魔人領攻略作戦が始まりました
二巻の改稿作業をしています。
修正、修正、また修正です。
投稿が遅れた言い訳をしてみました。
初めて魔物に遭遇した後は、特に魔物も現れず、予定通り旧帝国国境付近まで進軍できた。
今日はここで野営である。
これだけの集団で固まっていると魔物が寄ってきそうであるが、野営地の外郭に魔道具を設置するので魔物は寄ってこないらしい。
ちなみに、魔物避けの魔道具と呼ばれているが、実際は魔力遮断の魔道具だ。
ひも状になっていて、野営地をぐるりと囲い、魔道具に囲われた中の魔力が感知できなくなることで魔物避けになる。
魔力を外に漏らさないだけで、丸見えだけど、魔力を遮断すると、魔物はほとんど現れないとのこと。
設置とは言うものの、常時発動型ではないので、夜中交替で魔道具を起動させ続けるらしい。『ほとんど』であって『全く』ではないので、見張りの意味もある。
そういえば、こういった野営は初めてだな。
ちょっとワクワクしていると、声を掛けられた。
「失礼致します。御使い様と聖女様、戦乙女様の野営の準備が整いました」
先程の戦闘以降、マリアは『戦乙女様』と呼ばれるようになった。
呼ばれ慣れてないマリアは、その都度羞恥で身悶えてる。
まあ、そのうち慣れるだろうと、悶えているマリアは放置して、呼びに来た兵士さんに付いていき、野営をするためのテントに辿り着いた。
二人用と一人用のテントが張られていて、そこで寝るようにとのことだ。
「それでは、こちらが御使い様と聖女様のテントで、こちらが戦乙女様のテントです」
「は?」
「ふえ?」
ちょ、ちょっと!この戦時下に男女で同じテントに泊まれってか!?
確かに、シシリーは婚約者だけども、こんな状況で同じテントに泊まれる訳ないでしょうが!
「それから、その……独り者も多いので……できれば、防音の魔道具か結界を……」
「この状況でそんなことするかあ! っていうか、一緒のテントにも泊まるかあ!」
「え? そうなのですか?」
「そうなのですよ!」
何考えてんだ!?
「さっき言ってたじゃないですか。独り者も多いって。そんな中で、いくら婚約者とはいえ、同じテントに泊まったら、すごく反感を買いますよね?」
「そうですね」
アッサリ肯定しやがった!
「そうすると、余計なところから不満が出るかもしれないじゃないですか。俺がこっちの一人用のテントに泊まるんで、シシリーとマリアはこっちの二人用のテントに泊まります。それでいいよね?」
「私は大丈夫です」
「私もいいけど、いいの? アンタ達は?」
「シン君と同じテントに泊まって、朝皆の見てる中でテントから出てくる勇気がないです……」
絶対、好奇の目で見られるからな。俺もそんな勇気はない!
「かしこまりました。はあ……良かったです。もし一晩中声が聞こえていたらと思うと……」
「だから、そんなことしないって言ってるだろお!」
「はうう……」
シシリーが俺の後ろに隠れちゃったよ。
「それでは、懸念も無くなったことですし、夕食にしましょう。あちらの天幕で夕食の用意をしております。進軍中の食事ですので、あまり期待はしないでください」
「野営の準備は全部任せてますからね。文句なんてつけませんよ」
寝ずの番も免除されているし、これで文句を言ったらバチが当たるよ。
……さっきのは別だ! あれは文句を言ってもいいだろう!?
「それから、食事が終わりましたら、あちらの天幕に風呂の用意がしてあります。あちらが男性用、こちらが女性用です。まあ、入り口に男性兵士、女性兵士が立っておりますので、間違えることはないでしょう」
なんだ? 間違えろフラグか?
