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賢者の孫  作者: 吉岡剛
61/311

意図しない事が起こりました

活動報告への暖かいコメント、ありがとうございます。


更新についてご心配されている方がいらっしゃいましたが、今まで通り更新していきます。


完結まで更新していきますので、よろしければお付き合い下さいませ。



 今、俺達は王城に来ている。


 さっき俺が解明した魔石の生成条件の報告をする為だ。


「なんと……魔石の生成にそんな条件があったとは……」

「確かに、魔石は火山近くの鉱山、もしくは大きな断層の近くにある鉱山から発掘されています。まったく気付かなかった……」

「というかシン、お前なんでそんな事に気付いた?」


 王城の会議室にディスおじさん、ルーパー=オルグラン魔法師団長、オーグが揃っていた。


 オルグラン師団長は、魔法に関する事柄の総元締めである事からこの場にいる。魔石の管理も魔法師団の仕事なのだそうだ。


 ちなみに今日は警備隊詰所で見た時よりキッチリ服を着ている。


 さすがに国王の前で着崩したりはしないか。


 こちらは俺と爺さん、ばあちゃんの三人。


 シシリーとマリアはオーグの部屋でメイちゃん、エリーと遊んでる。


「その事でねえ……アンタに話しとかないといけない事がある」

「メリダ師がそこまで深刻な顔で報告とは……聞くのが怖いですな」

「なんでシンが魔石の生成条件を見付けたかって事に関わる話だよ」

「……本当に怖いですな……」


 ディスおじさん、オーグの顔が強張る。


 オルグラン師団長だけが怪訝な顔をしている。


「陛下、殿下、なぜそんなに緊張した顔をなされているのですか? 世紀の大発見の報告でしょう?」

「そうか……ルーパーはシン君の非常識を知らないのだったな……」

「警備隊の詰所で見た魔法などほんの序の口だ。シンの非常識を知っていれば……今回の報告にもとんでもない話が混じっている可能性がある」

「あ、あれが序の口!? そうなんですか?」


 オルグランさんも緊張し始めた。


 戸惑っているオルグランさんを置いて、ばあちゃんは報告を始める。


「そもそもの始まりは、シンが学院から魔石を貰った事。それまで魔石の存在を知らなかったシンが魔石に興味を持った事さ」

「シン君が興味を持った……」

「父上?」


 急にディスおじさんがゲンナリしたので、オーグが声を掛けた。


「シン君が小さかった頃の話はした事があっただろう?」

「ええ、クロードの屋敷で」

「興味を持った事は、それが解明されるまで質問が終わらないんだよ……」

「今回も、それと同じ事があったんだよ」

「そうでしたか……大変でしたな、メリダ師」

「ちょっと待て、なぜワシにも言わん」


 ばあちゃんにだけ労いの言葉を掛けたディスおじさんに、爺さんからクレームが入った。


 確かにその通りだったけど、よく分かったな。


「マーリン殿は、魔石とか魔道具とか、あんまり詳しくないじゃないですか『魔法はブッ放してこそ魔法だろうがよ!』って叫んでいたのを覚えておりますよ」

「じいちゃん……」

「け、賢者様がそんな事を?」


『神様上等!』って話を聞いた時から予想はしてたけど……昔はヤンチャだったんだな……。


「ほっほ……話を続けてくれ……」


 あ、話を逸らした。


「アンタは自業自得だよ。で、シンに魔石の事を根掘り葉掘り聞かれてね。何が出来るのか? どうやって手に入れるのか? どこで取れるのか? どうやって出来るのか? ってね」

