達は可哀想だが、俺達で引導を渡して生態系を取り戻すぞ!」

『オオオオオ!』


 カーナン方面連合軍で、真っ先に突っ込んでいったのは、騎士でも兵士でも、魔法使いでもなく、羊飼い達であった。


 確かに、個人では強いが、まず魔法使いによる先制というセオリーを知らず、突っ込んでいく羊飼い達。


 そんな彼らに魔法使い達は困惑するが、羊飼い達の数はそんなに多くはない。


 羊飼い達のいない場所に魔法を撃ち込み、それを合図に、騎士や兵士達が突撃していった。


「本当に災害級が出るまで見学でいいのかねえ?」

「自分たちも参加した方がいいような気もするッスね」

「でも、作戦外の行動を取ると、皆さん困惑するんじゃ……」


 オリビアの懸念がもっともである。


 大規模な軍事行動において、イレギュラーなことには対処しにくいし。


 事前に決めたこと以外はするべきではないか? それとも、手助けをするべきか?


 悩んだが、すぐにその悩みは無用になった。


「あ、あれは!? さ、災害級と思われる魔物出現しました!」


 哨戒業務にあたっていた兵士が声をあげるが、災害級と思われる(・・・・)とはどういうことなのか?


 トニー達がそちらを見ると。


「あれ? 僕、目がおかしくなったかな?」

「自分にも見えてますから、多分見間違いじゃないッスよ」

「あれって、災害級になるの?」


 三人が見た先にいた魔物。


 それは、縮尺を間違えたかのような大きさの鹿の魔物であった。


 鹿は、中型の魔物として、よく魔物化する動物ではある。


 しかし、大型化は希に聞くが、災害級に至ったなど、聞いたこともない。


 野生動物は、魔物化すると、その体組織も変化するからであろうか、徐々に巨大化していく。


 しかし、それにも限度があると思われていた。


 鹿も、大型までしか大きくならないと思われていた。


 それがこの鹿はどうだ?


「……学院の校舎なみにデカイッスね」

「おいおいおい! こんなのどうすんだよ!?」


 若干緊張感に欠けるマークが呟き、災害級を初めて見たガランが大声をあげる。


 かつて災害級の魔物を見たことがある兵士達でさえ絶句していた。


 ちなみに、人間が魔物化しても、その大きさは変わらない。


 魔人のサンプルが少ないため、絶対とは言い切れないが、魔物化した人間の大きさが変わらないのは、魔力を制御できるからではないかと思われている。


 牡鹿なのであろう、その体躯に見合った大きさの角を振り上げ、咆哮をあげた。


『ブモオオオオオ!!』


 その声に、体をすくめる兵士達。


 それとは逆に、その巨大な鹿の魔物に突っ込んでいく人影があった。


「マーク! オリビアさん! 援護頼む! 僕は足を切り払って来るから!」


「「了解!」」


 トニーの要請に答えるマークとオリビア。


「な! 無茶だトニー!」


 想像を越える魔物が出てきたことで、いくらアルティメット・マジシャンズといえど、これは無理だろうとトニーを制止しようとするガラン。


 しかし、トニーはすでに鹿の魔物の足下にまで侵入していた。


「ああ!」


 トニーが踏み潰されると思ったガランは、思わず声をあげるが、その鹿の魔物の顔が、突然爆ぜた。


「うわ、固いッスね」

「もう少し魔力込めればよかったかな?」


 初めて遭遇する規模の魔物であるため、加減が分からなかったらしいマークとオリビア。


「ナイスだよ!」


 そして、足下に突っ込んでいたトニーが、ジェットブーツを起動。


 膝の辺りまで飛び上がった。


「はあ!?」


 その光景を初めて見たガランは、また声をあげる。


「シッ!」


 そしてバイブレーションソードにより苦もなく膝を切る。


 そして、その傷口に向かって、魔法を放つ。


 爆発の魔法を選択したトニー。


 表面は固くても、その内側はそうではない。


 バイブレーションソードでは長さが足りないために切断までは到らなかったが、その後に追撃した魔法で、脚を一本切断することに成功する。


「はあ!?」


 大木ほどもある巨大な鹿の魔物の脚を切断してしまったことに、またしても声をあげるガラン。


 脚を切断された鹿の魔物は、バランスを崩しかけるが、何とか留まった。


「おや? 粘るねえ」


 トニーはそう言うと、今度は後ろ足も同じ要領で吹き飛ばし、切断した。


 そこに、再びマークとオリビアの魔法が着弾し、ついにバランスを崩し、倒れる鹿の魔物。


 その巨体故、地震かと思わせるほどの地響きをたてて倒れる鹿の魔物。


「はい。いらっしゃい」


 鹿の魔物の顔が地面に付いたことで、対処が容易になったトニーは、バイブレーションソードを振るい、爆発魔法とのコンビネーションで、あっという間に鹿の魔物の首をとってしまった。


「後、お願いできますか?」

「……はっ!? お、おう! 野郎ども、残りを掃討するぞ!」

『オオ!』


 ひとまず、自分の仕事は終わったというトニー。


 その声で我に返ったガラン達は、残りの魔物を討伐していく。


「いや、スゲエな。マジシャンズっていうから魔法だけかと思ったら、剣も使えんのかい?」

「ええ、まあ」


 皆に号令をかけた後、トニーに声をかけるガラン。


「はあ~、剣も魔法も使えるなら、魔剣士を名乗っていいんじゃないか?」

「じ、自分から名乗るのはちょっと……」

「そうかい? まあ、周りが勝手に言い出すだろうけどな。じゃあ、俺も行ってくるぜ!」

「はい。行ってらっしゃい」


 妙な称号を付けたガランを見送ったトニーはマークとオリビアのもとに戻ってきた


 その時、若干難しそうな顔をしていた。


「お疲れッストニー。どうしたんスか? 魔剣士の称号が気に入らないッスか?」

「い、いやまあ……恥ずかしくはあるけど、嫌って訳じゃないねえ」

「じゃあ、私達、何か間違えました?」

「いや? 完璧な援護だったよ」

「じゃあ、どうしたんスか?」


 突然与えられた称号に不満はなさそうであるし、援護も完璧だったという。


 なら、なぜこんな難しい顔をしているのかと、不思議に思う二人。


 そんなマークの疑問に、自分の考えを述べ始めるトニー。


「いやね……鹿ってあそこまで大きくなるのかい?」

「いえ……聞いても大型までですね。それがどうかしたんですか?」

「魔人領に入った途端、大型までしか到らないと思っていた動物が、災害級にまで到って現れた。このタイミングでだよ?」

「偶然……ッスかね……」

「本当にそう思ってるかい?」


 トニーの声に、返事ができないマーク。


「何やら、面倒の予感がするなあ」


 魔物の群れを兵士達が順調に討伐していく中、マークとオリビアは、トニーの言葉を聞いてから、不安そうにその光景を見ていた。

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