心の闇が漏れました
虎の魔物が出た。
討伐したら皆に呆れられました。
……まあ、アルフレッド先生やクリスねーちゃんみたいにトラウマが残らなくて良かったかな?
「アナタ達、これはシンが異常なのであって、参考にしてはいけません。虎や獅子といった災害級の魔物は、我々軍が決死の覚悟で挑んでようやく倒せるのです。この光景を見て『虎の魔物は弱い』と勘違いしないように」
『はい!』
なんだよ、別の班の指導教官まで返事してるよ。
「シン君の討伐の仕方は、凄すぎて参考になりませんよ」
シシリーにまで言われてしまった。
「そうか……参考にならないか……」
「でも、シン君が訓練に参加してくれてるだけで安心出来ます。何かあってもシン君がいるって。だから皆も思い切った訓練が出来てるんだと思いますよ?」
「それって、ジークにーちゃんとクリスねーちゃんの仕事じゃね?」
「あ、フフ、そうですね」
シシリーがフォローしてくれてる。やっぱり優しいな、出来ればその優しさは俺だけに向けて欲しいけど……シシリー、根が優しいから無理かなぁ……。
「よーし、ちょっとしたハプニングがあったけど、予定の時間まではまだもうちょっとある。後少しだけ訓練したら引き上げるぞ」
別の班と分かれてから、ジークにーちゃんがそう宣言する。災害級の魔物が出たけど、皆は見学してただけだから続けられるだろうって事だそうだ。
実際戦って無いのに凹んでんじゃねーと言ってた。
「シ、シシリー? 私達の側に……」
「そ、そうだよ。俺達が護ってやるから」
「いえ、もう結構です。それに……安全と言うなら、シン君の側以上に安全な所なんて無いです」
シシリーがそう言って俺に微笑んでくれる。
結構バッサリ切ったな。クライス達、メッチャ凹んでるよ……。
「護ってくれようとしてる事は嬉しいですけど……正直これではお互いの訓練になりません。私達は訓練に来てるんです。もう……護られてばかりは嫌なんです……」
この前の騒動の事だな。あの時も俺に迷惑を掛けるって、凄く気にしてたからな。自分の身は自分で守れるようになりたいんだろう。
「よし! シシリーは強くなりたいんだな?」
「はい! 自分の事位自分で守れるようになります!」
「そうかあ、なら虎の魔物位は簡単に討伐出来るように徹底的に鍛えようか!」
「え!? いや! あの、そこまでは……」
シシリーがアタフタしてる。その姿を見てクックと笑っていると、からかわれた事にシシリーが気付いた。
「あ! も、もう! シン君!」
「アハハ、ゴメンゴメン、何か悲壮な決意を感じたからさ、もうちょっと肩の力を抜いていこうよ。心配しなくても前より強くなってるよ、シシリーは」
「本当ですか?」
「ああ」
「えへへ、嬉しいです……」
肩に力が入り過ぎてたからな。自分を精神的に追い込んでもいい事無いしな。
「コイツ等……やっぱり付き合ってんだろ?」
「いえ、まだ……の筈なんですけど……」
「やっぱり信じられませんね」
「……賢者様と導師様の孫で、剣聖様に剣術を教わり、果てはシシリーまで……!」
「妬ましい……妬まし過ぎるぅぅ!」
「やはりウォルフォードは好きになれない……」
「アンタ達……格好悪いよ……」
ヒソヒソとうるさいなあ、もう!
シシリーが騎士学院の連中の所からこっちに来た事で、イライラしなくなった。
うん、精神衛生上この方が良いね!