「それから?」

「魔石が偶然にしか発掘されない事が気になったらしくてね、生成条件を考え出したんだよ」

「しかし……それだけで?」

「それだけ条件が揃っていれば、シン君が思考に耽るには十分だ。それで、仮説を立てたんだね?」


 さすがに小さい頃から知ってるだけあって、俺の行動パターンを読んでるな。


「そう、その時点ではまだ仮説だよ。それがなぜこうして報告するまでになったのか……」


 ばあちゃんが言葉を切り、ディスおじさん達が息を呑んだ。


「その仮説を実行しちまったのさ」

「実行?」

「「ま! まさか!?」」


 イマイチ分かってないオルグランさんと、それだけで理解したディスおじさんとオーグ。


「そう……その仮説を実行して……魔石を創っちまったのさ」

「ま、魔石を創ったあ!?」

「「やっぱり……」」

「な、なぜ陛下と殿下は納得しているのですか!? 魔石を人工的に創ってしまったのですよ!?」


 混乱しているオルグランさんが、妙に納得している二人に問い掛けてる。


 そして二人は顔を見合わせ。


「「シン(君)だから」」


 と、声を揃えて言った。


「そ、そんな理由で?」

「だから、さっき言っただろう? ルーパーはシン君を知らないと……」

「こんな非常識な事を平然とやってのけるんだよ。シン=ウォルフォードという奴は」

「そ、それにしても……」

「出来ちまったのは事実だから諦めな」

「は、はい!」


 ばあちゃんの一言で魔法師団長であるオルグランさんが黙ってしまった。


 ……この国の魔法使いのトップもばあちゃんには逆らえないのか……。


「仮説を立て、それを実行し実証した。結果、これが魔石の生成条件だと確定したのさ」

「魔石の生成条件の判明より……その実証の過程の方が驚きですな」

「お前は……あれほど行動を自重しろと言ったのに……」

「いや……さすがに人工的に生成した魔石は流通させねえよ。でも、これはどうしても必要な事なんだ」

「……あれか?」

「そう」


 無線通信機を創るのにどうしても必要なのだ。


 他にも考えてる事はあるけどね。


「ふう……ともあれ、魔石の詳しい生成条件については公表出来ないな……何ヵ所か調査してから『火山か断層の近くの地中深くから魔石が発掘される率が高い』と公表するしかないか。これまでの発掘の実情から、シン君が発見、魔法師団が調査し実証したと」

「え? 俺の名前を出すの?」

「実際発見したのはシン君じゃないか。もう既にここまで『魔王シン』の名前は有名になったんだ。一つくらい功績が増えてもそんなに変わらないよ」


 それが浸透したのはディスおじさんのせいだけどね!


「それに、誰がどうやってその事を発見したのか追求される。まさか魔石を人工的に創りましたとは言えんだろ。それに発見者がシンなら狙われる事もあるまい。お前を害するとか……私には夢物語にしか聞こえんからな」