まあ、実際に食事を終えて風呂に向かうと、兵士さんが二人立っていたので、見張りがいないうちに、間違えて女風呂に入っちゃった、なんてことにはならないだろう。
頻繁に出入りもあるし。
それにしても、野営で風呂か。
聞いたところによると、この風呂で使われている給湯の魔道具は、ばあちゃんが開発し普及させたもので、この魔道具の登場により、入浴が一般に広まったそうである。
スゲエな、ばあちゃん。
こうやって、皆の役に立つ魔道具を作って広めているばあちゃんのことを改めて尊敬し、それが俺のばあちゃんだということが誇らしくなった。
風呂用の天幕に入ると、大きいプールみたいな風呂が設置されていた。
なるほど、ビニールプールみたいに空気を入れて風呂にしてんのか。何かの魔物の革かな? これなら持ち運びもできるし、お湯は魔道具でまかなえる。
野営中でも風呂に入れる訳だ。
……これがあるのに、浮き輪がないのが不思議だ。
給湯の魔道具は、蛇口みたいな形をしており、それがいくつか設置してある。
風呂に入る人が、何分か魔力を流し、お湯を足していくのがマナーらしい。
空気中の湿気を集めて水に変換しているらしいので、天幕の中で延々と循環していくそうだ。
自然に分解される石鹸を使って体と髪を洗い、湯船に入る前に給湯の魔道具に魔力を流してお湯を足し、湯船に入った。
「ふいい……」
シシリーの実家でも思ったけど、馬車で長距離を移動した後って疲れが溜まってるよね。
進軍速度の維持や、兵士さんの体力回復の意味でも、風呂は重要な意味があると思う。
「お疲れ様です、御使い様。お湯加減はいかがですか?」
「いや……その御使い様ってのはちょっと……いい湯加減ですけどね」
「フフ。そういえば、この魔道具を開発されたのは、御使い様のお婆様でしたね。愚問でした」
先程から案内をしてくれていた兵士さんも一緒に風呂に入ってきていた。
どうやら、御使い様呼びを訂正するつもりはないらしい。
面倒くさいことになっちゃったなあ。
「それにしても、先程の戦乙女様の魔法は凄かったです。ひょっとして、アルティメット・マジシャンズの方々は、皆あのような魔法が使えるのですか?」
「そうですね。まあ、マリアは元々、オーグ……アウグスト殿下に次ぐ三席ですから、優秀だったんですけどね。今は、他の皆もあれぐらいはできるかな?」
「あ、あれぐらい……ですか……」
「中にはシシリーみたいに治癒魔法の方が得意だったり、近接戦もやる奴もいたり、身体強化の方が得意な奴もいますけどね」
精密魔法の練習で、シシリーの攻撃魔法も大分上達してきた。
皆、同じくらいの攻撃魔法が使えると言っても過言ではないだろう。
すると、周りで聞き耳を立てていた人達も、口々に言葉を発し始めた。
「皆があのレベルなのか……」
「え? 聖女様も、あれくらい攻撃魔法が使えるってこと?」
「あれだけ魔法が使えるのに、近接までやる奴がいるって……」
「……この作戦、俺らいるの?」
おっと、皆が自分たちの存在意義に疑問を持ち始めてしまった。
ここはフォローしとくか。
「もちろん、皆さんの力は必要です。俺達だけでこの作戦を実行したら何ヵ月……いや何年掛かるか分かりません。そんなに長い期間、民衆を不安がらせる訳にはいかないでしょう? 迅速な解決のためにも、皆さんの力は絶対に必要です」
こんな感じでいいかな?
周りの皆さんの反応は……。
「そうか……民衆を不安にさせないため……か」
「そうだよ! 俺達も民衆のために役立てる!」
「ヤベエ……みなぎってきたぜえ!」
「やってやる……やってやるぞ! 皆!」
『おおおおお!』
うお! ビックリした!
急に雄叫びをあげないで!
「なんだ! どうした!」
ほら! 見張りの兵士さんが何事かと飛んで来ちゃったじゃん!
「な、何でもありませんよ。ただの決意表明ですから」
「は、はあ……ならいいのですが」
予想外に盛り上がっちゃったけど、士気が上がったんならいいよね?
