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賢者の孫  作者: 吉岡剛
65/311

三国会談二日目が始まりました

この話に宗教に関しての話が出てきますが

この宗教はこの作品の中で私が創作したものであり

実在する宗教・団体とは一切関係ございません。

また、この中で語られている宗教観が私の宗教観という訳でもありません。

あくまで作品内にて私が創作したものです。

ご了承ください。

 イース神聖国使節団の宿泊施設でのやり取りを終えたアウグストとマキナ司教は、そのまま連れ立って会談場所であるレストランに向かった。


 個室には、既にエルスのナバル外交官が到着していた。


 その彼の目には隈があり、昨日アウグストから言われた戦後の利益について考えていたのだろう事が予想された。


「……おはようございます、アウグスト殿下、そちらは?」

「ああ、おはよう。昨日のフラー大司教から代表が代わってな。マキナ司教だ」

「初めまして、エルスの代表の方。私はハミル=マキナ。役職は司教です。宜しくお願い致します」

「これは御丁寧に、私はウサマ=ナバルと申します。ところで、フラー大司教はどないしたんですか? 代表が代わるとか、よっぽどですやろ?」

「ええ、まあ……ちょっと問題を起こしましてな、彼は本国へ強制送還されまして……代わりに私が代行する事になりました」

「問題……は、教えてくれる訳にはいきませんか?」

「ええ、申し訳御座いませんが……」

「そうですか……そらしゃあないですな……では、本日の会談を始めましょか?」

「そうしたいところなのだが……まだ朝食を食べていなくてな。先に食事をしてもいいだろうか?」

「はあ、またですか?」

「私もマキナ司教も、朝からバタバタしていたからな。ナバル外交官は?」

「一人だけメシ食わんと待っとるのは虚しゅうてかなわんので御一緒させてもらいますわ」


 結局、昨日と同じように、朝食からのスタートとなった。


 昨日と違うのは、イースの代表がフラーではない事。


 そして、マキナの食べる量がフラーに比べて格段に少ない事だ。


「マキナ司教……でしたかいな? そんな量で足りますのん?」

「はい。創神教の御子は必要以上の栄養摂取をしてはならないのです。最低限のパンとスープ。そして余った食物は民に分け与えよという教えですからな」

「昨日のフラー大司教とは大違いでんな。それにしても……ホンマにウチの国とは正反対ですな。ウチは富こそが正義ですよって」

「エルスの商人達にはいつか言おうと思っていたのです。そのように利益ばかり追求していれば、多方面に敵を作りいずれ身を滅ぼす。そうなる前に行動を改めた方が宜しいですよ?」

「……ホンマに……創神教の御子さんは皆同じ事言いよんな……残念ですけど、エルスは資本至上主義の国です。ボヤボヤしとったら、あっちゅう間にケツの毛までむしり取られてしまう。立ち止まられへんのですわ」