「ルーパー、魔物討伐で忙しいだろうが、魔石の調査をしてくれ。出来れば鉱山以外にも、さっきの条件に合う場所の発掘も頼みたい」

「魔法師団にも戦闘に向かない者はおりますので、その者を監督とし人を雇って調査に当たります」

「ウム、これが実証されれば、この国……いやこの世界を揺るがす大発見だからな。しっかり頼む」

「は!」

「ああそれと、シン君が魔石を生成出来るのは他言無用でな」

「言っても誰も信じないと思いますが……畏まりました」


 お義姉さん達も、魔物討伐で忙しいって言ってたのに、なんか余計な仕事を増やしたみたいで悪いな。


「これで、この世界の魔道具事情が変わるかもしれませんな」

「最近、魔道具製作は頭打ちしている感があるからね。もっとも、シンの魔道具のお陰でまた変わるかもしれないけどねえ」

「そうだ! シン君!」

「何?」

「あのシン君の家のトイレ! あれ、城のトイレに付けれないかい?」

「なんで今更?」

「メイが母上に喋ってしまったのだ」

「それでジュリアが羨ましがっちゃってねえ……お金は支払うから、お願い出来ないかい?」

「それなら、今度立ち上げる商会に依頼しな」

「もしかして! あのトイレを販売するのですか!?」

「ああ、その商会の初めの客が王室となれば箔も付くだろう?」

「分かりました。ではその商会に発注したいと思います」

「それにしても……通信機はまだ国家間だけの販売なんだよね? 一般に売り出す最初の商品がトイレって……」


 なんて微妙な商品ラインナップなんだ……。


「何を言ってるんだいシン君! 君はあのトイレの素晴らしさを分かってない!」

「その事には完全に同意するね。初めてあのトイレを使った時の衝撃といったら……アンタが創った魔道具で、一番感心したものだよ」

「もうあれ無しのトイレはのう……」

「私も同意します。王城のトイレにあれが設置されると想像すると……気分が上がりますね」

「そ、そんなに凄いんですか?」

「ああ、ルーパーは知らないか。まあ、一般販売されるから自分で体験してみるといい」

「陛下がそこまで絶賛されるなら、是非購入したいと思います。楽しみですな」


 なんかトイレの事で盛り上がり始めた。


 まあ商品だし、この世界の人が受け入れてくれるのは良い事か。


「他には何か売り出すのですか?」

「後は……冷蔵庫かねえ」

「冷蔵庫?」

「冷蔵庫自体はただの箱だね。その上に製氷の魔道具があって、そこに水を入れて魔道具を起動すると氷が出来る。その冷気で庫内を冷やすのさ」

「これにエールを入れての、キンキンに冷やしたものを風呂上がりに飲むと……たまらんのじゃ」


 ディスおじさんとオルグランさんが唾を呑み込むのが見えた。


「冷蔵庫は知っていましたが……風呂上がりの冷えたエールですか……」

「想像しただけで喉が渇きますな」

「ほっほ、これも販売予定じゃから、購入するのをお薦めするぞい」


 なんか、爺さんとばあちゃんによる新商品のプレゼンみたいになってきたな。


 もうすぐ店舗も完成するっていうし、今から商品の宣伝をする事は良い事かな?


「父上……話が大分逸れてますが……」

「ん? おお、そうだったな。シン君の造る魔道具はどれも画期的な物ばかりだからね。つい興味が向いてしまった」

「魔法も凄いのに魔道具まで……ウォルフォード君は本当にとんでもないな」


 魔道具に関してはカンニングみたいなもんだからなあ……褒められても微妙な感じだな。


「そうだな。まさか世界の謎を解明するとは、夢にも思っていなかったが……」

「今更ながらにシンの頭脳が恐ろしく感じるな」

「そう? 多分、先入観が無いから思い付いたんだと思うよ?」


 そういう事にしておこう。


 前世の記憶がヒントになってるとか、言っても信じてもらえないし。


「さて、これで報告は終わりですかな?」

「これだけだね」

「まあ、これ以上は無いかのう」

「分かりました。ではルーパー、魔石の調査と、世界的に公表する為に、各国の魔法学術院に連絡も頼む」

「かしこまりました」


 魔法学術院は世界各国にあり、魔法に関する発見があった場合、情報を共有するらしい。


 オルグランさんは魔石の調査と魔法学術院への連絡の為、会議室を出ていった。


「これでよしと……それでは早速マーリン殿のご自宅へ行き、風呂上がりのエールとやらを試してみたいのですが?」

「アンタ、公務は?」

「もうこれで終わりです。ですので是非!」

「はあ、しょうがないねえまったく。ほんじゃあマーリン、頼むよ」

「ホイホイ。まったく、人遣いの荒いばあさんじゃて……」

「何か言ったかい!?」

「いや……じゃあシンよ、ワシらは先に帰っとるからの」

「分かった。じゃあ、シシリー達を迎えに行こうか」

「ああ」


 こうして爺さん達は先に帰り、俺達はオーグの部屋へ向かった。


「あ! シンお兄ちゃん! お久し振りです!」

「おっと、久し振り、相変わらず元気だね、メイちゃん」

「ハイです!」


 オーグの部屋の扉を開けるなり飛び込んできたメイちゃんを受け止め、部屋に入る。


「お久し振りですわ、シンさん」

「エリーも久し振り」

「ところで、アウグスト様のご様子が変ですが……何かありまして?」


 久し振りに会ったエリーが、ずっと押し黙ったままのオーグを見てそう言った。


 確かに、メイちゃんが飛び込んできた時点で小言を言わないのは珍しいな。


「いや……ちょっと衝撃的な事があってな。未だに処理しきれていなかった」

「衝撃的な事?」

「ああ、その報告ですもんね……」

「何ですの?」

「シンがな……」

「シンさんが?」

「……魔石生成の謎を解いたんだ」


 ……。


 あれ? 反応がな……。


「「ええー!」」


 エリーだけじゃなくて、メイちゃんまで驚いてる。


 こんな小さい子まで知ってる常識だったんだなあ……。


「ま、魔石の生成って! 世界の謎じゃありませんの!」

「私も知ってるです! 世の研究者達がその解明に挑んで、誰も解明出来てないっていう超難問です!」

「それを、今日初めて魔石の存在を知ったシンが解いちゃったのよ」

「今日初めて!? それでなんで世界の謎が解けますの!?」

「シンだからじゃないの?」

「ああ……なるほど」

「なんでそれで納得するんだよ!?」

「ええ?」

「だってシンさんですし……」


 なぜそれで分からないの? と言わんばかりに首を傾げるマリアとエリー。


 分かるか!


