悲喜こもごもがありました
研究会のメンバーの人生を変えてしまった……。
その事実にとてつもない責任を感じながら、集合場所である王都の門前に着いた。
そこには実戦訓練を終えた両学院生がいた。
訓練の前はお互いに反目し合っていた魔法学院の生徒と騎士学院の生徒が、先程の訓練について話している姿があちらこちらで見られた。
時折笑い声が聞こえる事から、お互いに認めあったのだろう。これだけでもこの訓練の意義があったとは思うのだが……二組程落ち込んでいて、派遣されてきた騎士の人に励まされている騎士学院生がいた。
近くにはその光景に戸惑っている魔法学院の生徒がいる。
というか研究会のメンバーだった。
「あ! 殿下、シン君、シシリー、マリア! お疲れ!」
「お疲れアリス。これなに?」
「いやぁ……思いの外魔法の威力が上がってたからさあ、調子に乗って魔法を使ってたら……」
「騎士学院の生徒さん達が落ち込んじゃったのよぉ」
「だから自分はあれほど抑えろと言ったのに……」
「ちょっと調子に乗った。今は反省してる」
アリス達の班は自重しなかったみたいだ。魔法だけで殆ど討伐してしまったんじゃないか?それで出番の無かった騎士学院生が落ち込んじゃったと……。
「初めはシン殿の忠告通りに抑えて魔法を使ってたんですよ。それでも小型の魔物が一撃で討伐出来てしまって……」
「でも! これじゃいけないって思って、後半は訓練の為に威力を相当抑えたんだよ!」
「それが余計に彼等のプライドを傷付けちゃったみたいでぇ……」
「途中からあんな感じになった」
騎士学院生はクライス達もそうだったけどプライドが高そうだもんな。自分達が必要無いかのような状態に耐えきれなかったんだろうな。
「でもちょっといい気味かな。だってアイツ等あたし達の事やらしい目で見てたんだもん!」
「まあ……確かに気持ち悪かったけどねぇ」
「良い所を見せようって気が透けて見えてた。だからそんな事出来ないようにしてやった。今は反省してる」
「自分には怨みの籠った目を向けられましたよ……」
騎士学院生……そんなに女に餓えてんのか?
トニーや、ユリウス達の方はどうだったんだろう。
「僕達の方は相手に知り合いがいたんだよねえ」
「拙者も知り合いがいたで御座る」
「自分は誰も知らなかったッス」
「私もです」
そうか、トニーの家は元々騎士の家系だ。昔、剣の鍛練をしてた時の知り合いでもいたんだろう。
「会うなり『魔法学院に逃げた軟弱者め!』って言われちゃってねえ……」
「拙者の方は殿下に付いて行ったで御座るからそんな事は無かったで御座るが……あれで現場の空気が悪くなったで御座る」
「まあそれでも、実戦訓練ッスから真面目に討伐し始めたんッスけど……」
「フレイドさんのライバルだった人らしくて……魔法も使えるようになってたフレイドさんに対抗心を燃やしてしまって……」
「それで無茶な突進を繰り返したので御座るが……」
「連携を崩すって教官に何度も怒られてたッス」
「魔法で支援したいのに、離れてくれないから撃つタイミングが無くて……何度か危ない場面があって……」
「それをまた叱責されてムキになって……そんな事を繰り返していたで御座る」
「ちょっと異常な位フレイド君に固執してたッス」
そうか、昔ライバルだったんなら、魔法も使えるようになったトニーに対抗心を燃やしたんだろう。熱血だねえ。
「うーん、彼は昔からあんな感じでねえ、事ある毎に突っ掛かってくるんだよねえ」
「ライバルだったならしょうがないんじゃね?」
「小さい頃は仲が良かったんだけどねえ……」
「え? そうなんだ」
「やっぱりあれかなあ? 昔、彼が好きだった子が僕に告白してきてお付き合いしてたからかなあ」
「絶対それだよ!」
思春期の男子になんて酷な事を!
「それで結局、我々の魔法で魔物の討伐を進めましてな」
「騎士学院生の出番が殆ど無かったッス!」
「あれはちょっと危なかったですから……」
騎士学院生を討伐に参加させるのは危ないと判断されたのか。そりゃ凹むわ。
「それでシン君の所は?」
「ウチの所は、シンとシシリーがずっとイチャイチャしてたわね」
「な! 何言ってんだマリア!」
「そそそそうよ!イチャイチャなんて……」
「いや、してたな」
「オーグ!?」
「お前……本当に自覚してないのか?」
「何が!」
「あれをイチャイチャと言わないなら、お前らのイチャイチャはどんなものになるんだ?」
「ど、どんなって……」
「あぅ……」
そんな事知るか!