「ケ、ケツ……」

「喩えですがな」

「わ、分かってますよ」


 イースの御子がエルスの商人を嗜める。それにエルスの商人が反発する。この世界の至るところで見られる光景がここでも見られていた。


「さて、大分打ち解けたようだし、そろそろ本題に入ろうか」

「はいな」

「そうですね。ところで、昨日はどのような話になったのですか? フラーは帰るなり部屋に引き込もってしまったので、報告を受けていないんですよ」

「そういう事か。昨日は……」


 アウグストは昨日の会談の内容を伝えた。


 すると……。


「なんという……なんという恥を……」

「私も打ちのめされましたわ……」

「それで? 戦後の利益については理解したか?」

「それはもう……正直、なんで気付かへんかったんか……自分が情けないですわ……」


 今回の騒動が終わった後、各国にどのような利益をもたらすのかようやく気付いたというナバル。


「その前に質問ですけど……今、旧帝国領はどうなってますのん?」

「帝都が陥とされたのは確認している。皇帝が討ち取られたのもな。そして、いくつかの街が完全に攻め落とされたのも確認している。全ての街を確認した訳ではないが……」

「これだけの期間が経過しとったら……他の街も同じ目に合うてるんとちゃうかと……」

「恐らくな」

「という事は……帝国全土で数十万おった人間は……」

「……残念だが……」

「そら……とんでもないでんな……」

「おお、神よ……彼らに安寧の眠りを……」


 偵察によって確認する限り街は全滅……いや殲滅させられている。


 これを帝国領全土で行ったとするならば……最早帝国に人間は残っていないと予想される。


 帝国の人口は全ての街を合わせると数十万はいた筈なので、その尋常ではない数にナバルはとんでもない事だと言い、マキナは大量の失われた命に祈りを捧げた。


「魔人達の行動意図が分からなくてな。帝国を支配しようとしているのかと思ったら、支配すべき民を皆殺しにしてしまった。まさかそんな行動に出るとは予想もしなかったからな、罪の無い帝国国民を見殺しにしてしまったのは痛恨の極みだ……」

