監視が付きました
初めての合同訓練があった翌日、前日の組み合わせを換えて改めて合同訓練が行われた。
理由は……俺達のせい。
俺達と同じ班になった騎士学院生が例外無く自信を喪失してしまい、これでは訓練にならないと両学院側が判断したからだ。
その日、俺達と同じ班になった騎士学院生は……皆複雑な顔をしていた。
「なんかさあ、あたし達、扱いがシン君ぽくなってない?」
「ああ……昨日からそれは感じてたねえ……」
「シン殿と同じ扱いですか……複雑ですね……」
「みんな非道くね!?」
騎士学院生が俺達と同じ班になって微妙な顔をすれば、魔法学院生は俺と同じ扱いをされた事に微妙な顔をしていた。
そんなに俺と同じ扱いは嫌か!?
そんなやり取りがあったが、騎士学院と魔法学院の合同訓練は順調に進んでいった。
初日以降は研究会のメンバーも自重してくれたみたいで、騎士学院生が落ち込んでいる姿は見なくなった。
そうして訓練が進んでいったのだが、シュトロームの方はどうなってるんだろう?
魔人達が動き出したとか、そんな話を一向に聞かない。
旧帝国領に斥候部隊が潜入しているが、魔物の数が多く、詳細はまだ掴めていないらしい。
とりあえず周辺国への侵攻は始まっていない。
しかし旧帝国領で何が行われているのかも定かではない。
皆が言い知れない不安を抱えていた。
「こうして訓練に費やす時間があるのはいいけど、何が起こるか分からない状況ってのも緊張しっぱなしでしんどいなぁ……」
合同訓練も毎日という訳ではなく、間に休みもある。
今日は訓練が休みなので皆で研究室にいた。
「ああ、その事なんだがな、少し情報に進展があったぞ」
「え? そうなの?」
「一般には公表されてない話だけどな」
公表されてない話?
「なぁ……なんでそんな話題を持ち出すんだ?」
「ん? もちろん、お前達に伝える為だが?」
やっぱりね! そんな国家機密をホイホイ喋らないで欲しいんですけど!
「あ、あの殿下? シンだけじゃなくて私達もいるんですけど……」
マリアが、戸惑いぎみに声を上げる。そりゃそうだ、オーグが話そうとしてるのは国家機密にあたるものだ、それを皆に教えると言っているのだ。
「そうだ、皆に聞かせると言っているのだ。この研究会の面子は今や相当な実力者集団になっている。今後、魔人と戦闘が起こった際に重要な戦力として力を貸して貰う事になる。それならば、魔人の動向は知っておくべきだ」
既に皆は重要な戦力として数えられてるみたいだ。その事を聞いた皆の顔が引き締まった。
「なんか、こういう話を聞くと自分達が特別な存在だって自覚するね」
「そうね、本当に特殊部隊になるのね……」
「やっぱり、ウォルフォード君にもっと魔法を教えて貰わないと」
珍しく真剣な顔のアリスに、ちょっとプレッシャーを感じているマリア、相変わらずのリン。様々な反応をしていた。
「それで話の続きなんだがな」
「新しい情報が入ったって?」
「ああ、先日旧帝国領に潜入していた斥候部隊が帰って来てな、魔人達の動向についての報告があった」
魔人『達』の動向。その言葉は小さい頃から爺さん達の英雄譚と共に、魔人の脅威についても聞かされていた王国国民の皆の緊張を招いた。
オーグの話によると、魔人達は帝国領内にある町や村を襲い回っているらしい。
その為、今は国外にまでその脅威は広がっていないとの事。
だが……。
「襲われている町や村の様子は、悲惨の一言らしい。町を治めている貴族は例外無く皆殺し。平民達も殆どが殺されているらしい」
相手が魔人の集団である為に、迂闊に手を出せない。数ヵ国の連合を組まないととてもではないが太刀打ちする事が出来ない。その為魔人が町を襲っているのを指をくわえて見ているしか出来ない。
オーグはその事を歯痒く思っているのが見てとれた。
「殆ど……って事は、殺されてない人間もいるのか?」
「それが問題なんだがな……」
「どういう事だ?」
「どういう基準で選んでいるのかは知らないが、襲撃の度に魔人が増えているらしい」
「じゃあ、殺されてない人間って……」
「魔人になっているという事だ」
マジか? それってどんだけ増えて行くんだ。
「シュトロームは何を考えてるんだろうな……」
「さあな、本人に聞いてみないと分からんが……これだけ魔人が増えている事自体、とてつもない脅威だ」
皆を見ると、やはり魔人に対しては恐怖心があるようで、一様に黙り込んでしまった。
これは、やはり皆の更なるレベルアップを図って、恐怖心を感じないようにしないとな!