 


 マリアとエリーからよく分からない評価を下された翌日、俺はビーン工房に来ていた。


「おう、どうしたシン。また何か思い付いたか?」


 無線通信機の製作をお願いする為だ。


 販売は立ち上げる商会で行うとしても、開発、生産の為にはどうしても工房が必要だ。


 ビーン工房には、その開発と生産の受注をお願いしていた。


 元々の事業に王国の制式装備の受注と、かなり忙しいのは分かっているけど……ここ以上に腕が良くて、なにより信頼出来る工房を他に知らないのだ。


 その事を申し訳なく思っていると。


「何言ってやがる。商売繁盛で結構な事じゃねえか。何より、お前さんの持ってくるアイデアはどれも面白えからな、職人としての腕が鳴るってもんよ!」


 ガハハと笑いながらそう言ってくれた。


 有り難いな。なんというか、俺は出会う人に恵まれていると思う。


 トラブルにもよく遭遇するけどね……。


 そういえば、ここのところ魔人の話はサッパリ聞かない。


 二度も襲撃を阻止されて、襲撃を諦めたのか? それとも、まだ何か考えがあるのか?


 そう簡単に諦めるとは思えないから、今は次の襲撃への準備期間と考える方が良いだろう。


 その為にも、無線通信機を実用化しないと。


「前に通信機造ってもらったじゃないですか」

「おう、あれは凄えもんだったな。まさか遠距離通信を実現しちまうとはなあ……」


 親父さんが感慨に耽ってるけど、本題に入ろう。


「あれの無線版をね、創ろうと思うんですよ」

「むせ……!」


 あ、親父さんが固まってしまった。


「今の通信機は有線なんで、通信出来る所が決まってるんですよ。なので無線にすれば、通信機を携帯出来るじゃないですか。それを創りたいんです」

「……俺ん所に来たって事は……もう構想は出来上がってるって事か」

「ええ、構想としては……」


 通信機には固有番号を付ける。


 発信側は、固有番号を指定して送信すればその通信機と通話が出来る。


 共通の番号も付ける。これによって一斉送信が可能になる。


 魔石を使い、常に起動した状態を保つ。


「お願いしたいのはこんなところですね。番号を指定して送信するのは付与でやりますんで、番号を指定出来るようにして欲しいんです」

「ま、魔石を使うのか!? そりゃとんでもなく高価な物になっちまうぜ?」

「魔石の事については問題ないです。まだ検証中ですけど、魔石をもっと採掘出来る可能性が出てきましたから」

「なんだと!? 魔石生成の謎が解明されたのか!?」


 親父さんのその叫びに、いつも騒がしい工房から音が消えた。


「い、いや! そうじゃなくて! 今まで魔石が採掘されてる場所から、よく採掘される場所の傾向を見つけたというか……今、調査中なんで」

「それでも凄え発見だぜ! シン、まさかお前さんが?」

「ええ、まあ」


 すると親父さんが背中をバンバン叩いてきた。


 痛いよ! 筋骨隆々な人は背中を叩くのが好きなのか?


「これは凄い事だぜシン! 魔石が今まで以上に流通するようになれば値段が下がる。研究開発も進む! これは、歴史が動いた瞬間じゃねえのか?」


 工房内では、これから訪れる魔石の流通に対する期待の声が高まっている。


 さすが職人さん達だな。色々試したくてしょうがないんだろう。


「まずは通信機の件、お願いします」

「おう! 任しとけ!」

「それと、もう一つお願いがあるんですが……」

「ん? まだ何かあんのかい?」

「ええ、こっちは簡単なんですぐに出来ると思います」


 そう言って、もう一つ発注し、それは本当に簡単な物だったのでその場で造ってもらい、家に帰った。


「シン君、お帰りなさい」

『お帰りなさいませ』


 家に帰ると、シシリーを筆頭にして使用人さん達が出迎えてくれた。


 なんというか、完全に馴染んでるよなあ。


「ただいま、シシリー。もう違和感無いね。仲良くやってるみたいで良かったよ」

「はい! 皆さんとても親切にしてくれますから」

「当然でございます。若奥様は男にすがるだけの女性ではございません。シン様を支えるだけでなく、今や世界を救う聖女としての評判も高うございます。そんな女性として尊敬出来る御方をウォルフォード家に御迎え出来るのです。これ程誉れな事はございません」