「それは……しょうがないでしょう? まさか支配するのではなく皆殺しにしてしまうとは……我々も耳を疑いましたからな」

「せやけど……こない言うたら不謹慎かもしれませんけど……せやからこそウチらに利益が出ると……そういう訳ですやろ?」


 ようやく気付いたとみえるナバルを見るアウグスト。


「フム、気付いたようだな」

「ええ、何で気付かへんかったんやろ? 事が大き過ぎて理解の範疇を超えとったみたいですわ」

「どういう事ですか? 大き過ぎる?」

「……創神教の聖職者の前でする話ではないのかもしれないがな……今、旧帝国領にいるのは何だ?」

「何と言われても……魔人の集団でしょう? それと、周辺国にまで溢れる程の魔物……」


 それでマキナも気付いたようだ。


「そう、今の旧帝国領……この際『魔人領』としようか、そこにいるのは魔人と魔物……それだけだ」


 元々いた帝国国民は既にいない。


「我々が魔人を討伐し、魔物もある程度駆逐出来たとしたら……後に残るのは何だ?」

「誰にも……誰にも支配されていない広大な土地……」

「この土地については周辺国で均等に分配される事になっている。エルスもイースも飛び地になってしまうからな。そこは了承して頂きたい」

「まあ……帝国とは国境を接してませんからしゃあないでんな」

「となると……我々の利益とは?」


 マキナの言葉を聞いたアウグストは、ようやく本題に入る。


「土地を分配するとは言ってもな、当然そこに人が住まい生産行動を取らないと意味が無い訳だ」


 ナバルは分かっているという風に、マキナは納得したように頷く。


「人間が生産行動を取るという事は、当然その人間が生活する為の施設や設備が必要になる」


 一つ一つ話していくアウグスト。


 ナバルとマキナは口を挟まず、じっと聞いている。


「元々あった街がどうなっているかは分からんが、恐らく相当な復興が必要になる。その復興を……」


 アウグストはナバルを見た。


「エルスに一任する事で各国の了承を得ている」


 その言葉を聞いたナバルは、全身に鳥肌が立つのが分かった。


「資材の調達から建設までお願いしようと思っている。発注元はアールスハイドを始めとする各国。発注先は、エルスの商会に限定する」

「それは……それはとんでもない大商いでんな……」

「どうだ? 領土を分配してやる事は出来ないが、エルスに十分利のある話だろう? もっとも、発注先の商会は入札で決めさせてもらうがな」

「……これだけの大商いの話、袖に出来る訳おまへんな。分かりました。将来の利益の為、今は身銭を切らせてもらいましょ」

「そうか、ありがとう。宜しく頼む」

「こちらこそ、よろしゅう頼みます」

「で、イースなのだがな」


 ここまではエルスに利のある話ばかりだが、イースの話は出ていない。


「旧帝国での創神教とはどういうものだった?」


 アウグストのその言葉で、マキナの顔に不快の色が浮かんだ。


「はっきり言って、私は彼らを同じ創神教の教徒とは認めておりません」

「そうだろうな。そう聞いてもいたしな」


 創神教という、この世界で唯一の宗教。だがその教義の解釈は一通りではない。


 広く浸透している教義は、創神教にはいくつかの戒律があり、それを守る事が善行を積む事であり、善行を積む事で創造神の御下へ導かれるというもの。


 その結果、戒律によってこの世界に善悪の区別が出来、各国はその善悪の基準によって法が定められている。


 ところが、宗教というものは、地域や環境によって各宗派というものが生まれやすい。


 総本山では、御子は男女を問わず神の『子』という解釈なので、結婚しても良いし、神の子を増やす出産も認められている。


 もちろん、フラーのような己の欲望の為の行為は戒律によって禁じられている。


 その一方で、地域によっては、御子は神にその身を捧げた者であるとし、結婚もそういった行為も禁じている宗派もある。


 そんな中で旧帝国での創神教とはどうだったのか?


「帝国の教会は……我らは神の子であり、神は我らを見守っている。故に自身の行動を素直に報告し、教会に寄付すれば、その行動は全て赦されるなどと……とんでもない事を教えておりました」

「そんなん……どんな悪い事しても、正直に言うたら赦してもらえるって言うとるようなもんやないですか」

「実際そうだったらしいぞ? ただ、その為には寄付が必要だから貧しい平民には浸透しなかったらしいがな」

「そのせいで、貴族達は自分の行動は何をしても神に赦される行為だと勘違いし、平民達に何をしても良いと思うようになってしまったのです。本当に……とんでもない事です」


 懺悔ではなく『報告』。


 その為、貴族達に罪の意識はなく、また創神教帝国派ともいえる教会の御子たちは、言い値でお布施の金額を決められる為、どんどん肥え太っていった。


「で、その創神教帝国派の教会も無くなってしまった訳だ」

「ええ。という事は……」

「新しく造り直される街に教会は必要だろう? そちらの言う悪しき教義の教会は魔人達が図らずも粛清してくれた訳だ」

「つまり、正しき教義の教会を新しく出来る街に建設出来ると……」

「そういう訳だな。まあ、元々分配される国では、総本山派の教義が一般的である訳だから、新しい教会が増えるくらいの考えでいいのではないか?」

「そうですね。教会が増える事は喜ばしい事です」


 アウグストが示した二国の利。


 復興の為の建設等の工事をエルスに発注する事。


 創神教総本山派の教会が増える事。


 その為には、魔人領に蔓延る魔人や魔物の討伐が必須である事。


「さて、エルスに比べて実利的な事は少ない訳だが……イースは今回の事にこれ以上の要求はないだろう?」

「……そうですね、奴を代表にしてしまったのは私たちの落ち度です。今回、我々に少しでも利のある話で納得しておかないといけない立場ですから……」

「なら、協力してくれるか?」

「元々、魔人達の脅威に対して目を背ける事は教義に反します。もちろん協力しましょう」

「そうか、細かい調整や、実際の作戦行動についてはまだこれからであろうが一先ずは……宜しく頼む」


 そう言ってアウグストは右手をテーブルの上に差し出した。


「ええ、こちらこそよろしゅう頼みます」

「宜しくお願い致します」


 ナバルとマキナはアウグストの手を取り、握手を交わした。


 ここに、アールスハイド、エルス、イース。それに周辺国を合わせた世界連合が発足した。





ーーーーーーーーーーーーーー





「お、帰ってきた。どうだった?」

「ああ、エルスもイースも納得してくれたよ。正式な調印は細かい事を決めた後日になるがな」


 おお! スゲエ! 本当に世界連合を発足させやがった!


「……何だ?」

「いや……オーグって本当は凄い奴だったんだな……」

「お前……今まで私をどんな目で見ていたのだ?」

「え? 悪巧みと悪乗り好きの腹黒王子?」

「お、お前は……」


 あれ? オーグがプルプルしてる。自分ではかなり的確な答えだったと思ったんだけど……。


「殿下の事をそんな風に言うの、シンだけよ」

「そうだねえ、世間では、聡明で見目も良く、魔法の腕にも優れた、稀に見る傑物というのが一般的な評価だったからねえ」

「……おいフレイド……『だった』というのは何だ?」

「あ、申し訳ありません。ですがシンとのやり取りを見ていると、随分と身近に感じるものですから」

「……やっぱり諸悪の根源はシン、お前ではないか」

「何でだよ!? それがオーグの本性だっただけじゃん。それより……俺の事を悪って言うとシシリーが怒るぞ?」

「フム?」


 そう言ってシシリーを見る。


「あ……あははは……」


 あっれえ?


