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賢者の孫  作者: 吉岡剛
66/311

青臭い発言をしてしまいました

書籍版の原稿が修正の嵐……

ちょっと更新するペースが落ちるかもしれません……

すいません。

 アールスハイド、エルス、イースに加えて旧帝国の周辺国との正式な調印は、細かい作戦の調整が終わってからという事で、後は連合参加国の閣僚達による会議によって詳細を決める事になった。


 派兵する人数や、補給の負担、現場での割り振りなど、詳細が合意に至ったら正式に調印という事になる。


 三国会談が行われたスイード王国でイース神聖国の使節団と別れ、エルス自由商業連合国使節団の皆さんとアールスハイド王国王都に向かっている。


 さっきの美男美女を送り込む発言により、マリア達がナバルさんの馬車に自分の要求を伝えたり、そこから身体強化して自分の馬車に跳んで戻ったり、エルス使節団の人がそれに驚いたりしながら、和やかなムードでの行程となっている。


 行きも通った街道は、両国の使節団の馬車や護衛の人間でいっぱいだ。


 しかし、それだけの大集団となれば、当然出てくるモノがいる。


「左方向より魔物の反応多数! 中型に大型に……こ! これは!?」

「なんや!? どないしたんや!?」

「災害級と思われる反応あり!」

「「「な、なんやてー!?」」」


 毎度出てくる魔物の集団。


 行きも出てきたけど、帰りは災害級を連れて登場した。


「これは……熊かな?」

「みたいだね! 超大型の熊だよ!」

「くくく熊!? 超大型の熊!?」

「アカン……人生終わった……」

「こんな事やったら、アールスハイドに寄らんと真っ直ぐ帰ったら良かったわ……」


 エルスの人達は、護衛を除けば商人さん達ばっかりだからな。熊、それも災害級ともなれば、絶望に浸るには十分な魔物なんだろう。


「なぜそんなに落ち込んでいる?」


 オーグが不思議そうに、絶望に打ちひしがれているエルス使節団に話しかけてる。


「なんでって! 災害級でっせ!? 一軍をもって対応せなあかん魔物が出たっちゅうのに、なんでそんなに落ち着いて……あ……」

「さっき言っただろう? 私たちは皆単独で災害級の魔物を討伐できる面子ばかりだと」

「ホ、ホンなら……」

「まあ、そこで見ていろ。護衛の者たちも一応警戒はしておけ」


 オーグはそう言うと前線に出てきた。


「さて、今回はどうする?」

「今回はお父さん達いないからなあ、あたしは別にやらなくていいよ」

「じゃあ私がやる」

「今回は譲って欲しいねえ」

「どうした? トニー?」


 リンはいつもの事だけど、今回はトニーも討伐したいと主張してきた。


「いっつもさ、魔法のゴリ押しで討伐してきたじゃない。でも災害級の魔物ともなればいい素材が手に入ると思うんだよね。だから綺麗な状態で倒せないか試したいんだよね」

「確かにそうか」


 今まで討伐してきた災害級は早い者勝ちで討伐してきた為、とにかく皆全力で魔法をぶっ放してきた。


 その結果……原型を留めている事が珍しく、今まで災害級の魔物の素材を入手した事はない。


 虎皮とか高く売れそうなんだけどな。ちょっと勿体ない事してた。


 ちなみに、騎士学院との合同訓練で狩った虎の魔物は、軍の買取りとなった。