 マリーカさんの言葉に使用人さん、特にメイドさんが一斉に頷いてる。


 シシリーが女性からそう評価されてるのは嬉しいな。


「若奥様の事は全力で支えていきますので、シン様はどうぞ御安心を」

「皆さん……ありがとうございます! 私も頑張りますね!」

「はい、若奥様はどうぞ頑張ってお世継ぎを!」

「お、およ……!」

「気がはやーい!」


 真っ赤になっておよ、およ、言ってるシシリーを連れてリビングに向かう。


 そこにいたばあちゃんが笑いながら話し掛けてきた。


「アッハッハ! すっかりウチに馴染んだみたいじゃないか。結構、結構」

「およ……は! すすすすみません。ありがとうございます」

「でも、子供はこの騒動が収まるまでお預けだよ。シシリーも立派な戦力なんだからね」

「こ、こども……」

「もう、ばあちゃん! またシシリーをからかって!」

「からかってなんかいやしないよ。これは至極真面目な話さ。シシリーは魔人戦に向けての大きな戦力になる。それが妊娠なんてしてごらん、大きな戦力ダウンになるんだからね」

「それはまあ、そうか」

「それより、どこへ行ってたんだい?」

「ああ、ビーン工房にね、発注しに行ってた」

「発注?」

「これ」


 そう言って、あの場で造って貰ったものを取り出す。


 貰った時点で既に付与は掛けてある。


「シシリー」

「は、はい!」


 何やら妄想に耽っていたシシリーを呼び起こし、ビーン工房で造って貰った物を見せた。


「はい、プレゼント」

「え? これって、ネックレス?」

「そう、これにある付与を掛けてあるんだ」

「ある付与?」

「うん『異物排除』っていう付与を掛けてあってね、身体に侵入した毒物や異物を身体に吸収させないで排除するんだ」

「それって……」

「これから、俺達は多分表舞台に出る事になる。そうなると……敵は魔人だけじゃなくなるかもしれない。悲しい事だけどね。そうなった時に後悔したくないんだ」


 そう言って、ネックレスをシシリーに付けてあげた。


 女の子に付けてもらう物だから、デザインも可愛いのにしてある。


「今までは外からの攻撃を護っていたけど、これで内側も護れるようになるよ。どう?」


 気に入ってくれるだろうか?


 なんというか、純粋なプレゼントじゃなくて、身を護る道具としてのプレゼントだからなあ……。


 そう思っていると、シシリーが俺に飛び付いて来た。


「ありがとうございます。シン君の優しさが伝わってきます。とっても……とっても嬉しいです……」


 俺にしがみつきながらそう言ってくれた。


 良かった。気に入ってくれたみたいだ。


「それ、常時発動してるから、身に付けているだけで良いんだ。毒物だけじゃなくて、風邪なんかも引かなくなるよ」

「常時発動って、まさか……」

「魔石使ってる」

「ま、魔石付きのネックレス!」


 その事に気付いた途端、俺から離れてネックレスをまじまじと見始めた。


「あ、裏に小さい魔石が……でも、なんで魔石を使ったんですか?」

「だって、毒とか盛られた時、解毒なんて出来る? 後、睡眠薬とか」

「確かに……そうなってからじゃ遅いですね」

「だから常時発動じゃないと意味がないんだ。ずっと構想はあったんだけど実現してなくてね。ようやく創れたんだ」

「そうだったんですか」

「最近、特にシシリーを狙ってる奴等もいるって言うし……絶対に、そんな奴等にシシリーを渡したくないんだ……」

「シン君!」


 シシリーが俺の胸に戻って来た。


「嬉しいです……シン君」

「何があっても護ってやるからな」

「はい、護ってください……離さないでください」

「シシリー……」

「シン君……」

「オッホン!」


 しまった! ここリビングだったあ!


