計画を変更しました
また妙な誤解を再発させたエリーを説得するのに時間が掛かった。
この世界ではそういう趣味の人は聞いた事はないが、やっぱり腐った脳をお持ちなのでは……。
「まったく……何故すぐにそういう方向へ思考が向くのだ?」
「だって……ずっと一緒にいるんですもの……お互いふざけ合いながらも何か通じあってる感じがしますし……」
「確かに! シン君って、殿下の難しい話にも付いて行けてるよね!」
「そうですね。殿下の言葉一つでその意図まで見抜く事は多いですね」
「アリス! トール! 何のフォローをしてんの!?」
誤解を加速させてどうするよ!?
「皆も馬鹿な事を言うな。シンに魔法を教わったなら分かるだろう。コイツの頭はちょっとおかしいんだ」
「なんで貶されてんの!?」
「誉めてるんだよ。メリダ殿の話では一人で今の魔法を使えるようになったらしいからな。どういう頭の構造をしてるんだか……」
反則技です……。
「……まあ、お相手が別の女性でなければ良いですわ」
「「納得の仕方がおかしいだろ!」」
「息ピッタリですね」
マリアまで乗っかって来やがった!
「……シン君……そうだったんですか?」
「シシリーまで!?」
もお! シシリーまで変な事考え出したじゃないか!
「そんな事ないからね!」
「でも……」
「……じゃあ、そうじゃないって証明してあげようか?」
「え……シン君?」
シシリーを抱き寄せ、その顔に近付いていき……
「ちょっと! こんな所で盛ってんじゃないわよ!!」
「おっと、つい」
「あぅ……あぅ……」
アブね……もうちょっとで凄い事するとこだった。
「凄いッス……こんな皆のいる前で……」
「マーク! 真似しないでいいからね!?」
「やっぱりモザイクいるよ!」
「あぅぅ」
ヤバいなあ……これじゃあ式の前に襲っちゃいそうだ。
「これで分かっただろうエリー。この通りシンはクロードにぞっこんだ。他の女など入り込む余地はない。私など論外だ」
「あぅ……あ……わ、分かりましたわ……」
真っ赤になったエリーが納得してくれた。
やらかしかけた甲斐があったな。
「もう! シン君! もう!」
「おっと、ゴメンシシリー」
シシリーも真っ赤になってポカポカ叩いてきた。
やだ、ナニコレ?可愛い。
「はあ……このバカップルは……話を続けるぞ?」
「ああ、悪い。で? いつから行く?」
おふざけはこの辺にして真面目な話をしないと。
「できれば明日からでも行きたい所なのだが……大丈夫か?」
「俺は問題ないけど、良いのか?王太子になった祝賀祭があるんだろう?」
「国民達の為の祭だからな。私はいなくても問題ない」
そんなもんか。オーグが皆と一緒に騒ぐ訳じゃないし。
「それに、数日で廻り切れるだろう。祝賀祭が終わる前には戻って来れるさ」
「そうだな、じゃあ明日から行くか。合宿は一時中断だな」
「合宿を中断って……一体何のお話ですの? それに各国を廻るって……」
「ああ、それはな……」
オーグがエリーとメイちゃんに説明する。
「行きたい! 私も行きたいです!」
「だから遊びに行くんじゃないんだぞ?」
「だって、外国の王様とお話するのはお兄様です。その間シンお兄ちゃんはお暇です! 外国の街を観光したいです!」
「確かに、皆さんが一緒にいらっしゃれば護衛としてこれ以上の適任はないでしょうし、安心して観光が出来そうですわね」
「え? あたし達も? 殿下とシン君だけで行くんじゃないの?」
「二人きりはちょっと……」
「まだ誤解が解けてないのか……それよりエリーまで付いて来るつもりなのか?」
「さっきも言いましたけど、皆さんが一緒ならこれ以上に安全な旅行はないですから」
「旅行じゃないんだが……」
「アウグスト様は各国の首脳との会談を頑張って下さいまし。その間、私達は羽を伸ばさせて頂きますわ」
「……おいシン。エリーはこんな事を言う女では無かったんだぞ? どうしてくれる?」
「俺のせいじゃ無くね!?」
むしろウチの女性陣だろ!
「アリス! リン!」
「ぴーぴー」
「口笛が吹けてねえんだよ!」
目を逸らして吹けない口笛を吹く真似をするアリス。
無性にイラッとするわ!