 口座に振り込まれてたはずだけど……口座の金額の増え方が異常だったからいくら振り込まれたのか知らないんだよなあ。


「あ! そういう事ならあたしもやりたい!」


 さっきはやらないと言っていたアリスが、災害級の素材は高く売れるかもって所に食いついた。


「そういう事なら自分もやりたいッス」

「私も。お店に新しい窯を導入できるかも」

「ウチの宿のトイレを全部例のトイレに替える資金に出きるよぉ」

「素材はいいから熊狩りたい」

「ダメだよリン。それをうまく採取する為の練習をしたいんだから」


 平民組が自分がやりたいと主張しだし、やっぱり誰が担当するのか決まらなかった。


 とういう事は……。


「これの出番だな」


 異空間収納から例のクジを取り出す。


「ですから、なんでクジ常備なんですか?」


 トールからの疑問には答えられない。なぜなら、俺も覚えてないから。


「じゃあ、当たりが災害級担当な」


 公平なクジの結果……。


「お! やったよ」

「あーん! また外れたあ!」

「ちっ……トニーは運がいい」

「舌打ちすんなリン」


 今回はトニーが当たりを引いた。


「よーし、じゃあ熊だし、毛皮が採取できるかな?」

「そういえば、熊の毛皮って何に使われてるんだ?」

「主に革鎧の材料ね。災害級の熊なんて討伐できたとしても無傷とはいかないから、綺麗な状態で採取できたら高値で引き取ってもらえるわよ」

「へえ」


 そんなやり取りをしている間に、魔物の群れはどんどん近付いてきている。


「あ、あの……災害級がいるというのに、なぜそんなに余裕なんですか?」

「ああ、お前リッテンハイムリゾートに行った時はいなかったんだっけ……」

「殿下達に任せていれば問題ないよ。正直、あの余裕の態度も納得できると思うぞ」

「ていうか、普通災害級担当って大外れだよな……それを当たりとか言っちゃう人達だからな……」


 護衛さんからの疑問を、別の護衛さんが答えていた。そういえば、ユリウスの実家に行った時にもいた護衛の人だな。


「さて、今回は他の魔物も採取を目的にするから、爆発系禁止な」

「問題ない」

「むしろ一番爆発系の魔法使ってるのってシン君だよね!」

「……よし、じゃあ戦闘準備!」

「無視したわね……」


 そ、そんな事はない。本当にもうそこまで魔物の群れは近付いてきているのだ。


「それじゃあ……いくぞ!」


 俺の合図で一斉に魔法を使う皆。使う魔法は水と風の刃が中心だ。


 その刃を魔物の首筋を狙って次々と放つ。


「あ! 体両断しちゃった!」

「フフ、私は順調……あ」

「リンさん、細切れはないわぁ」

「失敗した」

「なんというか……ゲームでもしてる気分ね」

「フム、あながち間違いではないかもしれんな。おっと、失敗した。縦に両断してしまった」


 最初の開始位置から動かずに、一体ずつ丁寧に討伐していく。


 これはいいな。精密な魔法の練習にうってつけだ。


 最近の皆は、制御できる魔力の量が以前と段違いになり、俺が魔法のイメージを教えた事もあって力でゴリ押しする事も多くなってる。


 こういう精密な魔法の行使は苦手……というかあまり経験がなかったりする。


 定期的に魔法の練習に組み込もうかな? 旧帝国……今回の会談以降『魔人領』と呼ぶそうだが、そこから大量の魔物が溢れてきていて結構な問題になっている。その間引きにもなるし、一度オーグと相談してみよう。