「本当に仲が良いねえアンタ達は。すぐに周りが見えなくなっちまうんだから」

「シン様と若奥様の仲のよろしいところを見るのは、我々使用人としても大変嬉しゅうございます」


 ばあちゃんは呆れたように、マリーカさん達使用人さん達は微笑ましいものを見るような目で俺達を見ていた。


「また……またやっちゃいました……」


 恥ずかし過ぎるのか、シシリーは手で顔を覆ったまま周りが見れないようだ。


「それにしても……また贅沢な使い方をしたもんだねえ……」

「あ、じいちゃんとばあちゃんの分もあるよ。はい」


 ばあちゃんのはシシリーの物より装飾を抑えた物。爺さんには装飾はなくシンプルな物を渡した。


「アタシ達にも?」

「はて……ワシら、狙われるような事あったかの?」

「さっき言ったじゃん、身体に侵入した異物を排除するから風邪引かなくなるって。じいちゃんもばあちゃんも歳なんだからさ、身体に気をつけてよ」


 そう、これは身体に侵入した『異物』を排除する。という事は病原菌も排除するって事だ。


 歳とってからの病気は怖いからな、是非身に付けておいてもらいたい。


「アタシらの事を気遣って……」

「ホンに……ホンに良い子に育ったのう……」


 爺さんとばあちゃんが感涙にむせている。


 それを使用人さん達が温かい眼差しで見ているけど……。


「マリーカさん達にも、はい」

「わ、私どもにもですか!? 滅相も御座いません! そんな高価な物、とても……」

「いいから、マリーカさん達にこの家は支えられてるんだからさ、倒れられたら大変じゃない。だから常に身に付けておく事。命令だよ?」

「シン様……優しい御心遣い、ありがとうございます」

『ありがとうございます!』


 うん。これでウォルフォード家は大丈夫だな。


「フフ、優しいですね」

「そう?」

「はい。そういう所、大好きです」

「ん、ありがと」

「フフフ」


 復活したシシリーがなんか嬉しそうだ。


「それにしても、異物排除……よく思い付くもんだねえ……は! アンタ、まさか!」

「どうしたの? ばあちゃん」


 さっきまで感激していたばあちゃんが何かに気付いたように叫んだ。


 何? 何に気付いたの?


「異物排除……という事は……アンタのアレもいわば異物になって……シシリーの身体から排除されて……」

「何とんでもない誤解してんだ! ばあちゃん!」

「……そういう意図は無かったと?」

「今初めて気付いたわ!」


 言われてみれば確かにそうじゃん! 『毒物』じゃなくて『異物』なんだから。そういう意図を勘ぐられても不思議じゃ無かった!


 ヤバイ……これは……軽蔑されたか?


 恐る恐るシシリーを見てみると……。


「シン君……」


 メッチャ熱っぽい目でこっち見てた。


 うああ、そんな目で見られたら……俺は、俺は……。


「シシ……」

「こんなところで盛ってんじゃないよ! お馬鹿あ!」


ばあちゃんに思いっきり頭を叩かれた。



 その日は結局、シシリーは家に帰した。


 創った魔道具に意図せず……ああいう効果がある事が判明したが、ばあちゃんに「こんなムードもへったくれもない状況で初めてとか、女心を考えてやりな!」とお説教されてしまったのだ。


 という事は……ばあちゃんのお許しは出たって事か……。


 今までそういう行為を禁止していたのは、シシリーが戦力にならなくなる事を懸念しての事だったみたいだし、その心配がないのなら……っていう事なんだろう。


 ただ、そういうお許しが出たって事で……。


「お、おはようございます……シン君」

「お、おはよう、シシリー」


 恥ずかしくってお互いの顔が見辛くなっちゃったよ!


「ホレ、モタモタしてると遅刻するよ!」


 ばあちゃんのせいだろうがあ!


 怖くて口には出せないので心の叫びだ。


「じゃあ……行ってきます」

「い、行ってまいります」

「ハイよ。気を付けてね」

「ほっほ、行ってらっしゃい」


 家を出て、シシリーが腕を組んでくるが……。


 大分慣れたと思ってたけど……昨日の事があるから余計に意識してしまう。


 シシリーも若干緊張気味だし。


 恥ずかしさからしばらく無言で歩いていたが、俺は意を決してシシリーに話し掛けた。


「ねえ、シシリー」

「ひゃ、ひゃい!」


 ……噛んだ。


 その事がおかしくて、つい笑ってしまった。


「プッ、アハハハ」

「も、もう! シン君!」

「ハハ、ゴメン。告白した時の事思い出した」

「あう……あの時も噛んじゃいました……」

「ねえシシリー、俺達、ちょっと肩の力抜こうか」

「肩の力……ですか?」


 ばあちゃんのお許しが出てから、俺達その事ばっかり考えてる気がする。


「そう、俺達さ、婚約してるだろ?」

「はい」

「この騒動が終わったら式も挙げるじゃん?」

「そ、そうですね」

「だから……いずれはその……そういう事する訳……でしょ?」

「はう……」

「その魔道具に……意図せずそういう効果があるって分かったけど……無理してそういう事しなくても良いんじゃない?」

「べ、別に無理なんて!」


 シシリーが必死な感じで言ってくるけど、そういう事じゃなくて。


「無理させてるとかそういう事じゃなくて、自然にっていうか……そういう雰囲気というか……お互いを求めたくて抑えきれなくなったらというか……義務みたいに考えなくても良いんじゃないかって事」


