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賢者の孫  作者: 吉岡剛
57/311

変身した人がいました

 目の前に広がるのは青く澄んだ海とどこまでも続く白い砂浜。


 夏の太陽に照らされた海は心を開放的にしてくれる。


「海だー!」

「何を当たり前の事を言っている」


 二日間の旅程を終え、俺達はリッテンハイム領に到着した。


 リッテンハイム領は建物などが全体的に白く、いかにもリゾート地という趣だ。


 武家屋敷は無い。


 到着した俺達はまず領主館に挨拶をしに行く事になった。


 領主館に着いた俺達を出迎えてくれたのは、ユリウスを越える巨漢で、ガチムチの身体をしたユリウスの父、マルコ=フォン=リッテンハイム侯爵だった。


「おお! お久しぶりで御座るアウグスト殿下、御機嫌麗しゅう」

「ああ、久しぶりだリッテンハイム侯爵、世話になる。これから忙しくなるからな、その前にゆっくりしたい」

「委細承知いたし申した。どうぞごゆるりと寛がれますよう」

「うむ、頼んだぞ」

「賢者様に導師様も、ようこそおいで下さった。御二人をお迎え出来た事は、アールスハイド国民としての誉れで御座る」

「ほっほ、宜しく頼むわい」

「世話になるよ。それと、侯爵ともあろう人間が、平民に頭を下げるもんじゃないよ」

「そうは仰いましても……御二人が固辞しなければ、等の昔に貴族になっていたと伺っております故……」

「え? そうなの?」


 初めて聞いたわ、その話。


「貴族なんぞ面倒なだけじゃからな」

「ディセウムから何回もその話をされたけどねえ、貴族なんてお断りだよ」


 確かに、ディスおじさんやセシルさんの話では、アールスハイド王国で一二を争う激務らしいからな。森で隠居しちゃうような爺さんとばあちゃんには向かないか。


「シン君も、ゆっくりしていってくれたまえ」

「あ、はい。ありがとうございます」


 合宿行く前に挨拶に行ったから顔見知りだ。そんな侯爵は笑みを溢して言った。


「君はユリウスに出来た対等の友人であるからな。大切にしたいのだよ」

「父上、恥ずかしいで御座る……」


 ユリウスの喋り方は父親譲りだな。リッテンハイム家は代々この喋り方なんだろうか?


 見た目はアメリカのプロレスラーみたいだけど……。


 リッテンハイム侯爵への挨拶を終えた俺達は、今回宿泊するホテルに案内された。


 ホテルとは言うが、一家族に一軒のコテージが宛がわれ、家族でゆっくり過ごせるようになっていた。


 武士のリゾート……和の要素は微塵も無い……。


「これは凄いのう」

「シン……アンタは本当に良い友達を持ったねえ……」

「あの……私もこっちで良いんでしょうか?」


 そう、家族単位の筈だけど、なぜかシシリーはウチのコテージに泊まる事になってる。


 クロード家に割り振られたコテージに行こうとしたら、またアイリーンさんにこっちに行くように指示されたのだとか。


「良いに決まってるさね、アンタはウチの嫁になるんだ。今から慣れといて損はないよ」

「嫁……」


 ばあちゃんの発言にボンヤリしだしたシシリー。


 時々妄想に耽るクセがあるよね。


「あ、寝室は別だよ。そういうのは式を挙げてからにしな」

「え? あ、は、はい」

「そういう事言うなよばあちゃん」

「アンタも夜中にコッソリ、シシリーの部屋に行くんじゃないよ?」

「だからそういう事を言うな!」

「あぅ……あぅ……」


 ホラ! 真っ赤になっちゃったじゃん!