「それにしても、シン君凄いですね」

「ですね。なんでそんなに精密に連射できるんですか?」


 シシリーとトールから質問があるが、魔法を精密に撃てるのは当然なのだ。


「俺が魔法を使ってた相手って、狩りの獲物だったからね、爆散させる訳にいかないじゃん? こんな風に眉間に一発食らわして仕留めるか、首を狙ってばかりいたんだよ」

「なるほど、ぐちゃぐちゃでは食べられる部位が無くなるで御座るからな」

「切実な理由ッスね」

「でも意外です。ウォルフォードさん、大威力の魔法をポンポン使ってるイメージですから」

「ちょっとオリビア、それは非道くね?」

「でもぉ、確かに精密なって意味ではウォルフォード君って実は凄いよねぇ。魔道具って精密な魔力操作が必要だもん」


 ってな事を魔物を魔法で討伐しながら話している面々。


 談笑しながら魔物を討伐出来るオリビアは、もう完全に街の食堂の娘ではない。


「大分減ったねえ。じゃあ、そろそろ本命を倒しに行ってくるよ」


 トニーが異空間収納からバイブレーションソードを取り出しながらそう言った。


「おう、いってらっしゃい」

「フフッ、じゃあ……行ってくるよ!」


 ジェットブーツを起動して跳躍し、まだ残っている魔物の頭上を飛び越え体長五メートル程もある熊の正面に降り立ったトニー。


 万が一の時にいつでもフォローに入れるようにそっちを気にしながら、魔物の討伐に当たる。


「な……何一人で行かせとるんですかあ!?」

「ちょお! アウグスト殿下! 何考えてますのん!?」

「ん? フレイドなら一人で大丈夫だろ。まあ見ていろ」


 後ろの使節団の人から、トニーを一人で災害級の魔物に向かわせた事に対して非難の声が上がるが、あれくらいの魔物にこっちが横槍をいれたらトニーから苦情が来そうだ。


 そのトニーの方は、もう戦闘が始まってる。


 熊がそのデカい右腕を振り上げてトニーに向けて振り下ろすが、ジェットブーツを起動してトニーはそれを避ける。随分扱いが上手くなったな。


 右腕の振り下ろしを避けたトニーは、続く左腕の振り下ろしを避けると同時に熊の頭上に向けて飛び上がる。


 さっきの二発で地面がクレーターみたいになってるけど、随分余裕で避けていたな。


 そして、熊の顔の正面……ではなく、少しずれた位置に飛んだトニー。


 すれ違い様にバイブレーションソードを一閃。そして熊の肩を蹴り熊から離れた。


 使節団の人達は息を呑んでその光景をみているが、俺たちはすでに討伐が終わった事を確信していた。


 肩を蹴られた熊がゆっくりと前に倒れる。


 頭をそのままの位置に残して。


 首の無い体長五メートルの熊が倒れると、ズズンと地響きがする。


 熊の体に傷を付けないで討伐したトニーは満足そうな顔をしてジェットブーツを起動してこちらに戻ってきた。


「お疲れ、綺麗に倒せたな」

「うん、上出来かな? これ以上だと、シンみたいに眉間への精密射撃くらいしかないからねえ」


 まあ、これだけ綺麗なら文句の付けようもないだろう。


「うおお! 凄過ぎやろ!」

「災害級をこんなにあっさり……」

「これは……殿下方が余裕綽々なんも頷けますな」

「ちょお……これ凄すぎへんか?」


 使節団の人達や護衛の人達は驚いてるけど、まあトニーならこんなもんだろう。


 さて、メインである災害級は倒したし、もうおしまいにしようかな?


「皆、残り一気に殲滅していいか?」

「ええー? 採取が目的じゃなかったの?」

「一気に吹き飛ばすなら私がやりたい」

「そんな事しないよ。採取が目的なのは変わらないんだから」


 昔、森で狩りをしていた時、警戒心の強い獲物を複数仕留める時によく使っていた手を使おうと思っているのだ。


 まず『誘導』する事を意識して『マーカー』という魔法を起動。それをこっそり魔物の眉間に『ロックオン』する。


 すべての魔物にマーカーを付けたら、そのマーカーに向けて誘導されるように小さい水の弾丸を大量に起動。そして……。


「おりゃ! 行け!」


 一斉に水の弾丸を射出した。


 大量に放たれた水の弾丸は魔物の群れを蹂躙……せず、マーカーに向けて誘導され多少不自然な軌道を描きながら狙い違わず魔物の眉間にすべて着弾した。


 残ってる魔物は……よし、いないな。殲滅完了だ。そうして皆の方を振り返ると……チームの皆も含めて全員が唖然としていた。


「なに……今の?」

「いくつか不自然な軌道で着弾しましたよね?」

「また意味の分からない魔法を……」

「はあ……シン君凄いですう」


 シシリーだけちょっと反応が違うけど、皆呆れた顔してる。


「獲物の警戒心が強くて数が多い時、確実に仕留められるように、森で狩りをしてた頃よく使ってた魔法なんだよ。魔物を討伐するにはあんまり使ってなかったけどね」

「それにしても凄過ぎだろう。使節団だけでなく、我々も驚いたぞ」


 エルス使節団の人達はまさに茫然といった状態だ。


 まあ、こちらの戦力の確認にはなったかな?


 これから魔人領に攻め入るのにお互いの戦力の確認は必要だからな。


 エルスの戦力的には、アールスハイド軍とそう変わらないそうだ。


 オーグの話では、俺達だけ力が隔絶してしまっているらしい。


 こちらの戦力は見せたけど……エルスの、ナバルさんって言ったかな? 災害級を討伐した時と違って、凄い警戒した顔してる。


「……ホンマに……ホンマに魔王さんを……アルティメット・マジシャンズをアールスハイドの固有戦力にはせんのですか?」

「どうした? 信じられないか?」

「……信じられへんというか……これだけの戦闘力を持っとったら、世界を征服する事くらい容易い事やと思えます。それくらいの戦闘力でっせ、これは……」


 ナバルさんが警戒してるのはそれか。


 魔人討伐を最優先で皆を鍛えたから戦力のバランスまで考えてなかったな……。


「フム、ならば聞いてみようか? シン! お前、世界を征服したいとか考えた事があるか?」

「ちょっ! アウグスト殿下! そんなストレートな……」


 オーグが質問してくるけど、そんなもの決まっている。


「やだよ、面倒臭い」

「め、面倒臭いって……」

「っていうか、世界を征服してどうするんですか?」

「どうって……絶対的な権力を握れますやんか、それに自分の思い通りの国を造るとか……好きな事できまっせ」

「だから、それが面倒臭いんですって。自分の思い通りの国を造るとして、一から建国しないといけないんでしょ? それがどれだけ面倒な事か、商人さんなら分かると思うんですけど」