「なあ、ちょっと提案があるんだけどいいか?」
「……嫌な予感しかしないが……なんだ?」
「そんな変な事じゃ無いって、もうすぐ長期休暇に入るだろ?」
「そうだな」
「その長期休暇を使って合宿しないか?」
その提案に、真っ先にアリスが食い付いた。
「合宿! いいね! やっぱり研究会って言ったら皆で夏合宿だよね!」
こっちでも夏合宿は定番のイベントらしい。
「そうね……これから魔人を相手にしなきゃいけないなら、もっと力を付けたいわね」
「朝から晩まで魔法漬け……楽しみ」
一日中魔法三昧の日々を想像してリンが嬉しそうな声を上げる。
さっきまで魔人が旧帝国領を蹂躙している情報に青ざめていた面々も、夏合宿の話題で徐々に復帰してきた。
シュトロームが量産している魔人がどのくらいの力を持っているかは分からないらしい。とにかく遠くから視力強化の魔法を駆使して集めてきた情報らしく、目安となる魔人の強さまでは把握出来なかったらしい。
魔物も王国とは比べ物にならない位跋扈しており、正に命懸けで集めてきた情報なのだ。
魔人の強さの詳細が分からない為、どこまで皆のレベルアップを図ればいいのか分からないか、斥候部隊の情報を無駄にしない為にも出来るだけの戦力を整えよう。
「ところで、合宿ってどこでやるの?」
アリスの何気ない一言に皆がこっちを見た。
「うーん、魔法の練習は例の荒野でやるとして……合宿って言う位だから、どこか皆で泊まれる所があればいいんだけど……どこか無い?」
「何よ、決めてないの?」
「だって、ついこの間まで山奥しか知らなかった人間だよ? どこが良いかとか知らないって」
「それなら、研究会の誰かの領地でいいんじゃないか?」
「あ、それいいね。えーっと……シシリーとマリアとトールとユリウスか。いい?」
「それならシシリーかユリウスの領地のどっちかね。私の所は、練習が終わった後にゆっくり出来る所じゃないからね」
「そうですね。自分の所も職人街ですから、ゆっくり出来る所じゃないです」
確か、シシリーの所が温泉街で、ユリウスの所がリゾート地だったな。
武士のリゾート……。
「それならば、ユリウスの所は止めておいた方がいいな」
「え? なんで?」
「このご時世にリゾート地なんて行ってみろ、どんな事を言われるか分からんぞ?」
「頭が痛いで御座る。今期は予約が随分取り消されたそうで御座るからな」
ああ、ユリウスの家の経営という意味では相当辛いか。
「ウチはそうでもないですね。例年よりお客さんは少ないそうですけど」
やっぱり、戦時が近いとなると観光地は大変だな。こういう時にリゾートを楽しむのは不謹慎と考える。こういうのはどこも一緒だな。
「じゃあ、練習後の保養も出来るし、シシリーの領地でお願いしていいかな?」
「はい! お役に立てて嬉しいです!」
「資金はどうする? 皆で集めるとして、どれくらいいる?」
「え? いいですよ、ウチの領地にある家を使って頂ければ」
「いや、それにしたって無料は駄目だよ。一人二人じゃないんだし、この人数だよ?」
「いえ、やっぱりいいです。ウチの屋敷を使えば宿泊費は要りませんし、何よりお友達からお金を頂く訳にいきませんよ」
「シシリー……」
「それに、シン君は私に……私達に無償でこんな凄い装備をくれたじゃないですか。それに比べたら安いものですよ。それにこれは世界の危機を救う為の行為なんですから」
「そうね……じゃあ、今回はシシリーの好意に甘えるとして、次の機会は私達の所を順に廻るって事でどう? ウチはゆっくり保養するには向かないけど、海産物とか名物がいっぱいあるから楽しめるわよ?」
マリアが次は自分達がと言ってくれたので今回はシシリーの好意に甘える事になった。
こういう所に研究会の結束が見えて嬉しいな。皆が自分の出来る事を考えてくれてる。俺も俺に出来る事をしよう。
「ああ、そうだ。シンに頼みがあるんだが、いいか?」
「何だ?」
「実は夏期休暇中に私の誕生日があってな」
「へえ、そうなんだ」
「その時に立太子の儀式もするのだが、恐らく合宿中になると思うのだ。そこでシンに送ってもらおうと思っていてな」
「ああ、良いよ」
俺はオーグの送迎か……。
いや! それは別に良いけど、俺に出来る事は皆のタクシーじゃ無いはずだ!