 フリーズしてしまったシシリーは、ばあちゃんに任せ、コテージを確認したら海へ行こうという話になっていたので、水着に着替えて海に行く。


「着替え終わったよ!」

『先に行っときな! 後から行くから!』


 部屋の中からばあちゃんの返事があったので、俺と爺さんの二人で海に行く。


 ちなみに爺さんは水着ではなく、ハーフパンツにシャツ、サングラスに麦わら帽子という格好をしている。白髭だし……髪が無かったら某仙人だな。


 そして、コテージ群のすぐ近くにあるビーチに着いた俺が見たのが……さっき言った光景だ。


「シンおにーちゃーん!」

「お、メイちゃんも来たか」

「ハイです! どうですか? シンお兄ちゃん」


 黄色いワンピースの水着を着たメイちゃんが俺の前で一回転する。


「よく似合ってるよ。可愛いね」

「エヘヘ、誉められたです!」

「もう、メイ! もうちょっと恥じらいを持ちなさい!」


 そう言って現れたエリーは、赤いビキニの水着だった。


「その格好でよく恥じらいとか言ったな!」

「あ、あんまりジロジロ見ないで下さいまし……」

「いや、ちょっと意外だったからさ。もう少し露出の少ない水着かと思ってた」

「うう……アリス達がコレが良いって言うから……」


 やっぱり犯人はアイツらか!


「オーグは良いのかよ?」

「別に全裸を見せている訳ではないんだ、構わないだろう。それに……」

「それに?」

「……エリーの買い物に付き合わずに済んでホッとしていたんだ。文句など言える筈がないだろう」


 小声でそう呟いた。


「なんですの?」

「いや、何でもないよ」


 それにしても……凶器か……分かる気がする。


「お! やっぱり似合ってるね! エリー!」

「見立てに間違いはない。完璧」


 アリスとリンも揃って現れた。


 アリスはセパレートで青と白のツートンカラーの水着。


 リンは黒いワンピースだ。


「お前ら……自分は無難なの選んどいて……」

「え? 何の事?」

「心外。コレが私達に一番似合う」

「そう、お子様水着がね!」


 そう言って二人して落ち込み始めた。


 こんな哀しい自爆は見た事ない……。


「あ、みんなぁ」


 そう言って現れたのはユーリだ。


 黒のビキニを着てこっちに走って来た。


 元々スタイルの良い娘だったので、ビキニを着て走ると……。


「おのれえ! 見せつけやがってえ!」

「ユーリももごう」

「やぁん!」


 チビッ子二人組の餌食になってた。


 それにしても凄かった。


 バインバイン……。


「シン、鼻の下伸びてるわよ」


 急にマリアから掛けられた声にビックリして振り向いた。


「お? おお、それがばあちゃんと買いに行った水着か」

「そ。可愛いでしょ?」


 緑色のセパレートの水着で、腰周りにパレオを巻いてる。


 言うようによく似合ってんな。


「良いじゃん。似合ってるよ」

「それを彼氏に言って欲しいなあ……」


 可愛いんだけどな。


「あ、あの……」

「ん? ああ、シシリー、来た……の……か……」


 ようやくやって来たシシリーの姿を見た瞬間、またしても頭に雷が落ちた。


 白いビキニの水着を着て、恥ずかしそうにこちらを見ているシシリーに、俺は何も言えなくなった。


「ホレ! ボーッと見てないで何か言ってやんな!」


 ばあちゃんに背中を叩かれてようやく我に返った。


「あの……その……す、凄い似合ってる……可愛い……」

「えぅ……あ、ありがとうございます……シン君もその……格好良いです」

「あ、ありがとう……」

「いえ……」


 なんだコレ? なんか超恥ずかしいんですけど!


「シン、アタシのはどうだい?」

「うん? 良いんじゃない?」


 ばあちゃんの水着姿を見せられた事で、一気に何かが冷めた。


 確かにばあちゃんは七十近いとは思えないプロポーションしてるよ? でも身内の水着姿は……。


「やっぱり凄いですね、メリダ様。ウチの祖母がこんな格好してるのを想像したら……」

「ウチだったら家族総出で止めるね! メリダ様にしか無理だよ!」

「はわあ……メリダ様凄いですう!」


 皆がばあちゃんの水着姿を絶賛している。


 青いワンピースの水着で、身体だけを見たらとても老人には見えない。まさしく美魔女なんだけど……マリアもアリスも言ったじゃないか。身内だったら全力で止めると! まさにその心境だよ! 怖くて言えないけども!


「あ、皆もう来てたッスか」

「遅れてすいません」


 最後にマークとオリビアが一緒に来た。


「なん……だと……?」

「こんな所に伏兵が」


 そうアリスとリンが呟いた先にいたオリビアは、淡い水色のビキニの水着を着ていたのだが……意外だったな。


「ちくしょう! 着痩せするタイプだったか!」

「完全に不意を突かれた。ダメージが大きい」


 さっきからアリスとリンの様子がおかしい。


 現実をまざまざと見せ付けられて壊れてしまったのだろうか?