「そら分かりますけど……」

「それに、つい一年程前まで、森の奥深くでじいちゃんとたまに来るばあちゃん達と暮らしてましたからね。そういうの興味ないんですよ」


 森の中で世界が完結してたし。それに元々小市民だからか、人の上に立つって思考が持てない。


「今まで、俺にはじいちゃん達家族しかいなかったけど……今は沢山の友人が出来た、知り合いも出来た、そして……恋人も出来た。俺はね、その人達が大切なんですよ」


 そう言ってシシリーを、チームの皆を見る。


 シシリーは嬉しそうに、他の皆は照れ臭そうにしている。


「大切な人達……」

「ええ、その大切な人達を守る為に俺は力を振るうつもりです。それに……将来産まれてくるであろう俺達の子供の為に、平和な世界を作ってあげたいんですよ」

「シン君……」


 俺達の子供って所で感激したのか、シシリーが俺の腕をキュッと握る。


「だから、世界征服なんて面倒で、世界に動乱を起こすような真似はしないし、したくないんですよ」

「……なるほど、若者らしい青臭い発言ですけど……そういう事なら世界征服に興味がないのは分かりますわ」


 青臭いって……確かに、世界の平和の為に戦うとかそう聞こえるかもしれないけど、これが俺の偽らざる本音だしな。


「というか……正直、自分の力がこんなに警戒される力だとは思ってもみなかったんですよね……」

「そうなんでっか?」

「魔法使いって、皆じいちゃんみたいに魔法が使えるもんだと……」

「……はあ、魔王さんが規格外にならはった理由の一端が見えましたわ」

「これは私も初めて聞いたな。まさか、世の魔法使いのレベルをマーリン殿で比べていたとは……」

「じいちゃんって年寄りだから、もっと強い人もいると思ってたよ」

「……とんだ勘違いね……」

「それで賢者様を超えられても、研鑽を止めなかったんで御座るな」


 森の家にはじいちゃんを慕って色んな人が来てたから、爺さんが凄い魔法使いらしいってのは感付いていたけど、具体的にどれだけ凄いのか、王都に来てから知ったしな。


 まさか、ここまでの英雄だとは思わなかった。


「世の魔法使いのレベルは分かりましたからね。俺の……俺達の力が隔絶してるのはさすがにもう理解してます。大き過ぎる力は不安を呼ぶかもしれませんけど……上手く使えば世界の平穏を保つ事が出来ると思うんです。それも含めて皆さんと連携出来たらいいと、そう思ってます」


 これで納得してくれるかな?


「……そうでんな、皆でアルティメット・マジシャンズを平和維持組織にしていけばいい話でんな」

「分かってくれました?」

「ええ、疑ごうてスンマセンでしたな。しかし、アウグスト殿下といい魔王さんといい、まだお若いのに立派なもんですなあ」

「そうですか?」


 俺の場合、前世で二十過ぎまで成長した記憶があるしな……まあ、幼児からやり直したから単純に合算できないけど、十五歳の思考ではないわな。


 オーグは王族だからか同級生達より随分大人っぽく見える時もある。基本、悪乗り腹黒王子だけど。


「ホンなら、これからの閣僚会議は、その事も含めて協議していかなあきませんな。最優先は魔人対策ですけど」

「そうだな、我が国での関わりが長いから、アルティメット・マジシャンズについての運用についてある程度の骨子は出来ている。一応承認してもらえる内容だとは思っているが、今後は世界中の国が関わってくるからな、すり合わせの作業になると思う」

