裸の付き合いをしました
2話連続投稿の1話目です
途中別の街で一泊して、ようやく目的地のクロード家の領地である街に着いた。
途中で一泊した街では大変だった。
何せ王族と誰もが知る英雄が泊まるのだ。普通の宿では騒ぎになるという事で、その街一番の宿を取らざるを得なかった。
その街を治めている代官が屋敷に招こうと言ってくれたが、私的な旅程である事や、王族を泊める事の影響を考えて辞退した。
なるべく情報を伏せていたのだが、どこから聞き付けて来たのか、宿の前は凄い人だかりになっていた。
お陰で、折角別の街に来たのにも関わらず一切宿から出る事が出来なかった。
まあ、街一番の宿と言われる位だから関係者や宿泊客以外は建物に入れさせなかったし、最上階のワンフロア貸し切りになっていて、階段前に警備員も付いたので宿泊客からも守ってくれた。
そんな有名人扱いを受けて、本当に宿に泊まるだけの滞在をしたのだ。
特別扱いはちょっと嬉しかったけど、自由が無いのはちょっとなあ……。
そんな一泊をして、シシリーのお父さんが領主を努める『クロードの街』に着いた。
基本的に、そこを治めている貴族の名前がそのまま街の名前になっているのは、分かりやすいのと、治めている貴族が自分の家名を冠している街に誇りを持ち、責任を持って統治させるためだ。
クロードの街は温泉地という事で、街のアチコチから湯気が上がっている。
街の門から入ってすぐは誰でも入れる公衆浴場や宿屋が並んでおり、一般の住民はもう少し奥に住んでいる。
領主の館は、裏が山になっている町の一番奥にあり、山側からの侵入は難しい造りになっている。
街の入り口で市民証を出した所、既に話は通っているらしく、領主の娘に王族英雄と特殊な人材のオンパレードだったのだが、特に驚かれなかった。
むしろ無事に着いてホッとしている雰囲気があった。
そりゃそうか、何かあったら大変な面子だもんな。まあ、この面子で何かあるとは考えにくいけど……。
そしてすぐ様領主館に使いを出してくれた。通常馬車は馬車乗り場までなのだが、サービスで領主館まで乗せていってくれた。
『お帰りなさいませシシリーお嬢様』
先触れがあったので使用人さん達が総出で出迎えてくれた。
「シシリーお嬢様、お帰りなさいませ。そしてアウグスト殿下、ようこそいらっしゃいました。それに賢者様、導師様、お目に掛かれて光栄でございます。御学友の皆様もようこそいらっしゃいました。そして新たな英雄シン様」
多分、シシリーのお父さんの代わりにここを治めている代官の人が皆に挨拶をし、最後に俺をジッと見た。
な、なんでしょう?
「私や使用人一同、貴方様のお越しを心よりお待ちしておりました。どうぞ宜しくお願い致します」
『宜しくお願い致します』
何か使用人さん全員に頭を下げられた。ナニコレ?
「も、もう! 皆さん大袈裟ですよ!」
「しかしシシリーお嬢様、将来我々とは無関係でない間柄になる御方に御挨拶するのは当然かと……」
「わー! わー! 何言ってるんですかー!」
シシリーが超慌ててる。これまた珍しい姿が見れたな。
その様子を笑いながら見ていると、シシリーがこっちを見た。
「な、何で笑ってるんですか?」
「いや、シシリーが大声上げて慌ててるのって珍しいからさ、つい」
「あぅ……ついって、もう!」
「アハハ、ごめんごめん、ほら機嫌直して」
真っ赤になって涙目のシシリーの頭を撫でてやると、徐々に落ち着いて来たみたいだ。
「もう……仕方ないですね」
「何か慌ててる姿が可愛くってさ、ごめんな?」
「か、可愛い……」
あ、また真っ赤になっちゃった。
ふと視線を感じたので周囲を見渡してみると、研究会の皆だけでなく、使用人さん達までニヤニヤしてた。
「な、なんだよう」
「いや、相変わらずイチャイチャしてると思ってな」
「ははあ、これを訓練中ずっとやってた訳ですか。そりゃイチャイチャしてると言われますね」
「そうなのよ、騎士学院生が血の涙を流してたわね」
「男女比九対一の男子学生の前でなんて惨い事をするんだろうねえ……」
「お嬢様、やはりきちんと御挨拶をしなければ」
「あぅぅ」
あーあー、シシリーが更に真っ赤になって俺の後ろに隠れちゃった。
しばらくシシリーは復帰出来そうにないので代官の人が話を進めだした。
「私はセシル様に代わってこの地の代官を努めております、カミーユ=ブランドリと申します。私はこの館に住んでいる訳では御座いませんので皆様のお世話は使用人に一任する事になってしまいますが御容赦下さい」
「え? ここに住んで無いんですか?」
「ここはクロード子爵邸で御座います。私がお邪魔しているのは執務の為に過ぎません。居住区域には出入り致しません」
そうなんだ、てっきりここに住んでるのかと思ってた。
「アウグスト殿下もようこそいらっしゃいました」
「ああ、だが今回私がここに来たのはあくまで研究会の合宿の為だからな、歓待は無用に願う」
「心得ております。今回英雄様を保護者として同行されたのは良い御判断で御座いました」
ん? 何で?