「シン君とのやり取りを見るまで、殿下がこういう御方だったとは知らなかったですから……シン君のお陰なのかなって思って」


 何か曖昧に笑ってるし。アールスハイド国民にとってはこの姿の方が意外なのか……。


「まったく、戻ってきた途端にこれか……さっきまでのシリアスな雰囲気が台無しだな」

「シリアス?」


 オーグが?


「あの……本当に凄かったんですよ? 昨日も今日も。常に主導権を持ったまま、エルスとイースの代表に最後は納得させて連合への参加を表明させましたからね」

「久しく見ておりませんでした、殿下の凛々しい御姿で御座った」

「……ユリウス」

「おっと、失言で御座った」


 チーム内に笑いが起きる。本当に、良いチームになったよな。


「そういえば、俺達の事紹介するとか言ってたけど、それは?」

「この後、連合締結の祝いの晩餐会が開かれる事になっているから、その時に紹介する。今は時間が空いたからな、一旦戻って夕方にもう一度集合だ」


 そうなのか。これが終われば三国会談は終了か。


 途中、とんでもない事もあったけど、最終的に上手くいって良かった。


 まだ午前中だった為、オーグ達も交えて昼食を取り、夕方、会談が行われていたレストランに向かった。


 会談は二階にある個室を使っていたらしいが、晩餐会は一階のフロアで行われる。


 エルスとイースの使節団も来るからな。相当な人数になるのだろう。


「アールスハイド王国御一行様、御到着で御座います」


 レストランに着くと、俺達が到着した事を中にいる人達に向かってウェイターさんが告げ、扉を開けた。


 そして中に入ると……大きな拍手で迎えられた。


 おお……スゲエ……どうなるかと思っていた会談が、歓迎ムードになってる。


 本当にオーグって凄い奴だったんだな……。


「さっき振りですアウグスト殿下。それと、そちらが噂に名高いアルティメット・マジシャンズの面々と……魔王さんと聖女さんでんな?」


 これがエルス訛りか。エルス出身だってすぐに分かるしゃべり方だな。


「ああ、コイツが魔王シン=ウォルフォード。こっちが聖女シシリー=フォン=クロードだ」

「お初に御目に掛かります。エルス自由商業連合のウサマ=ナバルと申します。どうぞお見知り置きを」

「あ、シン=ウォルフォードです。こちらこそ宜しく」

「シシリー=フォン=クロードです。宜しくお願いします」

「ほお……噂通り、大変な美少女でんな。魔王さんが羨ましいですわ」

「魔王さんって……」

「あう……そんな……」


 段々二つ名の方が名前みたいになってきてんな! 今普通に魔王さんって呼んだぞ?


「おや? イースの方々は挨拶しまへんの?」

「いえ、我々は今朝顔を合わせましたからな。後程改めて御挨拶に伺うつもりだったのですよ」

「そうでっか。ところで魔王さん」

「だから魔王さんって……」

「ちょっと個別に御相談したい事がありますねんけど……よろしいか?」

「ナバル外交官、まだ晩餐が始まってもいないのだぞ。それは後程でいいだろう?」

「あ、そらスンマセン。つい先走ってもうた」


 あはははと笑いながらエルスの使節団の下に戻った。


「さて、細かい話と正式な調印はまだこれからだが、この世界の危機を救うため、そしてお互いの国が発展する為の重要な連合が基本合意出来た事を大変喜ばしく思う。それでは、我々の未来に……『乾杯』」

『乾杯!』


 オーグの乾杯によって立食形式の晩餐会がスタートした。


 したのだが……。


「魔王さん! さっきの話の続きなんやけど!」

「あ! ちょお! ズルいですよナバルさん! ウチらかて魔王さんと話したいのに!」

「そうですよお! 一人で独占は良おないですよ?」

「だあ! やかましいわ! 早いもん勝ちやろがい!」


 エルスの商人達が一斉に俺の所に集まって来たのだ。


「フフ、シン君、大人気ですね?」

「こんなオッサンらにモテても嬉しくないよ……」

「あら? じゃあ若い女の子にならモテたいんですか?」


 ……あれ? シシリーの笑顔が怖い……コッソリ腕もつねってるし。


 い、痛っ! 地味に痛!