体が十分に温まったところで、風呂から上がった。
その後、一定間隔で男風呂から雄叫びがあがっていたらしい。
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シンと風呂の前で別れ、女風呂にやって来たシシリーとマリア。
「わあ、本格的なお風呂じゃない」
「本当だね。野営でお風呂に入れるとは思ってなかったなあ」
いざとなったらゲートで家に帰ろうかと話していたアルティメット・マジシャンズの女性陣だが、本格的なお風呂に入れるとあって、満足気な様子だ。
「そういえば、聖女様のご実家は、アールスハイドのクロード子爵家で御座いましたね。温泉で有名な」
「え? あ、はい」
「ご実家と比べて、簡素なお風呂で申し訳御座いません」
「いえいえ! 十分立派ですよ! まさか野営でお風呂に入れるとは思ってもみなかったですから」
これは素直な感想だ。
もしお風呂がなく、ゲートでお風呂に入りに帰る時間もなかった場合、シシリーはシンの側に行きたくないとさえ思っていた。
自分の臭いが気になってしまうからだ。
ところが、ここにあるのは紛れもなくお風呂。
そんな杞憂がなくなってホッとしていたところだった。
「こうしてお風呂に入れるのは、導師様の魔道具のお陰ですね。今の軍には経験している者はいませんが、昔は行軍中にはお風呂に入れなかったらしいです」
「給湯の魔道具ですね。あの魔道具が出たとき、祖父は戦々恐々としたそうです。温泉の価値がなくなるって」
「それは……大変でしたね……」
「ところが、一般に給湯の魔道具による入浴が広まったことで、逆に温泉の価値が上がったそうです。温泉は、普通のお風呂と一味違うって」
温泉は、地熱により熱せられた地下水が湧きだしたものである。地下の鉱脈を通って湧き出る温泉には様々な成分が含まれており、色々な効能をもたらす。
入浴が広まったことで、温泉の魅力に気付き、その価値が上がったとのことだ。
「そう考えると、うちの価値を高めてくれたのはお婆様ですね」
「お婆様? ……ああ、確か聖女様は導師様の御孫様でらっしゃる御使い様と御婚約されていたのでしたね」
「はい」
婚約して大分経過したためか、特に照れもせずに答えるシシリー。
「そういえば、私読みましたよ『新・英雄物語』。あれに書かれてることって本当なんですか? 聖女様を御使い様が助けたのが馴れ初めって」
「あう……そ、そうですね……」
やっぱり、あんまり慣れていなさそうである。馴れ初めを聞かれて照れ始めた。
そして、恋バナが始まったからか、周囲にいた女性兵士達も集まってきた。
「聖女様。御使い様のどこをお好きになられたんですか?」
「ど、どこって……気が付いたら好きになってたとしか……」
そのシシリーの返事に沸き上がる女性兵士達。
「じゃあじゃあ! 御使い様ってどんな方なんですか?」
「えっと……強くて、格好よくて、家族や友達思いで、その……優しいです……」
またしても沸き上がる女性兵士達。
「戦乙女様も、やっぱり同じ印象ですか?」
「戦乙女様って……まあ、概ね間違ってはないわね」
「じゃあ、戦乙女様も、御使い様のこと……」
「そりゃないわね」
即答で切って捨てたマリアに、皆意外そうな顔をする。
「確かにそれだけだったら、同じチーム内でもシンのことを好きになる子もいると思うんだけど……」
何かあるのか? 女性兵士達は、息を呑んでマリアの発言を待った。
「何せ、世間知らず、自重知らずだからねえ……シンが普通だと思ってることが、私らの常識から逸脱してることなんてしょっちゅうよ。あんな歩くトラブルメーカー、一緒にいたら身が持たないわよ」
「むー。そんな言い方しなくても……」
「アンタはシンにベタ惚れだから、そういうところも許容しちゃうかもしれないけど、私らは……」
世間一般に噂されるシンの姿とは違う内容に、女性兵士達は戸惑いを隠せない。
「で、でも、戦乙女様の魔法も、私達の常識からはかけ離れていると思ったんですけど……」
「私の魔法で驚いてちゃ、シンの魔法なんて見れないわよ? あれの……何倍かしら? シシリー、シンの本気ってどれくらいなの?」
「さあ? 本気出してるところなんて見たことないから……荒野で魔法の実験をしたときも、大分抑えたって言ってたけど……」
「あ……あんな辺り一面更地にしといて、まだ抑えてんの?」
「本気出したら……街一個なくなっちゃうかも?」
その言葉に絶句する女性兵士達。
そして、それをさらっと言うシシリーにも。
(どんだけベタ惚れなんだ!)