「私達のせいじゃない。エリーは元々こういう女だったと思う」
「あら、非道いですわねリン。皆さんを見ていて羨ましいと思ったのは事実ですわ」
お互い呼び捨てとか、合宿の間に随分打ち解けたな。
「ホラ、リン達のせいじゃねえかよ」
「でも一番はシンさんとアウグスト様とのやり取りが羨ましかったからですわ」
「やっぱりお前じゃないか」
「マジで?」
「ここで引き下がっては、アウグスト様がシンさんに取られてしまいますから」
「「張り合う所がおかしいだろ!」」
「息ピッタリですね」
「そのくだりはもういいよ!」
根っこが深いな!どうすれば納得してくれるんだ?
「ねえ、よろしいでしょう? アウグスト様と結婚して王太子妃もしくは王妃になっては、もう気軽に外国旅行なんて行けなくなりますもの」
「……確かに、そうなっては気軽に外国になんて行けなくなるか。皆もいいか? 折角だし休みにしようかと思っていたんだが……」
「私は大丈夫ですよ殿下」
「あたしも! 外国旅行したいし!」
結局オーグが折れてエリーとメイちゃんを連れて行く事になった。
忘れがちだけどエリーって王太子妃になるんだよな。
そうなってからじゃ気軽に外国なんて行けなくなるか。イチイチ大きなイベントになるもんな。
護衛も兼ねて皆も一緒に行く事になった。合宿を一時中断して息抜きに行くみたいなもんか。
魔人の討伐なんて事をやったんだし、各国に魔人が現れた際の対処の為に行く訳だから、ついでに観光しても不謹慎ではないか。
「という訳で、オーグは会談頑張ってくれたまえ」
「……確かにその通りなんだが、シンに言われると腹が立つな……」
「フフン、今まで散々からかわれてるんだ、たまには仕返ししないとな」
「フム……いい度胸だ……もっとからかってやるからな?」
「……オーグ……お前……本気だな……?」
「ああ……覚悟しろよ?」
な、なんだ? この緊張感は!?
俺とオーグの間に言い知れぬ緊張が走る……。
「ハイハイ、あっちのお馬鹿な張り合いは置いておいて、旅行の計画を立てますわよ?」
『はーい』
「「放置するな!」」
「息ピッタリですね」
「だからもういいって言ってんだろお!」
天丼は二回まで!
言っても通じない突っ込みは言わないでおいて、旅行の計画を決める。
行程は全て浮遊魔法による空中移動となった。
魔法の使えないエリーはオーグが抱えて行く事になり、魔法を覚えたてのメイちゃんは俺とシシリーが手を繋いで補助しながら行く事になった。
「浮遊魔法は楽しいから好きです! シンお兄ちゃん、シシリーさん宜しくお願いしますです!」
「フフ、楽しみですね? メイ姫様」
「ハイです! こんな旅行とか初めてなのでスッゴク楽しみです!」
「……本当は旅行じゃないんだがなあ……」
「ついでだよ、ついで。折角の長期休暇に合宿の付き添いだけじゃ可哀想だと思ってたしな」
「それもそうか」
そして、完全にお忍びで行動する事にした。
身分が分かると色々面倒だし、狙われる可能性もある。
俺達がいる以上そんな事はさせないが、リスクは減らしておいた方が良いからな。
宿屋も普通の宿を取る事になった。
ゲートで毎日戻って来ても良いんだけど……。
「そんな事をしたら旅の情緒が無くなってしまうではありませんか!」
と、旅を楽しみたいエリーに却下されてしまった。
まあ、最終日はゲートで戻って来るんですけどね。
「よし、これでおおよその計画は立ったな」
「計画っていうか……方針な。結局宿も全部行き当たりばったりだし」
「それも旅の醍醐味だろう?」
オーグも開き直って旅と言い出した。
まあ、一人だけ意地を張ってもしょうがないしな。
「合宿の為の荷物があるから特に改めて用意する物も無いだろ。では明日の朝シンの家に集合だ。今日は皆ご苦労だったな。ゆっくり休めよ?」
『はい!』
「シン、クロード」
「何?」
「なんですか? 殿下」
「……休めよ?」
「お、お前なあ!」
「はうぅぅ……」
なんで別れ際にそんな事言うかな!? 気まずくなっちゃうじゃん!