 俺の言葉を聞いたシシリーは少し考えてから言った。


「そうですね……そ、そういう事しなくちゃいけないって考えてたかもしれません」

「うん。世の恋人や夫婦はしてる事だからね」


 そういう事をしてこそ恋人……って考えてたかもしれない。


「けどさ、俺達は俺達のペースで行こうよ。無理して背伸びしないで……ね?」

「シン君……はい! 分かりました!」


 そう言って、俺の腕をギュッと抱き締めて来た。


「シン君は本当に優しいですね……」

「そ、そう?」


 そうでも無い。腕を抱き締められたから……や、柔らか……。


「私、本当に幸せです。こんなに優しい人が旦那様になってくれるなんて……」

「シシリー……」


 ヤバイ! 俺の方がもう求めたくなってる!


 落ち着け、落ち着け俺!


 今、俺達のペースで行こうって言ったそばからそんな事になってどうする!


「はあ……今日の御二人はいつにも増して仲睦まじいわねえ……」

「これはひょっとして……」

「ついに! かしら!」


 周りからそんな声が聞こえてきた。


「はう! また……こんな外で……」


 それを聞いたシシリーがちょっとだけ離れた。


 うおお、危ねえ! 危うく理性が飛ぶところだった……。


 結局その事を恥ずかしがったシシリーと、どうにかこの状況を脱した俺は、その後ろくに会話する事が出来ず、学院に着いた。


「おはよう、二人共。なんだ? 顔が赤くないか?」

「い、いや! そんな事無いよ」

「フム? そうか? まあ、その事は後で追及するとしてだ、皆揃った所で話がある」

「話?」


 教室には既に全員揃っている。


 その中で、ピンク色のパジャマ姿のアリスが異彩を放っている。


 ……って!


「アリス! パジャマ!」

「え? わああ! なんで誰も言ってくれないのさあ!?」

「さすがにこの短期間で二回目はない」

「もう! バカあ!」


 そう言ってゲートで家に帰っていった。


「オーグ、お前言ってやれよ」

「少し恥を掻いた方が以後注意するだろ」

「お陰で話の腰を折られたけどな」

「まあ、必要な話だが緊急の話では無いからな。コーナーが着替えて来る時間くらいは待つさ」


 そんな話をしているとゲートが現れ、制服姿のアリスが出てきた。


「うう……恥ずかしかった……」

「これに懲りたら、もうパジャマで来るんじゃない」

「はい……」


 アリスはオーグに注意され、シュンとしている。


 まあ、自業自得だから何も言えないな。


「で? 話って?」

「ああ、エルスとイースとの三国会談、開催の日程が決まった」


 そのオーグの言葉に、弛緩していた空気がピリッと張り詰めた。


「場所はスイード王国。今回、唯一魔人の襲撃による被害を出した国で、魔人討伐の為の会談をする事になった」

「なるほど。第三国でって事か……」

「そういう事だ。二国共これが会談開催の最低条件だと譲らなかった。スイード王国なら、反撃の狼煙を上げる場所としては最適だろう」


 自国開催では、アールスハイドに有利になるかもしれない……ってとこかな?