「はあ……噂通りラブラブでんなあ……」

「ホンマやなあ……ウチのも昔は可愛かってんけどなあ……」

「あのトドが?」

「トドちゃうわ!」

「ホナ、何やねん?」

「ゾウアザラシじゃ!」


 マジか!? 何だこの漫才!


「プッ、アハハハ、アハハハハ!」


 シシリーが大ウケだ。


「お、ウケましたな」

「そら良かった。ホンマの事言うた甲斐がありますわ」

「ホンマなんかい!」

「アハハハ! アハハハハ!」


 シシリーはツボに入ったみたいで笑いが止まらない。


「アハハ、フウ、アハハ、す、すいません、失礼しました」

「イエイエ、噂に名高い聖女様に笑てもらえるなんて滅多に無いことですからな」

「飲み屋のネーチャンやったらしょっちゅう笑わせとるけどな」

「あれは愛想笑いやろ。何自分がオモロイみたいに言うとるねんな」

「そんな事あるかいな!」

「アンタら! 漫才しに来たのかよ!」


 は! つい突っ込んでしまった。


 すると、エルスの使節団の人達がビックリした顔してる。


「おお、なんちゅう鋭いツッコミや……」

「魔法使いの王とまで言われとんのに、ツッコミまで……恐ろしいでんな……」

「そこ!? 恐れるのそこ!?」


 あ、また突っ込んでしまった。


 エルスの使節団の人達が『おお』って言ってる。


「いや、感服しました。魔王さんの事尊敬しますわ」

「そんな尊敬はいらねえから!」

『おお』

「もういいよ!」


 その言葉でようやくオチが付いたみたいだ。


 ちなみにシシリーはずっと笑ってる。


「はあ……で? 結局何の用ですか?」

「おお、せやった。実は、魔王さん魔道具造りの方も大変優秀や言うやないですか。それで、その、国と国との間で使われとるっちゅう例のアレですねんけどな……」

「例のアレ? ああ、通信機ですか?」

「そうそう、それ! それ……いくつか都合つけてもらわれへんやろか? 当然、料金は支払うよってに! お願いしますわ!」

「ああ! ナバルさん、抜け駆けはズルい! 魔王さん、いや魔王様! どうかウチにも都合つけておくんなまし!」

「ウチもお願いします!」


 うわあ……一斉に頭下げてきたよ……どんだけ通信機が欲しいんだ? まあ遠距離での情報のやり取りを瞬時に出来る通信機は、商売人なら是が非でも欲しいところなんだろうけど……。


「いや……欲しいと仰られても、通信機は今度立ち上げる商会から販売される商品ですからね。しかも今のところ国家間でのみ通信されている物ですから国の許可も要りますし、俺個人に言われてもどうしようもないっていうか……」

「ホンなら! その商会に発注して、許可貰えれば手に入るんですな!?」

「まあ、そういう事ですけど……」


 商会で買えるという言葉で喜色を現すエルス商人達だけど……。


「商会自体はまだ出来てませんよ?」


 その言葉に絶望の色に変わった。


 反応が面白いな、エルス商人。


「いつ……いつ出来るんですか?」

「この会談が終わって帰る頃には店舗の準備も出来るから、戻り次第オープンするって言ってましたね」

「ホンなら! 直接エルスに戻らんとアールスハイドを経由して帰りますわ!」

「そらエエ考えや!」

「ホナ、皆に伝え! 帰りはアールスハイドに寄ってから帰るでな!」


 即決かよ。確かエルスって旧帝国の東側周辺国の更に東側だったはずだけど……滅茶苦茶遠回りにならないか?