 ちなみに男性陣も全員いるけど、皆トランクスの水着で変わり映えしないし、男の水着姿を詳しく説明するつもりもないので割愛だ。


 ちなみにユリウスはフンドシではない。


 武士……。


「ところで、皆家族の方は良いのか?」

「ええ、自分達だけで遊んでこいと送り出されましたね」

「あたしん家も!」


 他の所も同じだった様子で、皆コテージで休んでるらしい。


 ウチの二人と違って他のメンバーとはあんまり親しくないしな。


「さて、皆揃ったところで何する?」

「海に来たら泳ぐでしょ!」

「シンって山育ちよね。泳げるの?」

「山にだって川も湖もあるよ」


 なのでソコソコ泳げたりする。


 もっとも泳いでたのは遊びの為じゃなく、狩りの為だけどね。

 

「それじゃあ……突撃ー!」

「わーい!」


 アリスとメイちゃんが真っ先に海に飛び込んで行った。


「ヤレヤレ、では私達も海に入るか。シンはどうする?」

「そうだな……シシリー、一緒に行く?」

「は、はい! 行きます!」


 こうして海へ行こうとしたのだが、リンは動こうとしない。


「どうしたリン?」

「大変な問題を思い出した」

「大変な問題?」

「泳げない」

「……」


 え? 今の今まで忘れてたの?


「エリーの水着を選ぶ事に集中してた」

「まったく……お前らは……」


 アリスとリンが一緒になると、悪乗りするようになっちゃったな。


 かといってリンだけ放置していくのも可哀想だ。


「じゃあ、コレ使え」

「ナニコレ?」

「浮き輪」


 異空間収納から浮き輪を取り出したのだが……あれ? 皆がキョトンとした顔をしてる。まさか浮き輪が無いのか? 海とかで泳ぐ文化があるのに?