道中は俺も索敵魔法を使ってるけどシシリー達にも使わせてる。その間のフォローが俺の役目かな?皆索敵に集中して周りが見えてないからな。
「オーグ足下気を付けろ、大きい石があるぞ」
「ん? ああ、分かった」
「マリア、離れて行ってるぞ?」
「え? わっ! いつの間に!?」
「キャッ!」
列から離れて行ってたマリアに目を向けてる内に、シシリーが足下の窪みに足を取られた。
「おっと」
前に転げかけたシシリーを受け止める。
「索敵に集中し過ぎ。周りも見れるようにならないとね」
「うう、スミマセン……」
腕の中にいるシシリーが悔しそうに呟く。
「おのれ……おのれウォルフォード……」
「羨ましい羨ましい羨ましい……」
「あれが俺なら……」
「アンタ達……格好悪すぎるよ……」
騎士学院側から怨嗟の念が飛んでくる。ミランダが恥ずかしそうだ……。
しばらく進んでいると、索敵魔法にある反応が掛かった。
「あ、これって……」
「ああ、私の索敵にも掛かった」
「私もです。でもこれは……さっきの虎より小さいですけど、今までより大きいです」
「お、皆気付いたか。で、何の魔物だと思う? 殿下?」
「そうだな……熊か?」
「お! 正解ですよ殿下。いやあ、あの小さかった殿下がこんなに立派になって……」
「……うるさい、いつまでもお前に遊んで貰ってた子供のままの訳がないだろ」
ジークにーちゃんにからかわれるオーグ。
こういう光景は珍しいな。
「ジークにーちゃん」
「ん? どうした?」
「後でオーグの小さい頃の話聞かせて」
「おう、いいぜ」
「な! おい! 止めろ!」
オーグが超慌ててる。これは訓練が終わった後が楽しみだ、クックック……。
「熊の魔物がいるというのに何故そんな話をしてるのですか!? アナタ達は!」
「ん? ああ、だって熊だろ? シンが十歳で討伐した」
「シンがフォローに回るとはいえ熊ですよ! もうちょっと緊張感を持ちなさい!」
またジークにーちゃんが怒られてる。
「アナタもですよシン!」
「俺も!?」
「十分参加してましたよ……」
……あれ? シシリーのフォローは?
皆ジト目で俺とジークにーちゃんを見てる。
「オ、オホン! これはあれだ、皆の緊張を和らげようとしてだな」
「そ、そうそう! 俺もフォローするからさ! 気楽に行こうよ、ね!」
「はぁ……まぁシンがフォローに入った状態で大型の魔物討伐が経験出来るのは確かに貴重な経験ですけど……もうちょっとマジメにやりなさい」
「はーい」
「ケッ! なんだよ偉そうに……」
「ああ? 何か言いましたか?」
「あ? ウルセエつったんだよ!」
「クリスねーちゃんもじゃん!」
その一言で我に返ったクリスねーちゃん。
「ンン! それでは、今から熊の魔物を討伐します。先ずは今まで通り魔法を撃ち、騎士学院の生徒が止めを刺す。後は臨機応変に対応する事。特に騎士学院の生徒は、魔物に張り付いてると魔法を撃てないので、付いたり離れたりと周りを見ながら戦いなさい」
『はい!』
クリスねーちゃんが強引に話を変えたな。そして今回の討伐に関する注意事項を伝えた。
熊がいるのはもう少し先なので皆で進む。
そして、木の間から普通の鹿を貪ってる熊を発見した。
「準備は良いですか?では魔法から……撃て!」
クリスねーちゃんの号令で三人が一斉に魔法を撃つ。
効果が重複しないように『火の矢』と『風の刃』と『岩の弾丸』を撃った。
魔法が熊に着弾し、熊が悶絶する。
研究会の成果かな? 皆魔法の威力が上がってる。
「……はっ! 騎士学院生、行きなさい!」
「はっ、はいっ!」
一瞬皆の魔法に驚いていたクリスねーちゃんが新たな号令を掛けてクライス達が熊に突っ込んで行った。
「アナタ達……あんな魔法が使えたのですか?」