と、心の中で総ツッコミが入っていた。
そしてマリアは。
(街じゃなくて、国……でしょ)
言うとマズそうなので、マリアも心の中でツッコんでいた。
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風呂のある天幕から出て、自分のテントに戻る。
まだ体が火照っていたので、外で涼んでいると、シシリー達も戻ってきた。
「お帰り。お風呂どうだった?」
「気持ち良かったです。まさか野営でお風呂に入れるとは思ってもみませんでしたから」
「そうね。これなら、これからの行軍も大丈夫かな」
魔物避けと給湯の魔道具様様だな。
さて、テントの外にいたのは涼むためでもあるが、とある目的もあった。
「俺のテントは一人用で狭いから、そっちのテントに行っていいか?」
「はい」
そう言って、シシリーとマリアの泊まるテントに入る。
二人用だけど、寝る訳じゃないので、十分な広さだ。
「じゃあ、この魔道具を起動して……と」
今起動したのは『防音』の魔道具だ。
魔道具からこのテントを囲うくらいの範囲までしか『音の振動』を伝えない。つまり、その範囲以上には音を漏らさない魔道具である。
ちなみに、常時発動ではない。
これからすることを、周囲に知られる訳にはいかないからな。
そして、俺は、あるものを取り出した。
チリン、チリン。
取り出したのは、鈴。
鳴らしたのは『無線通信機』に向けてだ。
『ム? 誰だ? シンか?』
「おう。お疲れ、今大丈夫か?」
『ちょと待て……よし、大丈夫だ』
『こっちも大丈夫だよー!』
『こちらも準備できたよ』
オープンチャンネルにしてある無線通信機にむけて鈴を鳴らすと、オーグ、アリス、トニーから返事があった。
おそらく、周りには皆いることだろう。
「こっちは、国境に着く前に魔物と一戦交えたわ。皆は?」
『私のところは、ここに着くまでに魔物の襲撃はなかったな。もしかしたら、先行部隊が討伐していたかもしれないが』
『あたしのところは、ちょっとだけ出たよ! でも中型ばっかりで、大型もほとんどいなかったから出番なかった!』
『僕のところも少しだけ出たねえ。でも兵士さん達で討伐しちゃったから、僕も出番なかったよ』
各陣営に有線の通信機を引っ張ってくる予定であるが、線を地中に埋めながら運んでくるので、行軍のスピードに若干ついてこれない。
なので、各陣営の最新情報を知るための報告会をすることになっていた。
ちなみに、無線通信機はまだ秘密なので、ここで知り得たことを本部に報告する訳にはいかない。
今頃、こちらの情報を持った伝令の兵士さんが、有線通信機のところまで馬を走らせ、情報を交換して戻って来ている途中だと思う。
それにしても、オーグのところは全く。アリスとトニーのところはちょっとだけ出たとのこと。
俺らは結構な規模で出た。
なに? この差は?