「どうやって使うのこれ?」

「あ、ああ。リン、この輪に体を通して」

「こう?」

「そんで、海に入ってみ」

「お、おお、浮いてる」

「泳げない人の為の道具なんだけど……」


 そう言って皆を見ると、驚愕した顔をしてる。


「なんて……なんて画期的な……」

「今まで泳げない者は、泳げるようになるまで海に入れなかったというのに……」

「これなら誰でも、それこそ小さい子供でも海に入れるッスね」

「あの……私にも貸していただけませんか? 泳ぎは少々苦手でして……」


 エリーからの申し出に、もう一つ浮き輪を出す。


 これは魔物化したウサギの革で作っており、水を弾き軽い。


 強度が無いので防具には向かないけど、浮き輪に最適だった。


「あの……シン君……私も……」

「ゴメンシシリー、浮き輪は二つしか無いんだ」

「あ……そうですか……」


 シシリーも泳ぎが苦手なのかな? 一緒に行こうとしてたって事は泳げない訳じゃないんだろうけど。


「その代わりに、こういうものがある」

「え? わ! ボート?」


 そう、浮き輪と同じ素材で作ったボートだ。


「シシリー、おいで。これに乗ってみ?」

「はい、わっとと……わあ! 気持ち良いです!」


 波でゆらゆら揺れるからな、海面に近いし気持ち良いだろう。


「じゃあ、俺も」

「あ、キャッ!」

「おっと! 大丈夫?」

「は、はい……大丈夫です」


 俺が乗り込むとボートが揺れたのでシシリーが倒れ込んできた。


 今はお互い水着だから素肌と素肌が密着して……。


「シン君……温かいです……」

「シシリーも……」


 お互いの距離が近くに感じ……。


「だあ! とっと行けよ! バカップルがあ!」

「うお!」

「キャア!」


 マリアにキレられ、風の魔法を喰らいました。


 突風を起こす魔法だったから怪我は無いけど、ボートごと流されてしまった。


「無茶すんな!」

「大分流されましたね」

「まあ、移動は魔法で出来るし、沖に出ても問題無いけどね」

「魔法? 風の魔法ですか?」

「それでも移動出来るんだけど、こうするともっと早くなるんだ」


 そう言って、手を海に付けウォータージェットを起こす。


「わ! 速い! 凄いです!」

「だろ?」

「でも、なんでこんな魔法が使えるんですか?」

「湖で釣りする時に便利だから」

「お魚も獲ってたんですか?」

「肉ばっかじゃ飽きるからね。やってみる?」


 そう言って森の中に生えていた竹っぽい木から作った竿とリールを出す。リールはこの世界にもあったのでトムおじさんに買ってきてもらった。


「え? でも餌……」

「こういうものがある」


 手作りルアーも取り出し糸にセット。


「ちょっとやってみようか」

「はい! 魚釣りは初めてです」


 そう言って二人で釣りを始めたのだが……。


「わ! また掛かりました!」

「うお! こっちもだ!」


 二人でキャッキャウフフと釣りを楽しむどころか、入れ食い状態で釣りというよりむしろ漁といった感じになっていた。


 だったら止めろよって思うかもしれないが、ここまで来たら、皆の夕食分くらい獲ってやろうと思ってしまい……結局この有り様である。


 今回一緒に来ている全員がお腹一杯になるくらいの魚を釣り上げ、異空間収納にしまった。


「ちょっと魚臭くなっちゃったな」

「そうですね」

「海に入って臭い落とそうか?」

「あ……その……実はあんまり泳ぎが得意じゃないので……支えてもらえますか?」

「良いよ。じゃあ……はい、おいで」

「はい!」


 そんな軽い気持ちで引き受けたのだが……考えが甘かった。


 今はお互いに水着だから……。


「シ、シン君! ちゃんと抱えてて下さいね!」

「あ、ああ、大丈夫……」


 本当なら、シシリーの後ろから抱えた方が良いんだけど、足の付かない海で若干慌ててるシシリーは俺に正面から抱き付いて来てて……。


 うおおお……や、柔らかい!


