意外と大問題でした
「よし、これで一旦今日の訓練は終了だ。王都に戻るぞ。皆、お疲れさん」
三人の魔法の力を見て葛藤していたジークにーちゃんが何とか復帰し、今回の訓練の終了を告げた。
多少のフォローは入れたが、ほぼ皆の力だけで大型の魔物を討伐できたのだが……。
騎士学院の生徒はクライス達男性陣が沈んでいるし、ミランダはとにかく呆れたといった感じなので、学生だけで大型の魔物を討伐した後とは思えない雰囲気を出していた。
一方で魔法学院の三人は、自分達の実力が予想以上に伸びている事に内心は喜んでいたが、落ち込んでいる騎士学院生に釣られて口を閉ざしていた。
結果、なんとも言えない微妙な空気が流れていた。
その状態に耐え切れなかったクリスねーちゃんがクライス達を叱責した。
「いい加減にしなさいアナタ達。折角学生だけで大型の魔物を討伐したというのにそれ以外の事で落ち込んでばかりいて、先程の戦闘で修正すべき点や反省点など、やらなければいけない事など沢山あるでしょう? それを次に活かせないようでは訓練の意味などありませんよ」
クリスねーちゃんは自分の後輩だからか、クライス達に対してずっと厳しい態度を取ってる。自分の出身校の生徒だからと贔屓する事は無いんだな。むしろクライス達の姿に情けないという態度が見てとれる。
……過去の心の闇も関係してるのだろうか?
「……そうですね、反省しなければいけない事は沢山ありますね」
お、やっぱり騎士学院一年首席、切り替えたか?
「先程の戦闘、先制の魔法は非常に有効だったな」
「そうね、あれで熊の魔物も大分ダメージを受けていたし」
「魔物は身体強化の魔法を使うと聞いていたが、ダメージのせいかそういう兆候は無かったしな」
「むしろ問題は俺達の方にある……か」
さすが、肉体系最難関の騎士養成士官学院成績上位者、すぐにさっきの戦闘について反省しだした。
「やはり、最後に勝ちを急いでしまったのがいけなかったな」
「そうですね。アナタ達は騎士学院の成績上位者ですから、戦闘に関しては問題ありません。しかし、勝負を決める最後の瞬間というのは誰にとっても難しいものです」
「はい。正しく実感致しました。危うく殺され掛けた……」
今更ながらに思い出したのだろう、クライスが身震いした。
「アタシはクライスが殺られたと思ったわ」
「俺も」
「俺もです」
「そして一瞬目を背けたでしょう? 気持ちは分かりますが、どんな状況でも魔物から目を離してはいけませんよ」
『……はい』
「それにしても、クライスを助けたウォルフォード君の魔法は凄かったわ」
「ああ、魔法とはあんなに正確に撃てるものなのか?」
「いや、あんなピンポイントで撃ち抜ける奴なんてそうはいねえな。他の魔法使いならもっと大きい所を狙う。俺とか今回派遣されて来てる奴なら近い事は出来るが、あそこまでとなると……」
「ええ、私も見た事ありませんね」
「シン。お前、どの位の距離迄ならピンポイントで魔法を撃てる?」
ジークにーちゃんが質問して来た。
「そうだなぁ……前に魔法のお披露目で行った荒野あるでしょ?」
「ああ……あの地形のおかしい所な……」
「あそこで……そうだな、精密なという意味では五百m位迄は出来たかな?」
「ごひゃく!?」
「うん、視覚強化使ってね。それ以上になるとピンポイントでは無理かな」
前の世界ではもっと長い距離で精密射撃が出来るみたいだし、大した事ないと思ってたんだけど……また呆れた顔してんな。
「という事はあの距離なら造作も無い事か……」
「ええ、私は目の前で見ました。降り下ろされた『手』を撃ち抜いた所を……」
「手、ですか……本当にピンポイントですね……」
「左腕も、根本の撃ち抜かれると力が入らなくなる所を狙ってましたし……」
「……よし! シンは規格外という事で話を進めるぞ!」
ジークにーちゃんが簡潔に纏めました。
何だよ!
ジークにーちゃんに文句を言おうと思ったら、オーグ達魔法学院側から声が掛かった。
「私達に問題は無かったか?」
「御世辞抜きで殿下達の魔法は素晴らしかったです。正直、威力が凄すぎて一瞬足が止まってしまった程ですから」
「そうね、凄すぎたわ……訓練になってたのかしら……」
「私も一瞬指示出しが遅れました。改めて伺いますがあれは何ですか? 今の魔法学院はあんなにレベルが高いんですか?」
「……正直、現役の魔法師団の実力上位者と変わらない……というか上回ってる印象すらある。シン、お前何した?」
あれ? 俺断定? 確かに俺だけども!