「ん? お前達二人は明日からメイの補助をしてもらうんだ。ゆっくり休んで体調を整えておいてもらいたい兄心だ」
「お、お前……」
これが……オーグの本気……!
「アウグスト様が兄心?」
「初めて聞いたです!」
「また馬鹿な事やってる。もう帰りましょ。それでは殿下、お疲れ様でした」
「ああ、お疲れさん」
「ホラ! シン、帰るわよ。シシリーも赤くなってないで!」
「ちょっ! マリア待って!」
「待ちません! ホラ! シシリーも!」
「あ、ま、待ってマリア!」
結局マリアに引き摺られてオーグの部屋から連れ出された。
おのれ、おのれオーグ!
シシリーが恥ずかしがってこっち見てくれないじゃないかあ!
「いい加減にしなさいよ! このバカップルがあ!」
その叫びに……案内の兵士さんは笑いを堪えていた……。
お、おのれ……。
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シン達、チームの面々が出ていったアウグストの部屋では、アウグストとエリザベート、メイの三人が残っていた。
「はあ……ようやく静かになったな」
「騒ぎの原因は主にお兄様とシンお兄ちゃんだったです」
「本当にそうですわね。ああいうアウグスト様はシンさんと一緒にいる時しか見ませんわ」
「おいエリー、いい加減に……」
「フフ、分かってますわ。シンさんがシシリーさんにしか興味がない事は」
「だったら……」
「羨ましいんですわ。アウグスト様が心を開いているシンさんが」
「そうなのか?」
「ええ。でも、合宿でアリスやリンが私に対等に接してくれてアウグスト様の気持ちが分かりましたわ」
合宿で研究会の女性陣と一緒にいたエリザベートは、堅苦しい態度ではやりにくいと対等の態度を取るように研究会の女性陣に依頼していた。
それでもエリザベートは公爵令嬢である。普通ならそんな事を言われても態度は変えないものだが、シンとアウグストのやり取りを見ていた研究会の女性陣は、エリザベートの依頼を受けアッサリと対等の態度を取るようになった。
「私は貴族でも最高位の公爵ですもの、いくら楽になさってと言っても堅い態度のままでしたわ」
「そうだな。私もそうだった」
アウグストの場合は更に上の王族である。対等の態度を取るなど、父であるディセウムか母と妹くらいしかいない。
「嬉しかったですわ。同い年の女の子と同じ立場でお話をするのが。お友達とパジャマで騒ぐのが。合宿の空き時間に皆で一緒にお買い物をするのが」
「……そんな事をしていたのか」
「ええ。ですから、今ならアウグスト様のお気持ちが分かります。シンさんだけですものね、アウグスト様とあんなやり取りが出来るのは」
「他の皆にも気を使わないように言っているんだがな」
「王族ですもの、それは無理というものですわ」
アウグストは他の研究会の皆にもシンと同じ態度を取る事を望んでいたが、さすがにそれは叶っていない。
「ですから、アウグスト様のシンさんとのやり取りが楽しいというのはよく分かります」
「だったら何故?」
「やっぱりシンさんが羨ましいんですわ。ですからちょっと困らせて差し上げようかと……」
「……エリーはそんな性格だったのか……」
「あら、アウグスト様もあんな性格だったとは予想外でしたわ」
「私は知ってたです!」
「メイは黙ってろ」
「あう! エリー姉様助けて!」
アウグストに頭を握られたメイがエリザベートに助けを求める。
「フフ、メイは良いですわね。アウグスト様や私みたいに対等に接してくれる人がいて」
メイをアウグストから救いだしながらそう話し掛ける。
「そんな事ないです! 初等学校の皆はやっぱり距離がありますし、アウグストお兄様は意地悪ですし……シンお兄ちゃんがお兄ちゃんになってくれて嬉しいです!」
「フフ、優しいお兄ちゃんね?」
「ハイです!」
「お前ら……」
「はっ! 逃げますわよ、メイ!」
「ハイ!」
「コラ待て!」
キャアキャア言いながら部屋を駆ける三人。
少し前まではこの三人の間にもあった距離が全く無くなっていた。
(シンと関わってから、私達の関係も大分変わったな)
追い駆けっこをしながら、アウグストはそんな事を考えていた。