そういえば、もうすぐ立太子の儀式をするとか言ってたな。既に国の事にあれこれ首を突っ込んでるから忘れてたわ。
「ついに殿下も王太子になられるんですね」
「正直、今までと何が違うのか分からないんだけど……」
「まあ、今までは次の国王になるかもしれん者だったのが、正式に次の国王予定者になるだけだ。何も変わらんさ」
「肩書きが変わるだけ?」
「そんな訳ありませんよ。これからは国王の名代として他国に赴く事もあるんですよ。おまけに、自分で言うのもなんですけどシン殿の研究会という厄介事も抱えてるんですからね、しっかりして下さい」
「トール……厄介事って……」
「あ、すみません。でも実際他国から必ず追及される事ですからね、他国に敵意が無い事を示し、世界にとって有益な集団である事を証明しなければならないんです」
「厄介な事であるのは間違い無いか……」
オーグはガッツリこの研究会に関わってるからなあ、説明も大変そうだな。
「何、こうなる事は分かっていてシンに研究会を立ち上げる事を勧めたんだ、これくらい厄介事でもなんでもないさ」
チョイチョイ王子様が顔を出すな。
「それに、私自身が研究会に所属しているんだ。交渉材料は私が握っている。そうそう他国に後れはとらないさ」
そしてチョイチョイ黒い部分が顔を出すな!
「そんな事より、皆は自分の実力を上げる事を考えていろ。当然、常識の範囲内でな」
『はい!』
皆が俺を見ながら返事した。
なんだよ!
イマイチ釈然としないものを感じながら自宅に帰り、長期休暇に皆で合宿を行う事を爺さんとばあちゃんに伝えた。
「ほう、合宿ねえ」
「ほっほ、いいんじゃないかの、こんな事態じゃ、皆の実力を上げる良い機会じゃろう」
爺さんとばあちゃんも賛成してくれた。これで怒られる事は無いぞ!
「ところで、保護者はどうするんだい?」
「保護者?」
「当たり前さね、年頃の男女が同じ屋根の下で一緒に寝泊まりするんだよ、しかも王族も貴族もいる。成人してるとはいえ学生達だけで行かせる訳ないさね」
そういえばそうか、特にオーグは王族だ、婚約者以外の女性達と合宿をしたとなると、余計な事を言う奴がいるかもしれないな。
「研究会の面子の親御さんは皆忙しいだろうからアタシが行ってあげるよ」
「ワシも行くぞい」
「え? 良いの?」
「ああ、アタシらは正直暇だからねえ」
「このままだとボケてしまいそうじゃ」
暇を持て余した爺さんとばあちゃんが合宿に付いて来てくれる事になった。
「後、アンタは目を離すとロクな事をしないからねえ」
「さ、最近は自重してる……よ?」
「本当かねえ?」
ばあちゃんがジッと俺を見る。
「……さすがにワシも何にも言えんのう……」
「アンタは自重しない元祖だからね」
「ほっほ……」
爺さん!頑張れ!汗掻いて目を逸らしてないで!
こうして、ばあちゃんの監視付きの合宿が決まりました。