「スイード王国で開催する事自体は早々に決まっていたのだがな。今回、スイード王国側の準備が整ったとの連絡が入ったのだ」

「それで? いつ?」

「エルスとイースに使者を出して、それからだからな。二週間後だ」

「そうか、なら丁度いいタイミングだったな」

「丁度いい?」

「ほい」

「っと! なんだ? ネックレス?」


 オーグに例のネックレスを渡した。


「『異物排除』って付与が施されてる、常時発動型の魔道具だよ」

『常時発動型あ!?』


 あ、まだ皆には言って無かったっけ。


「オーグ、言って良いか?」

「身内ならいいだろう。但し、全員聞け、これからシンが話すことは絶対に他言無用だ」


 いつになく強い口調のオーグに皆緊張した。


「一昨日さあ、魔石もらったじゃん? で、ばあちゃんに初めて魔石について教えてもらったんだわ」

「ついにシン殿が魔石の存在を知ったのですね……」

「それで、常時発動型の魔道具を早速創ったスか……」

「メリダ様が内緒にしてたのがよく理解出来るわぁ」


 ばあちゃんに魔石の事を教えてもらったというだけでこの反応……泣けてくるね。


「ちょっと待って! シン君、貰った魔石早速使っちゃったの?」

「まあ、順に話すから。で、魔石の採掘の実状とか聞いてね、魔石の生成について仮説を立てたんだわ」

「魔石生成の仮説!?」

「そんな! 世界の謎ですよ!?」

「そうらしいね。で、その仮説を実行したら……」


 そう言って魔力を集め、高温高圧で圧縮していく。


 すると……。


「魔石が出来ちゃった」


 たった今生成した魔石を掌に乗せて見せる。


 ……。


 あれ? 反応がな……。



『ええええええええ!?』



 突然、皆が声を揃えて叫んだ。


「ナニコレ! ナニコレエエ!」

「凄い。流石ウォルフォード君」

「凄いどころでは無いで御座る! 世界の謎が……世界の謎が解明されたで御座る!」

「本当に……信じられないッス」

「あ、マークは親父さんにも内緒にしてくれな。魔石の発掘分布から魔石の『発掘条件』が分かったって言ってあるから」

「一般に公表されるのもその内容だ。皆、迂闊に喋るなよ。シンもこの魔石は流通させないと約束しているからな」

『は、はい!』


 オーグの命令に皆声を揃えて返事した。


「で? 結局この魔道具は何をする魔道具なんだ?」

「ああ、それ、身体に侵入した異物を、吸収させないで排除する効果があるんだ」

「異物?」

「毒物……とか」

「……そういう事か……特にこれから三国会談がある。考えたくは無いが……主導権を握れなかった場合に強行手段に出る可能性もある……か」

「本当に考えたくないけどな。でも、実際起こってから後悔したくないんだよ」

「……分かった。万が一の備えとして持っておこう。もし持っている事を咎められても、私は王族だからな。暗殺の脅威に備えていつも身に付けていると言えば納得するだろ」

「本当にその可能性はあるんだからな。ずっと身に付けておけよ?」

「分かった」

「それと、これ皆の分ね」


 そう言って異空間収納から皆の分も取り出す。


「わ! 良いの!?」

「ありがとう、ウォルフォード君」

「これまた、意味の分からない付与だよぉ……」

「しかし、我々もですか? 殿下と違って命を狙われるような事は……」

「これさ、毒物だけじゃなくて、身体に侵入した『異物』を排除するんだ。だから病原菌とかも排除するから病気に係り難くなるんだ」

「へえ、病原菌も……シン!」

「何? トニー?」

「これ! もう一個貰え……いや! 売ってくれないかい!?」

「良いけど、なん……」


 あ! コイツ、気付きやがった!


「だって! これを身に付けていれば異物が排除されるんだろう? という事は……」


 そこでトニーは言葉を切り、俺に耳打ちしてきた。


「完全に避妊出来るじゃないか!」


 小声で叫ぶという器用な事をしてきた。


「はあ……気付きやがったか……」

「なんだい、シンも知ってたのかい? は! まさかそれが本来の意図なんじゃ!?」

「そっちが偶然の産物だからな! まったく意図してねえよ!」


 俺とトニーのやり取りを皆不思議そうに見ている。


 誰も気付いた様子はな……。


 あ、シシリーが真っ赤になって、それにオーグが気付いた!


 くそっ! ニヤニヤし始めやがった!


「シン」

「な、なんだよ?」

「フ、良かったな?」

「ウルセエ、バカ!」

「あう……」

「ん? なんでシシリーが赤くなって……異物……あ、ああ!」


 ほらあ! マリアが気付いちゃったじゃん!


「シン……サイテー……」

「違う! 偶然! 偶然だから!」

「偶然でも意図的でも良いから! もう一個売ってくれ!」

「まったく、才能をこんな事に使うとはな」

「あ! そういう事か! うわ! シン君マジ!?」

「ウォルフォード君……意外だった」


 ああ、もう!


「違うからあああ!」

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別作品、始めました


魔法少女と呼ばないで
― 新着の感想 ―
[気になる点] ……人間は37兆2000億個の細胞でできており、腸内には100兆個の細菌が住んでいると働く細胞の方々が仰ってる訳ですが、さて『異物』とは……とかなんとか言っちゃダメかなw でも、精の子…
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