「何って……この三人は同じ研究会の所属だからね。じいちゃんに教えて貰った方法で練習してるだけだよ?」
うん。嘘は言ってない。後は俺流のイメージ方法を教えてるだけで。
「その研究会ってのは何人位いるんだ?」
「一年のSクラス全員とAクラスの二人だから、十二人だね」
「となると、ウチを入れて三班か……後二班の騎士学院生が凹んでる姿が目に浮かぶな……」
「ええ……後でフォローしておく必要があるでしょうね」
「ム、何だ? 私達の扱いがシンっぽくなっていないか?」
「そういう反応はちょっと……」
「予想外でしたね……」
俺っぽい扱いって何だよ! そして何故それで若干戸惑ってるの? シシリーまで!
「とにかく王都の門前まで急ぐぞ。俺達は一番奥まで行ってたんだ、戻りも一番遅いだろうからな」
ジークにーちゃんは俺っぽい扱いについて完全にスルーして帰路を急ぐように伝えた。
……俺っぽいってのが蔑称みたいになってね?
そんな衝撃の事実に打ちひしがれながら歩いているとジークにーちゃんが話し掛けて来た。
「なあ、シン」
「何? ジークにーちゃん」
「お前のいる研究会って何? 攻撃魔法研究会?」
「いや、何かオーグとか先生とか周りが自分で研究会立ち上げた方が良いって言うから、自分で作った」
「自分でか……で? 何やってる研究会なんだ?」
「何って言われても……皆で魔法を極めましょう……みたいなフワッとした目標の研究会だよ」
「本当にフワッとしてんな!」
俺もそう思うよ。
「で、今は俺がじいちゃんに教えて貰った練習方法と、俺が魔法を使う時のイメージを皆に教えてるんだよ」
「シンの魔法のイメージ! それか!」
「何が?」
「いや、お前らがマーリン様に教わった方法で練習してるって言っても学生……それも一年生の実力じゃないと思ってな。シンの魔法のイメージを教えて貰ってるって事は、シンの魔法を教えて貰ってるのと同じだろ?」
「ん~? どうなのかな? 結局使う人のイメージであって、厳密に俺と同じかって言われると違うような……」
「確かにそうかもしれないけど、事実殿下達の実力は相当なものになってる」
「他の魔法使いの実力を知らないからなあ……」
「……まあ、元々お前は、入学する前からマーリン様やメリダ様より魔法使えてたからな……学院に入学したのも一般常識を知るのと友人を作る為だし、他の魔法使いのレベルを知らなくて当然か」
「あ、学院の皆のレベルは分かったよ。だから、せめて研究会のメンバーだけでも実力を上げとこうと思ったんだよ。こんな状況だからね」
シュトロームが現れなければ、皆の身の安全の為にレベルを上げとこうとか思って無かったかもしれないな。
「なあ……ちょっと相談なんだが……」
「何?」
「その……研究会でやってる練習っての……俺にも教えて貰えるか?」
「うん、いい……」
「その返事は待て、シン」
いいよと返事しようとすると、オーグから待ったが掛かった。
「何で?」
「ジークフリード、お前は軍の人間だろう」
「ええ、まあ」
「マーリン殿の教えについては昔はそれが主流だったらしいから問題無いが、シンのイメージに関しては学院の研究会以外で教えを請うたら……最悪、軍事利用と取られるぞ」
「そ、それは……」
「マーリン殿は昨今の魔法使いのレベルの低下を嘆いておられたし、メリダ殿も皆がシンの魔法を使えるようになる事に否は無いみたいだがな、周りの……特に周辺国が何か言ってくる可能性が高い」
「が、外交問題ですか?」
外交問題!? 俺が魔法を教えるのが?
「今ですらかなりギリギリだ、何とか抑えられているのは、シンが『学院で出来た友人達の身の安全の為』に『自主的』に魔法を教えており、マーリン殿とメリダ殿がそのシンの意思を酌んで容認したからだ」
「確かに……」
「それを軍の人間が教えて貰ってみろ、それならば我が国もとアチコチから声が上がるぞ」
「……」
「今はこんな状況だからそれも良いのかもしれんが……」
ゴクリとジークにーちゃんが息を呑んだ。
「マーリン殿とメリダ殿がそれを良しとするか? 孫を軍事利用する事に」
「それは……」
「正直、シンの魔法は危険だ。私はこの事を公表するつもりは無いし、他の皆にも周りに教えないように言ってある。これは拡散させるべきじゃない。もし拡散したら……」
「したら……?」
「魔人ではなく、人間の手によって世界が滅びるぞ」
「そんな大問題!?」
「はぁ……やはり自覚して無かったか……」
え? え? じゃあ俺が今やってるのって……
「……俺がやってる事は問題行動なのか……?」
「うーん……一概にそうも言えんのだがな……」
「どういう事だ?」
「事実、今はこれまでに無い緊急事態だ。魔人の大量出現というな」
「まあね」
「シュトロームがどういった行動に出るか予想も付かんが、奴等が攻勢に出た時、シンの魔法は非常に有効だ。問題は……それが治まった後だ」
「そこで得た力を他国に使おうとする……か……」