よく分かってない顔をしてたのかな、オーグが俺に説明してきた。
「私は王族だからな、貴族の屋敷を私的に訪れたとなると色々言う輩もいるのだ」
「それは知ってるけど、何でじいちゃんとばあちゃんを連れて来たのが良い判断なんだ?」
「この国ではとにかくマーリン殿とメリダ殿の名声は大きいからな、その二人が保護者として同行してきたとなると、周りの声は『王子が貴族の屋敷に来た』では無く『賢者様と導師様が孫の研究会の合宿の為に保護者として同行してきた。その中には王子もいるらしい』となる訳だ」
内容は一緒だけど、受ける印象が違う訳か。爺さんとばあちゃんもそれを計算して保護者を名乗り出たのかな?
そう思って二人を見ると、二人して目を逸らした。
……完全に偶然だな、こりゃ。
その後、他のメンバーも自己紹介をし、今日の所は長旅で皆疲れている事もあり、温泉に入ってゆっくりして活動は明日からという事になった。
シシリーはまだ顔が赤かったけど、何とか復活して女性陣を部屋と温泉に連れて行った。
俺達男性陣の方は年嵩の女中さんが案内してくれた。
部屋は各々に個室が与えられ、爺さんとばあちゃんは同室だった。
そして、いよいよ温泉である。
まあ、とは言っても普通に風呂も公衆浴場もある世界だから湯船に入る事自体は珍しくもなんとも無いし、この身体はまだ若いから温泉に入って疲れを取りたいって欲求もそんなに無い。
けど、温泉があるなら爺さんとばあちゃんを連れてきてあげたかったからなあ、そっちの方が嬉しいな。
温泉は、屋敷の中に引かれていた。通常の風呂がこの屋敷では温泉なのである。なんて贅沢な!これも温泉地の特権かねえ。
お客さんを招く事も多いらしいので、温泉は男女別になってた。本当に温泉宿だな。
そして皆で裸になり浴室に入ると……。
「広っ!」
そう、家の風呂も十分広いと思ってたけど、ここはそれ以上だった。それが男女別で二つ……クロード子爵家、本気だな!
「ほう、これは凄いな」
「自分、こんな凄いお風呂に入るの初めてッス!」
「拙者の屋敷より大きいで御座るな」
「ウチなんてもっとですよ」
「それを言ったらウチは公衆浴場だからねえ……」
トニーん家は公衆浴場か。別にこれは珍しい事ではない。むしろ自宅に風呂がある事自体が珍しい。
まあ、マークのところは自宅が工房だからな、風呂も造ったんだろう。
そして肝心の爺さんだが、温泉に御満悦のご様子である。
「こりゃあ凄いのう、こんな温泉に入れるとは思ってもみなんだ」
満面の笑みを浮かべながら、体を洗い湯船に浸かる。
「ああ~生き返るのう……」
「ふいー気持ちいい……」
馬車での長旅で意外と疲れが溜まってたみたいで、身体から疲れが抜けていくような錯覚に陥る。それは皆も同じようで……。
「ふう……これはいいな……」
「ですねえ……」
「気持ちいいで御座るな……」
「自分、寝そうッス……」
「寝たら死ぬよ?」
各々温泉を満喫しているようだ。
しばらく温泉を堪能していると、おもむろに爺さんが喋りだした。
「皆、シンに付き合ってくれてありがとうのう」
「え? 賢者様?」
「この子は、ずっと山奥で暮らしておったからのう、同い年の友人が一人もおらなんだ」
爺さんの話しに皆耳を傾けてる。
「小さい頃から異常に物覚えの良い子でなあ、あれもこれもと教えておるうちに、気が付けば成人しておったんじゃ」
え? うっかりなの?