 そんな煩悩と戦いつつ、煩悩に負けると二人揃って溺れてしまうので、必死にシシリーを抱え続けた。


 しばらくしてからボートに戻ったが、シシリーの柔らかい感触が体に残っており、自身の魚臭さがどうなったのか全く分からなかった。


「ふう、はあ……臭い取れましたか?」

「え? ああ……取れたんじゃない……かな?」

「スン、スン……大丈夫そうですね。それじゃあ皆さんの所に戻りましょうか」

「そ、そうだな」


 シシリーは必死だったので、さっきの事を覚えてない……っていうか、何が起きたか分かってない様子だった。


 俺一人で悶々としながら、ボートを操作し皆のもとへ戻った。


「あ! やっと戻ってきた! あんな沖で何やってたのさ!」

「まさかお前達……こんな屋外で……」

「アホか! 沖で釣りしてたんだよ!」

「釣り?」

「ホレ!」


 そう言って、さっき釣り上げた魚をボートの中に出す。


「ちょっと! もはや漁の域じゃない!」

「やっぱり? ちょっと釣り過ぎたかなって思ってたんだ」

「あんな沖で餌はどうした?」

「コレ使った」


 そう言って手作りルアーを見せる。


「なんだ? コレは?」

「ルアー」

「ルアー?」

「擬似餌だよ。コレを付けて、海へ投げ入れてリールを巻いていくと……」


 言いながら実演して見せた。すると……。


「ホラ! こうやって魚が食い付くんだ!」


 やっぱりすぐに食い付いた魚を釣り上げると、皆が驚きの表情をしていた。


「なぜ……こんな方法で魚が釣れるのだ?」

「魚は自分より小さい魚を餌として食うから、コレはその餌となる魚に見立ててるんだ」

「これは凄いッス! 売り出したら大ヒット間違い無しッスよ!」

「餌である虫を触れない女の子も多いからね、意外な所で売れるかもしれないねえ」

「さっきの浮き輪といいボートといい、よくもまあ次から次へと……」

「それと、浜辺で遊ぶならこういう物もある」


 そう言って取り出したのは、ビーチボールだ。



「リン! そっち行った!」

「任せて」

「うりゃあ! 喰らいなさい!」


 ビーチボールを取り出し、皆で始めたのはビーチバレーだ。


 この世界にバレーボールは無いのでルールは至極簡単に説明し、本来二対二で行う競技だが、皆不慣れな為、四対四での対戦となった。


 即席で造ったネットを挟んで始めたビーチバレーは、正直言って皆拙いけど、それはそれで面白い事になり、数試合もすると、皆熱中し始めた。


 ちなみに魔法は解禁している。まるでアニメのような光景が所々で繰り広げられていた。


 かくいう俺も熱中し、気が付けば日が暮れ始めていた。


「はあ……疲れた……もうそろそろ戻ろうか?」

「そう……ですね……そろそろ……夕飯……ですか……」


 トールが息も絶え絶えに応える。他の皆もヘロヘロだ。


「はあ……アンタ達……まだまだ子供だねえ……」

「ほっほ、元気で何よりじゃ」


 そう言いながら近寄ってきた爺さんとばあちゃんの方を見ると……。


 たった一日で小麦色に日焼けした爺さんとばあちゃんの姿があった。


 日焼けするの早過ぎね?


 それよりばあちゃんはともかく、麦わら帽子にサングラスを掛け、シャツのボタン全開で黒く日焼けした……。


 なんか凄いファンキーな爺さんがいた。


「じいちゃん……グレたの?」

「グレとらんよ! 元々日焼けしやすいんじゃ。日光も苦手じゃから夏の海でサングラスは欠かせんしの」


 そういう事か。爺さんがグレたのかと思って焦った。


「ホレ、そろそろ帰るよ! コテージに戻ってシャワー浴びてきな。ああ、ただし水でね」

「あ、しまった」


 ばあちゃんの忠告があるまでスッカリ忘れていた。


 こんな炎天下でずっと砂浜にいりゃ……。


「アイタタタタ!」


 こうなるわな。痛ってー!


『くぅん!』


 俺の後にシャワーを浴びたシシリーも日焼けした肌にシャワーがシミるらしく、悲鳴が聞こえて来ていた。


 こうなるのって結局軽い火傷だから、後で治癒しよう。


 あ、でも魔法で治癒すると日焼けが無くなるか? どうなんだろ?


 まあ良いや、どうしても我慢出来ないなら治癒しよう。それまで手を出さない方がいいかな?


 この休暇では、夕食はコテージ群の中央に広場があり、そこでバーベキュー形式で取る事になってる。


「け、賢者様……どうなさったのですか?」

「何か悩み事でもおありになるのですか?」

「私共に相談していただければ!」

「なんもないわい!」


 ファンキーに変身した爺さんが皆の注目の的になっていた。


 ただ、何か不満があってこんな姿になったと思われてるけど……。


「さすが賢者と呼ばれる事はある。あんな方法で皆の注目を集めるとは……」


 ロイスさん、真似しちゃ駄目です。


「皆楽しんでおるようだな」


 そして、王城に本日の定期連絡に行った際、警備兵の詰所で待ち構えていたディスおじさんを連れてきていた。


「あ! お母様ー!」

「あらメイ、いい子にしてた?」

「ハイです!」


 そう、待っていたのはディスおじさんだけではなかった。


 ディスおじさんの奥さん。


 オーグとメイちゃんの母親である王妃様も一緒にいたのだ。


「母上、遅いお着きで」

「余計な事は言わなくていいの! せっかくシン君のゲートという便利な魔法があるのに、わざわざ危険な馬車の旅をする必要もないでしょう?」

「本音は?」

「馬車の旅はシンドイ!」


 随分砕けた王妃様だな。さっきも俺に会うなり……。


『主人の事はディスおじさんと呼んでいるのでしょう? なら、私はジュリアおばさんと呼んでね!』

『ジュ、ジュリアおばさん……?』

『はい。それでヨロシクね!』


 そう言ってウインクされた。


 王妃様……ジュリアおばさんはプラチナブロンドを結い上げた、まさに王妃様って感じの人だ。。


 けど、王城に閉じ籠ってお茶会を開いているだけの人じゃなくて、福祉に凄く力を入れており、企画やお金を出すだけでなく、自ら養護施設や孤児院に足を運ぶなど、国民とのふれ合いをとても大事にするフレンドリーな王妃様として、アールスハイド国民の人気は高い。


 ここの王族って、ディスおじさんを始めユルい人が多い。


 まあ、だからこそ国民の人気が高いんだけどね。


「お久し振りで御座います陛下、王妃様。此度も陛下を御迎え出来た事、至極光栄と存じます」

「ウム、堅苦しいのはここまでにしてくれ。休みに来たのに休めんではないか」

「は、畏まりました」

「ふう、ヤレヤレ、やっと落ち着いたわ」


 そう言ってディスおじさんは寛ぎ始めた。


「あ、そうだ。コックさん、海で魚を獲って来たんですけど、捌いてもらっていいですか?」

「畏まりました。では、ここに御出し下さい」


 そう言って指し示した桶に、昼間釣った魚を出す。


「うわっ! こんなに?」


 桶が一杯になって溢れちゃったな。やっぱ獲り過ぎたかな?