「だから拡散すべきでは無いと言っている。幸い研究会だけなら人数も限られるからな、何とかコントロールする事は出来る。ビーンとストーンにも言い聞かせてある。研究会で教わった事を自分のクラスで教えるなと」
そんな事を言い聞かせていたのか……。
「情報の秘匿だとか独占と言われようと構わん。私はシンの魔法を拡散させるつもりも、濫用するつもりも無い。シン、お前は言ったな? 結局魔法を使う人間のモラル次第だと」
「お、おお、言ったな」
「この人数までだ。これ以上は不測の事態が起きるかもしれん。私は全身全霊を掛けてコントロールしてみせる。だからシン、お前はこれ以上自分の魔法を拡散させるな」
「あ、ああ……分かったよ……」
思ってたより深刻な事態になるんだな……国際問題になるとは考えもしなかった。
「しかし、マーリン殿の教えは伝えても良いんじゃないか? さっきも言ったが、昔はそれが主流だったらしいしな」
「そうだな……そこまでにしとくか……」
「で? マーリン様から教わった練習方法ってなんだ?」
「恐ろしく地味だぞ、ジークフリードお前に出来るか?」
「な、なんですかそれ? やってみせますよ!」
「じゃあ教えてやろう、その方法とは……」
「方法とは?」
「魔力制御の練習をする事だ」
「……は?」
「毎日毎日、少しずつ制御出来る魔力の量を増やしていく。これだけだ」
「え? いや、本当に?」
「なんだ疑ってるのか? クロード! メッシーナ! 来てくれ!」
「はい?」
「なんですか?」
俺達の会話が聞こえないように前の方を歩いていたシシリーとマリアを呼び寄せる。
「どうしたんですか? 殿下」
「いやなに、ここにいる父上の護衛という魔法師団のエリート様は魔力制御の大切さを知らんらしくてな。教えてやろうと思ったんだ」
お前も知らなかったじゃねえか!
「ああ……確かに聞いただけじゃ実感しないですね」
「何をすれば良いんですか?」
「そうだな、最初にシンにやらされたように魔力障壁を展開するか。まずはジークフリード、やってみてくれ」
「分かりましたよ……」
渋々ジークにーちゃんが魔力障壁を展開する。
……やっぱり薄いなぁ……。
「フム、では私達三人もやるぞ」
「はい」
「分かりました」
そして三人が魔力障壁を展開する。
「こ、これはっ!」
「どうしたのですか?ジーク」
俺達が足を止めたので同じように立ち止まって見ていたクリスねーちゃんから声が掛かった。
「どうしたもこうしたも……何だ? この分厚い魔力障壁は!?」
「私達もシンやマーリン殿に教わるまで知らなかったがな。制御出来る魔力量が増えるとこんな事が出来るようになる」
「正直、私達の魔力障壁はシンのに比べて大分薄いんですけどね……」
「これで薄いのかよ……」
「シン君のはもっと凄いですよ?」
ジークにーちゃんが溜め息をこぼしながらこちらを見た。
「確かにこの魔力量の差じゃ俺より威力が上でも不思議じゃないか……」
「技術的な事はまだまだですけどね」
「いや、自信を持っていいよマリアちゃん、実際凄い威力だったんだ。これは……俺も魔力制御の練習しよ」
「まあ……正直地味で面倒臭いからな……これなら広めても良いぞ」
そう言ってオーグはジークにーちゃんに許可を出した。
それにしても……浅はかだったなあ……こんなにオーグに迷惑を掛けていたとは……。
「……悪いな、オーグ」
「ん? 何がだ?」
「いや……何か迷惑掛けたみたいで……」
「何だそんな事か、気にするな。元々お前をこの国に連れて来たのは父上だ。なら最後まで面倒は引き受けるさ」
「オーグ……」
はあ……制服に続いてか……気を付けてたつもりだったんだけどなぁ……。
「そんな訳でな『究極魔法研究会』の面々は、シン以外卒業後は国の管理下に置かれるからな」
『え?』
「当たり前だろう? 軍には置けないし、かと言って自由にさせるとコントロール出来ない。恐らく私直轄の特殊部隊になると思う。それにも各国の監視が付く筈だ」
「そんな厳重に?」
「私達は、このまま行けば恐らく世界最強の部隊になる。今回のような特殊なケース以外に動けないようにしないと、各国の猜疑心を回避出来ないからな」
アールスハイド王国に世界征服の意思は無いと思わせないといけないって事か……。
「重ね重ねスマン……」
「だから気にするな。使い方さえ間違えなければ人類を救う希望になるんだからな」
希望……か。
「そうだな……間違えないようにしないとな」
「シン君なら大丈夫ですよ」
「シシリー?」
「だって……私達に魔法を教えてくれてるのは、私達の身を守る為ですよね? そんな優しい考えをする人が間違える訳ないですよ」
「……シシリー……」
「シン君はきっと世界の希望になります。だから、気にしないで下さい」
「……うん、分かった。ありがとうシシリー」
「むしろ気を付けないといけないのは私達……いや、私だな」
「そうですね。私達も気を付けましょう」
……皆の人生を変えちゃったなぁ……