「はぁ……余裕ッスねぇ」
「まあ、シンは完全にフォローに回ってたし、連携の訓練を常に意識させられたからね」
「シン殿がコントロールしてたんですね」
「今回は珍しくシンがブレーキになってたな」
「いつもは率先して暴走して行きますもんね!」
率先して暴走って……やっぱりそうなのか……。
「あれぇ? ウォルフォード君落ち込んでない?」
「本当だねえ。どうしたんだい?」
「ああ、シン、自分が色々やった事で、私達に責任感じてんのよ」
「責任? 何故で御座る」
何で落ち込んでるのか聞かれたので、さっきオーグから聞かされた事を話す。皆が卒業後の進路を既に決定付けられてる事を。
「ああ、その事ですか。自分とユリウスは知ってましたよ」
「殿下から聞いていたで御座る」
「そりゃそうか、二人はオーグから聞いてるよな」
トールとユリウスはそうだろう。
「え? って事は卒業後の進路は決まってるの?」
「ああ、申し訳無いがそういう事らしい……」
「やった! 将来安泰じゃん!」
「アリス?」
アリスから意外な答えが返ってきた。
「だって、魔法学院に入ったって言っても将来決まってる訳じゃないじゃない?」
「騎士養成士官学院は卒業後そのまま軍に入隊するけどねえ」
「あそこは兵士を指揮する士官を養成する為の学院じゃん。高等学院の中でも特殊だよ。でも魔法学院と経法学院は卒業後の進路を選べるじゃん」
「だから申し訳無いんだよ。皆の進路を勝手に決めちゃってさ……」
「何で? 殿下直属の部隊でしょ? しかも軍とは別系統の。超特別扱いじゃん! 普通そんな立場になれる事無いよ?」
「そうだねえ、異例の特別扱いだねえ」
「凄いッス! 自分もその一員になれるなんて」
「夢じゃないかしら……」
「家族に話したら大喜びねぇ」
え? 皆喜んでる?
「そんなに嬉しい事なのか?」
「ウォルフォード君はこれがどんなに凄い事か分かってない」
「いや……分かんないから聞いてるんだけど……」
するとリンは、ヤレヤレといった感じで肩を竦めて頭を振った。
「アールスハイド王国の次期王太子直属の部隊。これだけで既に特別扱い。しかも特別な有事にしか動かず、各国の監視もある……という事は、他国での有事にも駆り出される可能性が高い」
「王国だけじゃなく他国もか?」
ますます申し訳無いなぁ……
「私達は世界の危機を救う特殊部隊になる。それだけでロマンがある」
「特殊部隊のロマンって……」
リンは時々変な事言うな!
「それに、そんな特別扱いという事は……」
「という事は?」
「お給金の方も相当期待出来る!」
そっち!?
あ! 皆頷いてる!
「つまり……これはエリート街道に乗ったと?」
「そういう事だねえ。いやあやっぱりこの研究会に入って良かったよ」
「本当にね! シン君と出会った事が一番のラッキーだね!」
「だからぁ、そんなに気にしないでいいんじゃない?」
「そうか、皆がそれで良いなら俺が落ち込んでるのもおかしいか……」
「そういう事」
はぁ~皆の人生を俺が変えちゃったって落ち込んでたのに……誰も気にしてないどころかラッキーって思ってるとは。
「あ、でもマークの所は大変じゃないか? 工房の後継ぎがいなくなるだろ」
「ああ、ウチは父ちゃんがまだまだ現役ッスから。自分の子供が後継ぐ事になっても問題無いッスよ」
「マークの子供に後継がせるのか?」
「まあ、それで良いんじゃない? もう相手もいるみたいだし?」
「フフ、そうですね。オリビアさん、責任重大ですね?」
「な、ちょっ! マリアさん! シシリーさん!」
「フム、ビーンとストーンはそうなのか?」
「あ、やっぱり? 前に朝一緒に工房から出てきた時にそうじゃないかと思ってたんだよね」
「へえ、やるねえマーク」
「いや、あの、からかわないで下さいッス!」
マークの所も、今は深刻な問題にはなってないか。
もし万が一の場合はオーグも了承するだろう。別に自由にフラフラさせる訳じゃないし。
「特殊部隊になるならもっともっと魔法を教えて欲しい。具体的にはゲートの魔法」
「リンはそればっかだな」
そうだな。世界の危機を救う特殊部隊ならもっと強くならないと駄目かな?