「いやあ、これはエエ外交になりましたなあ」

「ホンマですな。夢の遠距離通信機……」

「夢が広がりますなあ」


 あっはっは、とまだ見ぬ通信機に思いを馳せているエルスの商人達。


「シン! クロード! こっちに来てくれ!」

「あ、すいません。オーグが呼んでるので……」

「すいません。失礼致します」

「ええ、これはアレですかいな? 皆さんの御披露目ちゃいますの?」

「多分そうだと思います」


 エルスの商人達に断りを入れ、オーグの所へ行く。そこには、既にチームの皆が全員揃っていた。


「食事中のところ申し訳ないが、少し注目して欲しい」


 オーグの言葉で、エルス、イースの使節団の人達がこちらを向いた。


「今回の同盟で魔人領に打って出る準備は整った。だが肝心の魔人達だが……相当に強い」


 その言葉に両国の使節団がざわめいた。


「しかし殿下、街に流れている噂では、今回現れた魔人は以前賢者様が討伐された魔人より相当弱いという噂ですが……」

「マキナ司教、そんな事はない。それは結果だけを見ているからそういう噂になるのだ。このスイード王国には実際に魔人と戦った者達がいる。彼らに聞いてみようか? この中で魔人が弱いと感じた者はいるか!?」


 ここはスイード王国である為、このレストランにはスイード王国の兵士が警備係として多数配置されている。そのスイード王国兵に魔人が弱いかどうか聞いたところ……。


「ご覧の通り、誰も賛同しないな」


 誰一人手を上げる事なく、俯いて唇を噛んでいる。中には震えている者もいる。


「正直……アウグスト殿下達が……アルティメット・マジシャンズの皆さんが来てくれなければ……この国は滅んでいたでしょう……」


 警備係の兵士さんの一人がそう言葉を放った。


「し、しかし、彼らが来るまで持ち堪えていた訳でしょう? なら……」

「持ち堪えられていたのは、魔王様の造った防御魔道具のお陰です。あの魔道具のお陰で持ち堪える事は出来ましたが……こちらの攻撃は一切通じず、魔王様の防御魔道具をもってしても、我らが不甲斐ないばかりに防御線を突破されました……国民にも少なくない犠牲が出ております……」


 唇を噛みながら悔しそうに答える兵士さん。


「それを救って下さったのが、ここにおられるアルティメット・マジシャンズの皆様なのです! 私は……いえ、スイード王国国民は、アルティメット・マジシャンズの皆様に多大な感謝と敬意を持っております! 本当に、ありがとうございました!」


 警備係の皆さんが一斉に頭を下げた。


 クルト王国では犠牲は出さなかったけど、ここではな……。


 準備を怠ったことが未だに後悔として残っている。


 暗い顔をしてたみたいで、シシリーが俺の手をソッと握ってくれた。


 シシリーを見ると心配そうな顔で、でも笑顔を見せてくれていた。


 それだけで……少し救われる思いがした。


「せやけど、そんなに強い魔人をどうやって倒しますのん?」

「それは私達がやる。この……アルティメット・マジシャンズがな」


 おおっと、会場がざわめいた。


「改めて紹介しよう、魔王シン=ウォルフォード率いる、アルティメット・マジシャンズだ」


 オーグが俺達を紹介すると、会場に拍手が起こった。


 拍手してんのは警備係の兵士さん達だな。


 うん、警備しようね。


 エルスとイースの使節団には戸惑いの色が見える。


「魔人達は私達が相手をする、各国には魔人領に蔓延る魔物の討伐をお願いしたい」

「せ、せやけど……いくら何でも、成人したばっかりの十五~六の子供に任せてばっかりいうのも……」

「我ら大人としては抵抗がありますな」

「ならば伺うが、貴公らの国に単独で災害級の魔物を討伐出来る者はいるか?」

「さ、災害級の魔物を単独で討伐!?」

「そんな無茶苦茶な……災害級の魔物は、軍が総出で当たってようやく討伐出来るんですよ? そんな人間いるはずがありません!」


 そんな人間はいない……か。そう言われた皆の顔は微妙な顔してるな。


「だが、魔人を討伐するにはその力が必要なのだ。なぜなら……」


 息を呑む両国使節団。


「魔人達は、その災害級の魔物とほぼ同程度の強さだからな」


 その言葉に絶望的な顔をする使節団の皆さん。特に護衛の兵士さんが青い顔で震えてる。トラウマか?