「いやあ、今までの相手で思い切り魔法を撃ったら一撃で討伐してしまいそうで……」
「それだと騎士学院生の訓練にならないだろう?」
「シン君に指示されてました。中型までは思い切りやっちゃダメだって……」
「まあ、魔物相手に魔法を撃ったのは初めてだったが、シンの指示に従っていて良かったな」
「ですね。こんなに威力が上がってるとは思ってもみませんでした……」
そう、皆の研究会での上達振りを見て、中型迄なら一発で仕留められんじゃね? と思っていたので、思い切りやらないように言ったのだ。
じゃないと騎士学院生の出番が無くなるから。何度も言うけど、これ訓練だからね。
話してる内にクライス達は熊の魔物を追い詰めていく。
まだ一撃で討伐出来ないけど確実にダメージは蓄積している。
そして、クライス達も勝利を確信したのだろう、止めを刺そうと振りが大きくなった。
でも、野生の動物は手負いの時こそが恐ろしい。ましてや魔物で殺られる寸前だとすれば、乾坤一擲の一撃を放とうとしてくる。
熊の魔物は、降り下ろされたクライスの剣を左腕で受け止める。
剣が腕に食い込んで抜けなくなった。そして空いた右腕がクライスに襲い掛かる。
「危ない!」
クリスねーちゃんが叫ぶが、俺は途中からこの事態を想定していたので、用意していた風の弾丸を二発撃った。
一発は降り下ろされようとしていた右腕を弾き飛ばし、もう一発はクライスの剣が食い込んでる左腕に着弾した。
左腕に力が入らなくなったようでクライスは剣を引き抜く。そして今度は大振りにならないように止めの剣を振るった。
ようやく熊を倒したクライス達はこちらに戻って来た。
「……ウ、ウォルフォード……助かった……」
「ああ、うん。どういたしまして」
うわぁ……メッチャ嫌そうにお礼言われた。
「クライス! ノインにケントもいい加減にしなよ! ウォルフォード君が魔法を撃ってなかったら、アンタ死んでたんだよ!? それを……アタシ、アンタ達が恥ずかしいよ!!」
わ、ミランダがついにキレた。
そりゃそうだろう。自分という女子がいるのにクライス達はシシリーばっかり構ってたし、シシリーに護衛を断られて凹んでたし、その上俺のフォローに素直に礼が言えなかった。
今まで彼等のこんな姿は見た事無かったんだろうな。かなり幻滅してる感じがする。
「落ち着きなさいミランダ」
「でもクリスティーナ様!」
「彼等は普段男ばかりの学院にいるのです。それに騎士学院の女子は……私を含めて女らしい事などほとんどしないでしょう?」
「それはまあ……確かに……」
「私の昔のクラスメイト達もあんな感じでしたよ? 女の話ばっかりで……女なら近くにもいるでしょうに! 私は……私は女じゃないのですか!!」
「ク、クリスティーナ様?」
……クリスねーちゃんの心の闇が漏れてる……。
そうか、クリスねーちゃんも学院時代はモテなかったのか。卒業してから頑張ったんだな……。
「思春期の男子なんてあんなものです。可愛らしい、護ってやりたくなる女の子の前で良い格好をしたいのです。大方シンに美味しい所を全部持って行かれて嫉妬してるんでしょう」
うわぁ……クリスねーちゃんメッチャ毒吐いてる……騎士学院時代に男子生徒からよっぽどな扱いを受けてたなこりゃ。
クライス達は真っ赤になって俯いてる。もうやめたげて!
……そういえばジークにーちゃんがさっきから大人しいな。どうしたんだろう?
そう思ってジークにーちゃんの方を見ると……
「嘘だろ……? 俺より魔法の威力上じゃね? シンか? シンに教わってるのか? 俺も教わるか? いや、しかし……今まで弟のように接してたやつから教わるのはプライドが……待てよ、アイツはマーリン様の孫だ、間接的にマーリン様の技を教えて貰ってると考えれば……いやしかし……!」
こっちはプライドと戦ってた。