「そうでんな。協議せなアカン事山積みですけど、これは遣り甲斐のある仕事ですわ」

「フッ、初めはエルスの要求を呑ませようとしていたのにな?」

「ちょっとお! それ黒歴史として封印しよ思とったのに! なんで言うてまうんですか!?」

「おっと、それは失礼」

「なんですのんナバルさん。そんな事言いましたんかいな?」

「目先の利益に目が眩んだんちゃいますか? 外交官にならはってから商売の勘が鈍ったんちゃいますのん?」

「うるさいわ!」


 アールスハイドへの帰路の途中で、俺達の実力、俺の思想を伝え、危険な集団ではないと理解してもらいながら移動を進めて行った。


 その後も、時々出てくる魔物は中型までなら護衛の人達に任せながら進み、ようやくアールスハイドに戻ってきた。


「おお、久し振りやなあアールスハイド」

「ナバルさんは来たことあるんですか?」

「そら、今は外交官なんぞやってますけど、元々は世界を渡り歩く商人でしたさかいな。アールスハイドにイース、こないだまでおったスイードと、各国を行き来しましたわ」

「へえ、そうなんですね」

「それより魔王さん! 早う商会に行きましょ! もう開店してるかもしれませんやんか!」


 いや……さすがに俺が帰ってくるまでオープンはしないよ?


「あの……俺が戻っても、すぐにオープンする訳ではないと思うので……一旦宿を取られてはどうですか? 通信機購入の許可も取らないといけないですし。オープンする日取りが決まりましたら連絡に行きますので」

「それもそうですな。ホナ、先に宿取りますわ」


 実はどこの宿が良いとか知らないのだが、そういえばウチに宿屋の娘がいたな。


「ユーリ。ユーリの家の宿にエルスの人達を泊めてもらえないか?」

「エルスのお偉いさん一行の宿泊なら大歓迎よぉ。それに、ウォルフォード君の商会から発売される例のアレ……ウチも購入して全部それに切り替える予定だからねぇ。オープンを知らせてくれるのは助かるわぁ」


 そういえば前に、洗浄機能付きトイレが発売されたら、宿のトイレを全部それに替えたいって言ってたな。


「例のアレ? 通信機意外に何か売り出しますのん?」

「ウフフ、それは見てからのお・た・の・し・み」


 ユーリってこういうの似合うよなあ。イタズラっぽいっていうか、エロいっていうか……。


 エルスのオッサン達が十五の小娘相手に、顔を赤くしてるよ。


 この後、王城へ通信機購入の許可証を取りに行くというエルス使節団と、宿へ誘導していくユーリを見送り、俺達も現地解散した。


「シン様! 若奥様! お帰りなさいませ!」

「アレックスさん久し振り、ただいま」

「ただいま戻りました」

「殿下方もいらっしゃいませ。三国会談、御疲れ様で御座いました」

「ああ、邪魔するぞ」

「アレックスさんお久し振り。それにしても……ただいま戻りましたねえ」

「え? 何? おかしな事言った?」

「あまりにも自然で御座ったからな」

「もうすっかりこの家の人間ですねクロードさん。いや、ウォルフォード夫人と言った方がしっくり来ますね」

「ウォ、ウォルフォード夫人!?」


 まあ将来はそうなるんだけど、不意打ちだったからか、初めて言われたからか、シシリーの頭から湯気が出そうな位真っ赤になってる。


「留守中、何か変わった事は無かった?」

「はい、特には。ああ……ただ、メリダ様がシン様が戻られたら言っておかないといけない事があると仰ってましたね」

「言っておかないといけない事? なんだろう?」

「さあ……そこまでは……」

「分かった、ばあちゃんに聞いてみるよ。お努めご苦労様」

「はっ! 恐縮です!」


 アレックスさんに労いの言葉を掛け家に入ると、今度はメイドさんや執事さん達が出迎えてくれた。


「スティーブさん、ばあちゃんいる?」

「はい。メリダ様は……今はクロード邸に温泉に入りに行っておられますね」


 胸ポケットからスケジュール帳を出してばあちゃんの予定を確認する執事のスティーブさん。


 こうして俺や爺さん、ばあちゃんのスケジュールを管理するのも執事さんの仕事らしい。


「って、温泉に行ってんのか」

「喜んで頂けてるみたいで嬉しいです」


 シシリーがクロード邸の温泉を自由に使って下さいって言ってから、ほぼ毎日行ってるな。


「さすがに毎日だと迷惑じゃないの?」

「そんな事ないですよ。むしろ、お父様が向こうに行っていない時は、屋敷の管理くらいしかする事が無いですし、来られてるのがお爺様とお婆様ですからね、王都のウチの屋敷からクロード領の屋敷に異動したいって使用人さんもチラホラいます」