「そんなん……そんなん世界の終わりですやんか!」

「おお、神よ……我らを救いたまえ……」

「何を言っている。さっき言っただろう? スイード王国を襲撃した魔人達を我らが撃退したと。その後クルト王国に現れた魔人も撃退したぞ?」


 そのオーグの言葉に更に驚愕する両国。


「そんな……ホンなら……アンタ方は……」

「災害級の魔物を単独で討伐出来る者達ばかりだな」

「な、なんやて!?」

「ほ、本当ですか!?」

「ああ、でなければ、魔人達を撃退する事など出来ないだろう? これで安心したか?」

「ええ……それはまあ……」

「なんだ? 何か言いたそうだな?」

「い、いえ、何でもありまへん……」

「そうか? 言いにくいのなら代わりに言ってやろうか? 『これだけの戦力を持ったアールスハイドは、魔人の次の脅威になる』……違うか?」

「いや……なんちゅうか……まあ……」

「そ、そんな事は……」

「私ならそう思うがな」


 オーグのド直球に上手く答えられない両国。


 直球過ぎだろ。


「私には両国の、その他の国の懸念は手に取るように分かる。しかし、私はそれを知りながらこのチームを組織した。なぜだか分かるか?」

「……世界の平和の為」

「その通りだマキナ司教。世界の平和の為、このチームを組織した。なのでここに宣言しよう」


 もう会場内は完全にオーグが支配している。オーグのこういうところ初めて見たな。


「アルティメット・マジシャンズは、アールスハイド王国の固有戦力に在らず。この騒動が収まった後は、各国から人員を派遣してもらいその監視下のもと、超国家的な組織として、世界平和の為に行動すると」


 その宣言が終わった後、会場は静まり返った。


 誰もがオーグの言葉を反芻し、段々と感情が表に現れ始め、やがて……。


『おおおおおおお!』


 会場に大きな歓声が響いた。


「そらエエわ! 万が一何かあったら、アルティメット・マジシャンズが駆け付けてくれるいう訳ですな!」

「まさに、まさに創神教の教義を体現しているような組織ではないですか! 素晴らしいですぞ!」


 エルスとイースの使節団から歓迎の声が上がる。行動指針を伝えるだけじゃなくて、各国から人員を派遣してもらうって言ったからな。


 各国の派遣員という名の監視があれば、ヘタな事は出来ないという訳だ。


「ホンで? その組織はいつから稼働するんでっか? こういう事なら早う人員の選定に入らなあきませんよって」

「その事なんだがな」

「ええ」

「二年半後だな」

「……はい?」

「なんだ? 忘れたのか? 我々はアールスハイド高等魔法学院の一年生だぞ? つまり、実際に組織として稼働するのは我々が卒業してからだな」


 最近忘れがちだけど、俺達まだ高等学院一年生なんだよなあ……。


「……そういえばそうやった……」

「あまりに大きな戦力なので、すっかり忘れていましたな……」


 特にエルスの代表の人が残念そうだ。なんだろう? 輸送の護衛でもして欲しかったんだろうか? でも、それは護衛を生業としている魔物ハンター達の仕事を奪う事になるから、オーグは受けないって言ってたけどな。


「せっかく……せっかく派遣した人員がアルティメット・マジシャンズの皆さんと仲良うなれるように、美男美女を送り込んだろ思とったのに!」

「それは言っちゃダメなヤツなんじゃないの!?」


 何を画策してんだよ!


 そんで、マリアとアリスとユーリはちょっと満更でも無さそうな顔してんなおい!



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