「その事に気が付いてからこの子に申し訳なくてのう……何とか学院で友人を作ってくれるのを願っておったんじゃ」
そうか、騒ぎになるのが分かってて王都に付いてきてくれたのは、申し訳無いって思ってたからか……。
「じゃからのう、入学して早々にこんなにも心を許せる友人が出来た事は本当に嬉しいんじゃ。皆ありがとう」
そう言って爺さんは皆に頭を下げた。
「止めて下さいマーリン殿。むしろ私の方こそお礼と謝罪をしなければなりません」
オーグがそう返した。
「私はこの国の第一王子です。対等な友人など一人も居なかったし立場上しょうがない事だと諦めてもいました。しかし、シンは私の事を従兄弟みたいだと言って対等に接してくれた。それは私にとって予想外の嬉しい出来事だったのです」
へえ、オーグの本音なんて初めて聞いたな。
「そして今、シンの好意に甘えて今の事態に対処するための戦力を作ろうとしている。それが危険な事だと、シンを巻き込む事になると知った上でです。その事はシンを守ろうとしているマーリン殿やメリダ殿に対し非常に申し訳無く思っています。申し訳ありません」
俺が勝手にしてる事なんだけどな。むしろ尻拭いをさせてるみたいで申し訳無く思ってるのに……。
「ほっほ、その事は気にせんでもエエ。ディセウムから聞いておるよ、王国の私欲の為にその戦力を使う訳では無いと、事が済んだ後は世界の平和の為にその戦力を使うつもりだともな」
もうディスおじさんまでその話は行ってるのか。本当に国家プロジェクトになってんな。
「そこまで気を遣わせてしまっている事も申し訳無いんじゃがな、出来ればシンとは変わらずに友人付き合いをしてやって欲しいんじゃ」
「それは勿論、私にとっても初めて出来た気兼ね無くやり取りが出来る友人……いや従兄弟ですから」
その言葉に、他の皆も頷いてくれた。
「ウォルフォード君にはお世話になりっ放しッス。こちらこそ自分で良ければずっと友人でいて欲しいッス!」
「シン殿と一緒にいるのは呆れる事も多いですけど楽しいですからね、自分の方こそ宜しくお願いしたいです」
「拙者も同じで御座る。特に拙者は他の貴族達からも異端の目で見られる事が多いで御座るが、シン殿は普通に接して下さる。拙者は本当に嬉しいので御座るよ」
「そうだねえ、シンって色眼鏡で見ないというか、僕の事もチャラチャラしてるとか言わないからねえ。女の子も好きだけど、男の友人が出来るのも嬉しいよねえ」
皆がそう言ってくれた。
「そうなのか? 俺は、良かれと思ってやった事が、皆を面倒事に巻き込んでしまって申し訳無いと思ってたんだが……」
「良かれと思ってやった事でしょう? そんな事に文句なんて付けませんよ。むしろ、一般人だった自分達を世界を救う集団にまで引き上げてくれた事に感謝してるんですよ」
「え、そうなのか?」
「やっぱり自分も男ですからね、英雄願望はあるんですよ」
トールのその言葉に皆頷いてる。
「まあ、トールは男っていうか、男の子って感じだけどな」
「言わないで下さいよ! 気にしてるんですから!」
皆が笑ってくれてる。本当に良い友達に恵まれたなあ。
「じいちゃん」
「なんじゃ?」
「俺は感謝してるよ、俺をずっと鍛えてくれた事。途中で街に出てたら、多分今の俺はいないと思う。だからさ、あんまり気にしないでよ。そのお陰でこんなに一杯友達も出来たんだからさ」
「シン……」
「ありがとう、じいちゃん」
「う……」
あ、また爺さん泣いちゃった。