「お母様、お母様!」

「なんですか? メイ」

「コレ! 私が釣ったです!」


 そう言ってメイちゃんは『自分の』異空間収納から魚を取り出した。


「い、異空間収納!?」

「お母様?」

「え、ああ! ゴメンなさい、コレは凄いわね!」

「エヘヘヘ」

「それよりメイ、お前異空間収納が……」

「シンお兄ちゃんに教えてもらったです! 便利です!」

「シン君……」

「異空間収納くらいいいじゃん。便利だよ?」

「はあ、これだよ。十歳で異空間収納が使える異常さを理解してるかい?」

「? 俺、五歳で使えたけど?」

「シン君は異常だからいいんだよ。このままだと、メイが天才魔法使いと言われてしまうよ」

「さらっと非道い事言うな! まあ、実際天才なんじゃないの?」

「普通の家なら良いんだけどね……このままだとメイの嫁の貰い手が無くなってしまうよ」


 ああ、自分より強い姫様は嫁に貰いにくいか……。


「別にお嫁に行かなくてもいいです。シンお兄ちゃん達と魔物狩るです!」

「そ、そうかい?」


 お嫁に行かないというメイちゃんの言葉に、ちょっとホッとしたような顔をしてた。


 そういえばこの国、政略結婚ってあんまり聞かないな。


「アウグストお兄様みたいに虎狩るです!」

「そ、そうかい……」


 同じ台詞なのに、今度は引きつった顔してる。


「久しぶりだねえジュリア、元気してたかい?」

「あら! メリダ様、お久しぶりですわ!」


 そう言って現れたばあちゃんとは旧知の間柄らしい。


 そのまま二人で話し込み始めた。そこにエリーが呼ばれ、シシリーが呼ばれ、各家庭の奥様方が集まり、これから妻になるシシリーとエリーにあれこれ指南し始めた。


「やれやれ、女性は元気だな」

「まったくな」


 俺とオーグは、あれに巻き込まれては敵わないと、その女性陣の輪から離れて行った。


「休暇が明ければ忙しくなるからな、それまでゆっくりさせて貰いたいものだ」

「三国会談か」

「かなり大きな会談になるからな。何とか主導権を握ったまま二国に協力して欲しいところだ」

「うーん……」

「どうした? シン」

「いや……ちょっと気になる事があってな」

「気になる事?」


 二回目の魔人襲来の後、アールスハイドに戻ってから気になっていた事を話す事にした。


「俺ら、魔人に二連勝したじゃん? 二戦目は被害ゼロでさ」

「ああ、お前が吹き飛ばした麦畑以外な」

「うぐっ! そ、それはともかく! 今、巷で言われてる事が気になるんだ」

「何を言われている?」


 今、アールスハイド王都でよく囁かれている事がある。それは……。


「『魔人は大した事ない』ってさ」


 そう、俺達があまり被害を出さずに魔人を撃退したものだから、そういう噂が王都に広がっていた。


「本当か? それは?」

「ああ、今回の旅行の買い物に出た時にな、そういう声を結構聞いたんだ」


 アールスハイド国民の間ではそういう風潮になりつつある。


「それは由々しき問題だな……」

「これ、三国会談にも影響しないか? そんなに楽勝なら我々は要らないとか言ってさ」

「まさか……そんな事は無い……と思うが……」

「一応、覚えといてくれ。ちょっと……いや、かなり気になるからな」

「ああ……分かった」


 この風潮が兵士にまで蔓延するのが一番怖い。


 スイード王国では、一般の兵士達は魔人にまったく歯が立たなかった。


 そんな魔人を大した事ないと勘違いすると……大きな被害を生んでしまう。


 そうならない事を祈るばかりだが……。


 楽しそうな皆を眺めながら、俺達二人だけが神妙な顔をしていた。

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魔法少女と呼ばないで
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