「シン……いくら私が抑えると言っても限度はあるからな? あまり変な事を考えるなよ?」
「……最近、オーグは俺の心が読めるんじゃないかと思ってる」
「いえ、シン君の場合は……」
「顔に出るから分かりやすいよね!」
「気付いていないのですか? また何かを企んでいそうな顔をしていましたよ?」
なんだと!? 皆にもバレバレだったのか!?
「っていうか変な事じゃ無いからな!」
「じゃあなんだ?」
「いや、世界の危機を救う特殊部隊ならもっと強くならないと駄目かな? と……」
「だから……限度はあると言ってるだろうがあ!」
珍しくオーグが吼えた。
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シン達が研究会の今後について話している頃、シンと同じ班だったクライス達が、落ち込んでいる二つの班に近寄って行った。
「ずいぶん落ち込んでるな?」
「そりゃそうだよ……何だよあれ? 俺等要らねえじゃん!」
アリス達と同じ班だった者が嘆いた。
「コイツが功を焦って突っ込むもんだから、俺等全員使えない奴扱いだよ」
「そ、そんな事言うなよ……アイツには負けたくなかったんだよ……」
「女取られた私怨じゃねえか! しかも彼女でもなんでもない片想いの女の!」
「だってよぉ……」
トニー達と同じ班だったトニーの昔のライバルが泣き出す。
「女の子ばっかりだったから良いとこ見せようと思ったのに……彼女達の凄いとこ見せ付けられたよ……」
「お前は落ち込む理由が情けなさ過ぎる」
「アンタも人の事言えないでしょうがあ!」
自分の事を棚に上げた発言をしたクライスにミランダの叱責が入る。
「何だよ? クライス達も何かあったのか?」
「アタシ等の班にはウォルフォード君がいたんだよ」
「シン=ウォルフォードか! そりゃあ大変だっただろうな……」
「それが全然そんな事なくてさ、むしろアタシ達に気を使って貰ってたんだ。それなのに、最後はウォルフォード君においしい所も女の子も持って行かれちゃってね、それで三人とも凄い落ち込んでたんだよ」
「ミランダ! へ、変な事言うな!」
クライスのそんな姿を見た事が無い騎士学院生は目を見開いた。
それが気になりクライス達の班で何があったのかと訊ねた。
「で? 何があったんだよ」
「ああ、訓練の途中でな……虎の魔物が出たんだ……」
「と! 虎!?」
「災害級じゃないか!!」
「で、それをウォルフォード君があっさり倒しちゃってね、それも剣で」
ミランダの発言に騎士学院生達はざわめいた。
「……おい、アイツは魔法学院の首席だろ? 何で虎を倒せる位剣も使えるんだよ?」
「ウォルフォード君の剣の師匠……ミッシェル=コーリング様らしいよ」
「剣聖様!?」
「マジかよ!?」
「それと、魔法学院に可愛い女の子がいてね、三人ともその娘にメロメロになっちゃったんだけど……どうもその娘、ウォルフォード君の彼女らしくてさ、道中もイチャイチャしてたもんだから三人とも嫉妬しちゃって……」
「し、嫉妬ではない! き、騎士が女性を護るのは当然の事だ!」
「魔法学院の女の子、もう一人いたじゃない」
「そ、それは……」
「で、最後に学生だけで熊の魔物を討伐したんだけど……」
「熊!?」
「お前らどんだけ先に進んでんだよ!」
「まあ最後の止めはアタシ等が刺したんだけどさ……その時もウォルフォード君に助けられて……」
その時の事を思い出したのだろう、クライスが少し青い顔をした。
そしてそれを聞いた騎士学院生はクライスに同情的な視線を向けた。
「虎の魔物には何も出来ず、女の子も持って行かれ、命まで助けられて……」
「それに比べたら……」
「ああ、俺達はまだマシな方か……」
「……そんな励まし方をするつもりでは無かったのに……」
今度はクライスが激しく落ち込んでいた。