そして、シン達アルティメット・マジシャンズの面々がアウグストの部屋で騒いでいた頃、旧帝国の滅びた街に集まる人影があった。
「クソ! クソォ! 何だ!? 何なんだよこれはあ!!」
「一体……何が起きたんだ?」
「分からん! そもそもあの障壁は何だ? 我々の魔法が全く通じなかったではないか!」
「何人城壁を抜けられたのだ?」
「分からん……二十人位じゃないか?」
「たったそれだけか……」
「それも殆んど殺られちまった! 何だアイツら? バケモンじゃねえか!」
「帝国の外には、あんな奴等がいるのか……」
スイード王国に攻め入り、シン達に撃退された魔人達である。
彼等は自分達の力に酔い、スイード王国のような小国ならすぐにでも攻め落とせると思っていた。
その為、策など全く持たず、正面から侵攻したのである。
その結果、城壁の前でシンの防御魔道具に阻まれ、それをすり抜けようやくスイード王国王都を攻め始めた時にシン達によって撃退された。
魔人の力を過信していた彼等は、どうする事も出来ずに撤退したのである。
「アイツらが来るまでは兵士にも楽勝だったのに……」
「そういえば、アールスハイドって言っていたな……」
「ああ、そう言ってたな」
「……という事は、あれはアールスハイドの援軍という事だ。スイード王国はアールスハイドとも国境を接しているからな、次はアールスハイドから離れた国を襲えばアイツらは援軍に来れないという事だ」
「おお! そうか! 頭良いな!」
「フン、この中では俺が一番頭が良いからな。俺が作戦を考えてやる、しっかり働けよ?」
「……ああ……」
魔人達の中には多少知恵が回る者がいるらしいが、彼は気付いていない。
自分達が襲撃を掛けてから然程の時間を置かずに援軍が到着している事を。
アールスハイドに連絡をして、派兵されて、スイード王国に到着するまでどれくらい掛かるのかを。
そこに考えの至らない魔人達は、アールスハイドから離れていれば大丈夫だろうと、次の襲撃を画策し始めた。
そして、更に時間を遡り魔人達が撤退をした頃、そのスイード王国から離れた場所から、スイード王国の様子を遠見の魔法で観察している集団があった。
「ウフフフ、ハハハ、アーハハハハハ!!」
腹を抱えて大爆笑し、地面を転げ回っているのはシュトロームだ。
彼は、離脱した魔人達がどんな末路を辿るのか、まるで面白い見世物のように楽しんで見ていた。
しかし、実際楽しんで見ていたのはシュトロームだけで、他の面々は戦慄しながらその様子を見ていた。
「あれが……あれがシン=ウォルフォード……」
「一人だけではありませんでしたよミリア殿。合計……」
「……十二人……」
「いくら魔法の使えなかった平民達が元になっているとは言え、ああも簡単に倒してしまうのですか?」
「これは……敵対するべきではありませんな」
「それは無理でしょう」
スイード王国を襲った魔人達を、いとも簡単に討伐してしまったシン達に危機感を覚え、敵対する事を避けようとするシュトロームの元に残ったミリアやゼスト達だったが、その希望をシュトロームはアッサリと否定する。
「な、何故ですか? あんな奴等と敵対すれば我々とてただでは済みませんが……」
「それはそうでしょうね。特に、あのシン=ウォルフォードに至っては私ですら倒せるかどうか怪しいですし」
「なら何故?」
「彼等は私達の事情を知っているのですか?」
「いえ……それは……」
「そうでしょう。なら彼等はこう考えるでしょうね『オリバー=シュトロームに指示された魔人の集団がスイード王国を襲撃した』と」
「た、確かに……」
「ならば! その誤解を解かれては?」
シュトロームの考えは当たっている。実際、シンやアウグスト達も同じように考えた。
そして、そこまで推測していながら何も行動を起こさないシュトロームに魔人の一人が誤解を解くように進言した。
しかし……。
「無理でしょう。今さら私の言葉を彼等が聞いてくれると思いますか?」
「そ、それは……」
「……それに、そんなつもりはありませんし……」
「は? 今なんと?」
「いえ何でもありません。さて、楽しい見世物も見た事ですし、そろそろ帰りましょうか?」
「はい……」
シュトロームの呟きは誰にも聞こえなかった。
彼が何を考えているのか……それは未だ彼の胸の内に留まっていた。