「うちは、結構な数が出たよ。なんで、こんなに差があるんだ?」
『……シンがいるからではないか?』
「ちょっ! また、トラブル体質説かよ!」
『そういうふざけた話ではなく、シンの基礎魔力量は、私達の中でも断トツに多いだろう? それに引き寄せられているのではないか?』
トラブル体質説がおふざけであったと告白されたが、その後に続いた言葉に冷や汗をかいた。
基礎魔力量というものがある。
人間に魔力を蓄えておく器官はないが、魔力の充満している世界で生活しているからか、人間の身体は魔力を帯びている。それは、人間の生命活動に影響を及ぼすほどだ。
その元から体に帯びている魔力を、基礎魔力量という。
なので、この世界の人は魔法が使えなくても、魔道具の起動くらいはできるのだ。
そして魔法が使え、制御できる魔力量が増えると、身体に帯びる魔力量が増えるのである。
そして、魔物は、魔力に引き寄せられる。
訓練の時には、わざと魔力を集めて魔物を呼び寄せた。
俺は、小さい時から、毎日魔力制御の練習をしているから、それなりに基礎魔力量も大きくなってる。
ってことは……。
「今まで、やたらと魔物が出てきてたのは……」
『まず、間違いなくシンのせいだな』
「……マジか?」
『残念ながら、こればっかりはマジだな』
『シン君がいないからさあ、こっちは至極平穏だよ! 魔物討伐の行軍だけども!』
『そうだねえ。これが普通なんだろうねえ。平穏に感じるけど……』
「こっちは、大変だったよ……魔物が大量に現れるし、マリアは『戦乙女』なんて呼ばれ出すし」
「ちょっと! それは報告しなくていいんじゃないの!?」
『ほお? なにやら楽しそうなことになっているではないか』
「楽しくありませんからね!?」
『それにしても、シンのところは、三人とも二つ名持ちになっちゃったねえ。いやあ、羨ましい』
「言うほどいいもんじゃないわよ……恥ずかしいったら……」
結局その日は、魔物の出現状況を報告しあっただけで、後は雑談になってしまった。
報告を終えた俺は、二人におやすみと言ってから自分のテントに戻った。
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指揮官の宿泊する天幕は、作戦会議も行うことがあるため、かなり大きい造りとなっている。
その天幕に、ラルフを始め、御使い・聖女反対派の面々が集まり、悲痛な表情をしていた。
「ラルフ様……あれに勝てるのですか? しかも、あの魔法を放ったのは、シン=ウォルフォードではなかったらしいではないですか」
「チームのメンバーであの威力。代表の奴ならばどれほどの魔法を放つのか……」
マリアの魔法を目の当たりにした、反対派は、さすがにこれに勝つのは無理ではないか?
こうなれば、甚だ不本意ではあるが、例の称号も受け入れざるを得ないのではないか?
そう、諦め始めていた。
反対派の人間のほとんどが、シンの御使い宣言を取り下げさせることを諦めようとしていたが、ラルフだけは、諦めることができていなかった。
彼は、真面目なのである。
真面目過ぎて、他の皆のように、柔軟に物事を受け入れることができない。
神の御使いと呼ばれる者は、真摯に神を敬っている人間でなければならない。
聖職者でなければならないとさえ思っている。
そんな彼に、シンのことを受け入れろというのは、とても無理な話なのだ。
「まだだ、まだチャンスはある……魔人を、魔人を先に討伐できれば……」
ブツブツ言い始めたラルフのことを、反対派の人間は、憐れむような視線で見つめていた。
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そして翌日。
いよいよ魔人領に踏み込む。
余談だが、昨日はシシリーとテントを共にしなかったことで、男性兵士さん達から尊敬の目で見られた。
あんな可愛い婚約者が同行しているのに我慢できるとは、鉄の意思を持っていると、絶賛されてしまった。
……そういう尊敬はどうなんだろうと思わなくもないが……男性兵士さん達の余計な反感を買わなかったのは、よしとしよう。
さて、ついに踏み込んだ魔人領だが……踏み込んですぐに魔物が大量に……とはなっていなかった。
そりゃそうだ。
魔物が律儀に国境を守ってる訳がないし、魔人領の境目に結界が施されていて、それを魔物が越えられないとか、そんな訳でもない。