 そうなのか? でも考えてみればそうなのか。毎日来てるのは、クロード家令嬢の婚約者の祖父母だけど、皆の尊敬する世界の英雄達だからな。


「そっか、でも毎日お邪魔してお世話になってるんだから、お礼はしておくね。ありがとう」

「いえ、どういたしまして」


 シシリーとそんな話をしていると、玄関ホールにゲートが開き、爺さんとばあちゃんが出てきた。


「おや、帰ってたのかい? おかえり」

「ほっほ、おかえり。無事に終わったようじゃの」

「うん、ただいま。それで、アレックスさんから、ばあちゃんが俺に何か話があるって聞いたけど?」

「ああ、その皆が付けてるネックレスの魔道具の事さね」

「これ?」


 ネックレスについての話だというばあちゃんに促され、皆でリビングのソファーに座る。


「まず確認するけど、これに付与されてるのは『異物排除』だったね」

「そうだよ」

「その『異物』の定義は?」

「身体に不要なものや害があるもの」

「食べ物は?」

「栄養は身体に必要なものだからね、吸収されるよ」

「うーん、やっぱりそうかい」

「何? やっぱりって」


 ばあちゃんが納得したような、それでいて困ったような顔をしている。なんだ?


「いや、このネックレスを付けてから、やけに便の量が多くなってねえ、皆に聞いてみても同じ感想を持ってたから、必要以上の栄養摂取をしてないんだろうと予想したのさ」

「え!? って事は、いくら食べても太らないって事ですか!?」


 マリアがメッチャ食いついた。


 食べても太らないって、夢の魔道具なんだろうなあ。


「確かにその通りなんだけどね。そうなると……ちょっと問題がある」

「問題?」

「胎児は?」

「え……?」


 胎児……赤ちゃん?


「身体から異物が排除されるって事は……妊娠して、その後にこのネックレスを付けてしまったら……胎児は異物として認識されて、堕胎してしまうんじゃないのかい?」

「そ、それは……」


 確かにその可能性が……いや、確かつわりの原因って胎盤が未熟なせいで身体が胎児を『異物』だと認識してしまうアレルギー反応だって聞いた事が……。


 異物……まさに異物として認識してしまってるじゃないか!


「今は有事だからね、妊娠する事が許されない状況だからそれでも構わないさ。けど、この魔人騒動が収まったら、やっぱり子供は欲しいだろう?」

「そりゃそうだよ」

「シ、シン君……」


 あ、シシリーの目の前で子供欲しい宣言をしてしまった。シシリーがモジモジしている。


「今はこのままの付与で構わない。けど、その後は付与を変える必要がある事を覚えておきな」

「うん……分かった。ありがとう、ばあちゃん」


 この事を指摘されていなければ……最悪の事態になってしまっていたかもしれない。


 そうなった時、シシリーは確実に落ち込むと思う。


 そうならずに済んで良かった。この騒動が終わったら、健康維持とかの付与に切り替えよう。


 あ、爺さんとばあちゃんの付与もそっちにした方がいいかな? 伝染する病気だけじゃなくて、内臓の疾患とかもあるし。


「アタシらも曾孫の顔は見たいし、新しい孫の悲しむ姿なんて見たくないからねえ」

「お婆様……」


 普段は厳しいし怖いばあちゃんだけど、本心は俺達の事を凄く心配してくれている。


 そんなばあちゃんの優しさに触れたシシリーが、感激して涙目になってる。


「ありがとうございます、お婆様! 私、頑張って元気な赤ちゃん産みます!」


 ……。


 やばい、顔が熱くなってきた。


 まさか、赤ちゃん産むために頑張ります宣言をするとは思わなかった。


「それは嬉しい決意だけどねえ……いいのかい?」

「何がですか?」

「皆聞いてるよ?」

「え? あ!」


 慌てて周りを見渡したシシリーは、ニヤニヤしているオーグやマリア達を見つけ……。


「や、やあああ!」


 恥ずかしがって俺の身体に顔を埋めてしまった。


「フッ、これは責任重大だな」

「そうですね。シシリーが元気な赤ちゃんを産むために魔人を討伐しないといけませんね」


 オーグとマリアも悪乗りして追い打ちをかけてくる。


 でも、本当にその通りだよな。


 シシリーが……って訳じゃなくて、将来産まれてくる全ての子供達の為に、平和な世を作んなきゃいけないのは、今を生きる俺達の課題だ。


「もお! やああ!」


 ますます恥ずかしがってしがみついてくるシシリーを宥めながら、この魔人騒動の終息を改めて誓っていた。


 それにしても、シシリー柔らかいな……。

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別作品、始めました


魔法少女と呼ばないで
― 新着の感想 ―
道中、魔物、クジ。何回同じ内容をやれば気が済むんだ。
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