索敵魔法を使ってみるが、今のところ魔物の気配はない。
そんな魔人領を進むこと三十分。
「おっと。おいでなすった」
ようやく魔物の反応があった。
その反応はかなりの数になっており、それがまっすぐこちらに向かっている。
おそらくこちらの……俺の魔力を感知したのかなあ……。
魔物達があちこちから集まり始め、段々と数を増やし、大規模な群れになってきている。
「やっぱり、数が多いな。魔人領が魔物で溢れてるってのも誇張じゃないな」
この群れで終わりではないだろう。
むしろこの後、どれくらい集まってくるのか……。
「総員、戦闘態勢! 相手は魔物だ! 余計な作戦など必要ない! 切って切って、切り捨てろ!」
『オオオオオオオ!』
こうして、魔人領攻略作戦は本格的にスタートした。
「魔法師団! 攻撃魔法、撃て!」
ダーム、エルス、イース連合軍の指揮官が号令を発し、魔法師団が詠唱を始め、一気に魔法が放たれた。
威力は微妙だけど、大勢が一斉に魔法を放つと、それだけで大迫力だな。
そして、魔法師団が魔法を放ち終えると、今度は騎士や兵士達が魔物の群れに突っ込んでいった。
さすがは国の正規軍。中型までの魔物なら単独で狩ってる人も珍しくない。
大型の魔物も、複数人で対処し問題なく狩れてる。
「凄いわね。これは、私達の出番はないんじゃない?」
「そういうフラグ臭いことを言ってると……」
「あ。出ましたね」
「……」
「わ、私のせいじゃないでしょ!?」
言ったそばからこれだ。
中型、大型とは規模が違う禍々しい魔力。
「災害級出現! 総員、速やかに後退! 周りの小物を御使い様方に近付けさせるな!」
『オオオオオオ!!』
現れたのは、超大型の狼。
ナントカの森にいそうな奴だ。
通常、狼は中型に分類されるが、魔物化し、年月が経つと次第に取り込む魔力量が大きくなり、巨大化する。
結果、災害級になることがある。
魔物化した時点で災害級になる獅子や虎に比べて、年月をかけて災害級に至るので、災害級の狼は狡猾な奴が多い。
面倒くさいのが出てきたなあ……。
「シシリー、マリア。災害級の狼って初めてだよね?」
「はい……」
「見たことないわね……」
「アイツは、とにかく素早い。だから、足止めしてくれると助かる」
「わ、分かりました!」
「……例によって、やったことある訳ね?」
まあそういう訳だ。
倒せるけど面倒くさい。
なので、二人に援護をしてもらう。
二人に援護の説明をし、バイブレーションソードを取り出し、正面から突っ込む。
「な!? 御使い様、無茶です!」
戦況を見つめていた兵士さんから驚きの声があがるが、無茶じゃない!
正面から突っ込んできた俺を、狼はサイドステップで避けようとするが……。
『ギャワン!? ガアアア!』
狼の『両サイド』に魔法を放つように指示していたシシリーとマリアの魔法が、サイドステップした狼の行動とピッタリ一致し、シシリーの氷の槍をくらって悶絶する。
この機を逃さないと、ジェットブーツを起動し、狼に近付く。
ガキン!
と、俺の振るったバイブレーションソードの、剣の腹の部分を上手く噛まれた。
絶対、偶然だろ!?
振動している刃の部分以外は当然切れないので、剣が止まってしまった。
「ああ! シン君!」
シシリーが慌てた声をあげるけど、狼もバイブレーションソードを噛んでる以上、下手に身動きがとれない。
一瞬の膠着状態に陥るが……悪いね、狼さん。
俺、剣だけじゃなくて、魔法も使えるんだわ。
バイブレーションソードを噛み、わずかに開いた牙の隙間から、口内に向けて、超高熱の炎の魔法を放つ。
『ギャアアアン!』
口内から入った超高熱の炎は、狼の体内を焼きつくし、あっという間に絶命してしまった。
……あれ?
災害級の狼なら、魔法の気配を感じたら剣を放して距離を取ると思ったんだけど……。
まともにくらったな……。
「シン、アンタ……えげつないことするわね……」
「ん? ああ、膠着したから牽制のつもりで放ったんだけど……」
「まともに口の中に魔法が入りましたね……」
まあ、何はともあれ災害級討伐完了だ。
「ス、スゲエ! 災害級の狼を瞬殺したぞ!」
「御使い様に遅れをとるな! 我らの力をお見せするのだ!」
『オオオオオオ!!』
災害級を討伐したことで、兵士さん達の士気もうなぎ登りだ。
これなら、魔物討伐は順調に進むな。
ちょっとモヤモヤするけど……。
皆の方は大丈夫だろうか?